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2006年08月31日
行動経済学入門
■ 書籍情報
多田 洋介
価格: ¥1995 (税込)
日本経済新聞社(2003/12/11)
本書は、2002年のノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授らが研究を進めている、心理学の発想を経済学の理解に活かそうという「行動経済学」あるいは「経済心理学」の入門書です。行動経済学の特徴は、新古典派経済学が想定している完璧なクールヘッド(理性の持ち主)の「合理的」な人間ではなく、「間違いも起こせば、感情に流されたりもする、より身近で現実味のある人間像を前提として経済活動や経済現象の分析にアプローチしようとする点」にあります。このことによって、資産選択や消費と貯蓄の選択、労働契約関係など、伝統的な経済学では答えることができなかった様々な謎や矛盾(「アノマリー」と呼ばれる)を解くきっかけが与えられたことが述べられています。
これまでの「標準的な経済学」が前提としてきた、経済プレーヤーとしての人間、「ホモ・エコノミカス」は、(1)超合理的、(2)超自制的、(3)超利己的、という特徴を与えられてきました。これには、
(1)このような「超」のつく合理的、自制的、利己的な人間の行動は、数学的に表現することが比較的容易である。
(2)間違いを犯したり、他人に利益を譲ったりする者は淘汰され、また経済全体として合理的でない人間が市場に及ぼす影響は微々たるものであるという考えがある。
という2つの理由があると述べられています。
しかし、著者は、ベイズ・ルール、ゲーム理論、期待効用仮設、時間を通じた消費決定モデルなどの経済学の標準的ツールを取り上げ、「いずれも現実の人間行動を的確に表現しているかどうかについては疑問がある」と指摘し、行動経済学が、「『標準的な経済学』が十分には捉えきれていない人間の様々な行動様式を、心理学あるいは認知科学といった経済学以外の学問分野の研究成果を利用して紐解くことで、ミクロ的な経済行動やマクロ的な市場へのインパクトの分析における現実的な説明能力を補強しよう」とするものであると述べています。
人間の合理性に関しては、経済学小咄として、
「ある日、経済学者のDさんとサラリーマンのEさんが人通りの多い通りを歩いていたときの会話です。
E『おい、そこの道端に500円玉が落ちているぞ』
D『そんなわけないさ。もし本等に500円玉が落ちているのだったら、誰かがとっくにそれを拾っているはずさ』」
という話が紹介されています。その上で、経済学における人間の合理性の限界について、サイモンの「満足化仮説」を紹介し、この議論が、「最適化の便益と費用というトレードオフ関係の中から、人々は比較的コストのかからない『定石』や『親指の法則』(ルール・オブ・サム)を採用することで最適な貝にある程度近い選択をするという、限定合理性の存在を正当化するための議論の源流をなすモデル」となっていると述べています。そして、限定合理性の存在をを示す事例として、いくつかのゲーム理論の実証研究、美人投票、「勝者の呪い」等の例を紹介しています。
また、我々の意思決定に付きまとう「近道選び」(ヒューリスティックス)と呼ばれる行動パターンに関して、「人間の問題認識や解決のスピードを速めますが、その一方で、問題に対する必ずしも正確ではない答えを導いてしまうという危険性も孕んで」いることが述べられています。そして、代表的な近道選びとして、
(1)代表性(representativeness):統計理論に基づく推測を行うべき状況にもかかわらず、厳密な確率判断の代わりに、「似ているか」「代表しているか」などの基準を主観的な確率の判断に利用してしまうこと。間違いの症状としては、結合効果、基準確率の無視、標本数の無視等がある。
(2)利用可能性(availability):ある事象の確率を、どの状況がどの程度頭に思い浮かびやすいかによって、手っ取り早く思い浮かぶ情報を優先させて判断しようとしがちである。
(3)係留(anchoring):人々が物の大きさや価格などの数量的な評価を行う際、答えがそのときにもたらされている情報に左右される。その理由は、(1)人々の思考がある出発点からスタートして、これを調整した上で解答をはじき出す、(2)設問に含まれた情報を正しい答えにつながるヒントとして捉えるかもしれない、(3)無意識のうちに設問に含まれた情報などと矛盾しないような記憶や知識をあえて記憶の中から引き出そうとする思考プロセス、が考えられる。
の3つを挙げています。
この他、「多くの人々が他者と比較して自分自身の能力を過大に評価するという自信過剰(overconfidence)の習癖を持つこと」や、自分が信じていたことと現実とが食い違うようなケースで精神的な苦痛を感じる認知不協和(cognitive dissonance)について解説されています。
伝統的な期待効用仮説に代わりうる不確実性下の行動モデルとして有力な「プロスペクト理論」に関しては、「人々がくじ引きや株式投資など結果が確実ではない、リスクが存在するような商品を購入する際に、そのリスクに対してどのような見込みを行い、どのような行動をとるかについて説明するモデル」であり、
・損失をそれと同じ規模の利得よりも重大に受け止める。
・わずかな確率であっても発生する可能性があるケースを強く意識する。
という「人々にある程度共通に見られる行動パターンを理論的に説明するための分析ツール」として紹介しています。
この理論は、
・価値関数v(x):発生する可能性のある結果それぞれに対して人々がどの程度の満足を得るか。
・確率ウェート関数:結果xの実現値によって異なる値を持つ価値vをありうるすべての可能性について統合して「価値の期待値」として評価するための、加重平均に用いるウェート。
の2つのパートからなり、価値関数は、
(1)価値関数v(x)の中身は、「参照点」(reference point)と呼ばれる、価値の対象となる変数のある水準からの変化であって、水準そのものではない。
(2)人々が真理的な問題として、利得よりも同じ規模の損失を価値ベースでより深刻に感じる「損失回避性」(loss aversion)
(3)利得であろうと損失であろうと参照点から離れれば離れるほど、わずかな額の変化から生じる価値の変化分が小さくなる「感応度逓減」。
という3つの特徴を持つことや、確率ウェート関数は、
(1)確率が1である(事象が確実である)ときには価値評価ベースの確率を1と評価するが、事象が確実から幾分下がる時には価値ベースの確率を額面の確率pよりも低いと捉ええがちである。
(2)確率がゼロである時には価値ベースの確率もゼロと評価するが、確率がゼロより若干高くなるときには価値評価上の確率を額面よりも高く考える。
という2つの特徴を持つことが述べられています。
このプロスペクト理論の応用例としては、NYの個人タクシー運転手が、一般的にはタクシーの需要が大きいはずの雨の日には短い勤務で済まし、暖かい晴れの日に長く働くこと、競馬の最終レースで大穴狙いにシフトする人が多いこと、かける必要以上の過剰な保険に加入してしまうこと、景気のいい場合の選挙では現職が有利になり、景気が悪い場合にはリスキーな対立候補が有利になること等の例が紹介されています。
行動経済学の最先端の応用分野である行動ファイナンスに関しては、「合理的でない投資家の存在によってなぜマーケットがうまく機能しなくなるのか」という論点に関して、伝統的な合理性経済学における効率的市場仮説をシュライファーに従って、
(1)弱い形(weak form)の効率性:将来の株価あるいは株式投資のリターンなどは過去の情報から予測することはできず、明日の株価に対する最良の予測値は今日の株価であるとする「ランダム・ウォーク仮説」。
(2)やや強い形(semi-strong form)の効率性:株価などの先行きは、公になっているすべての情報をもってしても予測することが不可能である。
(3)強い形(strong form)の効率性:将来の株価などの資産価格は、公私の性質を問わずあらゆる情報をもってしても予測することが不可能である。
の3つに分類した上で、1980年代以降の実証研究による効率的市場仮説への批判を紹介しています。
この他本書では、明日よりも今日の時間を重視する「選好の逆転」という現象を示す人間の時間選好が、単純な割引モデルで表すことができるものではないとする「双曲的割引モデル」や、人間が純粋に利己的でないことを示す「公共財ゲーム」「最後通牒ゲーム」「独裁者ゲーム」の3つのゲームの例等を紹介しています。
著者は、教科書的な経済学が前提とする、無尽蔵な合理性、完璧な自制心、極端な利己主義、という人間像を、「無批判に信用しても、現実の人々の行動や経済現象のすべてを説明できるわけではなく、合理性の限界や損失を嫌う性格、自分を律する能力の限界、相手の態度に対して自分の態度を決める行動原理といった心理的なファクターを人間像に加味することが必要である」と主張しています。
本書は、教科書的な経済学が前提としている人間像に違和感を感じる人にとって、膝を打つことが多い一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
ちなみに、経験に基づく法則を意味する「親指の法則」とは、親指でものを測ることに由来しているそうです。
また、本書では、「ギャンブラーの過ち」として知られている、「コイン投げで3回続けて表が出たので次は裏だろう」という勘違いを「小数の法則」として紹介しています。こういう考え方は、実際の会話の中では意外と説得力を持ったりしてしまうのが不思議なものです。
■ どんな人にオススメ?
