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2006年10月28日
いなかのせんきょ
■ 書籍情報
藤谷 治
価格: ¥1890 (税込)
祥伝社(2005/12)
本書は、鄙びた過疎の村を真っ二つにした四五十年ぶりの村長選挙を、真面目一徹の村議、深沢清春が戦う姿を描いた小説です。舞台となる戸蔭村は、「長年の間誰に村長をやらせるかということを、村内の有力者たちが寄り寄り集まって協議」し、無投票にして村長が決まってきたところですが、合併特例債を当てにして「雛わらじ記念館」なるハコモノを建てたりしために合併がご破産になり、にっちもさっちも行かなくなった、という設定です。深沢は、公共事業をどんどん誘致したいインテリの平山助役によって、村長候補に祭り上げられますが、深沢をおもしろく思わない村の有力者たちの思惑で、なぜか平山との一騎打ちの構図になってしまいます。村の有力者の、「平等な競争なんて、この世にあるんだべか」「深沢さんが村長になったらえらいこったぞ。死活問題だ」という言葉は迫力があります。また、村に波風を立てることを嫌い、降りる気でいる深沢に、「口先だけなら、へごおまいのいう通り、早いとこ逃げ出したほうがいいさ。そんな男が誤って村長にでもなった日にあ、村の者に迷惑がかかる」と叱りつける深沢の老母フジも迫力があります。
本書には、田舎にとって、選挙が祭りであることを教えてくれる場面がたくさんあります。
「みーんな頭に血が昇って、喜怒哀楽が極端になってしまうんさ。人前でスピーカー持って、大声で同なじことを何べんもがなるなんて、常日頃の神経ではとてもできたもんじゃねえ」
「選挙になれば酒が飲める。そう思うのは百姓として当たり前だよ。何が悪いんだか叔父さんには全然判らないね。実際、国政選挙のときはいつも酒が出て当然なんだよ。田舎じゃあ。百合ちゃんも知っているだろうが、村の人間は毎日つまらない思いをしている。華やかなことなんかひとつもない。選挙はお祭りなんだよ」
などのセリフは、数十年ぶりの村長選挙で、熱に浮かされる小さな村の熱気を表しています。
また、村のルールが法律に優先することは、
「公職選挙法なんてもんは、村の慣習や人間性に比べたら、木っ端みたいなもんさ。村じゃ村のやり方でやる。そう思ってる人はいくらもいるよ。特に威張っている連中の中にはな」
「奇麗事では済まんぞ、田舎てとこは」
などから窺い知ることができます。
有力者たちにそっぽを向かれた深沢の元には、東京から2人の親族が駆けつけます。秋葉原で広告会社を経営する弟の哲次は、家計のために高校進学を諦めて働いた兄のため、そして、仕送りをもらって東京の大学に出てから野放図にやらせてもらった恩返しのために、戸蔭村に駆けつけます。いたずら好きで、悪知恵も働かせます。恵比寿にある外資系の携帯電話会社で働き、都会の生活に一生懸命馴染もうとしている娘の百合は、都会での仕事のストレスから村に逃げ帰ってきますが、「電話をかける・かけられる」ことを「電話をぬく」という村の方言に、安心と不安を感じたりしています。
深沢は、「村の借金のおかげで自分の家まで借金があるような気」になり、「合併失敗のおかげで世間から見放された」と暗くなってしまっている戸蔭村を、「都会と同なじ道や建物」があって「都会になりゃいい」のではなく、「国道ができて、映画館ができて、ダムも作ってマクドナルドもあって、そういうのが発展なんだべか」、「戸蔭村を戸蔭村らしく、今のまんまで住みよくなる工夫をすべきじゃねいか」と訴え、選挙戦を戦います。そして、「田舎者だから長いものに巻かれる、大学出てるから理屈が通る、そんなわけがねいじゃねえか。みんな自分の頭でしか、ものを考えるこたあできねいんだぜ」、「田舎だろうと都会だろうと、もう選挙に組織票なんてものはねいんさ。~人と違った工夫をしようって、みんな自分で考げえてやるようになった。~何でもかんでも右に倣えの時代なんか、とっくに終わってるさ」と村人に、自分で考えることを呼びかけています。
本書は、選挙というエピソードを通じて、そこに暮らす人にとっての田舎、そして、都会に暮らす人の故郷としての田舎を描いた一冊です。
■ 個人的な視点から
本書は、公選法どこ吹く風、という田舎の選挙を生々しく描いた、ということも売りになっていて、
「公職選挙法なんてもんは、村の慣習や人間性に比べたら、木っ端みたいなもんさ。村じゃ村のやり方でやる。そう思ってる人はいくらもいるよ。特に威張っている連中の中にはな」
