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2006年11月25日
My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記
■ 書籍情報
【My Brain is Open―20世紀数学界の異才ポール・エルデシュ放浪記】
ブルース シェクター (著), グラベルロード (翻訳)
価格: ¥2520 (税込)
共立出版(2003/09)
本書は、60年以上もの間、世界中の数学者たちの安眠を破り、「マイ・ブレイン・イズ・オープン!」と宣言する訪問者であった、「20世紀最大の数学者であり誰もが奇人と認める」ポール・エルデシュの評伝です。その風采は、「分厚いメガネをかけてしわくちゃのスーツをまとった小柄でひ弱そうな男。男は片方の手には家財一式を入れたスーツケースを、もう片方の手には論文を詰め込んだバッグを持って夜昼の見境なく訪問先の玄関をノックする」と述べられています。
第1章「旅」では、エルデシュが、「屋根が変わればまた一つ新しい証明が生まれる」という言葉を好んで使い、「二つの頭脳は一つに勝るという単純な方程式」を実践してきたことが紹介されています。
第2章「証明」では、エルデシュが生まれた20世紀初めのハンガリーが、フォン・ノイマンを初めとする多数の科学者や数学者、芸術家などを輩出したことについて触れ、この「故国を離れた輝けるハンガリー人集団」の説明として、「20世紀の初めに地球の外から数人の男がやってきて地球に降り立った。彼らにとっては地球上の女性の中でハンガリーの女性があらゆる点で最高だったらしい。彼らは人間の姿をまとい数年間地球で過ごしたけれど、結局地球は植民地化するに値しないと判断して去っていったんだ」という「彼らは本当に火星から来た」という説を紹介しています。
また、エルデシュが最も崇拝していた「神の書にあるそのままの証明」について、「最高の証明とは、最も簡単で最も優美な証明のことである」と解説しています。
そして、4歳にして負の数を発見したエルデシュ少年の「二番目の大発見」である、「僕の人生を数える年数の序列はいつか途絶えるものなのではないか」という「非存在証明」によって、「僕は泣き出してしまった。僕は自分がいずれ死ぬことを知ってしまったんだ。そのときから若くなりたいと思うようになった」とエルデシュが語っていたことを紹介しています。そして、60歳前あたりからエルデシュが、自分の名前にさまざまなイニシャル、
・60歳前:PGOM "Poor Great Old Man"――みすぼらしくも偉大な老人
・60歳:LD "Living Dead"――生きた死者
・65歳:AD "Archaeological Discovery"――考古学的発見物
・70歳:LD "Leagally Dead"――法的にも死者
・75歳:CD "Counts Dead"――死者として計算
を付け足していったことことが紹介されています。
第3章「出会い」では、ギムナジウムに通い始めたエルデシュが、「豊富な数学演習を教師や生徒に提供する」ために作られた中学、高校向けの数学誌『コマル』と出会い、13歳の時に初めて彼の解が掲載されたことなどが紹介されています。
第4章「ハッピーエンド問題」では、「生涯にわたり一人になることを嫌い、友人や研究仲間の中に自分を置くように努めていた」エルデシュが、一方では、「人ごみの中にいてすら侵すことのできない特殊なバリアによって遮られ」、「深く孤独だった」と述べられています。
また、「エルデシュ語」と呼ばれる隠語の例として、
・「trivial」:愚鈍
・「イプシロン」(極めてゼロに近い小さな寮を表すためのギリシア文字):子供
・「ジョー」:ソビエト連邦(ジョセフ・スターリンにちなんで)
・「サム」:アメリカ合衆国
・「長波長」:共産主義者(赤色の波長は可視スペクトルの中で最も長いから)
・「ノイズ」:音楽
・「毒」:アルコール
・「ボス」:妻
・「奴隷」:夫
等を紹介し、中でもエルデシュが最も興味を持っていたものとして、
・「SF」(Supereme Facist):神
を挙げ、エルデシュが人生の目的を「証明することと予測すること、そしてSFのスコアを低く抑えることだね」と答えていたことを紹介しています。
第5章「西洋史を変えた出題」では、エルデシュの旅行熱を、「1934年から彼は一週間同じベッドで眠ることはめったになく、マンチェスターから頻繁にケンブリッジ、ロンドン、ブリストルなどの大学へ旅していた」という弟子の言葉を紹介しています。
第6章「失われた楽園」では、1938年に「知のパラダイス」、プリンストン高等研究所に職を得たエルデシュが、生涯で最も多産な1年半を過ごし、そして契約が延長されないことを知って大きな衝撃を受けたことが紹介されています。また、有名なモンティ・ホール問題にエルデシュがだまされたポイントが解説されています。
第7章「集合論」では、戦争や友人や家族の運命を心配したエルデシュが、1941年にはエルデシュ語でいう「死」、すなわち、「独自の数学を生み出さない状態」にあり、年に4本しか論文を発表しなかったことが述べられています。