・経済学が扱う人間像と自分自身とのギャップを感じている人。
■ 関連しそうな本
友野 典男 『行動経済学 経済は「感情」で動いている』
A. シュレイファー 『金融バブルの経済学―行動ファイナンス入門』
スティーヴン・レヴィット 『ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する』
大竹 文雄 『経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには』
R. アクセルロッド (著), 松田 裕之 (翻訳) 『つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで』 38706
■ 百夜百マンガ
メジャー作品の『じみへん』がA面だとすると、B面に当たるのがこちらでしょうか。一時期は店頭においてなくて、「陰謀説」が流れた時もありました。
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2006年08月30日
熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素
■ 書籍情報
【熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素】
デビッド・シロタ
価格: ¥1995 (税込)
英治出版(2006/2/2)
本書は、企業にとって「もの言わぬ殺し屋」である無関心な社員を、企業が最も求めているものである「情熱にあふれた社員」に変身させるためには何をすべきか、について解説したものです。そして、著者は、「まず、社員が求めているものを理解し、それを与えなければならない」と述べています。
著者は、社員の式のレベルを、「情熱的」「満足」「中間」「怒り」の4段階に大きく分け、「情熱は、満足感とは違う。関心の高い社員は、不満を抱えた社員でもある」とした上で、「自分と会社を同一視している人なら、たとえ企業の業績を賞賛されても現状に満足しないのは当然だ」と述べています。
また、士気と企業の業績の互恵的な関係を取り込んだ「人材パフォーマンス・モデル」を開発し、その要点を、
(1)社員の士気は、ビジネスの成功にとって非常に重要である。
(2)社員の士気は、組織の方向性とリーダーシップが反映される日々の経営慣行による一つの関数である。
(3)フィードバック・ループにより、成功がさらなる成功をもたらす。
(4)日々の経営慣行は、社員の士気を高める上でもとも重要である。
と述べています。
著者は、情熱を生み出す根源である、モチベーションに関しては、「人が仕事をする上での3つのゴール」を、
(1)公平感:「企業目標の達成に向けた社員の自発的な協力」を得るには、彼らが自分たちに対する会社側の姿勢や振る舞いに対して、本質的な公平感を持つことが不可欠。
(2)達成感:自分と帰属する組織が達成したことに誇りを持つことへの執着が、高いパフォーマンスに向けた行動を促進する。
(3)連帯感:他者との前向きな相互作用は、単なる満足以上に精神的な健康にとって欠かせない。
であるとする「仕事のモチベーションにおける3要素理論」を提唱しています。
第3章以降の本書では、公平感、達成感、連帯感のそれぞれに関連した解説という構成になっていて、「公平感を示す」方法としては、雇用保障、報酬、敬意を、「達成感を与える」方法としては、ビジョン、権限委譲、やりがい、フィードバックを、「連帯感を強める」方法としては、チームワークをそれぞれ章を立てて解説しています。
雇用保障に関しては、社員が「リストラを企業経営上の慎重な判断としてではなく、根本的に不公平な扱い」と受け取っている理由として、
・本質的な公平感:事象自体が公平であるか。
・手続きの公平感:実施プロセスが公平であるか。
の2点を挙げるとともに、企業が厳守すべき5つの基本原則として、
・原則(1):リストラに至るまでに、代対策をつくす。
・原則(2):リストラが不可避のときは、まず希望退職者を募集する。
・原則(3):寛大で、道徳にかなうやり方でリストラを行う。
・原則(4):リストラに至るプロセスのすべての情報を開示する。
・原則(5):残った社員への悪影響を最小限にとどめる。
の5つの原則を挙げています。著者は、本章の最後に、「パフォーマンスが低い社員を我慢してまで雇用し続けろ」と言っているわけではなく、「景気の下降やテクノロジーの進歩による省力化など、社員のレベルではどうすることもできない環境と、自発的に動かず受身なだけの社員」とを区別すべきであるとまとめています。
報酬に関しては、成果主義の賃金制度が社員から最も低い評価を受けていること、中でも「メリット・ペイ」(給与が生産量と直接結びつかず、上司が一定期間における社員のパフォーマンスを主観的に評価する)に対しては社員の大多数が否定的であること、労働賃金と労働コスト(賃金と生産との関数)とを混同してはならないこと等を述べた上で、給与水準に関しては、「与えた分しか返ってこない」と結論付けています。その上で、成果主義の適切な運用方法として、グループ変動給の導入を提唱しています。
敬意に関しては、その本質を平等性にあるとし、「自分の存在に経営者や管理職が満足している」と信じることが、社員が敬意を感じる重要なサインであると述べています。この具体策としては、「人間らしい」職場環境をつくること、不要なステータス・シンボルを廃止することが必要であると述べています。
達成感を与える第1の方法であるビジョンに関しては、社員の総合的な満足度に強い相関関係を持つ「会社に対するプライド」の源泉として、
(1)財務実績におけるエクセレンス
(2)業務効率におけるエクセレンス
(3)製品特徴におけるエクセレンス(実用性、他社との差別化、品質など)
(4)企業倫理におけるエクセレンス
の4つのエクセレンス(卓越)を挙げています。
権限委譲に関しては、リーダーシップを、「独裁者型」「自由放任型」「社員参加型」の3つに分類した上で、「ピラミッド型」である独裁者型マネジメントに対し、「フラット型」である3番目の社員参加型マネジメントの利点として、「社員の情熱とコミットメントを引き出すには、管理を減らすことである。管理が少なくなればなるほど、社員の情熱とコミットメントが生まれるのだ」と述べています。
やりがいに関しては、「労働者の76%が自分の仕事を気に入っていると回答し、不満を表明した回答者は、わずか8%である」という調査結果を示し、「仕事内容を魅力的だと感じる感じないは、人によって大きく異なる」こと、仕事におけるプライドの源として、
・生産性の高い仕事をする。
・価値ある能力を生かす。
・重要度の高い仕事をする。
の3点があることを述べています。
フィードバックに関しては、管理職の負担を和らげながら、社員にとって助けとなるフィードバックのガイドラインとして、
(1)パフォーマンスのフィードバックと年次人事考課の違いを理解する。
(2)社員は誉め言葉は聞きたがるが、改善を促す指摘には耳を課さないという先入観を持たない。
(3)全体的なパフォーマンスが満足でき、会社もそれを高く評価している社員には、そのことを伝える。
(4)改善を促すコメントは、具体的で事実に基づき、当人ではなく状況に対する指示でなければならない。
(5)フィードバックは、社員のパフォーマンスに直接作用する行為だけを対象とする。
(6)フィードバックする際には、双方向のコミュニケーションに努める。
(7)フィードバックのゴールは、あくまで改善実現を可能にするアクションにある。
(8)フォローアップで補強する。
(9)フィードバックは、把握している分野に限る。
の9点を挙げています。
連帯感を強める方策であるチームワークに関しては、「職場における社員同士の社会的関係の質」として「社会関係資本」(ソーシャル・キャピタル)が重要であること、チームワークを促進するのは、「彼らにとっての最大の楽しみ」である、「共通の目標に向かって働くチームの一員としての交流である」ことを述べた上で、パートナーシップの確立に向けた方策の一つとして、ワークショップを提唱しています。
本書は、本来は、情熱にあふれる社員を求める経営者むけのものですが、自分の職場を情熱あふれるものに変えて行きたい、という社員一人ひとりにとっても示唆に富んだ一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書の第9章には、パフォーマンスの劣った社員として、
・能力指導、明確な目標、それなりの刺激を与えれば、現職のままでも満足できるレベルに引き上げられるタイプ。
・職種もしくは所属する会社自体の選択を間違えているため、環境を変えなければ改善が望めないタイプ。
・どんな指導を与えても、また、どんな職種や会社においても、現状が変わらないタイプ。
の3つのタイプが示されています。
近年、公務員の世界でもパフォーマンスの劣った職員、中でも上記の3番目のタイプに対する分限処分に対する取組みが始められています。もちろん、人にはさまざまな事情がありますが、問題は、著者が、「その悪影響は多数の社員に及ぶ。なかでも、経営者や管理職がこの問題を放置しているという印象を社員に与えることが最大の問題だ」と指摘している点ではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・自分の職場を変えたいと思っている人。
■ 関連しそうな本
松繁 寿和, 中嶋 哲夫, 梅崎 修 『人事の経済分析―人事制度改革と人材マネジメント』 2006年01月10日
ステファン・P. ロビンス (著), 高木 晴夫, 永井 裕久, 福沢 英弘, 横田 絵理, 渡辺 直登 (翻訳) 『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』 2005年02月17日
金井 寿宏, 高橋 潔 (著) 『組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプト』 2005年04月27日
金井 壽宏 『組織を動かす最強のマネジメント心理学―組織と働く個人の「心的エナジー」を生かす法』 2005年06月09日
ヴルーム, 坂下 昭宣 『仕事とモティベーション』 2006年02月17日
サンフォード・M. ジャコービィ (著), 鈴木 良始, 堀 龍二, 伊藤 健市 (翻訳) 『日本の人事部・アメリカの人事部―日本企業のコーポレート・ガバナンスと雇用関係』 2006年06月02日
■ 百夜百マンガ
