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2006年09月04日

経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには

■ 書籍情報

経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには   【経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには】

  大竹 文雄
  価格: ¥819 (税込)
  中央公論新社(2005/12)

 本書は、「日常のさまざまな話題を経済学の視点で議論することを通じて、経済学の本質を読者に理解していただくことを目指したもの」です。
 著者は、近所の小学5年生から、「助ける」をテーマにさまざまな人にインタビューをするという総合学習の一環で、「お金のない人を助ける」というテーマでインタビューを受けます。その中で、「金持ちと貧乏人という所得格差の発生理由を明らかにし、貧困を解消するための方法を考えることは、経済学に課せられた大きな仕事の一つである」とした上で、所得再分配の問題が難しいのは、「リスクとインセンティブのトレードオフが発生するからである」と述べています。そして、「社会におけるさまざまな現象を、人々のインセンティブを重視した意思決定メカニズムから考え直すことが、経済学的思考法である」と述べています。
 第1章「イイ男は結婚しているのか?」では、女性の好みが「三高」(高学歴・高収入・高身長)から低姿勢・低リスク・低依存の「三低」に代わったという記事に関して、女性が結婚相手に望むものとして経済的要因が大きいことを指摘し、身長の高さと高収入という経済的な属性との関連を分析した研究として、身長が1インチ伸びると、時間当たり賃金が、イギリス人男性は2.2%、アメリカ人男性は1.8%高くなるという身長プレミアムを紹介し、その理由として、育った家庭環境等、身長は経済学者には観察できないような所得稼得能力を代理しているに過ぎないとする考えを紹介した上で、この要因を考慮しても身長プレミアムが計測される理由として、「高校におけるスポーツやクラブへの参加状況を説明変数に加えると、身長プレミアムが小さくなること、つまり、16歳時点で身長が高いと、体育会系のクラブに参加する可能性が高くなり、そうした社会活動によって、リーダーシップや組織を運営していくノウハウを学ぶ機会が高まるのではないだろうか」という仮説を紹介しています。
 また、アメリカ人に肥満をもたらした理由が、真空パック、保存設備、冷凍、人口調味料、電子レンジなどの食品調理の準備における「分業」の進展にあるとする研究を紹介し、「時間非整合性」と呼ばれる問題を解説しています。
 著者は、ベストセラーになった『負け犬の遠吠え』の著者の、「マトモな男の人はもう絶対結婚してるって。……まともな人がいいんだったら、もう掠奪しか手はないと思うよ」という発言を引用し、結婚と仕事の関係について考察しています。「結婚している男は、経済力がある」という観察が、「マリッジ・プレミアム」という実証研究の成果と整合的であることを述べた上で、この理由として、
(1)分業仮説:家事から解放されて仕事に専念できる。
(2)労働意欲仮説:家計を担うため責任感が生じる。
(3)シグナル仮説:信頼できる人間であるというシグナルとして機能する。
(4)差別仮説:雇主が結婚した男性を優遇している。
(5)経済学者には把握できない「隠れた魅力」仮説
の5つの仮説を紹介しています。
 この他本章では、東京の住宅価格には、ハザードマップの危険度に現れている災害リスクがある程度反映されて価格付けがなされていることや、長生きすることで相続税を節税できるのなら人々は死のタイミングを遅らせる、というイグ・ノーベル賞受賞研究等を紹介しています。
 第2章「賞金とプロゴルファーのやる気」では、スポーツにおいては、対戦相手との力が拮抗していて結果が予測できない場合に、観客動員や球団の利潤が最大になる「ルイス=シュメリングの逆説」を紹介するとともに、プロ野球で一人勝ちが生じた原因は、「参入規制を強くしたまま、ドラフト制度を弱体化させフリーエージェント制度を導入したこと」であると述べています。その上で、プロ野球制度の改革には、「プロ野球ファンが実力伯仲の試合を望んでいるのか、ひいきチームの勝利数最大化を望んでいるのか、といった基本的なファンの特性を明らかにして、その上で、各球団のインセンティブを高めるような制度設計をする必要がある」と述べ、経済学的思想の必要性を説いています。
 また、大学教員の任期制と終身雇用制の問題に関して、任期制の是非を、
(1)質の高い大学教員を採用できるかどうか。
(2)教授の若手大学教員に対する教育意欲や指導意欲を高めることができるかどうか。
(3)研究意欲を高めることができるかどうか。
