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2006年09月02日
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
■ 書籍情報
【フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで】
サイモン シン
価格: ¥2415 (税込)
新潮社(2000/01)
本書は、古代ギリシャの"ピュタゴラスの定理"に起源を持ち、350年に及ぶ長い間、世界中の数学者たちを悩ませてきた「フェルマーの最終定理」をめぐる、数学者たちの苦悩とアイデアの歴史を綴ったものです。
この定理は、
X^n+Y^n=Z^n
この方程式はnが2より大きい場合には整数解をもたない。
と簡単に記述されたものですが、数多くの数学者がこのパズルに立ち向かい、そして敗れ去って行ったのでした。
フェルマーは1601年にフランス南西部に生まれ、有能な役人として社交界の名士となった人物ですが、政治的や心を持たず、そつなく仕事をこなしながら、節約したエネルギーを数学にそぎこんだことが述べられています。フェルマーはパスカルとともに確率論の産みの親になっただけでなく、微積分学の創設にも深く関わった人物ですが、フェルマーが最も愛した分野は、これらに比べて何の役にも立たないと言われる、数論であり、「数の性質と数同士の関係を理解という情熱に突き動かされていた」ことが紹介されています。
フェルマーは、上記の定理をディオファントスの『算術』の余白にメモするとともに、「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここには記すことはできない」という「苛立たしい思わせぶり」なメモを書き添え、いたずら好きな天才ぶりの痕跡を残しています。
本書には、フェルマーの定理に挑んだ数多くの数学者たちの苦闘が記録されています。アルゴリズムによる方法を開発したオイラーや、無限が持つ奇妙な性質をわかりやすく示した"ヒルベルトのホテル"で知られるヒルベルトのほか、教養ある女性に対して最も差別的であったフランスにおいて、偉大な数論研究者としての地歩を固めたソフィー・ジェルマンが紹介されています。ジェルマンはパリのエコール・ポリテクニク(高等理工科学校)に、元在籍者の名前を借りてもぐりこみ、19世紀最高の数学者の1人であるラグランジュにであります。この出会いによって自信を深めたジェルマンは、数論に取り組み、世界一の数論研究者であるドイツのガウスに男性の偽名"ムッシュー・ル・ブラン"で手紙を出し、フェルマーの最終定理に大きな貢献を示しています。なお、ナポレオンのプロイセン侵略に際して、ジェルマンが進軍中の友人の将軍にあてた手紙によって、ガウスは特別な計らいを受け命拾いしますが、このときに初めてガウスはル・ブラン氏の正体が女性であったことを知ることになります。
著者は、フェルマーの最終定理を、数学者にとって、この謎に曳かれずにはいられない「数学のセイレーン」であるとして、その理由を、
(1)他人を出し抜きたいという情け容赦のない感情。
(2)クイズを一つ解いたという無邪気な満足感を味わうことができる。
と述べ、数学の問題と解きたいという欲望に火をつける好奇心を表した言葉として、「πが無理数だと知ったところで何の役にも立たないだろうが、知ることができるのに知らないでいるなんて耐えられないではないか」というティッチマーシュの言葉を引用しています。
本書は、著者がインド系イギリス人であるためか、数論に対する日本人数学者の貢献に多くの紙幅を割いています。第5章では、のちにフェルマーの最終定理の証明に用いられる「谷山=志村予想」を生んだ谷山豊と志村五郎が、1954年に東京大学の数学科の図書館で同じ論文を借りようとして出会うシーンから始まります。2人は当時の欧米では時代遅れとみなされていた"モジュラー形式"に魅了され、「楕円方程式とモジュラー形式とは実質的に同じではないか」と言い出すことで数学界に衝撃を与えています。楕円方程式とモジュラー形式に関する彼らの理論は、証明はできなかったものの、「谷山=志村予想」と呼ばれ、広く受け入れられるようになります。この谷山=志村予想とフェルマーの最終定理を結びつけるミッシング・リンクを発見したのは1984年に講演を行ったドイツの数学者フライです。彼は、フェルマーの方程式を楕円方程式に変形することによって、「フェルマーの最終定理の真偽が、谷山=志村予想が証明できるかどうかにかかっているというドラマティックな結論」を導きます。
そして、この最終定理に決着をつけるアンドリュー・ワイルズが登場します。彼は、少年時代から関心をもっていたこの問題に取り組むために、屋根裏部屋にこもり、完全な秘密のうちに一人で仕事を進めていこうと決断します。7年の苦心の末、谷山=志村予想の証明を完成させたワイルズは、1993年の6月末にケンブリッジのニュートン研究所で開かれた専門家会議で講演を行います。ワイルズは、この講演に、「7年間というもの、これは私の一部であり、仕事としてはこれがすべてだったのです。私はこの問題に夢中で、この問題を独り占めしているとさえ感じていました。それなのに、私はそれを手放そうとしていた。まるで自分の一部を失うような気分でした」と複雑な感情を吐露しています。レフェリーたちによる誤りの指摘を受け、一度は綻んだと数学者たちに噂されていたワイルズの証明は、1995年5月、ついに『アナルズ・オブ・マセマティックス』誌に掲載されます。この最終定理が証明されたことの影響は、「以前なら尻込みしていた問題にも食らいつける」ようになるという心理的な影響だけでなく、楕円とモジュラーの世界を統一することによって、他の証明への近道を数学者たちに教えたことが大きいと述べられています。
本書は、数論というとっつきにくい、無機質に感じられる世界をめぐる、情熱と人間味あふれるドラマの数々を教えてくれる一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書を彩っているのは、数々の数学者の生き様を描いたエピソードです。
恋煩いの絶望で深夜零時に自殺するつもりで遺言を書き始めたヴォルフスケールは、予定時間よりも早くすべてを終わらせてしまい、時間つぶしに開いた数学書の証明の不十分な部分を見つけると、朝までかかって証明を修復し始めてしまいます。ヴォルフスケールは、命を救ってくれた謎への恩返しとして、フェルマーの最終定理を証明した者への懸賞金として10万マルクを投じるよう遺言状を書き換えます。
この他、同じ著者の『暗号解読』でも登場するチューリングのエニグマ解読や、コンピュータによる「四色問題」の証明によって数学界を震撼させたハーケンとアッペルなどが登場します。
このような人間ドラマも本書の大きな魅力です。
■ どんな人にオススメ?
・難問に食らいつく勇気が欲しい人。
■ 関連しそうな本
サイモン シン (著), 青木 薫 (翻訳) 『暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで』 2006年05月03日
ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日
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グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
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■ 百夜百音
【十二月の旅人】 太田裕美 オリジナル盤発売: 1998
売上的にはふるわなかった「さらばシベリア鉄道」ですが、「はっぴいえんど」コンビによるこの名曲は、元々は大瀧自身のために作られた曲だったそうです。
投稿者 tozaki : 2006年09月02日 11:00
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