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2006年01月19日
江戸の市場経済―歴史制度分析からみた株仲間
■ 書籍情報
岡崎 哲二
価格: ¥1,680 (税込)
講談社(1999/04)
本書は、経済史研究の新しい流れである「歴史制度分析(Histrical Institutional Analysis, HIA)」という視点から日本の近世経済史を見直した一冊です。歴史制度分析は、「ゲーム理論の応用によって、制度の役割、その存在の根拠、その生成と変化のメカニズムなどの経済史上の重要な諸問題の理論的・実証的な分析を行う研究アプローチ」と説明されています。また、日本では、経済史研究において、マルクス経済学的な見方から研究を行う研究者が多数派であることがアメリカと異なる点であると述べられています。
本書は主に江戸期の「株仲間」を分析の対象としています。株仲間とは「株を有する者が相寄り相集まって結成する集団」を差し、「株」とは公権力によって認められた営業特権を意味しています。徳川幕府からは当初禁止政策が採られていた株仲間ですが、享保年間には物価抑制政策の手段として積極的に結成が進められます。近年再評価が進んでいる革新的な経済政策を行った田沼時代には、物価の監視・抑制手段として株仲間結成が促進され、運上金・冥加金が新しい財政収入源として、また、商品流通機構の一環として位置づけられていきます。
天保改革時には株仲間停止令が出されますが、著者はこれを経済史の視点からは格好の「実験」であると捉えています。つまり、実験が難しい社会科学の分野において、停止前と停止後を比較することで株仲間の役割を推論することができるからです。まず、株仲間の停止は流通機構の混乱を招きます。灯油は高騰し、ついには供給が途絶えます。この他、海産物、錫・鉛、蠣殻灰・石灰、つき米、桶、海運、材木などの流通機構も大きく混乱し、財・サービスの供給不足をもたらしています。数量データを用いた分析によっても、株仲間の停止によって日本経済のパフォーマンスが大きく低下し、市場機構の機能低下が生じたことが述べられています。これらのことは、株仲間が市場機構の機能を支える役割を果たしていたことを伺わせます。
株仲間がなぜこのような機能を果たすことができたのか。著者は、中世地中海における「マグリビ」と呼ばれるユダヤ人商人集団の研究を挙げ、そこでは海外での代理人契約に当たり商人相互間の「結託(coalition)」が大きな役割を果たしていることが述べられています。不正を働いた経歴を持つ在外代理人は他の商人からも雇用されません。このことが将来失う大きな損失となるために、現時点での不正を働くインセンティブが小さくなるのです。同じように、株仲間と生産者の間にもコミットメント問題と、それに対する結託に基づく多角的懲罰戦略が存在したことが述べられています。生産者が問屋仲間の一軒に対して不正を働いた場合には仲間全員からの懲罰が課せられます。同様に、使用人の規律づけに関しても、不正を働いた使用人は仲間全員に回状が回り、いっさい雇用されないという多角的懲罰戦略が採られています。
本書は、歴史制度分析によって日本の近世経済史に新しい視点を与えた研究を一般向けにわかりやすく解説しているものですが、専門用語は少なく、事前に経済史やゲーム理論に関する詳しい知識を持っていなくても簡単に読めますので、「○○史観」などによって書かれた歴史物に辟易している人にもお奨めできる一冊です。
■ 個人的な視点から
日本では、明治維新以前の社会は封建的な前近代社会として300年の間進歩の無かったように教えられることが少なくありません。日本で主流を占めてきたマルクス経済学の観点からは忌み嫌われるべき武家社会は、暗黒の社会であるからなのかもしれませんが、、当時の江戸は世界最大級の都市であり、その経済システムも公権力による制度設計以外の面から自律的に発達してきたことが本書から伺えます。
本書で取り上げられる株仲間も、悪徳商人たちが結託して価格をつり上げ利益をむさぼる存在であるかのように歴史の授業で教えられてきましたが、市場機構そのものを担ってきたことが解説されています。
戦後の私たちが受けてきた教育、特に社会科に関するものは、日教組の「赤い」教育がされてきた、と主張する一部の人間もいますが、重要なことは、社会的な経験がない児童・生徒に対する社会観についての教育は、無批判に受け入れられ、社会人になってからの社会観の形成に大きな影響を及ぼすことです。特に政治や経済はリアルタイムに考える機会が豊富ですが、歴史に関しては教科書の知識が与える影響が大きいので、社会人自身がきちんと歴史を見つめ直す機会を持つことが重要になると考えられます。
■ どんな人にオススメ?
・江戸時代の日本経済に対する自分なりの視点を持ちたい人。
■ 関連しそうな本
岡崎 哲二, 奥野 正寛 (編集) 『現代日本経済システムの源流』
青木 昌彦 (著), 永易 浩一 (翻訳) 『日本経済の制度分析―情報・インセンティブ・交渉ゲーム』 2005年04月01日
小林 英夫, 米倉 誠一郎, 岡崎 哲二, NHK取材班 (著) 『「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造』
ダグラスC. ノース (著), 竹下 公視 (翻訳) 『制度・制度変化・経済成果』
■ 百夜百マンガ
オリンピック金メダリストが原作ということで話題になった作品です。
ストーリー的にはオーソドックス、というか、無難な感じだったようで印象は薄いです。
投稿者 tozaki : 2006年01月19日 07:00
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