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2005年10月11日
企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる
■ 書籍情報
ロザベス・モス カンター (著), 高井 葉子 (翻訳)
価格: ¥2,854 (税込)
生産性出版(1995/03)
本書は、企業組織におけるジェンダーの問題を扱った古典的研究のひとつとして知られているものです。しかし、本書のアプローチは、女性に限った問題ではなく、人種や学歴など、より広い観点から企業組織の内部を分析している点に特徴があります。
企業組織においては、様々な同調性を求める圧力や「部外者」に対する排他的な態度が見られます。著者は、この理由を組織が直面する不確実性に求めます。不確実性に対処するために、信頼や忠誠心・コミットメントなどが求められ、共同体的な要素が生まれるのです。また、経営業務の大部分を占めるコミュニケーションを容易にするために、経営業務を社会的に均質のグループに限定していきます。こうして、社会的基準が評価基準の代用をし、そのことが、自分たちと同じような人間だけが権威を持つに値するという信念を強化します。この結果、管理者はある限りの時間を組織のためにつぎ込み、常に会社のことを気にかけることを求められるのです。
キャリアの中で「機会」は重要な要素になります。「昇進のスピードコース」に乗った「ウォーター・ウォーカー(水の上を歩く者)」は、そこからつながるキャリアパスがあるからというよりも、その仕事が目に付くチャンスやコネをもたらすポジションであることが重要になります。一方で、昇進の機会が限られている以上、機会は常に満たされるわけではなく、高められた期待を裏切られたと感じる人々は、大変な苦痛を感じることになります。この苦痛は、アファーマティブ・アクションに対する恨みとなって現れます。行き止った人たちが、自分たちより下にいると思っていた女性や少数民族に追い抜かれることに対する特別な恨みを抱くことになります。
また、本書の重要なキーワードに「トークン」という言葉があります。紅一点の存在である女性が、全女性を象徴し代表する役割を担ってしまうことです。このことは、知名度の点で有利に働く場合がある一方で、アウトサイダーとしての孤独と、多数派のカルチャーにどうかする家庭での自己疎外を招くことがあります。トークンは、「可視性(注目の的になる)」、「対照性(両極化と誇張化)」、「同化(ステレオタイプ化)」という3つの視覚的特徴を持ちます。スポットライトの下での生活は「諸刃の刃」であり、トークンは多数派(ドミナント)のカルチャーを誇張化し、忠誠心を示すことを求められ、ステレオタイプとしてインフォーマルな役割(母、誘惑者、ペット、鉄の女)を求められます。
本書のまとめとして、著者は、組織行動を決定する以下の3つの変数を挙げています。
(1)機会:期待や将来への見通し。
(2)権力:資源を動員する力。
(3)割合(相対的な数):ほぼ同じ状況にいる人間の社会的な構成。
そして、これらに基づいた実践への貢献として、以下のような提案を行っています。
(1)機会を高める努力:事務職と管理職との間の「職務間のブリッジ(連結)」を見つける。またジョブローテーションやプロジェクトマネジメントの他、フレックス・タイム制も有効である。
(2)エンパワーの戦略:分権化やコミュニケーションの経路の開発、直接の上司以外の上司による「人工的なスポンサー制度」など。
(3)数字の均衡のための戦略:女性を一人ではなく一群として入れることを原則とすべき。
本書は、ジェンダーの文脈の中で語られることが多い文献ですが、先入観をなくして読んでみると、組織のあり方そのものに対する鋭い分析が根底にあることがわかります。
■ 個人的な視点から
本書の、ジェンダーの問題に踏み込む前の組織そのものの分析には鋭いものがあります。本書は、「インダスコ社」という仮名の組織が舞台となっていますが、インダスコ社の社風を表す言葉として、次のようなものがあります。
「もし仕事をきちんと終わらせたいなら、忙しい人間にまわせ(管理職の金言)」
「方々へ出かける上司につく方が給与が上がる(秘書の金言)」
これは、ある管理職が、仕事に対する興味を失ったことを隠すために、わざと忙しそうにしたり外の会議に頻繁に出かけることを説明する部分で紹介された言葉ですが、社員が社風をきちんと理解し、おそらく無意識にそう見えるような行動をしているところが、社風が持つ恐ろしさなのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・鋭い組織分析を読みたい人。
■ 関連しそうな本
佐野 陽子, 志野 澄人, 嶋根 政充 (編著) 『ジェンダー・マネジメント―21世紀型男女共創企業に向けて』
赤岡 功, 長坂 寛, 渡辺 峻, 筒井 清子, 山岡 煕子 『男女共同参画と女性労働―新しい働き方の実現をめざして』 2005年09月08日
■ 百夜百マンガ
「女社長」というよりも「こども社長」という感じなのは、「いまどきのこども」のイメージを引きずってしまうからなのでしょうか。
そういえば、「女流棋士」とか「女流作家」とかは使いますが、「女流社長」とは言わないですね。
投稿者 tozaki : 2005年10月11日 06:00
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