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2006年10月24日
政治家の日本語―ずらす・ぼかす・かわす
■ 書籍情報
都築 勉
価格: ¥819 (税込)
平凡社(2004/08)
本書は、「言葉の選択や使用が政治そのものである」ことを示し、「言葉と政治の不即不離の関係を、現代日本の政治家の言葉を題材として考えること」を目的としているものです。著者は、「政治家は言葉を操る専門家である。彼らのその能力は、いつも多くの人々に自分の考えを話して、説得し、また当事者の一人として対立する人々と交渉して、妥結するというような経験を積み重ねることで養われる」とした上で、「われわれは皆なにがしかの程度において政治家である」と述べています。
第1章「よぶ」では、「政治がときに人々の生命を左右する力さえも発揮することを考えれば、政治との関わりが言葉との関わりそのものになる」と述べた上で、オーウェルの小説『1984』では、「全体主義的支配を貫徹するために、何よりも人々が使える言葉の数を減らし、単純化するのが有効なことが、繰り返し指摘される」ことを紹介しています。そして、小泉首相が打ち出した「構造改革」という言葉が、「聖域なき構造改革」、「痛みを伴う構造改革」として表現され、「これと特定しない言葉であるだけに、政権のスローガンとしては汎用性が高い」ことを述べています。
第2章「ずらす」では、政治学者のダールによる、
(1)合理的説得:話し手は聞き手の理性に訴えかけ、最終的な判断はあくまでも聞き手の自由な意思に委ねる。
(2)操作的説得:聞き手を話し手の望む方向に動かすために、聞き手に都合の悪いことは言わず、おいしいことしか言わない。
の2つの説得のタイプを解説しています。また、「金のかからない選挙とかを言っているわけじゃない。金なんかある意味ではなんぼかかったっていいと言うんですよ」という小沢一郎の発言を引用し、政治改革の議論の多くが、金権政治の是正を訴えているのに対し、政治改革という言葉の意味の中心を、「金権政治の是正から政治的リーダーシップの確立へとずらそうとするもの」であると述べています。そして、小沢が元来多義的な「政治改革」というシンボルを、政治的リーダーシップの強化を中心におくことで、93年以後しばらく日本の政治をリードしてきたことが述べられています。さらに、「言語明瞭意味不明瞭」と形容された竹下登首相の、「五尺四寸の身体を燃焼し尽くす」という言葉や、「熟柿作戦」と呼ばれる国会対策手法から、周到な「ぼかし」や「ずらし」の巧みさを解説しています。
第3章「ぼかす」では、両論併記の効用として、「たとえ事態の認識についての溝が埋まらなくても、話し合いの機会を持ち、対決を回避しただけでも意義がある」ことを述べています。また、93年の細川政権の誕生に当たり、最も政党間距離が大きかった新政党と社会党の間をつなぐために、外交と防衛でのすりあわせが最も困難を極めたこと、この後の自社さ連立政権の合意事項において注目すべき点として、「行政改革と地方分権の推進、情報公開法の早期成立」等が記されたことなどが解説されています。
第4章「かわす」では、「政治社会からカオスを排除して秩序を再生産させるという目的」に照らせば、「卓越した指導者の演説と、役人の答弁」とが必要となることを述べた上で、1960年の社会党の浅沼委員長刺殺事件を受けた池田首相の追悼演説において、浅沼を「好敵手」と呼び、「ともに議会人として、断固としてテロや暴力と対決するという姿勢」を示したことが紹介されています。また、官僚の発想や行動様式を、すべてセクショナリズムやエゴイズムで説明すべきではなく、「新たな事態や要求の出現に対して、先ずは従来どおりのやり方で処理しようと試みる」という「未来のカオスの侵入を排除しようとするむしろ生理的な反応であり、法的安定性を維持しようとする強い使命感の表れである」としながらも、「大規模な変化が訪れるのを防ぐことはできない」と述べています。さらに、1990年代に地方分権を求める声として、
(1)行政改革を求める声
(2)政治改革を求める声
(3)地方制度改革を求める声
という3つの思惑のことなる声が重なったことが、この時期の地方分権を推進させた大きな原因であったことが述べられています。
第5章「えがく」では、中曽根首相の「戦後政治の総決算」路線が、「憲法改正などの持論の展開だけでなく、80年代の日本社会の構造変動に対応した考えだったこと」を述べるとともに、橋本首相と小沢一郎とを比較し、「小沢が自他ともに認める新自由主義の闘士だったのに対して、橋本は若き日の初当選以来、足が不自由だった父親の影響もあり、一貫して福祉や社会保障の分野を歩いてきた政治家だった」ことを取り上げ、小沢の「小さい政府」志向に対し橋本が政策的に「大きい政府」志向であったのに、首相としては時代の要請とライバル小沢を意識した「小さい政府」を目指す改革に取り組んだことが述べられています。
第6章「しる」では、中曽根と金丸との関係について、「たたいているようで、さすっている。さすっているようで、たたいている」という金丸の言葉が政治の本質を衝いていると述べた上で、「中曽根と金丸の政治の舞台での役割分担は、筋書きがある部分と、それだなくてその場で相手に合わせる即興劇の部分とが組み合わさった複合劇であり、共演と競演の二面性を持っていた」ことが述べられています。また、「ボキャヒン」と自らを表した小渕首相が、「ただからっぽなのではなて、何でも飲み込むのである。あたかも巨大な胃袋のようにである」ことを述べています。
本書は、政治と言葉が表裏一体の存在であることの面白さを教えてくれる一冊ではないかと思います。
■ 個人的な視点から
本書の「おわりに」には、小泉首相の政治的資源として、
(1)自民党内では珍しく、利益政治と縁が薄い政治生活を送ってきたために、しがらみがなく、スキャンダルの心配も少ない。
(2)外交、安全保障の分野においては、日米関係重視でブレがあまりない。
(3)「ワンフレーズ・ポリティクス」と言われる言語能力。
の3点を挙げています。今後、小泉政権の評価に関して、様々な解説本が登場することが楽しみです。
■ どんな人にオススメ?
・言葉の力を確かめたい人。
■ 関連しそうな本
高瀬 淳一 『武器としての「言葉政治」―不利益分配時代の政治手法』 2006年08月10日
高瀬 淳一 『情報と政治』 2005年06月23日
横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
菅谷 明子 『メディア・リテラシー―世界の現場から』 2005年09月07日
世耕 弘成 『プロフェッショナル広報戦略』 2006年09月22日
世耕 弘成 『自民党改造プロジェクト650日』
■ 百夜百マンガ
部活モノという定番の設定を崩して崩してシュールなギャグにしてしまう力技で、見たことのない定番モノを作ってしまったみたいです。
投稿者 tozaki : 2006年10月24日 07:00
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