« マンガに教わる仕事学 | メイン | 秘密のファイル(上) CIAの対日工作 »
2006年08月23日
インターネットヒストリー―オープンソース革命の起源
■ 書籍情報
ニール ランダール
価格: ¥2,415 (税込)
オライリー・ジャパン(1999/06)
本書は、「インターネットの創始者たちがそれぞれのどのような状況で、どのような意識をもってその構築に貢献したのかが、本人の口から語られた貴重なインタビュー集」です。監訳者である村井氏は、インターネットを、「『官』が『公』のことを行う20世紀まで人類が当たり前だとしてきた既存の仕組みの中で、皆で力を合わせて『民』が『公』の利益を支えるというまったく新しいモデルを実現するというチャレンジで」あると評価し、本書を、「人類の新たな挑戦の歴史(しかもその起源)について書かれた本」と位置づけています。
インターネットは、合衆国西部の4台の大型コンピュータをつなぐ実験から、30年足らずの間に世界中のさまざまなコンピュータをつなぐネットワークに急成長しました。著者はインターネットを、「いわば神話のヒュドラーのような生きた技術に最も近い。1本の縄を断ち切っても、また新たに2本の縄が隙間を埋めようと出てくるのだ」と述べています。
インターネットの起源は、1960年代、ソビエトからの核攻撃を恐れ、対策を練っていた米国が、軍内部のコミュニケーションシステムを壊滅から守ることにありました。集中管理を行う中央コンピュータをなくすためには、どのコンピュータにもすべての通信を管理するだけの能力が必要不可欠であること、メッセージの宛先であるコンピュータが破壊されている場合には、通信網を迂回して稼動中のマシンを探し当て、メッセージを伝達しなければならないこと、が条件となりました。ここで登場するのが、1960年代にポール・バランが基本原理を発表した「パケット交換方式」です。バラン氏は、インタビューの中で、当時の通信分野のトップであったアナログ人間たちには、デジタル人間には当たり前のことが意に介せず、「パケット交換方式なんてものがうまく行くはずがない」という感情的な対立があったことを語っています。
著者は、インターネットのスタート時に大半を資金援助したARPAのARPANETに関しては、インターネットの発展に1960年代が貢献した最も大きな功績として、「1960年代は世界中で興味を共有する人々がコミュニケーションの必要性と欲求を意識した時代」に生まれた「オープンでグローバルなコミュニケーションのコンセプトそのものである」と述べられています。
第3章では、ARPANETが誕生した後、軌道に乗るまでにいくつかの理由から時間を要したこと、そして、1972年10月に行われた国際コンピュータ通信会議で行われたデモで、40台のターミナルをパケット交換方式でネットにつなぎ、参加者にネットワーク上で実際に何か作業をしてもらったことなどが述べられています。著者は、技術者による実験が中心であったARPANETが、ユーザの使い勝手に目を向けたこと自体が画期的だったと評しています。ロバート・カーン氏のインタビューでは、ARPANETの使用開始に関して、多くの大学生たちが同乗していることに軍が神経を尖らせていたこと、ARPANETが果たしたインターネットの誕生への貢献として、「独立した複数のドメインの接続を果たし、ネットワーク上でオープンアーキテクチャ環境を実現したこと」が挙げられています。
第4章では、1983年1月1日からARPANETのプロトコルがTCP/IPに切り替えられたことに関して、TCP/IPの発明者であり"インターネットの父"であるヴィント・サーフ氏のインタビューを掲載しています。
第6章では、USENETの誕生に合わせて発生したネチケットの問題、すなわち、フレーミングとスパミングの問題について解説されています。USENETの誕生に携わったスティーブ・ベロバン氏のインタビューでは、ネットが本来的に規制しにくいものである喩えとして、「教会が聖書の数を把握しきれなくなったので、グーテンベルクの印刷機による複製が可能になった」という主張の例を取り上げています。
第7章では、1980年代半ばの到来とともに、かつてジョージ・オーウェルが『1984』で予言した未来像が否定される一方で、ウィリアム・ギブソンが『ニューロマンサー』で初めて使った"サイバースペース"という言葉が一般化したことが述べられています。
