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2006年03月08日

ハードワーク~低賃金で働くということ

■ 書籍情報

ハードワーク~低賃金で働くということ   【ハードワーク~低賃金で働くということ】

  ポリー・トインビー (著), 椋田 直子 (翻訳)
  価格: ¥1,890 (税込)
  東洋経済新報社(2005/06/17)

 本書は、英国『ガーディアン』紙のコラムニストである著者が、その身分を隠して、公営の福祉住宅に引っ越し、時給820円の最低賃金で40日間生活することで、英国労働者の3割を占める低賃金労働者が、職場訓練のない短期間の派遣労働力として、より高い収入と充実感のある仕事を得ることができるチャンスを閉ざされた生活を送っていることを告発したものです。著者は、恵まれた立場にいる人たちが使う「実力本位」という言い訳が通用しない、低賃金労働者が中流階級へ上るはしごは外されてしまっているという「暗い秘密」を白日の下に晒しています。
 著者が暮らすことになったクラムパークの公営住宅は、誰も借り手がなく外壁のあちこちに大穴が開き、階段には生ゴミの腐臭と小便の匂いがこもり、部屋のカーペットは得体の知れないシミや汚れだらけ、というひどいものでした。
 著者はまず、最寄りの職業紹介センターに出かけ、招待がバレルのではないかと冷や冷やしながら、エージェンシー(人材派遣事務所)を紹介してもらいます。そこで紹介された最初の仕事は、病院の運搬係でした。著者は、30年以上前にも、病院雑役係として働いた経験を持っていましたが、当時のセント・スティーズンス病院は、生活困窮者しか来ない、汚く、不親切で、陰気で、投げやりな病院であったと回想しています。しかし、当時は直接病院が採用し、採用に当たった人間が上司として働きぶりに責任を負っていたのに対し、エージェンシーに採用されて派遣された著者は、患者に触れることを許されません。もし患者が車椅子に移る手助けをしている時に落ちでもしたら、派遣会社が訴えられるので、契約書に書かれていないことはしてはいけないと厳命されます。このように、サッチャー政権が、公共サービスの競争入札制を義務化したために、NHSや地方自治体では臨時雇いが急増し、「余剰労働者を解雇するときの面倒な手続きをせずに、雇ったり首にしたりする『柔軟性』が手に入った」と述べています。しかも、競争入札はうまく働かず、「ほんの数社が数年後とに交替しつつ、パイを分け合う」状態で、「お上品な椅子取りゲーム」だと酷評しています。
 この他に著者は、給食のおばさんや国防省内の託児所、コールセンターのオペレーター、病院の清掃、ケーキ製造所、老人ホームなど、数多くの職業を体験しています。
 給食センターでは、契約書に書かれていれば生徒が食べなくても温野菜を出さなければならないこと、学校が休みの日には給料が出ないこと、大量に残った料理を「役得」として夕食に持って帰ることなどを体験します。
 また、飛び込みセールスの仕事では、「コールセンターや電話セールスの現場は現代の奴隷船だ。労働者が鎖ならぬヘッドホンでデスクに縛られている。」と、労働条件の低さとともに、電話の反復によって、抑鬱症、大音量に耐えられない等の「聴覚性ショック」が職業病となっていることを指摘しています。この仕事でのストレスの大きさは、「ときには小さな嘘も必要よ。いまは正直にしていたら損をする時代なんだから。」という同僚の言葉や、電話で断られる数々の罵詈雑言から窺い知ることができます。
 老人ホームの仕事では、規則に違反して老人を抱き上げなければならない実態に直面します。同時に、腕や腰を痛めても規則違反のため疾病手当てが支給されず、上司もそれを見て見ぬふりをしている、という矛盾に直面します。
 著者が暮らした、クラパムパーク団地の個性的な隣人たちも、本書の魅力の一つです。十代の息子は、四度カツアゲに遭います。近所の人たちもできるだけ係わり合いを持たないような生活をしています。むしろ、それこそが魅力でもあるのです。しかし、水漏れ事故をきっかけに、同じ階や上下の隣人たちの様子を伺うことができました。下の階の黒人女性や、スキンヘッドにピアス・刺青の強面だが気の弱いゲイの男性など、ちょっと訳ありの住人たちが登場人物として魅力的です。
 著者は、「労働者階級は再分化され、政治離れしたまま、大半が中流へと上っていった」一方で、低賃金労働者が、訓練を受けることができないために、「成功者へのはしご」を登ることができないことを訴えるとともに、それまで長年暮らしてきたロンドンの街の、劇場や画廊、レストラン、ブティックだけでなく、スターバックスや本屋、レストラン、カフェなど、他の人たちが生きている消費社会への「立ち入り禁止」の看板がかかっているようなものに豹変したことを、過酷なアパルトヘイトであると述べています。
 本書は、日本の社会格差の問題や、市場化テストなど公共サービスの民間参入の問題に関心のある人に、大きな示唆を与えてくれる一冊ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 著者はいくつもの職に挑戦しようとしますが、中でも、MI6ビルのオフィス清掃の仕事に応募したエピソードが傑作です。身元調査がかかり、正体がばれてしまうのですが、後になって、『ガーディアン』紙の編集長が、MI6に呼び出され、「部下のひとりを機密調査部に潜入させようという露骨かつ粗雑な策略を試みた」と叱責されたというのです。
 また、国防省の託児所で働いたときには、普段のジャーナリストの仕事でよく訪れる場所だけに、顔見知りにあう可能性も高く、ピーター・マンデルソン(現欧州委員)とすれ違ったり、事務次官夫妻が託児所の視察に来たときの冷や冷やした体験を語っています。
 このあたりの、漫画的なおかしさも本書の魅力の一つなのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「官から民へ」のダークサイドにも目を向けたい人。


■ 関連しそうな本

 市場化テスト研究会 (著), 本間 正明(監修・著) 『概説市場化テスト―官民競争時代の到来』 2005年10月07日
 南 学, 小島 卓弥 編著 『地方自治体の2007年問題-大量退職時代のアウトソーシング・市場化テスト-』 2005年08月22日
 八代 尚宏 (編集) 『「官製市場」改革』 2006年01月27日
 野田 由美子 『民営化の戦略と手法―PFIからPPPへ』 2006年01月30日
 ギデオン・クンダ (著), 金井 壽宏 (監修), 樫村 志保 (翻訳) 『洗脳するマネジメント~企業文化を操作せよ』 2005年12月30日
 鎌田 慧 『自動車絶望工場―ある季節工の手記』


■ 百夜百マンガ

幽☆遊☆白書【幽☆遊☆白書 】

 少年ジャンプのマンガにとって連載開始直後の設定やストーリーは、後のトーナメント戦までの「前菜」または「助走」に過ぎないのではないかと思ってしまいます。
 とは言え、多くの作品が「離陸」できないまま、10週という「滑走路」を使い果たしてそのまま海の藻屑となってしまうことを考えると、助走といえども侮るわけにはいかないのですが、「助走」段階の設定やストーリー展開、ギャグなんかを気に入っていた人にとっては、どれも同じようなトーナメントに陥ってしまうとつまらないものでした。治外法権は「両さん」くらいでしょうか。「こち亀」のトーナメントも見てみたくないこともないですが。

投稿者 tozaki : 2006年03月08日 07:00

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