ビーバップ、シャコタンブギ、工業高校バレーボールなど、この時期のヤンマガのヤンキーマンガ路線の一つです。
月曜の朝、コンビニで、おにぎりと缶コーヒーと一緒に買われて、工事現場に向かう車に常備されてそうなイメージです。というか毎週買ってました。
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2006年08月29日
「みんなの意見」は案外正しい
■ 書籍情報
ジェームズ・スロウィッキー
価格: ¥1680 (税込)
角川書店(2006/1/31)
本書は、有限の合理性しか持っていない個々人の不完全な判断が正しい方向に積み重ねられることで、集団として優れた知力が発揮される、「集団の知恵(集合知)」に関する、「一見するとバラバラだけれど実は根本的には似通っている現象」を、「この世界のありのままの姿」、そして「この世界のあるべき姿」として描いたものです。著者は、集合的な知力に関する問題を、
(1)認知:どこかの時点で必ず明快な答えが存在するタイプの問題。
(2)調整:集団のメンバー全員が同じような行動を取る中、他の人と調整する方法を考え出す。
(3)協調:利己的で、不信感いっぱいの赤の他人同士が一丸になって何かに取り組むようにする。
の3種類の問題に議論を絞っています。
1986年、スペースシャトル・チャレンジャー号が発射74秒後に爆発した際に、チャレンジャー発射に関わる主要企業4社の株は瞬く間に下落し始めますが、爆発から1時間後にはモートン・サイオコール社だけが下落し続け、他の3社の株価は持ち直します。著者はこの現象を、「ほぼ瞬時に株式市場がチャレンジャー爆発の原因はモートン・サイオコールにあり、この惨事が同社のボトムラインに与える影響は深刻だと判断したことを示す確たる証拠」であると述べています。果たして、6ヵ月後に調査委員会が発表した事故原因は、サイオコール製のブースターロケットにあることを発表し、サイオコールの責任が認められます。
著者は、市場が賢い判断を下せたのは、
(1)意見の多様性:それが既知の事実のかなり突拍子もない解釈だとしても、各人が独自の指摘情報を多少なりとも持っている。
(2)独立性:他者の考えに左右されない。
(3)分散性:身近な情報に特化し、それを利用できる。
(4)集約性:個々人の判断を集計して一つの判断に集約するメカニズムの存在。
の4つの賢い集団の特徴の要件を満たしたからだと述べています。著者はその理由を、「多様で、自立した個人から構成される、ある程度の規模の集団に予測や推測をして」もらい、「その集団の回等を均すと一人ひとりの個人が回答を出す過程で犯した間違いが相殺される」ことで、個人の回等が持つ、「情報」と「間違い」の2つの要素のうち、間違いが引き算され、情報が残るからだと解説しています。
著者は集合知の例として、
・ページランクアルゴリズムによって、一番得票数の多いページを検索結果の上位に表示するグーグル。
・あらゆる選挙結果を予想する市場を設けた「アイオワ・エレクトロノック・マーケット(IEM)プロジェクト」
等を示しています。
著者は、「確度の高い予想をする鍵は、一つの方法の完成度を高めることではなく、集団が賢明な判断を下すのに必要な多様性、独立性、分散性という要件を満たすところにある」とこの問題を要約しています。
また、私たちが、「専門化が自分たちを救ってくれる」という考えにしがみつく理由として、
・平均することは妥協であり、レベルを下げることだと直感的に思っている。
・本当の知力は個人に備わっているという私たちの思い込み。
・世の中に予測をしている人がたくさんいれば、そのうち何人かは何年かの間になかなかの成績を収めることになるという「偶然のいたずらにだまされてしまう」。
の3点を挙げています。
著者は、賢明な意思決定に独立性が不可欠である理由として、
(1)人々が犯した間違いが相互に関わりを持たないようにできる。
(2)独立した個人はみんながすでに知っている古い情報とは違う、新しい情報を手に入れている可能性が高い。
という2つの理由を挙げるとともに、独立性は合理性や中立性とは異なり、「どんなに偏っていて非合理でも、その意見が独立していれば集団は愚かにならない」と述べています。
また、情報不足の状態で次から次へと判断が積み重なる「情報カスケード」の問題点として、「ある時点をすぎると自分が持っている指摘情報に関心を払う代わりに、周りの人の行動を真似することが合理的に思える」ことを指摘しています。そして、情報カスケードがうまく働いた例として、規格化したネジの広がりの事例を、悲惨な間違いをもたらした例として、1990年代後半のITバブルの事例を取り上げています。
分散性に関しては、「人々はなぜか分散性は『自然』だとか『自発的』な状態だという考え方に取りつかれている」と指摘し、分散性を機能させることが難しいことを、交通渋滞やCIAの例を挙げて示しています。
この他本書では、リーダーに導かれているように見える椋鳥の群れが、
(1)中心にできるだけ近いところにいるようにする。
(2)隣の個体と2、3羽分の距離を空けて飛ぶようにする。
(3)ほかの個体にぶつからないようにする。
(4)鷹に襲われたら逃げる。
の4つのルールに従っているだけであることや、みんなに税金を負担してもらうためには、
(1)人々がある程度自分の周りの人間を信頼し、だいたいにおいて彼らは正しいことを行い、相応の義務を果たすだろうと信じられること。
(2)政府は税金で得た資金を賢く、国益に適うような形で使ってくれるはずだということ。
(3)国家が悪者を探し出して罰してくれる一方、無辜の市民は罰しないだろうということ。
という3つの信頼が必要であることが述べられています。また、科学者の研究が他の人の情報に依存しているという事実から、
(1)科学の発展のためには、科学者同士が競争しながらもある程度お互いを信頼し合い、自らが公表するデータに関して公平無私な態度で望まなければならない。
(2)科学はつねに新しい知識が流入する共有の知識の泉に依存していると同時に、信頼できる仮説かどうかを選り分ける科学のコミュニティの集合的な知恵に対する暗黙の信頼にも依存している。
という論理的帰結につながっていること等も述べられています。
著者は最後の章で、民主主義に関して、世界中で実施されている討論型世論調査の根底には、「政治的議論は一握りの専門家や政策エリートに限定されるべきではないし、そういった限定も必要でない」という考えがあること、「身近な状況や自己利益が具体的な問題や候補者に関する有権者の意見を形づくるという主張と、それでもなお有権者は職務を全うするのに一番適っている人を選ぶという主張」が矛盾なく両立すること、そして民主主義は、「私たちはどのようにすれば共生できるのか。どのようにすればみんなの利益になるように力を合わせられるのか」という問いに答える力を貸してくれるものであることを述べています。
本書は、多くの人がおぼろげに抱いている民主主義や集合知への素朴な信頼に、自信を与えてくれる一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書には、社会心理学者のスタンレー・ミルグラムが1980年代に行った実験として、「大学院の学生に地下鉄に乗って、丁寧な口調で、でも単刀直入に座席を譲って欲しいと頼むよう指示した」ことが紹介されています。その結果は、話しかけた人の半数が座席を譲ってくれた、というものでしたが、話しかける勇気を振り絞るのが難しく、「不安だし、緊張して恥ずかしい」という「すさまじい苦痛」と感じることも述べられています。
次にミルグラムは、学生たちに、場外の賭け店や券売場の列に割り込むよう指示します。その結果は、半分の確率で問題なく割り込めたものの、
・割り込んだ人をど突くなど、何らかの行動に出る人・・・10%
・言葉で強く抗議して割り込みを許さない人・・・25%
・「卑劣なヤツだ」とでもいうような敵意に満ちた視線を投げかけた人・・・15%
という大変苛烈な反応を示したことが紹介されています。
ミルグラムといえば、新聞広告で募集した「教師役」の被験者に対し、答えを間違えた「生徒」に電気ショックを与えるよう指示することによって、人間が権威者の指示にどこまで従うかを調べた「アイヒマン実験」というえげつない実験を行った心理学者として知られていますが、心理学のゼミに所属する学生というのも大変そうです。
そういえば、大学時代には、心理学の学生は、視界が上下逆転する特殊な眼鏡をかけて生活する実験をさせられる、という話を聞いたことがありますが、自らが実験台にならなければならない過酷な研究分野なのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・民主主義に自信を持ちたい人。
■ 関連しそうな本
ジョン・バッテル (著), 中谷 和男 (翻訳) 『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』 2006年06月20日
梅田 望夫 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』
佐々木 俊尚 『グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する』
嶋田 淑之, 中村 元一 『Google―なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか』 2005年08月18日
R. アクセルロッド (著), 松田 裕之 (翻訳) 『つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで』 2005年12月20日
ロバート・アクセルロッド (著), 寺野 隆雄 (翻訳) 『対立と協調の科学-エージェント・ベース・モデルによる複雑系の解明』 2005年11月15日
■ 百夜百マンガ
メスを包丁に握り替えたブラックジャックというかタイガーマスクというかは別として、ラーメン屋に置いてあったりしましたが、基本的に人情話なので、料理自体はおいしそうには見えないところがポイントです。
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2006年08月28日
孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生
■ 書籍情報
ロバート・D. パットナム
価格: ¥7140 (税込)
柏書房(2006/04)
