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2006年08月11日

日本の下層社会

■ 書籍情報

日本の下層社会   【日本の下層社会】

  横山 源之助
  価格: ¥903 (税込)
  岩波書店(1985/04)

 本書は、日清戦争後のわが国の産業革命期における下層階層の生活・労働状態を客観的なデータを多用して明らかにしたルポルタージュです。著者は、二葉亭四迷と松原岩五郎から影響を受け、貧民ルポルタージュを通した貧民・労働問題解決への参加を志します。著者は、明治27年に『毎日新聞』(現在の『毎日』とは別)に入社し、多くの社会探訪記事を掲載し、明治32年には本書を書き上げています。
 本書の構成は、
・第1編 東京貧民の状態
・第2編 職人社会
・第3編 手工業の現状
・第4編 機械工場の労働者
・第5編 小作人生活事情
・附録 日本の社会運動
という構成になっていて、単なる潜入記事や風俗観察にとどまらず、さまざまな階層を統計データを用いて分析した本格的なルポルタージュとなっています。
 第1編「東京貧民の状態」では、東京市全体で、「細民の最も多く住居する地を挙ぐれば山の手なる小石川・牛込・四ツ谷にあらずして、本所・深川の両区なるべし」と延べ、この両区が旧幕時代から、職人や人足が多く住む地域であり、他の地域とは人情風俗も異なっていると解説しています。下層民の職業は、人足・日傭稼が最も多く、人力車夫が続くこと、特に浅草区に人力車夫が多いことが述べられています。また、著者は貧民の稼業として、万年町、山伏町、神吉町、松葉町の屑拾いに注目し、「世に器具物品に千種万別あると共に、天下にあらゆる廃物汚物は屑拾いの籠に集まりて事物の運命を示す」と述べ、屑を拾うには、人に遅れをとらないよう午前3時半ないし4時には起き出さねばならないこと、節分・土用干・十二月の大掃除には多くの屑を得ることができることなどが述べられています。
 また、貧民の家庭に関しては、広くて6畳、大抵4畳の部屋に、夫婦・子供、同居者を含め5~6人が住んでいること、寄留者が多いことが特徴であること、夫婦と言っても多くは正式に手続きを踏んだものではないこと、区役所に届けのない児童が多数あり、「成人してなお国籍なく、日本人にして日本人ならざるものまた多かるべし」と述べ、その理由を、「貧窟に国籍なき児童多きは、けだし野合して私生児産れ中途にして婦女の逃走するもの多きより生ず」と解説しています。
 第2編「職人社会」では、職人を
・居職人:錺職、下駄・鼻緒・袋物・蒔絵・縫箔・製本・裁縫・塗物・煙管・提灯等
・出職人:大工・左官・石工・瓦葺・ペンキ塗
に大別し、出職人は「もっぱら労力を売りて生活する純然たる労働者」である一方、居職人は「地方に至れば一面は労働者の階級に属して、しかして他方面においては自ら資本を下ろして店を開きその製作品を売れるは多く、ある意味にては商人たるが如く見ゆる場合あり」と述べています。
 第3編「手工業の現状」では、桐生・足利地方の工女の生活の実態として、「かれらが日々食するとことの食物と言えば、飯は米と麦と等分にせるワリ飯、朝と晩は汁あれど昼食には菜なく、しかも汁というも特に塩辛くせる味噌汁の中へ入りたるは通例菜葉、秋に入れば大根の刻みたるものありとせば、即ちこれ珍膳佳肴(ちんぜんかこう)」と述べています。一方で、工女の風俗に関しては、工場で彼らの言動に耳を傾けると、「親が承知で機織させて、浮気するなと先きぁ無理だ」という「猥褻聴くに堪えざるもの」を耳にすることがあること、広島県佐伯郡能美島は「従来淫猥の風最も盛んなる地方なりしが、昨年大阪朝日会社の分工場を設けられてより以来は地方より多くの男女職工入り込み足ることとて一層風俗を乱したること」などが述べられています。
 また、大阪「第一の貧民部落なりと称せられたる名護町」付近に燐寸工場が多数設立されていることに注目しています。燐寸向上の請負職工の作業である、軸並・箱詰・商標張・包装のうち、大半は軸並・箱詰であり、他の工場に比して幼年者を見ることが多く中には6~8歳を見ることもあること、各工場で箱詰めや軸並を仕上げるごとに検査係から与えられる札が付近の米屋で手形と同様に流通していることが紹介されています。
 第4編「機械工場の労働者」では、紡績工場の工女の年齢は、15歳以上20歳未満が最も多いこと、極端な例として7~8歳の児女を見ることがあること、紡績工場に欠勤者が多く常に1割程度あり、2000人の職工のいる工場に日々200人程度の欠勤者があり、2~30人は病欠であるが「他は悉く懶惰(らんだ)に基づく」と述べています。また紡績工女の風俗に関しては、「紡績会社は女護島(にょごがしま)なりと或る工場の某氏はかつて警句を吐けり」として、女工が男工の2~3倍の多数いるために、「一般紡績工場内男工と女工との間に種々の醜聞起こるもまた止むを得ざる事実なり」と述べています。
 第5編「小作人生活事情」では、旧幕時代と明治との小作人の生活を比較し、「明治の時勢は小作料を大にし、肥料を高価にし、弱者をいじめつつあり」と述べるとともに、農家の内職などに言及しています。
 また、附録となっている「日本の社会運動」では、帝国議会の実態を、「冷然として地租増徴案を可決し郵便税を引き上げ醤油税を増加し、かつ自己の便宜のために政府に強いて歳費を増加せり。その議員といえるものを見るに一人として主義の上に立てる者なく、悉く私利に趨り、議場の言論は珠利を争える市場のすなわち名を換えて帝国議会と称する者のみ。代議士の職は選挙法の手続を経て成りたる営利の位置にして、その権利は市場の物品と等しく金銭を持って買収するを得」と述べています。
 著者は、「余輩はいま、日本の下層社会を記したる筆を転じて、我が国の社会運動を記せんとす。我が国に社会運動あるか。もしそれ社会運動にして、欧米産業社会に見るが如く利益分配の不平等より生ぜる政治問題なりとせば、余輩は多く我が国においては記すべき社会運動を有せざるなり」と述べ、「今日欧米諸国に唱えらるる意味を以てせば、我が国にては特に社会運動として記るすべきこときわめてすくなしといえども、社会の欠陥に対して起りたる広き意味における社会問題を挙ぐれば、我が国にも社会問題あり、階級の衝突あり、強者弱者の衝突あり、貧富の衝突あり」と指摘するとともに、特に日清戦争後の産業革命、機械工業の勃興によって労働問題や物価の高騰が深刻になっていることを指摘しています。そして「わが労働社会にありて最も欠くるところは、同業者の間に団結なきことなり。それ団結は勢力なり。いやしくも自己の利益を図りその位置を高めんと欲せば、団結の勢力によらざるべからず」と労働者の団結を呼びかけています。
 本書は、日清戦争後の産業革命によって拡大した社会格差を正面から客観的に取り上げたルポルタージュとして、現代の社会格差の拡大の議論にヒントを与えてくれるものではないかと思います。


