« 社長!それは「法律」問題です―知らないではすまないビジネスのルール | メイン | 男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして »

2005年09月07日

メディア・リテラシー―世界の現場から

■ 書籍情報

メディア・リテラシー―世界の現場から   【メディア・リテラシー―世界の現場から】

  菅谷 明子
  価格: ¥819 (税込)
  岩波書店(2000/08)

 本書は、テレビや新聞、ウェブなどの様々なメディアを読み解く能力である「メディア・リテラシー」を子供たちにどう身につけさせるか、という世界の教育現場をレポートしたものです。「メディア・リテラシー」の定義について本書では、1992年にアスペン研究所が主催した「メディア・リテラシー全米指導者会議」において定義された「多様な形態のコミュニケーションにアクセスし、分析し、評価し、発信する能力」という定義を紹介しています。そして、世界中の教育の現場、中には小学校のうちから行われている、テレビニュースや広告、映画を「批判的(クリティカル)」に読み解くための教育について、イギリス、カナダ、アメリカを中心に多数のインタビューを交えて構成されています(なお、「批判的」とは、否定的に批判するという意味ではなく、「適切な基準や根拠に基づく、論理的で偏りのない思考」を意味します。)。
 メディア教育の研究や実践の「発祥の地」であるイギリスでは、小学校4年生に相当する年齢の「国語」の授業風景が取り上げられています。授業の中では、
・コンピュータ・ゲームのコマーシャルには男の子しか出てこない。
・食べ物のコマーシャルには黒人が出てこない。
・コマーシャルに出てくる家族は必ず両親がそろっている。
などの意見が子供たちから出され、メディアの「現実」と自分たちの「現実」の比較により、「メディア」という装置の姿を捉えようとしています。
 カナダ・オンタリオ州では、1987年に世界で初めて、メディア・リテラシーをカリキュラムに取り入ることが制度化されました。中学高校の「国語」の少なくない時間をメディアの学習にあてられています。この制度化には、78年に設立された、教師を中心とする草の根市民団体であるメディア・リテラシー協会(AML)が大きな役割を果たしています。本書では、カナダの高校で行われたセクシーなインスタントコーヒーのコマーシャルを題材にした授業や、ハローウィーンに関連したメディアの演出などのポップカルチャーを分析する7年生の授業を紹介しています。
 アメリカでは、子供の視点から見たニュースを発信し続ける「チルドレンズ・エクスプレス」(CE)の活動が紹介されています。メディアの民主化の実現に向けた実践として、CEのようなNPOを中心とするメディア団体が成果を挙げています。社会的弱者である子供の視点を重要視したCEが設立されたのは1975年にさかのぼります。CEの小さな記者は、固定観念に縛られないストレートな質問によってパワフルなコメントを引き出すことができ、大統領選挙の報道でピーボディ賞を受賞するなど、アメリカの報道関連の賞を総なめにしています。
 このほか、インターネット上の情報の読み書きを学ぶ「ウェブ・リテラシー」の習得の支援を進めているカナダの「メディア・アウェアネス・ネットワーク」や英国映画協会(BFI)の活動も新しいテーマとして取り上げられています。コンピュータ自体を技術的に使いこなす「コンピュータ・リテラシー」とは別に、インターネットにおけるメディア・リテラシーの重要性が説かれています。
 本書は、膨大な取材を背景とした、世界の教育現場のレポートが中心となっているため、メディア・リテラシーの体系的な理解には向かないかもしれませんが、ふんだんにインタビューが盛り込まれ、メディア・リテラシーの重要性を体感するには適しているのではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 面白かったのは、イギリスでもカナダでもメディア・リテラシーは「国語」(この場合は英語)の授業の中で取り入れられている、ということです。私は、学生時代は国語の授業が大の苦手でした。漢字の書き取りや教科書の「全文書き取り」などは、何のためにやるのか、教師の手抜きじゃないかと疑問に思っていました。国語が面白くなったのは、大学受験で出題される「百字以内で述べよ」というタイプの問題を解くために、長い文章を編集して百字に切り詰める作業をやったときくらいです。
 本書を読むまでは気にもしていませんでしたが、私たちが授業を受けていた「国語」も実はメディア・リテラシーを身につけることが目的だったのではないか、ということに気づきました。つまり、新聞や小説、マニュアルなどを「メディア」を「分析し、評価し、発信する能力」を学んできたということです。もちろん、テレビや映画や広告は題材になりませんでしたし、インターネットなどは存在もしていませんでした。また、広告の背後の商業主義や、メディアの政治的な偏りなどについては言及されませんでしたが、発信者の意図しているものは何か、というメディア・リテラシーの基礎的な訓練を行ってきたのではないかと思います。
 この考えに従えば、政治的に先鋭的なメディア教育は難しいかもしれませんが、英語の授業でヒアリングをしたり形容詞の用法の違いを学ぶように、国語の授業でビデオや広告の表現方法による伝わり方の違いを学ぶことをカリキュラムに取り入れることは可能ではないでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・メディアを読み解く力の重要性を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
 菅谷 明子 『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―』
 高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日


■ 百夜百マンガ

お天気お姉さん【お天気お姉さん 】

 「暴走するメディア」を体現した極端なキャラクターと言えばこの作品です。単なる暴れ者ではなく、子供の頃おとなしかった人が急にはじけたような、作者特有の「吹っ切れたナイーブさ」が前面に出ています。

投稿者 tozaki : 2005年09月07日 07:00

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.pm-forum.org/MT3/mt-tb.cgi/412

コメント

コメントしてください




保存しますか?