本書は、『哲学する民主主義』でイタリアにおける社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の蓄積を分析した著者が、「米国コミュニティにおける市民・社会生活に、続いて一体何が起こったのか」をテーマに、米国社会の変化を社会関係資本の観点から分析したものです。
著者は、「一般的互酬性によって特徴づけられた社会は、不振渦巻く社会よりも効率がよい。それは、貨幣の方が、物々交換よりも効果的であるのと同じ理由である」として、「人々の多用な集合の間で頻繁な相互作用が行われると、一般的互酬性の規範が形成される傾向がある」と述べ、市民参加と社会関係資本が相互義務と行為への責任を内包していることを指摘しています。また、社会関係資本の形式の次元の中で、最も重要なものとして、
・橋渡し(包含)型(ブリッジング):外部資源との連繋や、情報伝播において優れている。
・結束(排他)型(ボンディング):メンバーの選択・必要性によって、内向きの志向を持ち、排他的なアイデンティティと等質な集団を強化していくもの。
の2つを挙げ、「結束型社会資本が、社会学的な強力接着剤なら、橋渡し型社会関係資本は社会学的な潤滑在である」と述べています。
著者は、ローカルリーグのボウリングを通じて知り合うような「小さな部分においても――そしてもっと大きな部分においても――われわれ米国人は、互いを再び結び付けあわなければならない」と主張しています。
第2部「市民参加と社会関係資本における変化」では、「世代変化」が、
(1)多くの人々が自分の趣味や習慣を一つの方向に同時に変化させる。
(2)異なる世代が異なる趣味や習慣を持てば、生と死の社会生理により、個人が何の変化をせずとも結局は社会が変化する。
という2つのプロセスの組合せによって作り出されていることが述べられています。
市民的、政治的参加パターンの変化としては、「ほぼ全ての形態のコミュニティ関与は、最もありふれた陳情署名から最も希な議員立候補に至るまで大きく低下した」こと、「委員を務めるというような『協同』的な形をとる行動が、手紙を書くといった『表現』的な形の行動よりも急速に低下したことが述べられています。
市民参加に関しては、「この四半世紀の間に、自発的結社の数はおおよそ3倍になったが、平均会員数の数はおおよそ10分の1となっているように見える」こと、個人会員が所属し会費を納入するような郵送名簿組織のある巨大会員組織を、社会的なつながりという観点からは古典的な「二次集団」とは大きく異なる「三次手段」と名づける必要があること、1960年代初頭に18歳以下の子どもを持つ家庭100当たりの会員数が50近くにまで達した「父母と教師の会」(PTA)の会員数が20世紀の終わりには100当たり20以下にまで落ち込んだことなどが紹介されています。著者は、「多くの米国人が、自分はさまざまな組織の『メンバー』であると自称し続けているが、しかしほとんどの者はコミュニティ組織にもはや多くの時間を割かなくなっている」と指摘しています。
宗教参加に関しては、
(1)今日における宗教は、これまで伝統的にそうであったように、米国におけるコミュニティ生活とその健全性における中心の源泉であった。
(2)20世紀を通じた宗教参加の広範な変動は、世俗的な市民生活の傾向と鏡写しになっていて、世俗生活と同様に、強い形態の関与の方が近年の減少が大きい。
(3)この時期を通じた米国人の宗教生活は、動的で労力を要する宗派が、より世俗的な形態に取って代わろうと押し寄せるという歴史的にはよくあるドラマの再現であり、宗教生活におけるこの傾向は、世俗的コミュニティにおける社会的つながりに見られる不吉な現象を強化している。
の3点を指摘しています。
職場でのつながりに関しては、「現代米国社会の多くは、予測不可能な昇進と賃金の伸びに特徴づけられた、安定した雇用関係の上に築かれてきた。住宅所有や子どもの大学教育のような長期の個人投資、コミュニティの絆とそればもたらす安定性、職場外における生活の質といったものは全て、仕事のリスクと不確実性が減少されることによって拡大してきた」というピーター・キャペリの言葉を引用しながら、これら全てが仕事上の「新たな取り決め(ニューディール)」によって浸食されつつあると述べています。
インフォーマルな社会的なつながりについては、
・マッハー(macher、大立者・中心人物):フォーマルな組織に多くの時間を費やす男女。
・シュムーザー(schmoozer、おしゃべり・口達者):インフォーマルな会話や進行に多くの時間を使う者。
というイディッシュ語の2つの言葉を取り上げ、この区別が、「米国人の社会生活における重要なリアリティを反映している」と述べています。そして、米国人が、「以前と比べて友人や隣人と過ごす時間を大きく減らしている」ことを指摘しています。また、ボウリングが米国で最も人気のある競技スポーツである一方で、リーグボウリングが過去10~15年で急激に落ち込んだことに着目し、この長期傾向が、「すでに検討した他の形態の社会関係資本で見られた傾向と正確に対応している」ことを指摘しています。
社会関係資本の中心指標とも考えられる「他者を助けようとする対応態勢」である愛他主義、ボランティア、慈善活動に関しては、慈善活動の「加入者」は「非加入者」と比べて時間的、金銭的な寛大さが10倍近いこと、ボランティア活動はさらなるボランティア活動を促進することが述べられています。また、市民参加低下の潮流に逆らって増加している新たなボランティアのほとんど全部は60代以上の高齢者に集中していることを指摘し、その理由として、高齢者の健康と懐具合が過去数十年に顕著に改善され、退職後の生活をより長く積極的に送ることが可能になるとともに、1910年から1940年の間に生まれたこの年代が、「人生の中で市民的問題により深くかかわってきた」ことを挙げています。
互酬性、誠実性、信頼に関しては、「一般互酬性はコミュニティの資産であるが、一般的な騙されやすさはそうではない」ことを指摘し、単なる信頼ではなく、信頼性が鍵となる要因になっていることを述べています。
第2部の最終章では、全米国人の40%が、「定期的に会合を持ち、参加者へのサポートやケアを提供している小集団に現在関わっている」ことが紹介されています。また、社会運動と社会関係資本が非常に密接に結びついていて、社会的ネットワークが運動を組織するものにとって最中心となる資源である一方で、社会運動は新たなアイデンティティをもたらし社会的ネットワークを拡張することによって社会関係資本を創出することが述べられています。ただし、ダイレクトメールによってリクルートされた会員は組織的コミットメントが低く、1985年から1990年の間に会員数を3倍にしたグリーンピースが、続く8年間で85%の会員を失ったという事実が紹介されています。最後に、インターネットは、物理的に離れた人々の間における情報伝達ツールである反面、そういった情報の流れそれ自体が社会関係資本と、正真正銘のコミュニティを育みうるのか、という難問を抱えていることが指摘されています。
第3部「なぜ?」では、1960年代と70年代に始まり、80年代と90年代に加速化した、「米国のコミュニティの解きほぐし」がなぜ起こったのか、という謎が、米国民主主義の未来にとって一定の重要性を有していると述べています。
著者は、コミュニティ問題からのドロップアウト傾向の背後にいる、「最も明らかな容疑者」として、多忙さの拡大を挙げるとともに、問題の現況は、単純に過重労働ではないかとしています。ただし、余暇時間全体としては、「過去30年間には、市民参加の低下を説明するような自由時間の現象は一般に見られない」としながらも、この「自由時間」は、
(1)細切れの時間や、早期退職を余儀なくされた高齢者に対しての非自発的な固まりであること。
(2)教育水準の低い者が自由時間を得る一方で、大卒者の方はその大半がそれを失っていること。
(3)共働き家庭が一般化し、以前よりも労働に費やす時間が増加していること。
の3点の特徴を持つことを指摘しています。そして、「米国のコミュニティ参加を増加させる実践的な方法の一つ」として、「女性が(そして男性も)望んだ時にはパートタイムで働くことを容易にすること」を挙げています。
また、郊外に増加した「共有権益(コモン・インタレスト)開発」と「ゲート付きコミュニティ」においては、「コミュニティの社会的等質性が増加すると、政治的関与のレベルが低下する」ことを紹介するとともに、車と通勤によるコミュニティ生活への悪影響として、「通勤時間が1日当たり10分増加するごとに、コミュニティ問題への関与が10%失われる」ことを指摘しています。
テクノロジーとマスメディアによってもたらされた20世紀にわたる変容に関しては、
(1)ニュースと娯楽はますます個人化されていった。
(2)電子技術はこの、オーダーメイドで専用に誂えたような娯楽を、プライベートに消費することを可能にした。
の2つの問題点を挙げています。テレビに関しては、1965年から95年までの30年間に増加した週当たり6時間の余暇時間のほとんどがテレビ視聴に費やされたことを、「テレビは余暇時間の中の巨大な存在(800ポンドゴリラ)である」という言葉を紹介しています。そして、テレビが市民参加を減少させるプロセスとして、
・テレビが限られた時間を競い合う。
・テレビには、社会参加を抑制する心理的影響がある。
・特定のテレビ番組内容が、市民的動機付けを弱める。
の3つの仮説を立てて検討しています。
年齢の問題に関しては、「最近の世代に見られる社会的孤立と市民参加の低下という厳然たる構図」に対抗する重要な事実として、「過去10年間に、若者の間でボランティア活動とコミュニティ奉仕の増加が見られる」ことを挙げるとともに、世代的遷移は「われわれのストーリーにおける重大な要素」としながらも、「それが市民的、社会的参加の全ての形態に対して等しく協力に寄与しているわけではない」ことを指摘しています。そして、「20世紀後半の3分の1を通じた米国における市民参加の低下はその多くが、著しく市民的な世代が、コミュニティ生活への組み込まれ方の少ない数世代(その子や孫)によって置き換わったことに起因する」とまとめています。
第4部「それで?」では、社会関係資本が持つ、人々の願望を現実へ変換するのを助ける特性として、
(1)社会関係資本は、市民が集合的問題解決をより容易にすることを可能とする。
(2)社会関係資本は、コミュニティがスムーズに進むための潤滑油となる。
(3)自らの運命がたくさんのつながりを持っている、ということへの気づきを広げることで人々の取り分を増やす。
の3点を挙げています。
著者は、「社会関係資本が人々を賢く、健康で、安全、豊かにし、そして公正で安定した民主主義を可能にするという証拠」として、米国各州における社会関係資本を・コミュニティ組織生活の指標
