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2005年12月09日

人事・給与と地方自治

■ 書籍情報

人事・給与と地方自治   【人事・給与と地方自治】

  稲継 裕昭
  価格: ¥3,570 (税込)
  東洋経済新報社(2000/12)

 本書は、地方公務員の人事制度・給与制度について、国(旧自治省)から都道府県への人事交流である「出向官僚」の研究と、日本と英国の地方公務員給与制度の比較研究の2つの切り口から解説したものです。この手の専門書の作られ方としてよくある方法ですが、いくつかの論文をまとめて本にするために、本書の場合でも第1部と第2部は別のものとして読んでもいいでしょう。とは言え、本書は前半後半がスパッときれいに切れているために、枚数不足で無理やり押し込んだ「はぐれ猿」のような章はありませんし、よほどピンポイントに関心があるのでなければ、1冊通して読んでも違和感はないでしょう。
 第1部の「『出向官僚』再考」では、戦前から戦後にかけての、現在の地方公務員制度の原型が形作られて行く過程を、主に、増大する行政需要に対応するための都道府県の人材確保に光を当てながら検証しています。明治期においては、当初は藩閥の影響が濃かった府県庁の幹部が、徐々に内務省の高等文官に置き換わって行く過程や、戦後の地方行政における人材確保の面で国との人事交流が重要な課題であった点、そして、戦後の公選知事の体制の下においても、まだプロパー職員の人材的成長が未熟であったために、密度の濃いOJTを受けてきた中央の人材に頼らざるを得なかった点などが述べられています。都道府県間の人事交流は、1987年秋の地方の時代シンポジウムで何人かの知事が話しをしたのがきっかけで始まったという話も興味深いものでした。
 第2部の「『地方公務員給与』再考」では、自治省による自治体の給料表のコントロールや、英国の地方公務員制度、NPMムーブメントの元での短期的業績給(PRP)について解説されています。「町長―助役―係員」という超フラットな体制を27年間も採用していた埼玉県宮代町の話や、国の官僚が地方に出向してきた時に対応する給料表の等級の差の根拠を「市の部長は国の課長補佐又は県の課長と同一の社会的評価を受けるのが普通」だからとしている自治省の「解説」などのトリビア的な話も面白かったです。また、英国のロンドン近郊の自治体等が、全国的に合意された給与体系では人材確保が困難なため、独自の給与体系を採用するという「オプト・アウト」の話も新鮮でした。
 また、NPMと短期的業績給(PRP: Performance Related Pay)に関しては、サッチャー政権下で改革を担当したレイナー卿が、改革は内から生まれるもの、という信念の元で効率化を進めていたこと(さすが「スーパーの男」です)や、欧米諸国でのPRP導入についても、十分な研究があったわけでなく、「民間で効果をあげている(だろう)という思い込み」での「衝動買い」という批判がある点について触れられています。


■ 個人的な視点から

 「国の省庁による地方コントロール」と批判されることが多く、「天下り官僚」等と言われることさえある地方への出向官僚ですが、若いうちから次々に激務と責任のある仕事を経験し、幹部としての訓練を受けてきた人材の価値は、現在でも相当高いものであることは間違いありません。国からの過度のコントロールを排除するために、ポストを独占している出向官僚を追い返して、プロパー職員の「純血主義による王国」を作ることが地方の自立かといえば、そうではないでしょう。過度のコントロールを配しつつも、優位な人材を確保することが重要ではないかと思います。
 例えば、現在は国から地方に来た官僚は、また国に戻り官僚としての身分を取り戻すことになりますが、国に戻ることを前提とせず、求めに応じて地方自治体の幹部を渡り歩くような人材が出てきてもいいのではないかと思います。最近では、30代で地方自治体の首長の座に就く官僚出身者が数多くいますが、1期か2期経験してもまだ40代です。この人たちの経験を、他の自治体で活かしてもらう方法もあるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・地方自治体、特に都道府県の人事や給与の制度に関心のある人。


■ 関連しそうな本

 稲継 裕昭 『日本の官僚人事システム』 2005年02月10日
 稲継 裕昭 『公務員給与序説―給与体系の歴史的変遷』
 村松 岐夫, 稲継 裕昭 (編著) 『包括的地方自治ガバナンス改革』 2005年03月17日
 塩沢 茂 『地方官僚 その虚像と実像』 2005年08月01日


■ 百夜百マンガ

山田タコ丸くん【山田タコ丸くん 】

 不条理系4コマブームの中でも笑えない得意な作風が光っていた人。吉田戦車と一緒に事務所を構えていたらしいです。

投稿者 tozaki : 2005年12月09日 06:00

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