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2005年11月03日

セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-

■ 書籍情報

セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-   【セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-】

  グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳)
  価格: ¥2,625 (税込)
  岩波書店(2003/07/30)

 本書は、「オメガ数(「数学的に完璧に定義されているのに、その具体的な桁の数字が絶対に分からない」数。)」の発見者として知られる数学者である著者が、雑誌のインタビューや講演での一般聴衆向けの発言を収録したものです。
 著者は、ゲーテルの不完全性定理、チューリングの停止定理を引き継ぎ、数学の世界にランダム性の定義を持ち込み、数学の限界を示し、新分野を開拓した数学者です。その著者が、数学者と芸術家の共通点として語っているのは、ともに、深いレベルでは芸術的な創造性に非常に近いものがあるということです。情熱と直感、霊感が必要な非常に非合理的なものであると述べています。新しいアイデアが浮かぶ瞬間は、机の前ではなく、泳いでいる時などだとも語っています。その幸福の瞬間は一生に何度もあるものではなく、ノーベル物理学賞を受賞したファインマン教授は、そんな高揚した活動をした時期は「人生で5回」、その期間は「たぶん、二、三週間」だと述べていますが、まさに芸術家と同じような強烈な創造的活動を数学者も行っているのです。
 また、著者は数学は音楽のようなもの、とも語っています。誰にでも聴き取れるものではないというその調べを、聴くことができる耳を持つ者こそが数学者なのです。そして、ボルヘスの小説やマグリットやエッシャーの絵の中からも数学的な美しさを感じ取ることができると語っています。
 「数学」という無機質に見える世界の中から、数学者が見出した情熱的な美しさを語っている本書は、いわゆる「文系」の人間にとっても多くの示唆と知的興奮を与えてくれます。


■ 個人的な視点から

 本書の中で、著者は、「科学の理解が一歩ずつ前進していくという美しいユートピア的な概念」に対して、実際の歴史ははるかに劇的であることを述べています。それは不遇な生涯を終えた後になってから有名になる芸術家と同じような生活を、重大な前進を成し遂げた科学者が送ることがあることを語っています。科学の歴史を書く人は、これらのドラマを捨象し、さも新しいアイデアが諸手を挙げて受け入れられたかのような書き方をすることがあるということです。
 このような事実を表す言葉として、著者は量子論の発明者の一人であるマックス・プランクの、「新しい科学理論は反対者を説得して勝利するものでは決してない」、「反対者が死に絶え」、新しいアイデアを自然に受け入れられる「新しい世代に取って代わられる」のだという言葉を引用しています。
 やや気の長い話とも感じますが、日々の自分たちの仕事の中でも、新しいアイデアが受け入れられず、壁にぶつかることは間々あります。そんな時に、上司が変わるのを待ったりということは、実際によくやっていることを考えると、新しいアイデアの「伝播」の仕方というのは、結構同じようなものなのだと感じました。


■ どんな人にオススメ?

・数学は無機質だから苦手だ、と思っている人。


■ 関連しそうな本

 G.J.チャイティン (著), 黒川 利明 『知の限界』
 グレゴリー チャイティン (著), その他 『数学の限界』
 E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』
 E. ナーゲル (著), J.R. ニューマン (著), 林 一 (翻訳) 『ゲーデルは何を証明したか―数学から超数学へ』
 ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』


■ 百夜百音

逃避行【逃避行】 麻生よう子 オリジナル盤発売: 2002

 幼い頃に聴いたことがあるのに、曲名や歌手名が分からないということはよくあることです。この「逃避行」も先日たまたまナツメロ的に紹介されているのを聞いて初めて知りました。
 森田公一の「愛する人に歌わせないで」もそんな曲でした。ざわわ


『森田公一とトップギャラン』森田公一とトップギャラン

投稿者 tozaki : 2005年11月03日 09:00

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