また、この年にエルデシュが、日本の数学者、角谷静夫らとロングアイランドのレーダー設備を撮影してしまい、スパイ容疑で逮捕された顛末が紹介されています。
第9章「サムとジョーとアンクルポール」では、エルデシュの研究の多くに通じるテーマが「秩序と無秩序の微妙な関係」であり、典型的には、「完全な無秩序は不可能であることを示した」ラムゼー理論をランダムグラフを用いて追求した研究であることが紹介されています。また、「強い平等意識と個々人の人間性や要求に対する気遣い」という意味で「リベラル」であったエルデシュが、「政治権力との軋轢を招き」、「生涯を通じてサムやジョーとの確執を繰り返」していたことが述べられています。
さらに、エルデシュの仲間になる唯一の条件は、数学の才能であり、彼が多くの天才を育て、その中でも「最も深い愛情を注いだ」ラヨシュ・ポーシャが、大学進学後、「数学をすることよりも人に教えることにもっと興味がある」と気づき、数学をやめて教師になった際には、「あんなに若くして死んでしまうとは気の毒だった」と嘆いていたエピソードが紹介されています。
第10章「さすらいの数学者」では、エルデシュが、「いつかは物理的に可能なすべての国を訪れる人」である「エルゴート的人間」であり、「続けざまにあちこち移動して多数の数学者と会うこと」が、「エルデシュを枯渇させるどころか、さらに多産な方向に促した」ことが紹介されています。
また、複雑ネットワーク理論で必ず紹介される「エルデシュ番号」(または「エルデシュ数」)については、「エルデシュ番号とエルデシュ番号の知識を伝え合うことは、数学者の間で好まれるパーティーゲームである」と紹介されています。
そして、20世紀半ば以降に数学界で共同研究が急増したことについて、エルデシュが、「共同研究に向かう傾向に拍車をかけ」、「最も頻繁にエルデシュと論文を書いた人たちは他の数学者とも頻繁に共同していたこと」は、彼らがエルデシュから「数学だけではなく社会的に数学をするというスタイルも学びとっていた」ことを示していると述べています。
75歳を迎え、名前にはPGOMLDADLDCD、すなわち「みすぼらしくも偉大なる老人、生きた死者、考古学的発見物、法的にも死者、死人として計算」というイニシャルが付け加えられるようになった後、1996年9月20日にエルデシュは83年の生涯を閉じます。エルデシュは生前、「仕事をしている最中に急死する」という願いを頻繁に口にしていましたが、著者は、エルデシュが、「実際の死がこの予想にかなり近いところを証明したことにきっと満足しただろう」と述べています。1ヵ月後、エルデシュの墓の前に集まった友人の一人は、「僕たちが背負ったエルデシュ番号はもう減らないんだ」という嘆きの言葉を漏らしています。
本書は、世紀の奇人にして天才数学者であるエルデシュという数学者以外にはあまり知られていない人物の魅力を伝えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
伝説的な記憶力を誇るエルデシュですが、名前と顔を結びつける能力は完全とは言えず、ある数学者に出会い出身地を聞いた会話が紹介されています。
「バンクーバーです」
「おおそうか、じゃあ君は僕の親友のエリオット・メンデルソンを知っているんじゃないか?」
「私があなたの親友のエリオット・メンデルソンですよ」
どうも個人的にはエルデシュのイメージを『究極超人あ~る』のR・田中一郎と結び付けてしまいがちです。子供を見て「やあ、イプシロンだ」と言っている姿はどう考えても光画部的です。
■ どんな人にオススメ?
・天才にして奇人の姿を追いたい人。
■ 関連しそうな本
ポール ホフマン (著), 平石 律子 (翻訳) 『放浪の天才数学者エルデシュ』 2005年11月06日
シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
ダンカン ワッツ (著), 辻 竜平, 友知 政樹 (翻訳) 『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』 2005年09月28日
ダンカン ワッツ (著), Duncan J. Watts (原著), 栗原 聡, 福田 健介, 佐藤 進也 (翻訳) 『スモールワールド―ネットワークの構造とダイナミクス』 2006年03月22日
スティーヴン・ストロガッツ (著), 蔵本由紀, 長尾力 (翻訳) 『SYNC』 2006年04月10日
アルバート・ラズロ・バラバシ (著), 青木 薫 (翻訳) 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 2005年10月24日
■ 百夜百音
【The Whole Story】 Kate Bush オリジナル盤発売: 1986
世間一般には、「恋のから騒ぎ」のテーマ曲で知られている「嵐が丘」が有名ですが、アルバムでは「The Sensual World」が個人的には好きです。
それにしてもデビューからもう30年経つんですね。
投稿者 tozaki : 2006年11月25日 21:00
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