・公的問題への参加の指標
・コミュニティボランティア活動の指標
・インフォーマルな社交性の指標
・社会的信頼の指標
の項目で測定しています。その結果は天気図のような形で地図化され、
・「高気圧」ゾーン:ミシシッピ、ミズーリ川の上流を中心として、東西にカナダ国境に沿って広がっている。
・「低気圧」エリア:ミシシッピデルタを中心とし、かつての南部連合を貫いて同心円状に広がっている。
と表されています。著者はこの図を眺めて浮かび上がってくる「このような違いはどこから来たのだろうか?」という疑問に関して、少なくとも部分的には入植のパターンが影響していることを理由に挙げ、さらに、19世紀前半における奴隷制との間の空間的相関として、「当時の奴隷制度が過酷なものであるほど、週における今日の市民性が低い」と指摘しています。
また、教育と児童福祉における社会関係資本の重要性については、東海岸のノースカロライナ州とコネチカット州とを比較しながら、「近隣、コミュニティレベルの社会関係資本は子どもの学びに明らかな影響を与える」とともに、「家族内の社会関係資本もまた若年期の発達に強く影響する」ことを解説しています。
治安に関しては、ロバート・J・サンプソンによる、「(a)匿名性が高く、住民同士での顔見知りのネットワークが希薄で、(b)ティーンエイジャーの仲間グループに目が行き届かず、公共空間のコントロールが弱体化しており、(c)組織的基盤が弱く、地域活動への社会参加が低い、といった特徴のあるコミュニティは、犯罪と暴力のリスク増加に直面する」という実証研究を紹介しています。
さらに、経済的繁栄に関して、社会的ネットワークの経済的価値が、持たざるもののために限られているわけではない例として、「ビジネス・エグゼクティブの回転式名刺入(ロールデックス)に収められた社会的、組織的つながりが、職業上の成功度合いの決定要因として、その教育水準や経験に劣らぬほど重要である」という研究を紹介しています。また、シリコンバレーの経済的奇跡の根本には、「この地区の創業間もない企業の間で発達した、インフォーマルな、そしてフォーマルな協力の水平的ネットワークにその多くを負っている」ことが述べられています。
健康と社会関係資本の関係に関しては、「社会的なつながりのない人々は、それに対応された人々で家族、友人、そしてコミュニティと密接なつながりのあるものと比べたときに、あらゆる原因について2~5倍の確率で死亡しやすい」という米国、スカンジナビア、日本で行われた研究を紹介しています。
民主主義に関しては、『哲学する民主主義』で取り扱ったイタリアの地方政府に関する研究が紹介されているほか、米国の各種を比較した結果として、「社会関係資本が納税遵守を予測することに成功した唯一の要因であった」ことが述べられています。
一方で、社会関係資本の「暗黒面(ダークサイド)」としては、組織的連帯の低下の裏には、個人的自由の上昇という「利得(ゲイン)」が存在していること、学校統合にともなう「強制バス通学」のようなケースは、橋渡し型と結束型の社会関係資本との間のトレードオフを提示していることなどが述べられています。
第5部「何がなされるべきか?」では、歴史からの教訓として、19世紀最後の数十年に、組織構築のブームが存在し、コレラの初期的な土台の上に、10世紀末から20世紀初頭にかけて、市民組織の巨大な新しい構造が構築されたこと、この時期の組織急増の最も顕著な例が友愛グループであること、そして、「社会関係資本への投資は、政治的動員と改革にとってその代替物ではなく、前提条件だということ」が述べられています。
最終章「社会関係資本主義者(ソーシャル・キャピタリスト)の課題に向けて」では、社会関係資本を生み出すことは容易いことではない、とした上で、「集合的、個人的主導の双方を通じて、21世紀に向けて米国コミュニティを再興させること」を課題に設定しています。そして、
・米国の親、教育者、ヤングアダルト
・米国の雇用者、労働組合のリーダー、政府関係者及び被雇用者自身
・国内の都市、地域プランナー、開発業者、コミュニティ組織者、住宅購入者
・米国の聖職者、世俗のリーダー、進学者、一般の信徒
・米国メディア界の重鎮、ジャーナリスト、インターネット上の指導者(グル)
・米国の芸術家、文化組織のリーダーや出資者
・米国の政府関係者、政治コンサルタント、政治家、同胞たる市民
のそれぞれに対し、社会関係資本の再興を訴えています。
本書は、社会関係資本の重要性を認識している人はもちろん、地域社会の変化に不安を感じている人にとってヒントを与えてくれる一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書の少し変わったタイトルは、著者の同僚のジャック・ドナヒューがつぶやいた「米国人は『孤独なボウリング』をしているようだ」という言葉にちなんでいます。『哲学する民主主義』を読んだ人にとっては待望の翻訳だと思いますが、本書が初めてという人にとっては、7140円という価格と、700ページ近い分厚さは相当の障壁になるのではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・コミュニティの弱体化を感じている人。
■ 関連しそうな本
ロバート・D. パットナム (著), 河田 潤一 (翻訳) 『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造』 2005年03月03日
ロバート・アクセルロッド (著), 寺野 隆雄 (翻訳) 『対立と協調の科学-エージェント・ベース・モデルによる複雑系の解明』 2005年11月15日
金子 郁容, 松岡 正剛, 下河辺 淳 『ボランタリー経済の誕生―自発する経済とコミュニティ』 38593
ドン コーエン (著), ローレンス プルサック (著), 沢崎 冬日 (翻訳) 『人と人の「つながり」に投資する企業―ソーシャル・キャピタルが信頼を育む』 38705
R. アクセルロッド (著), 松田 裕之 (翻訳) 『つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで』 38706
金子 郁容 『新版 コミュニティ・ソリューション―ボランタリーな問題解決に向けて』 38693
■ 百夜百マンガ
少年チャンピオン全盛期を支えた看板作品であると同時に、ギャグ漫画家のはかなさを教えてくれる作品です。コンスタントにギャグマンガを描き続けることの難しさは、アイドル歌手が生き残るのと同じくらいではないでしょうか。
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2006年08月27日
超常現象の心理学―人はなぜオカルトにひかれるのか
■ 書籍情報
菊池 聡
価格: ¥693 (税込)
平凡社(1999/12)
本書は、心理学者である著者が、UFOや心霊、超能力などのオカルトや超常現象と呼ばれる世界を、心理学の目を頼りに見ていこうとしているものです。
心理学者である著者は、「心理学」という言葉が、怪しいイメージで受け取られがちであるという点に関して、「カウンセリング」「心理ゲーム・雑誌の心理テスト」「心理検査」「人の気持ち、考えていることがわかる」「心が読まれそうでこわい」「あやしげ}等、大学の新入生を対象とした調査結果を紹介しています。
一方で、通俗心理学の方は社会一般からの強い支持を受けているようで、著者はある宴席で、大手電機メーカーの要職にある大学時代の先輩から、
「どうも君達のような大学関係者が書く本は小難しくてイカン。知識は羅列してあるが、けっきょく生き方の指針にはならないし、がんばって明日の仕事をしようという気に全くさせてくれない。私は来週尊敬する船井幸雄先生の講演会に行く。彼の書く本も推進する本も、実に読みやすく、面白い。人生の役に立つものだ。君たちも見習いなさい」
とご忠告を受けてしまいます。フナイ本に書かれている「波動理論」などにオカルト臭さを感じていた著者は、著者は同じ系統にあるものとして、春山茂雄氏の『脳内革命』等を挙げながら、自らが出版する本のベンチマークの対象として、
・心理学専攻以外の多くの一般社会人に受け入れられるという点で『脳内革命』を目指すこと。
・科学性という点で『脳内革命』のようには絶対ならないようにすること。
の2つの項目を掲げています。ただし、残念ならばこの2点はあまりにも高い目標だったようです。フナイ本のように「これはいい、それは悪い! と水戸黄門的にすっぱりと、気持ちのいいほど二分法で切り捨ててくれる」方法で科学的な本を書くことは容易ではなく、著者はこれを「脳内革命ジレンマ」と命名しています。
著者は、人間にとって「自分のこころの真実」と「客観的な事実」とは、どちらが大切か、という問題に直面します。著者は、宗教などの「こころの真実」を否定するものではないとしながらも、フナイ本やオカルトは、「自分が事実であってほしいと願うこと、すなわち自分だけの真実を、客観的な事実に安易に置き換えられればこんなに素晴らしいことはない」という事実と真実の一線を越えたところにあることを指摘しています。一方で、「フナイ信者のおじさんたちの疲れがなんとなくわかる歳になってきた」著者は、「ストレスの多い日常、『事実の群れ』に押しつぶされそうな閉塞感の中で、救いをさしのべてくれるのならいいじゃないか」という気持ちも理解できないこともない、「オカルトとは壮大な癒しの体系」かもしれない、と述べています。しかし、口当たりのよいウソは問題の隠蔽と先送りでしかない「麻薬」であり、「緊急時の沈痛によくても根治に至らないのがオカルトによる癒し」であるとし、「人生を未知の土地を旅することにたとえれば、頼りになるのは正確な情報を示す地図である」と述べています。
第2章以降は、各論的なオカルト退治の話が中心になります。UFO情報の95%は既知の物体(飛行機、星、雲など)である、という研究機関の報告を、熱心なUFOマニアが、「残りの5%は正体不明なのだから、その中に宇宙人の乗り物がある可能性は否定できないじゃないか」と反論する言い方に対し、論理の飛躍を指摘し、科学評論家である皆神龍太郎氏の「いや、あれはぶんぶく茶釜のタヌキが手足を引っ込めて飛んでいるんですよ。正体がわからない以上、タヌキである可能性も否定できません」という言葉を紹介しています。