■ 個人的な視点から

 本書の第4編には、東京府下の鉄工場の多くが日給ではなく、その賃金を請負にしていることを、「即ち仕事の負担を定め、その製作品の程度巧拙によりて賃金を給する者、あたかも職人社会に請負行わると」等しいとしています。この理由として、「これ一は職工の怠慢を防ぎ、並びに労働を多量に得るの好方便たるが如し」であり、「競争を致して製品高を多量にするの傾向あるを以って、その賃金も多少日給者の上に出るが如しといえども、また粗製を濫造するの弊害は免かるあたわず」と述べています。
 また管理職に関しても、「良監督の名ある者の職工に対する挙動を見るに、恩を以って待つことをせずして徒に職工を威迫しお、ただ叱りてさえおれば監督の能おわれりとして、得々たるものおおきこれなり。監督と威圧とは別事なり。威圧は一時の成績あるべし、決して永久職工の心事を得るものにあるざるなり。しかるに実際局に当たる者は、しからずとしてかえって器械視するの成績あると説く者多きが如きは、畢竟労働者を以って牛馬視する封建時代の感念あるにこれ由るのみ」とも述べられています。
 これを読むと、「成果主義」で働く現代のサラリーマンが、明治時代の鉄工所の請負の職工と大差ないことがよく分かります。


■ どんな人にオススメ?

・社会格差と成果主義に気の重い毎日を送っている人。


■ 関連しそうな本

 松原 岩五郎 『最暗黒の東京』 2006年07月31日
 紀田 順一郎 『東京の下層社会―明治から終戦まで』 2006年07月27日
 小板橋 二郎 『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』
 大山 史朗 『山谷崖っぷち日記』
 細井 和喜蔵 『女工哀史』
 犬丸 義一 『職工事情 (上)』


■ 百夜百マンガ

ウノケンの爆発ウギャー【ウノケンの爆発ウギャー 】

 あのウノケンが少年サンデーに連載を持っていただけでも驚きですが、それにしても絵も話もぜんぜん少年向けではないのがポイントです。
 少年マガジンのギャグマンガは、絵が汚かったりエロはあってもマンガとしてかっちりしているのに対し、サンデーはエロと言うより下ネタやタブーネタなど掲載するのに勇気(蛮勇?)が必要な作品が多いのが特徴です。

投稿者 tozaki : 2006年08月11日 08:00

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