なんてセリフも出てきますが、もうちょっと取材をして欲しかった感じもします。おそらく、選挙の部分に関しての情報源は、都会の人、それも国政選挙の関係者から取材したのではないか、ということをうかがわせる記述が見受けられました。
田舎の選挙事務所が、弁当を出して酒を振舞ってというあたりも、記述が大雑把な感じがしましたし、昼日中から誰彼かまわず千円札を握らせて回る、というやり方は、絵的には面白いですが、金額が安い割りにリスクが高すぎます。「実弾」は、手が後ろに回ることになったら困る人、血縁などのルートを通じて、それなりの金額を渡さないと効果も薄いと考えられます。さらに、「誰が誰に入れたかなんて、金輪際判らねいんだからな」とありますが、投票用紙を入れたフリをして持ち帰り、皆の見ている前で書かされるという手口が報道されています。
また、選挙関係の手続も、まるっきりでたらめではないですが、微妙に勘違いが目立ちます。
(1)p.60:深沢が村長選挙の届出をする場面では、告示日の数日前に役場に、届出書類や「候補者となることができない者でない旨の宣誓書」を提出し、「届出の締め切りを待つ」と書かれています。確かに実際にも、告示日の前に届出書類を選挙管理委員会でチェックして、書き漏れや必要書類の不備などをチェックする事前審査と呼ばれる手続を行っていますが、これは、封印をして本人に返し、告示日当日に持参するものであり、届出をするのはあくまでも告示日当日です。
(2)p.61:ということなので、平山が立候補したことを深沢が知る場面、告示日前に役場前の掲示板の「広報」で知るということになっていますが、事前にこれはありえませんし、役場の前に貼り出されるのは、受付終了後に公職法第86条の4第11項の規定により選挙長が行う告示です。
(3)p.62:もちろん、他の候補者の届出書類を見せろと言われて、判断がつかないということはありません。
(4)p.113:関係者やマスコミも間違いやすい点ですが、戸蔭村の村長選挙が「天皇の国事行為」として「公示」されることはなく、選挙管理委員会の「告示」がなされます。
(5)p.114:「この先十日ほどしかない選挙期間」とありますが、村長選挙の選挙運動期間は5日間しかありませんので、衆院選(12日)か県議選(9日)と混同しているものと思われます。
(6)p.118:「選挙事務局長」に幼馴染の小学校の先生に就任してもらう、というのがありますが、「事なかれ主義の男」であれば、教育者の地位利用の選挙運動の禁止の規定などを口実に引き受けないんじゃないかと思います。
(7)p.124:「印刷代を節約して作りました公約のビラ」とありますが、町村長選挙は市長選挙などと異なり、確認団体制度がありませんので、いわゆる法定ビラはありません。
(8)p.240:「哲次のクルマ、剛のクルマ、美智香と百合子のクルマと三台に分かれまして村を走り回り、スピーカーで村の人に訴えます」とありますが、村長選挙の選挙運動用自動車と拡声機は一そろいとなっています。
まあ、フィクションなんで目くじらを立てるようなものでもないですが。
■ どんな人にオススメ?
・田舎のしがらみの暖かさとうっとうしさを知りたい人。
■ 関連しそうな本
林 真理子 『幸福御礼』
奥田 英朗 『町長選挙』
村松 岐夫, 伊藤 光利 『地方議員の研究―日本的政治風土の主役たち』 2005年02月21日
横江 公美 『判断力はどうすれば身につくのか―アメリカの有権者教育レポート』 2005年07月13日
谷口 尚子 『現代日本の投票行動』 2005年05月25日
選挙制度研究会 『統一地方選挙の手引』
■ 百夜百音
【30th ANNIVERSARY HIT SINGLE COLLECTION37】 THE ALFEE オリジナル盤発売: 2004
江口寿史のマンガでは、ハウンドドッグなんかと同じキモいファンが多いと揶揄されてきたアルフィーですが、すでにメンバーも50を超え、『ドリームジェネレーション』に描かれた、ハイトーンボイスで定食を注文するエピソードも30年以上昔の話になってしまったのです。
『THE ALFEE HISTORY1~3 DVD-BOX SPECIAL EDITION』
投稿者 tozaki : 2006年10月28日 06:00
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