著者は「超常現象やオカルトの研究」がいかにも怪しげな印象を与えるとしながら、「超常体験の研究」(当人にとって、科学常識では説明できない超常現象が起こったと認識される体験)は徹底的にやるべきで、「超常原理の信奉」は徹底的に排除すべきである、というスタンスを述べています。著者は、「超常現象を体験した」と主張する人に対し、「超常現象と同様な体験をもたらす心理的な錯誤は数多く存在する。したがって、超常体験のみを根拠にした主張は、妥当なものではない」と答えることができるとしています。
第4章~5章には、著者自身が関西のテレビ番組に出演して、「霊能者」たちと直接対決した体験記が収められています。著者はオカルト批判が抱えている決定的な不利として、「オカルトは基本的に人の願望に忠実なのである。オカルトを批判的に考えること自体、人間から何か新しい可能性を奪い取ると誤解されやすい」ことを挙げています。著者は、オカルトを放置することの問題点として、「それらが擬似医療としての診断と治療に直結している」ことを挙げています。オカルト治療・民間治療に頼ったために、初期医療が遅れて手遅れになったり、精神的な病気を抱える人がオカルトにはまって悪化させるケースが数多くあることが指摘されています。
この他本書では、血液型占いが単なる雑誌の一コーナーにとどまらず、某化粧品会社が女子社員の採用にあたり、「B型10点、O型9点、AB型6点、A型3点」という採用基準を用いていたことをはじめ、血液型が人事に利用されているという危険性の指摘や、占いが持つ「自分を納得させ決断させる上での巧妙な責任回避システム」としての働きなどが解説されています。
本書は、超常現象自体に関心のある人はもちろん、科学的なものの見方を身につけたい人には格好の入門書なのではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書は、「科学的」を売り物にしていながら、そこかしこに見え隠れするSF好き、オタな記述がスパイスになっています。
テレビ番組での霊能者との対決を扱った第5章の扉には、「またつまらぬものを斬ってしまった」(十三代目 石川五右ヱ門)という台詞が何気なく収まってますし、122ページには真面目な顔をして、「ジョセフ・ジョースター氏ならずとも読み切ることはできる」という記述が紛れ込んでいます。この他、P.163には「シンちゃん」と「しんちゃん」と「シン」の違いを「ごくごく基本的な常識」という言い張っていたりするなど(ちなみに、碇シンジ、野原しんのすけ、風間真の順)、かなりの重症振りが露見していますが、オカルト好きとは相容れない存在なのでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・オカルト好きの人の気持ちが理解できない人。
■ 関連しそうな本
菊池 聡 『超常現象をなぜ信じるのか―思い込みを生む「体験」のあやうさ』
菊池 聡 『不思議現象 なぜ信じるのか―こころの科学入門』
マイケル・W. フリードランダー (著), 田中 嘉津夫 (翻訳), 久保田 裕 (翻訳) 『きわどい科学―ウソとマコトの境域を探る』 2006年01月21日
マーティン・ガードナー 『インチキ科学の解読法 ついつい信じてしまうトンデモ学説』 2006年02月11日
マーティン ガードナー (著), 市場 泰男 (翻訳) 『奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究』
マーティン ガードナー (著), 市場 泰男 (翻訳) 『奇妙な論理〈2〉なぜニセ科学に惹かれるのか』
■ 百夜百音
【となりのトトロ】 サウンドトラック集 オリジナル盤発売: 2004
メジャーな作品ですが、オープニング曲の「さんぽ」の作詞をしているのが、『ぐりとぐら』の中川李枝子さんだということに最近気づきました。
そうなるとキツネは『そらいろのたね』のキツネが思い浮かびます。
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2006年08月26日
寄生虫館物語―可愛く奇妙な虫たちの暮らし
■ 書籍情報
亀谷 了
価格: ¥550 (税込)
文藝春秋(2001/02)
本書は、寄生虫を愛し、寄生虫と戦い続けてきた、目黒寄生虫館の館長による寄生虫トリビアが満載のエッセイです。
著者は、「2種類の動物が相互に害することなく共同生活をする」共生生活を、
(1)双利共生:お互いが相手の存在で利益を受ける(ヤドカリイソギンチャクなど)
(2)片利共生:一方は利益を受けるが、もう一方は何の利益も受けない(カクレクマノミとイソギンチャク、コバンザメとサメなど)
の2種類あるとして解説し、一方で、「寄生生活」とは、「2種類の動物が共に生活しているが、一方は他方にすっかりよりかかり、職も住もまかせきりにしてしまい、何も宿主(寄生する動物)にお返しをしない」ものであり、このような生活をしている動物を「寄生虫」と呼ぶと述べています。著者は、一般にイメージされる「宿主に悪影響を与え、ときには命さえ奪う」という考えを否定し、「宿主が死ねば寄生虫自身も死んでしまう」ため、「基本的には寄生虫がいたとしても、宿主は決して迷惑をしない」と述べています。
寄生虫館の目玉は何と言っても、8.8メートルのサナダムシの標本です。しかし、この虫がいたとしても、「患者は無視の存在がわかるほどの苦痛は感じない」ものであり、写真の虫がお腹にいた男性にも自覚症状がなかったと述べられています。また、女子高生のお腹の中に、合計8匹、45メートルものサナダムシがいた例も紹介されています。このページには、『東京女子高制服図鑑』の森伸之氏のイラスト入りです。
寄生虫は、同じ宿主に対する過剰寄生によって共倒れすることを防ぐために(宿主を独り占めするために)、宿主に抗体を作らせて他の寄生虫の感染を拒否させているという説が紹介されています。
著者は、「正しい終宿主にたどりついた寄生虫は悪いことはしない」というのは、寄生虫学の常識であり、寄生虫が怖いのは、「本来のルールからはずれて寄生虫が寄生する」、「迷入(マイグレーション)」によるものだと述べ、この場合には、「まちがって入ったことを自分でも腹立たしく思ってか、寄生した生物に害をなす場合がある」のだと述べています。
また、寄生虫の持つ能力として、「自然界の食物連鎖に積極的にわりこむ能力」を挙げています。レウコクトリディウムという寄生虫は、「終宿主にたどりつくために、自分を食べてもらおうと、自分でアピールする」積極性をもっています。カタツムリの親戚であるオカモノアラガイを中間宿主に、スズメなどを終宿主に持つレウコクロリディウムは、オカモノアラガイに入ると、赤と緑の縞模様になり、その触角(カタツムリのツノの部分)に入り込むと毛虫のように動き回ります。これを見たスズメは、好物の毛虫と間違えて、オカモノアラガイの目をかじり取り、体内に寄生虫を抱え込んでしまうのです。
この他本書には、カニに寄生した上、去勢してしまうフクロムシの寄生メカニズムや、5歳の少女の口から吐き出されたハリガネムシ、エジプトのミイラの中から発見されたエジプト住吸血虫、1958年にレース途中の競走馬「ワカコドラ」の腹の中でパンクした40匹の大条虫等が紹介されています。
本書の第7章には、タイトルである寄生虫館の歴史が紹介されています。終戦後、奉天から引き上げ、診療所を開業した著者は、目黒の50坪の土地のバラックに住んでいた老婦人を往診した際に、千葉の300坪の土地と交換する機会に恵まれます。こうして寄生虫館の建設予定とを入手した著者は、15坪の3間のバラックからスタートし、標本を集め、古道具屋の主人から寄生虫の説明用の掛け軸を貰い受け、「あるときばらいの催促なし」の約束で立派な建物を建ててもらい、寄生虫館を成長させていく様子は、「現代のわらしべ長者」のようです。
本書は、寄生虫の雑学読み物としてはもちろん、寄生虫に生涯をかけた著者の熱意とそれを意気に感じた周囲の人々の心温まる物語としてもお奨めの一冊です。
■ 個人的な視点から
数年前に、目黒寄生虫館がデートスポットとして人気になったことがあります。お土産に数々の寄生虫のイラストの入ったTシャツを買いましたが、さすがにその後のお昼御飯には麺類は食べなかったと記憶しています。
■ どんな人にオススメ?
・うどんの映画と組み合わせてデートコースにしたい人。
■ 関連しそうな本
亀谷 了 『おはよう寄生虫さん―世にも不思議な生きものの話』
藤田 紘一郎 『笑うカイチュウ―寄生虫博士奮闘記』
藤田 紘一郎 『踊る腹のムシ―グルメブームの落とし穴』
藤田 紘一郎 『パラサイトの教え』
藤田 紘一郎 『謎の感染症が人類を襲う』
■ 百夜百音
【帰って来たヨッパライ】 フォーク・クルセダーズ オリジナル盤発売: 1968
エンディングのお経の部分がビートルズの「A Hard Days Night」であることに今日初めて気づきました。
テープスピードを半分に落として歌う大変さは「はじめてのチュウ」のあんしんパパによれば、お経みたいなスピードで歌うためにスタッフがみんな眠りに堕ちてしまうところにあるそうです。その意味では、メインの歌も実際にはお経状態で歌われていたことが想像されます。
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2006年08月25日
秘密のファイル(下) CIAの対日工作
■ 書籍情報
春名 幹男
価格: ¥1890 (税込)
株式会社共同通信社(2000/03)
本書には、東西冷戦から1990年代までのCIAの対日工作が赤裸々に語られています。
CIAは秘密工作部門の大物であり、葉山の住人の一人だったデズモンド・フィッツジェラルドが、「チャイナ・ミッション」と呼ばれる秘密工作、すなわち、「中国人を、横須賀、厚木、茅ヶ崎の秘密の施設で訓練する」という対中工作を指揮していたことが述べられています。占領中に、GHQ防諜部門のキャノン機関が行っていた工作を、CIAが引き継いだ形になります。東西冷戦の深刻化によって、CIAは、情報機関にとどまらず、"冷戦省"とも呼ぶべき規模に膨れ上がり、
a.ソ連の権力構造に最大限の圧力を加える。
b.自由主義世界の人々と国家が米国志向を強めるようにする。
c.戦略的な地域での地下抵抗活動や秘密ゲリラ活動を最大限展開する。
という秘密工作の任を負ったことが述べられています。
そんなCIAの秘密工作の中には、後からふり返るとそのセコさに笑ってしまうようなものもあります。東京・晴海と大阪市・堂島浜で開催された初の中国見本市を妨害するために、
・「見本市反対」のビラをまく。
・毛沢東主席の肖像画のビニールカバーの上から墨汁をかける。
・夜の間に貿易相談室が荒らされ、書類がなくなる。