(4)研究業績のうち努力とは関係ない要因で変動するケースに対してどのように処遇すべきか。
という問題であるとして、「研究者という、評価が困難な労働者の特性を考慮」すると、全員任期制を採用するより、「任期制と終身雇用権をもった教員の混合制度」が望ましく、同時に、「大学研究者の活動に関する情報公開と外部機関による適切な業績評価」が必要であることを解説しています。
 第3章「年金未納は若者の逆襲である」では、国民年金の未納率が上昇した理由を、「国民年金や厚生年金の収益率が若い世代ほど低くなり、若い世代ではマイナスに転じていること」であるとして、賦課方式の公的年金の財政方式が「ねずみ講」であることを指摘した上で、ねずみ講は少子高齢化で破綻をきたすと述べています。
 また、年功的な賃金制度が存在する経済学的な説明として、
(1)人的資本理論:勤続年数とともに技能が上がっていくため、それに応じて賃金も上がっていく。
(2)インセンティブ理論:若い時は生産性以下、年をとると生産性以上の賃金制度の元で、労働者がまじめに働かなかった場合には解雇する仕組みにすることで、労働者の規律を高める。
(3)適職探し理論:企業の中で従業員は、自分の生産性を発揮できるような職を見つけていく過程で生産性が上がっていく。
(4)生計費理論:生活費が年とともに上がっていくので、それに応じて賃金を払う。
の4つがあることを解説しています。その上で、単に成果主義的賃金を導入しただけでは、労働者の意欲は必ずしも向上せず、同時に能力開発の機会が増えることが必要であることを述べています。
 さらに、年功賃金を説明する最近の理論として、「人々は賃金(生活水準)が上がっていくことを喜ぶのではないか」という考えを紹介しています。
 第4章「所得格差と再分配」では、所得の不平等度が、その時点の所得だけの格差を示しているが、現時点の格差が小さくても、生涯所得の格差が大きければ、平等な社会であるとは言えず、逆に、一時点の所得の不平等が高くても、所得階層間の移動率が非常に大きければ生涯の所得格差は小さくなる可能性があることを述べています。これに関して、「ヨーロッパでは不平等度が高まると人々は幸福感を感じなくなるのに対し、アメリカ人は不平等度が高まっても幸福感が影響を受けない」という研究を紹介し、
(1)平等感の違い仮説:ヨーロッパの人々は平等を好むがアメリカ人はそうでない。
(2)所得階層間移動仮説:アメリカでは、所得階級間の移動率が高いので、現在貧しいことは必ずしも将来の貧しさを意味しない。
という2つの仮説のうち、「所得階層間移動仮説」が検証されたことを解説しています。
 本書は、経済学が単なる金勘定のためのものではなく、さまざまな社会の制度やあり方を見る上で必要になるものであることを教えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書を読むと、竹中平蔵氏が『経済ってそういうことだったのか会議』で説明していた、経済学の語源を思い出します。それは、「経済学(エコノミクス)」の語源は、「共同体のあり方」という意味である「オイコノミコス」というギリシャ語に由来するというものです。
 日本では、社会のあり方を決めることに携わっている政治家や官僚は、法学部や政治学部卒が多いですが、社会のあり方を考えるという意味での経済学の素養のある政治家や官僚がもっと増えてくれるとうれしいです。


■ どんな人にオススメ?

・経済学はお金の計算をする学問だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 佐藤 雅彦, 竹中 平蔵 『経済ってそういうことだったのか会議』 2005年06月26日
 ゲーリー・S. ベッカー, ギティ・N. ベッカー (著), 鞍谷 雅敏, 岡田 滋行 (翻訳) 『ベッカー教授の経済学ではこう考える―教育・結婚から税金・通貨問題まで』
 アビナッシュ ディキシット (著), バリー ネイルバフ (著), 菅野 隆 (翻訳), 嶋津 祐一 (翻訳) 『戦略的思考とは何か―エール大学式「ゲーム理論」の発想法』 2005年01月31日
 梶井 厚志, 松井 彰彦 『ミクロ経済学 戦略的アプローチ』 2005年04月04日
 梶井 厚志 『戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する』 2005年02月20日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日


■ 百夜百マンガ

バウ【バウ 】

 『ホワッツ マイケル』に代表される、もの言わぬペットをめぐる人間のドタバタを描いたほのぼのギャグ。愛らしいというより憎たらしい主人公が犬好きのハートをつかむのでしょうか。

投稿者 tozaki : 2006年09月04日 08:00

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