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2006年06月30日

考えあう技術

■ 書籍情報

考えあう技術   【考えあう技術】

  苅谷 剛彦, 西 研
  価格: ¥819 (税込)
  筑摩書房(2005/03/08)

 本書は、教育社会学者と哲学者との対話の中から、「どうすれば教育の意義、学ぶことの意味を再構築できるか」を模索しているものです。
 西氏は、日本社会において、1980年くらいの「豊かな社会」の到来を境に、「社会全体の目標がなくなり、個人も自分をどう方向づけてよいか分からない」時代が始まったと述べています。その上で、新たに教育の目的理念を、「教育とは、子どもを『社会の成員(大人)としてふさわしい存在』へ育て上げていくこと」と再定義し、この「ふさわしい」とは、「技能や知識」と「他者との関係能力」の2つに分けることができるとしています。
 また、苅谷氏は対談の中で、「『個人』と『自己』を区別して『個人』の能力を高めるという話を具体的に教育の理論の中に持ち込みたい」と述べ、これまでの教育論では、これらが未分節のまま議論されてきたことを指摘しています。
 さらに、財界人らの日本の教育批判の中で、起業家精神の欠如が指摘されることがあるが、起業は大抵複数の人間と企業を興すのであり、「複数の人間が何かを立ち上げる時の能力は、必ずしもばらばらな個人を作り出すためでもない」ことを指摘しています。
 これに関しては、「集団・結社をつくる能力と自由」として、鳥取県の倉吉市で開催された高校生のコンテストが紹介されています。これは、「現代社会の難しい課題を高校生たちに与え、それをグループごとに議論させる」というもので、スポーツや芸術関係のコンペティションではなく、知的な集団でのコンテストという点に特色があります。
 苅谷氏は、自由な社会を実現・維持・拡大する担い手となる個人に求められる力能と学校の果たす役割として、
(1)経済的な自立:仕事に就いてからの知識や技術の習得のための「訓練可能性」を高める。
(2)政治的な自立:できるだけ、公正で良識的な判断ができるような「利口な」個人を育てる。
(3)社会・文化的な自立:異質な他者への理解と慣用とを身につける。
の3点を挙げています。
 本書は、社会にとっての教育のあり方を考える上で、ヒントを与えてくれる一冊ではないでしょうか。


■ 個人的な視点から

 教育の問題を考える上で、現代の学校の仕組みがどのように形成されてきたのかを知ることは大きな意味を持ちます。特に本書は、近代社会の成立と教育の問題に焦点を当てていますが、技術的な面、例えば教科書やカリキュラム、教室が今の形になるまでの推移を追っても面白そうです。


■ どんな人にオススメ?

・学ぶことの意義をもう一度考え直してみたい人。


■ 関連しそうな本

 苅谷 剛彦 『学校って何だろう―教育の社会学入門』 2006年04月03日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 苅谷 剛彦, 志水 宏吉 (編集) 『学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題』
 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦, 石田 浩, 菅山 真次 (編集) 『学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程』 2006年03月03日
 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日


■ 百夜百マンガ

ブラックジャックによろしく【ブラックジャックによろしく 】

 『海猿』はドラマ化・映画化され、海上保安庁の志望者が急増したそうです。
 この作品もドラマにもなりましたが、医者になりたい人が減るんじゃないかが心配です。

投稿者 tozaki : 2006年06月30日 07:00

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