などの妨害がなされたことが紹介され、犯人が警備のために出入りしていた公安関係者だったという証言も紹介されています。中でもセコイのは、「このビラを持参した人にはビールと中華料理を無料で提供します」がヘリからまかれ、ビラを持参した数十人が押しかけた、というものです。本書には、これらの工作を仕掛けたのが、当時CIA要員として東京に駐在していたハワード・ハントであったことが述べられています。
また、ベトナム戦争に対して、日本の市民運動の原型として成長した「ベトナムに平和を!市民連合」(べ平連)が、表面の市民グループと別に、非公然の地下組織、「反戦脱走米兵援助日本技術委員会」(JATEC)という二重構造でできていたこと、JASTECの脱走米兵逃亡ルートをつぶすために、米情報機関からスパイとして偽逃亡兵が紛れ込んだこと等も紹介されています。
さらに、政界工作に関しては、GHQの参謀第二部(G2、情報)民間情報局内に、吉田茂追放の論議があったこと、米情報機関と吉田らの"暗闘"が展開されたであろうこと、吉田が「アメリカ政府要人らに対しては、意図的に、毒のない好人物を演じ」ていたこと(中には「彼はどう見ても精力的で野心的な政治家ではなく、温和でのんきそうな地方名士といった感じを与えます」という印象を記している者もいる)等が述べられています。
「昭和の妖怪」と称された岸信介に関しては、米国から情報源としての役割を期待され、起訴されずに釈放されたこと、巣鴨プリズンから釈放され、実弟の佐藤栄作官房長官の公邸についたときに、「いがぐり頭に口ひげを生やし、みすぼらしい姿で、女中に、『弟はいるか』と」言ったところ、護衛が連れてこられたこと、CIAが1950、60年代に自民党に資金援助していたが、1994年のニューヨーク・タイムズ紙で暴露されてしまったこと等が紹介されています。
安保騒動では、自民党が、「全学連と戦う学生グループの創設に努力したが、不十分な資金しかなく、負けてしまいそう」であるとして、右翼や体育会系学生らを動員する資金をCIAが調達したといわれていることや、60年安保を機に、「日本では政治家と右翼とやくざの関係がぐっと近くなった」ことなどが述べられています。
この他本書では、CIAが日本の情報機関の防諜対象となっていないノーマークの存在であること、CIA要員の偽装方法として、
(1)外交官カバー
(2)軍人カバー
(3)民間人カバー(民間偽装要員=ノン・オフィシャル・カバー、NOC)
の3種類があること、1976年まで霞が関ビルの向かい側にあったくすんだ6階建ての通称「満鉄ビル」(戦前の近代的な情報機関「満鉄調査部」があった)にCIAのオフィスがあったことなどが述べられています。
本書は、日米関係はもちろん、日本の政治史を読み解くうえで外すことができない重要な役割を演じているCIAの活動を知ることができる良書ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
よく何か不可思議な政治的事件があると、すぐに「CIAの陰謀に違いない」という陰謀説を言い出す人がいますが、本書ではCIAがそのような陰謀説を否定しないことが述べられています。
その理由は、
「恐怖感を植えつけるのも一つの作戦」
であるからです。「深層心理に『恐怖感』があるため、アメリカが嫌うようなことを発言するのを避け、アメリカが反対するような政策は実行しない」ということになり、現実にそうした「ひそかな恐怖感から逃れられない政治家が少なくないようだ」と著者は述べています。
ある大物政治家が述べたという、
「行く先々で、自分の発言に気をつけるんだよ。CIAがウォッチしているから」
という発言が、冗談とも本気とも取れないところに、CIAの怖さがあるのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・「体育会系」がなぜ就職に有利なのかを知りたい人。
■ 関連しそうな本
春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
ジョン・G. ロバーツ 『軍隊なき占領―戦後日本を操った謎の男』
産経新聞特別取材班 『エシュロン―アメリカの世界支配と情報戦略』
中田 安彦 『ジャパン・ハンドラーズ―日本を操るアメリカの政治家・官僚・知識人たち』
柴田 哲孝 『下山事件―最後の証言』
■ 百夜百マンガ
『Dr.コトー』で感動を呼ぶ、一つのことに打ち込むひたむきさや人情味はこの作品で培われたと言っていいかもしれませんが、コミカルな軽さがないために重苦しく感じたりくどく感じる人が多いかもしれません。
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2006年08月24日
秘密のファイル(上) CIAの対日工作
■ 書籍情報
春名 幹男
価格: ¥1890 (税込)
株式会社共同通信社(2000/03)
本書は、「太平洋戦争では互いに敵同士として殺し合い、戦後緊密な同盟国となった、異質な二つの国」である「日本とアメリカが絡んだ情報工作、というまったく新しい視点」をテーマとしたものです。著者は、日本人の意識の中にある「サクセス」と「陰謀」の間の「漂流」というもつれた糸を解きほぐす作業として、「『インテリジェンス(情報)』の側面から日米関係の深層を抉り出し、漂流の原因と理由を突きとめて、初めて可能になった」と述べています。本書は、1997~98年にかけて、全国42の共同通信加盟紙や英字紙に掲載された50回の連載『秘密のファイル――日米関係の裏面史』を基にしています。著者は、この執筆に当たり、米国公立文書館で十万ページを超える秘密文書に目を通し、数万ページをコピーしています。この連載は、在日米大使館で毎回翻訳され、米政府内に配布されていたことが述べられています。
本書は、日米開戦前夜に奔走した在米日本大使館員の姿から描き始められています。一等書記官だった寺崎英成は、大使館内に情報組織を設立し、アメリカ国内の情勢を調査し、外国系アメリカ市民や日系人を利用するという任務を帯びてワシントンに送り込まれますが、着任前からアメリカ側の防諜の網に引っかかっていたことが述べられています。また、開戦前には、「日本人は能力ない」との固定観念が米側を支配していて、マッカーサーは、「日本軍機のパイロットは白人の雇い兵に違いない」と信じ込んでいたこと等が紹介されています。
また、米陸軍内に対日情報工作のために日系二世が集められ、暗号の解読、入手した日本軍の文書の分析、約1万4千人の日本人捕虜の尋問など、情報戦において日本を圧倒したことが述べられています。フィリピンで米軍の通訳をしているところを「救出」された日系二世の榊田元宗が、米国陸軍情報部の残地諜者として残されたスパイであったエピソードでは、日本軍降伏後に、サカキダを尋問した日本軍将兵の前に、米軍服を着て現れ驚かせた話が紹介されています。この他、「山本長官前線視察」の暗号電報を解読したハロルド・フデンナ(普傳名)、敗戦を決定的にした日本海軍の重要機密書類である「Z作戦要領」を翻訳したヨシカズ・ヤマダとジョージ・ヤマシロ、米戦略情報局(OSS)で活躍したジョー・コイデなど日系二世の活躍が紹介されています。
本書には、戦前の日本軍の情報将校たちが、GHQ参謀第二部(G2)にリクルートされ、GHQの情報工作に加担したことが述べられています。河辺虎四郎中将を中心とした旧日本軍人によるG2直轄の極秘情報機関は、後に、「河辺機関」と呼ばれる組織であることや、児玉誉士夫の資料の中から、「KATO機関」(鎌田、有末、田中、辰巳、小野寺の頭文字)というG2の下請け情報組織に関する記述が見つかったこと、「GHQ歴史課」の中に置かれていた「服部機関」等が紹介されています。この理由については、CIAの資料の中から、「米占領軍の参謀第二部(G2、情報)は冷戦で、日本軍が最近まで占領していた地域(中国・朝鮮半島)に関する内部情報を入手する必要に迫られ、多くの日本の専門家に仕事に復帰するように求めた」という記述を発見しています。
また、巣鴨プリズンに収監された19人のA級戦犯容疑者(岸信介、笹川良一、児玉誉士夫ら)がなぜ戦犯として訴追せず釈放されたのか、という問題に関して、「戦争責任は東条英機らに負わせた。その裏で、児玉、笹川らを釈放し、情報活動に利用する」というアメリカ情報当局の裏工作の痕跡を拾い集めています。児玉の釈放後、米情報当局と日本の右翼の"蜜月"が始まったこと、児玉を見出したのは「児玉担当の主任検事」であったフランク大佐であったこと等の他、佐川良一や辻政信などの怪人物に関するCIAのファイルを次々と紹介しています。
この他本書では、戦後日本の共産主義者リーダーであったプロレタリア作家の鹿地亘が1年間に亘ってキャノン機関に監禁されたことや、CIAのオフィスが一時、大蔵省ビルに置かれていたこと、日本国民の思想改造のため、アメリカ大使館ラジオ部が作成した「完パケ」のラジオ番組が各ラジオ局に配られ、放送されたこと、『私はシベリアの捕虜だった』など米政府の心理戦略に基づいた映画制作のために資金提供が行われたことなどが述べられています。
■ 個人的な視点から
本書には、初代CIA東京支局長であったポール・チャールズ・ブルームと、彼に執事として雇われた成松孝安の奇妙な出会いについて紹介されています。横須賀の走水海岸で、ユダヤ系作家の原書を読んでいた成松に話しかけたブルームは、「私と一緒に東京で仕事をしないか」と持ちかけられます。成松は5年にわたりブルームの執事を務めますが、「ブルームさんは外交官だと思っていた」と後に語っています。当時、CIAの活動を認めていなかったマッカーサーの目を欺き、ブルームは外交官を装ってCIAの初代東京支局長として着任していたことが確認できたと述べられています。
ブルームは、自宅で毎月著名人を集めた夕食会「火曜会」を開催していますが、中でも、
・笠新太郎(朝日新聞論説主幹)
・松本重治(国際文化会館理事長)
・松方三郎(共同通信社専務理事)
・浦松佐美太郎(評論家)
・東畑精一(農業経済学)
・蝋山政道(政治学)
・前田多門(元文相)
・佐島敬愛(信越化学取締役)
の8人の常連については、「8人のサムライ」と呼んでいたことが紹介されています。
1953年に、火曜会は解散され、成松はブルーム邸を"円満退社"することになりますが、退職金を現金で与える代わりに、スパゲティ屋の資本金を集めてもらいます。店の名前もブルーム自身が考え、後にこのスパゲティ屋は全国展開し、日本のスパゲティ料理店の草分けとして有名になりますが、この支援には、ブルームの"口止め"の意味もあったようです。
このスパゲティ屋の名前は、"壁の穴"。現在も全国チェーンとして知られています。
■ どんな人にオススメ?
