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2006年04月15日
喪失と獲得―進化心理学から見た心と体
■ 書籍情報
ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳)
価格: ¥2,625 (税込)
紀伊國屋書店(2004/10)
本書は、「進化心理学」(心の特性を「進化論の眼」で探る学問分野)という耳慣れない研究分野の研究者である著者による大小さまざまなエッセイを収めたものです。
第1部には、「私」として持っていると思われている意識の単一性について、「多数の独立した体験者」の集合としての単一の自己を、オーケストラのイメージを用いて解説し、「何が、一人の人間の各部分を一つに帰属させるのか」という疑問を自らに問いかけています。
また、人工知能の世界などで話題になる、「赤い色という主観的な感覚、チーズの味覚、頭痛の痛み」などの「現象的な意識」を表す「クオリア」をキーにして、心と脳の同一性の問題にアプローチしています。この「感覚」に関しては、(1)そもそも感覚を持つことの生物学的機能は何か、(2)感覚がこのような特別な質的特徴を持つことの機能は何か、という2つの問いを立てた上で、「感覚は、世界の体験に、ここであること、今であること、私であることを添加するが、これらは、感覚を欠いた純粋な知覚にはないものである」と、感覚が持つ「現実に旗印を立てる」という機能に言及しています。
本書の中核部分をなしている第2部では、現代の我々が持っている心性、知的能力が、ごく最近になって獲得されたものであるという仮説を、3万年前の洞窟壁画と自閉症児が書いた写実的な絵とを比較することで展開しています。3万年前の人類がバイソンなどを書いた写実的な洞窟壁画は、
(1)その製作者が高いレベルの概念的思考を持っていたに違いないことを実証している。
(2)その製作者は、情報を表現し、伝えたいという特別な意図を持っていたに違いない。
(3)彼らの背後には、芸術的技巧の長い伝統があったに違いない。
という主張の根拠となってきましたが、著者は、むしろ全く逆のことを示唆しているのではないかと指摘しています。すなわち、「こうした美術作品の製作者たちが本当は、私たちとははっきり異なる前=現生人類の心をもっていて、象徴的思考はほとんど授けられておらず、コミュニケーションにもさして大きな関心がなく、本質的に独学で、訓練など受けていなかったかもしれない」ということです。
著者はこの証拠として、重度の自閉症の4歳の少女が書いた、記憶を元にした、気味が悪いほどの写真的正確さと写実的な流麗さを備えた線画を引き合いに出し、高度な洞窟壁画との驚くほどの類似性を指摘しています。そして、その少女が写実的な絵を描くことができたのは、「彼女が未発達な言語やその他の弱みを持っていたからこそである」と仮定し、「彼女の描画能力が本当は、彼女の心がほかの正常な子供では通常はもっとスムーズにすすむ方向に発達することに失敗したというだけの理由で『解き放たれた』のではないか」と推測しています。つまり、「ウマを見るときに、それを『ウマ』というカテゴリーの表徴(トークン)と見る──したがって、その記憶を断念する」という概念化の欠如によって、ものがどのように見えるかを正確に記憶することができたのだと述べています。そして、「洞窟の画家たちの力量は、彼らがほとんど言語を持たず、そのために彼らの絵も『指示的で命名的なもの』によって汚染されていなかったという事実」という可能性に言及しています。
また、別のエッセイでは、「人類の祖先が遺伝的に与えられた何らかの有益な特性を喪失し、したがって、速やかにその損失を埋め合わせる方法を発明して埋め合わせることを余儀なくされ、その結果として、その競争において思いがけず相手より先に出ることができた」という喪失と置き換えの実例として、記憶能力の喪失と抽象的思考の出現を挙げています。チンパンジーが図形の記憶に関して持っている超人的な「写真的記憶力」を人類が失ってしまったことが、「言語の発達のために必要な条件を思いがけずつくりだしことになった」のではないかと述べています。
この他本書では、人間が持つ「健康管理システム」という観点からのプラシーボ効果の進化的な意義の考察や、人間がなぜ超常現象を信じてしまうのかという問題や、宗教的教育の意義について、独創的な視点から考察しています。
本書は、「進化心理学」という分野に関心を持たずにはいられなくさせる、ぐいぐい引っ張る説得力で満ちている一冊です。
■ 個人的な視点から
科学と疑似科学に関する文献は数多くありますが、なぜ人間が超常現象や宗教を信じてしまうのか、という心理を進化論的な視点から考察した本書は、新しい視点を与えてくれるものではないかと思います。
もちろん本書は、エッセイ集なので、学術書のようなガチガチさはありませんが、「意識」や「感覚」を扱った第1部「私の中の<私>」は結構ハードルが高いかもしれません。最初は、洞窟絵画を題材にした第7章から読み始めると他の章もついつい読んでしまうのではないでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・「意識」が人間に元々備わったものだと思っている人。
■ 関連しそうな本
オリヴァー サックス (著), 吉田 利子 (翻訳) 『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』 2006年03月26日
けいはんな社会的知能発生学研究会 (著), 瀬名 秀明, 浅田 稔, 銅谷 賢治, 谷 淳, 茂木 健一郎, 開 一夫, 中島 秀之, 石黒 浩, 國吉 康夫, 柴田 智広 『知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦』 2006年04月09日
ジョン・H. カートライト (著), 鈴木 光太郎, 河野 和明 (翻訳) 『進化心理学入門』
ジェフ・ホーキンス, サンドラ・ブレイクスリー (著), 伊藤 文英 (翻訳) 『考える脳 考えるコンピューター』 2005年12月17日
前野 隆司 『脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説』
スティーヴ・グランド 『アンドロイドの脳 人工知能ロボット"ルーシー"を誕生させるまでの簡単な20のステップ』 2006年01月28日
■ 百夜百音
【NEW CHAPPIE】 Chappie オリジナル盤発売: 1999
年齢性別本名も不詳のチャッピーですが、このアルバムは、チャッピーをテーマに豪華アーティストが参加していて何度聴いてもあきません。
最近JTBのキャラクターとして復活してましたが、少し色あせた感じが悲しかったです。
投稿者 tozaki : 2006年04月15日 06:00
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