第8章では、1986年にインターネットを引き受けたNSF(全米科学財団)によるNSFNETの画期的な点として、最初からネットワークをつなぐネットワークとして設計されたこと、そして、1995年4月にNSFNETバックボーンが手を引いたことに関して、『誰にも気づかれずに切り替えが行われたこと自体、NSFNETが大成功であったことを意味する」ことが述べられています。
この他本書では、WWW以前にインターネットを制した存在であったgopher(ホリネズミ)、ジュネーブのCERN(欧州原子核研究機構)で生まれたWWWに関してそのネーミングについて妻と相談したというティム・バーナーズリー氏のインタビュー、1993年にNCSAの学生であったマーク・アンドリーセン氏によって開発されたブラウザーであるMosaic等の他、ヨーロッパのインターネットの歴史上重要な位置を占めるISO-OSIプロトコルの果たした役割、インターネット上の道徳的に有害な情報と検閲を求める声の高まり等について解説されています。著者は、ヨーロッパや太平洋沿岸諸国でインターネットが広がったことに関して、「インターネットがアメリカから発生したことがいかに重要な意味を持つか」と述べ、「アメリカのアメリカらしいところは、この国は勝者が生まれるとその勝者を世界中と共有したがること」であると述べています。
著者は将来のインターネットを、「第一に社会資産、第二に情報資産」として捉えられるとして、その結果として、「現在私たちが教育や個々の授業において価値を認められていること、そしておそらくは現在の思想において価値を認められているものの多くが失われることになるだろう」と指摘し、「変化はすでに始まっており、変化は必ず訪れる。それは両価的な力を有する怪物が未来に向けて、私たちの背中を押している証拠でもある」と結んでいます。
■ 個人的な視点から
本書の監訳者である村井純氏は「はじめに」と「あとがき」の他、本文中においても日本におけるインターネット普及の中心的役割を担った人物としてインタビューが掲載されています。その中では、氏が1984年10月に開始した「日本大学間ネットワーク」の略称である「JUNET」について、自分の名前(Jun)をつけたのではないか、と人から指摘されることが多いこと、そしてこの名称は、「Japan University Network」の略称であることが語られています。それにしても人が見れば自分の名前をつけたように見えるでしょうが。
■ どんな人にオススメ?
・民の力によって発達した社会インフラの経緯に関心がある人。
■ 関連しそうな本
ペッカ ヒマネン, リーナス トーバルズ, マニュエル カステル (著), 安原 和見, 山形 浩生 (翻訳) 『リナックスの革命 ― ハッカー倫理とネット社会の精神』 2005年10月29日
リーナス トーバルズ, デビッド ダイヤモンド (著), 風見 潤 (翻訳) 『それがぼくには楽しかったから』 2005年11月05日
リチャード・M・ストールマン (著), 長尾 高弘 (翻訳) 『フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集』 2006年02月04日
エリック・スティーブン レイモンド (著), 山形 浩生 (翻訳) 『伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト』 2005年10月22日
クリス ディボナ, マーク ストーン, サム オックマン (著), 倉骨 彰 (翻訳) 『オープンソースソフトウェア―彼らはいかにしてビジネススタンダードになったのか』 2006年01月29日
ケイティ ハフナー, マシュー ライアン (著), 加地 永都子, 道田 豪 (翻訳) 『インターネットの起源』
■ 百夜百マンガ
作品中で実在の学校の名前が使われたということで回収になった幻の作品です。タイトルの「極道(きわめみち)高校」は、『激!!極虎一家』でも登場します。
投稿者 tozaki : 2006年08月23日 07:00
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.pm-forum.org/MT3/mt-tb.cgi/1095

【私立極道高校 】