・日々CIAの陰謀に怯えて暮らしている人。
■ 関連しそうな本
春名 幹男 『秘密のファイル(下) CIAの対日工作』
星 浩 『自民党と戦後―政権党の50年』 2006年06月01日
ジョン・G. ロバーツ 『軍隊なき占領―戦後日本を操った謎の男』
産経新聞特別取材班 『エシュロン―アメリカの世界支配と情報戦略』
中田 安彦 『ジャパン・ハンドラーズ―日本を操るアメリカの政治家・官僚・知識人たち』
柴田 哲孝 『下山事件―最後の証言』
■ 百夜百マンガ
山本スーザン久美子の元ネタ、かどうかは定かではないですが、17歳144ヶ月になった『ラブやん』の主人公の幼なじみの崇山庵子の元ネタであることは疑いのないところですが、元ネタの元ネタはカメリア・ダイアモンドの人ですね。
読めます?→「枢斬暗屯子」(極道界のキャリアウーマン)
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2006年08月23日
インターネットヒストリー―オープンソース革命の起源
■ 書籍情報
ニール ランダール
価格: ¥2,415 (税込)
オライリー・ジャパン(1999/06)
本書は、「インターネットの創始者たちがそれぞれのどのような状況で、どのような意識をもってその構築に貢献したのかが、本人の口から語られた貴重なインタビュー集」です。監訳者である村井氏は、インターネットを、「『官』が『公』のことを行う20世紀まで人類が当たり前だとしてきた既存の仕組みの中で、皆で力を合わせて『民』が『公』の利益を支えるというまったく新しいモデルを実現するというチャレンジで」あると評価し、本書を、「人類の新たな挑戦の歴史(しかもその起源)について書かれた本」と位置づけています。
インターネットは、合衆国西部の4台の大型コンピュータをつなぐ実験から、30年足らずの間に世界中のさまざまなコンピュータをつなぐネットワークに急成長しました。著者はインターネットを、「いわば神話のヒュドラーのような生きた技術に最も近い。1本の縄を断ち切っても、また新たに2本の縄が隙間を埋めようと出てくるのだ」と述べています。
インターネットの起源は、1960年代、ソビエトからの核攻撃を恐れ、対策を練っていた米国が、軍内部のコミュニケーションシステムを壊滅から守ることにありました。集中管理を行う中央コンピュータをなくすためには、どのコンピュータにもすべての通信を管理するだけの能力が必要不可欠であること、メッセージの宛先であるコンピュータが破壊されている場合には、通信網を迂回して稼動中のマシンを探し当て、メッセージを伝達しなければならないこと、が条件となりました。ここで登場するのが、1960年代にポール・バランが基本原理を発表した「パケット交換方式」です。バラン氏は、インタビューの中で、当時の通信分野のトップであったアナログ人間たちには、デジタル人間には当たり前のことが意に介せず、「パケット交換方式なんてものがうまく行くはずがない」という感情的な対立があったことを語っています。
著者は、インターネットのスタート時に大半を資金援助したARPAのARPANETに関しては、インターネットの発展に1960年代が貢献した最も大きな功績として、「1960年代は世界中で興味を共有する人々がコミュニケーションの必要性と欲求を意識した時代」に生まれた「オープンでグローバルなコミュニケーションのコンセプトそのものである」と述べられています。
第3章では、ARPANETが誕生した後、軌道に乗るまでにいくつかの理由から時間を要したこと、そして、1972年10月に行われた国際コンピュータ通信会議で行われたデモで、40台のターミナルをパケット交換方式でネットにつなぎ、参加者にネットワーク上で実際に何か作業をしてもらったことなどが述べられています。著者は、技術者による実験が中心であったARPANETが、ユーザの使い勝手に目を向けたこと自体が画期的だったと評しています。ロバート・カーン氏のインタビューでは、ARPANETの使用開始に関して、多くの大学生たちが同乗していることに軍が神経を尖らせていたこと、ARPANETが果たしたインターネットの誕生への貢献として、「独立した複数のドメインの接続を果たし、ネットワーク上でオープンアーキテクチャ環境を実現したこと」が挙げられています。
第4章では、1983年1月1日からARPANETのプロトコルがTCP/IPに切り替えられたことに関して、TCP/IPの発明者であり"インターネットの父"であるヴィント・サーフ氏のインタビューを掲載しています。
第6章では、USENETの誕生に合わせて発生したネチケットの問題、すなわち、フレーミングとスパミングの問題について解説されています。USENETの誕生に携わったスティーブ・ベロバン氏のインタビューでは、ネットが本来的に規制しにくいものである喩えとして、「教会が聖書の数を把握しきれなくなったので、グーテンベルクの印刷機による複製が可能になった」という主張の例を取り上げています。
第7章では、1980年代半ばの到来とともに、かつてジョージ・オーウェルが『1984』で予言した未来像が否定される一方で、ウィリアム・ギブソンが『ニューロマンサー』で初めて使った"サイバースペース"という言葉が一般化したことが述べられています。
第8章では、1986年にインターネットを引き受けたNSF(全米科学財団)によるNSFNETの画期的な点として、最初からネットワークをつなぐネットワークとして設計されたこと、そして、1995年4月にNSFNETバックボーンが手を引いたことに関して、『誰にも気づかれずに切り替えが行われたこと自体、NSFNETが大成功であったことを意味する」ことが述べられています。
この他本書では、WWW以前にインターネットを制した存在であったgopher(ホリネズミ)、ジュネーブのCERN(欧州原子核研究機構)で生まれたWWWに関してそのネーミングについて妻と相談したというティム・バーナーズリー氏のインタビュー、1993年にNCSAの学生であったマーク・アンドリーセン氏によって開発されたブラウザーであるMosaic等の他、ヨーロッパのインターネットの歴史上重要な位置を占めるISO-OSIプロトコルの果たした役割、インターネット上の道徳的に有害な情報と検閲を求める声の高まり等について解説されています。著者は、ヨーロッパや太平洋沿岸諸国でインターネットが広がったことに関して、「インターネットがアメリカから発生したことがいかに重要な意味を持つか」と述べ、「アメリカのアメリカらしいところは、この国は勝者が生まれるとその勝者を世界中と共有したがること」であると述べています。
著者は将来のインターネットを、「第一に社会資産、第二に情報資産」として捉えられるとして、その結果として、「現在私たちが教育や個々の授業において価値を認められていること、そしておそらくは現在の思想において価値を認められているものの多くが失われることになるだろう」と指摘し、「変化はすでに始まっており、変化は必ず訪れる。それは両価的な力を有する怪物が未来に向けて、私たちの背中を押している証拠でもある」と結んでいます。
■ 個人的な視点から
本書の監訳者である村井純氏は「はじめに」と「あとがき」の他、本文中においても日本におけるインターネット普及の中心的役割を担った人物としてインタビューが掲載されています。その中では、氏が1984年10月に開始した「日本大学間ネットワーク」の略称である「JUNET」について、自分の名前(Jun)をつけたのではないか、と人から指摘されることが多いこと、そしてこの名称は、「Japan University Network」の略称であることが語られています。それにしても人が見れば自分の名前をつけたように見えるでしょうが。
■ どんな人にオススメ?
・民の力によって発達した社会インフラの経緯に関心がある人。
■ 関連しそうな本
ペッカ ヒマネン, リーナス トーバルズ, マニュエル カステル (著), 安原 和見, 山形 浩生 (翻訳) 『リナックスの革命 ― ハッカー倫理とネット社会の精神』 2005年10月29日
リーナス トーバルズ, デビッド ダイヤモンド (著), 風見 潤 (翻訳) 『それがぼくには楽しかったから』 2005年11月05日
リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日
エリック・スティーブン レイモンド (著), 山形 浩生 (翻訳) 『伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト』 2005年10月22日
クリス ディボナ, マーク ストーン, サム オックマン (著), 倉骨 彰 (翻訳) 『オープンソースソフトウェア―彼らはいかにしてビジネススタンダードになったのか』 2006年01月29日
ケイティ ハフナー, マシュー ライアン (著), 加地 永都子, 道田 豪 (翻訳) 『インターネットの起源』
■ 百夜百マンガ
作品中で実在の学校の名前が使われたということで回収になった幻の作品です。タイトルの「極道(きわめみち)高校」は、『激!!極虎一家』でも登場します。
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2006年08月22日
マンガに教わる仕事学
■ 書籍情報
梅崎 修
価格: ¥735 (税込)
筑摩書房(2006/03)
本書は、仕事をテーマにしたマンガを「素材」として取り上げ、そこに描かれている、「職場に生まれる願望、苦しみ、喜び、誇り、後悔」などの等身大の経験を読み解き、仕事学を語っているものです。著者は、本書を書くにあたって、
(1)マンガの中の職場
(2)現役社会人たちのさまざまな職場
(3)自分自身の職場
の3つを想像しながら、「主人公たちの仕事経験の一つ一つを丁寧に読み解」いてきたと述べています。
本書の構成は、おおむね仕事人生の段階順に並べられています。
第1章「自分の仕事を探している若者に読んで欲しいマンガ」では、「自分らしさにこだわり、自分探しが強迫観念になっている」

【問題サラリーMAN 】
【ファンキー・モンキーティーチャー 】
【ザ・シェフ 】
【マカロニほうれん荘 】




【風のマリオ 】
【激!!極虎一家 】
【私立極道高校 】