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2006年01月11日

希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く

■ 書籍情報

希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く   【希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く】

  山田 昌弘
  価格: ¥1995 (税込)
  筑摩書房(2004/11)

 本書は、かつて多くの若者が「豊かな家庭生活を築く」という将来の夢を到達可能なものと感じていた日本社会が、「将来に希望がもてる人と将来に絶望している人に分裂していくプロセス」に入っているのではないか、ということを述べ、著者が「希望格差社会」と名付けた事態が起きた原因、将来の見込みと対策を論じているものです。
 著者は、高度成長期には様々な規制によってローリスクの選択肢が用意され、高望みさえしなければ「人並みの生活」を送ることができる「予測可能性が高い」社会であったのに対し、現代の日本社会は、「リスクの普遍化」という性格変化と、「リスクの個人化(自己責任の強調)」という対処方法の変化が生じていると指摘しています。「リスクの普遍化」とは、リスクを予め避ける道が閉ざされた「リスクを取ることを強制される社会」を指し、本書では貯金や犯罪、職業や家族の例が挙げられています。「リスクの個人化」とは、それまで個人と国民社会の間に存在し、リスクの現実化や起こった後のケアが期待されていた様々な「中間集団」(家族、企業、業界団体など)が、個人を守りきれなくなるとともに、企業自体の倒産やDV・児童虐待など中間集団自体がリスクになっていることが述べられています。
 また、リスクとともに本書の中心的なコンセプトである「二極化」については、「勝ち組・負け組」という救いようのない「組分け」が進行する日本社会の実態として、職業能力の質的格差の格差や家族の利用可能性(共働き・親子)による階層格差の拡大を指摘しています。そして、これらの格差が相乗効果を持っていることも併せて指摘されています。
 本書では、まず、戦後の高度成長期に「安心社会」が形成されてきた過程を概観し、企業におけるOJTや昇進可能性、「サラリーマン-主婦型家族」の形成、受験競争によって将来の職業の目安があらかじめつく「パイプラインとしての学校教育制度」などの安定システムを解説します。その後に、具体的な例証として、職業、家族、教育の3つの分野について考察を行っています。
 職業については、産業構造の転換によって、「専門的な中核労働者」として企業社会の中で生き残っていくために求められる能力が大きく変化していることが、労働力の二極化現象を生じさせていることを指摘しています。これにより、雇用は、クリエイティブな能力、専門的知識を持った労働者と、単純労働者とに二極化し、一度ついてしまった専門能力格差は努力で埋めることはできない「裂け目」になることが述べられています。このことが、「夢見る使い捨て労働者」としての大量の不安定な若者層を生み、教育の格差が「就職プリズム」によって正社員とフリーターという雇用格差に拡大する「プリズム屈折」が起きることを指摘しています。
 家族については、「家族関係」と「「夫の収入」がリスク化することで、「サラリーマン-主婦型家族」が機能しなくなり、家族の絆と家族生活がリスク化することが指摘されています。家族関係のうち、結婚に関しては、経済的理由や配偶者を巡る自由競争の拡大によって未婚化が進行するとともに、配偶者に対する期待水準の上昇や「恋愛市場競争状態」、夫の収入の不安定化によって離婚が増大していることが述べられています。また、親子関係に関しては、親が要介護状態になるリスクや子供を育てることも生活リスクになりつつあります。著者は、これらのリスク化によって、日本の家族が「自ら好きなライフスタイルを選べる人」と「強いられたライフスタイルを強制される人」とに二極化していると述べています。このことが、リスク先送りによる少子化や、生活困難な家族の増大を招いていることが指摘されています。
 教育については、戦後日本のパイプライン・システムが、個人と職業との間を介在する職業リスク低減装置や階層上昇の手段として機能していたこと述べた上で、現在ではパイプラインが傷み始め、そこから「漏れ」が生じていることが指摘されています。この「漏れ」の受け皿となっているのが「フリーター」というカテゴリーであるというのです。この「漏れ」は高校や大学に限らず、大学院充実政策によって大量に誕生している「博士」からもオーバー・ドクターという形で「漏れ」が生じ、著者は20年後には中年のフリーター博士が10万人を超えるのではないかと予想しています。このパイプラインのリスク化と教育システムの二極化によって、
(1)学歴に見合った職に就けなくなるリスクの増大・・・「不安感の広がり」
(2)あきらめる機会が無くなる・・・「過大な期待の広がり」
(3)「勉強して上の学校に行くことが将来の豊かな生活をもたらす」という期待が失われる
という3つの状態がもたらされるのではないかと著者は述べています。
 本書は、現代の日本社会が直面している数々の問題、例えば少子化や虐待などの表面的な症状を引き起こしている原因である「希望格差」を理解する上で非常に良くまとまった一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読んでいると、「昔はよかった」的な気持ちにさせられる事例が数多く紹介されています。年功序列的な終身雇用のサラリーマンは安定していたし、家族は心と収入の安定をもたらし、受験競争を勝ち抜きさえすれば先の見通しが立ちました。
 しかし、これらは、長い間打破すべき「因習」のように扱われてきたものであることを忘れてはいけません。年功序列によって無能な中高年社員がポストを独占して高い給料をもらっていることに若い社員たちはずっと不満を持っていました。親が結婚に反対したり見合いをさせられたりすることは、「前近代的な悪習」として映画やドラマの中で必ず悪役扱いされ忌み嫌われてきました。受験競争は子供たちを歪めると言われ、学園ドラマでは偏差値や進学率にこだわる教師は、子供たちの個性を大事にする熱血先生の敵役として登場してきました。
 こうして今や、皆が待ち望んだ自由な社会が到来しました。会社では年齢や学歴ではなく「実力」や「成果」によって待遇が決まります。親に縛られず自由に恋愛し、結婚することも許される社会にもなりました(妊娠をきっかけにした「できちゃった婚」も社会に許容されました)。子供たちの「個性」を大事にし、「夢を持って自分らしく生きる」ことが奨励されるコンセンサスもできました。
 しかし、この社会の実態は冷酷なものでした。「勝ち組」は、高い収入を得て、収入も容姿も優れた配偶者に恵まれ、高い教育を受けることができます。一方で、「負け組」は、不安定で低収入な職に甘んじ、結婚して家庭を持つこともできず、「自分らしく生きるために」夢を抱いて学校教育からドロップアウトしていきます。
 おそらく我々に突きつけられているのは、どちらが良いか、という二者択一の問題ではなく、このどちらでもない次の選択肢を模索していくことにあるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・日本社会の様々な問題の底流の一つを探りたい人。


■ 関連しそうな本

 佐藤 俊樹 『不平等社会日本―さよなら総中流』 2005年03月22日
 小塩 隆士 『教育を経済学で考える』 2005年02月13日
 林 信吾 『しのびよるネオ階級社会―"イギリス化"する日本の格差』 2005年11月27日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』
 橘木 俊詔 『日本の経済格差―所得と資産から考える』
 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』


■ 百夜百マンガ

てんとう虫の歌【てんとう虫の歌 】

 大邸宅に住む一人暮らしのおじいさんとボロ家に住む7人兄弟の大家族、親に反対される結婚など、社会の不平等さを思い知らされる作品でしたが、家族の絆の温かさと大切さが感じさせられる作品でした。
 金持ちの年寄りと貧乏な孫たちの対比は現代の状況を予言していたのかもしれません。

投稿者 tozaki : 2006年01月11日 07:00

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