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2006年07月04日

学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題

■ 書籍情報

学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題   【学力の社会学―調査が示す学力の変化と学習の課題】

  苅谷 剛彦, 志水 宏吉 (編集)
  価格: ¥3360 (税込)
  岩波書店(2004/12)

 本書は、「ゆとり教育」への反動である「学力低下論争」を受けた「学力調査の時代」にあって、「調査をすればよしとする風潮が蔓延している」ことに異を唱えた、「教育社会学という専門的な立場から、学力調査を先行実施してきた研究グループによる、詳細な分析結果の報告」です。
 編者は、日本語の「学力」という言葉は、英語のachademic achievementにあたる学業達成という意味に限定されない、多様な意味が与えられていることを指摘し、「学力は、戦後の日本の教育界が生んだ、最大のジャーゴン(専門用語)といってよいだろう」と述べています。その上で、本書では、学力を「ペーパーテストで測定した学業達成」とすることとしています。
 本書で用いられている調査データは、
(1)関西データ:大阪大学を中心とするグループが、1989年と2001年にほぼ同一校・同一問題で実施したもの。
(2)関東調査:国立教育研究所が1982年と2002年に実施したもの。
の2種類で、1992年から本格実施された学習指導要領での教育がどのような影響を与えたかを示すことができる設計となっています。
 本書は、単に学力テストの結果を詳細に分析するだけでなく、「同時に実施した児童・生徒の意識や学校生活、家庭生活、学習活動などに関する質問紙調査と結びつけることで、どのような児童・生徒に、どのような学力形成上の問題があるのかを明らかにできる設計」となっていて、社会政策上の課題として、児童・生徒の家庭の社会・文化的背景の問題を重視しています。
 第1章では、90年代後半以降の「学力低下論争」において用いられたデータが、
(1)学力低下に関する意見調査、授業の理解度などの主観的な指標に基づくデータ、学習時間調査に依拠する部分が大きいこと。
(2)学力低下を直接示しうる学力調査に依拠した知見が乏しいこと。
の2つの点で、実証的知見が十分ではないことを指摘し、学力が実際に低下したことを検証するためには、「(1)同じ内容の学力調査を、(2)学年や地域などの特性が同じで、(3)母集団を代表しうる大規模な対象に対し、(4)複数時点で実施したデータであることが不可欠である」ことが述べられています。その上で、実証的データに基づいた分析においても、正答率の低下が見られ、学力低下が確認できること等を述べています。
 第2章では、学力低下の議論において、単に「水準問題」を指摘するだけでは不十分であり、「格差問題」の視点が不可欠であるとして、「学習遅滞」及び「学習速進」の着目した分析を行っています。これらは、
・学習遅滞:「ある学年の児童が得た得点が、1学年下の児童の平均得点を下回ることがあった」場合を1年遅滞した状態とみなす。
・学習速進:ある学年の児童が得た得点が、1学年上の児童の平均得点を上回ることがあった場合を1年速進した状態とみなす。
と定義されます。
 著者は、「学習遅滞」に関して、「計算など一定量の繰り返しの訓練を通じて獲得する基礎的なスキルやより単純な思考過程ではなく、より複雑な思考過程の介在を必要とする内容や算数の概念の意味理解において『遅滞』が発生しやすいのではないか」と指摘しています。さらに、学力の分極化が、家庭的背景(社会階層)と密接にかかわって生じているとして、「子供たちの学力格差が、単なる『学力』の格差にとどまるものではなく、『社会的につくられた格差』である可能性を示唆している」と述べています。
 第3章では、1989年~2001年の約10年間において、「『新学力観』などに代表される『考える力』重視の授業が試みられていたにもかかわらず、結果としては、一層『知識設問』優位の子供たちが育ったことになる』ことなどが指摘されています。
 第4章では、「子供が学習にどのような意味や意義を感じているか」を意味する「学習レリバレンス(relevarence)」の構造と規定要因、子供の教育達成や意識に及ぼす影響について検討しています。著者は、学習レリバレンスに着目する理由として、
(1)教育達成の説明モデルを拡張する必要性
(2)日本の子供たちの「学習意欲」の低下が極めて問題視されるようになっていること
(3)国際的な教育政策の動向としての生涯学習の成立条件という関心
の3点を挙げています。そして、本性の分析の成果として、
(1)「学習レリバレンス」が「現在的レリバレンス」(面白感)と「将来的レリバレンス」(役立ち感)の2つに分類されうち、現在的レリバレンスの土台という意味で将来的レリバレンスの確保や拡充に一層の政策的・将来的関心が向けられるべき。
(2)「学習レリバレンス」がジェンダーと密接に関連していること。
(3)学習に意味や意義を見出すことができるためには家族との関係性がきわめて重要であること。
(4)「将来的レリバレンス」は一時的・表面的な効果はある程度もちえるが、学習へのより本質的な動機付けという点では、「現在的レリバレンス」が不可欠な条件となること。
の4点を述べています。
 この他本書では、正答率が「高」に分類され、階層格差が10%以下の学級には高年齢のベテラン教師が多いことや、基本的生活習慣が身についているかどうかがペーパーテストの正答率に及ぼす影響が強まっていること、父非大卒層の児童が基礎学力を獲得するためには、父大卒層の児童はそれほど必要としない「学校的努力」を媒介とする必要があること、社会階層的には不利な条件の中で基礎学力を習得している生徒の特徴として、家庭学習に関する事柄との関連が多いこと、等が解説されています。
 本書は、人によって捉え方が異なり、議論が噛み合わないことが多い、学力低下の問題を、一歩ずつ着実に解きほぐしていくためには避けて通れない必読書ではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書は、第1部「個人の学力と学習」、第2部「学力と社会」の2部構成となっていますが、「学力低下論争」にきちんとした資料を突きつけたい、という思いからか、第1部の方にテーマ的な重点が置かれているように感じてしまいました。
 もちろん、後半の第2部の方も、編者の一人である苅谷氏が他の著書でも大きく取り上げている社会階層の問題をきちんと取り上げているのですが、これらの著書を読んだ後では、目新しい記述に乏しいような気がしてしまいました。


■ どんな人にオススメ?

・「学力低下論争」って結局どうなったの?と疑問に感じている人。


■ 関連しそうな本

 苅谷 剛彦 『学校って何だろう―教育の社会学入門』 2006年04月03日
 苅谷 剛彦 『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』 2006年02月14日
 苅谷 剛彦, 西 研 『考えあう技術』 2006年06月30日
 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 苅谷 剛彦, 佐藤 俊樹 『封印される不平等』 2006年02月10日
 苅谷 剛彦, 石田 浩, 菅山 真次 (編集) 『学校・職安と労働市場―戦後新規学卒市場の制度化過程』 2006年03月03日
 本田 由紀 『若者と仕事―「学校経由の就職」を超えて』 2006年03月02日


■ 百夜百マンガ

大いなる完【大いなる完 】

 作者本人が「選挙に出る」と宣言して大物政治家たちにインタビューして回るという怪作『やぶれかぶれ』とつながる作品といっていいのでしょうか。
 田中角栄元首相のバイタリティをマンガにするとこんな感じ、といった作品です。

投稿者 tozaki : 2006年07月04日 06:00

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