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2006年11月23日
統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀
■ 書籍情報
デイヴィッド サルツブルグ (著), 竹内 惠行, 熊谷 悦生 (翻訳)
価格: ¥2310 (税込)
日本経済新聞社(2006/03)
本書は、統計学という地味な分野を切り拓いた、数多くの研究者たちを伝えた評伝です。
第2章「歪んだ分布」では、「統計モデルの概念が科学の一部となった」統計革命の時期を、カール・ピアソンが1890年代に業績をなした時期であると主張しています。ピアソンは、「観測値そのものが確率分布を持っていること」、すなわち、「われわれの測定するものがなんであろうと、実際にはそれはランダムな散らばりの一部分であり、その確立は分布関数という数学上の関数で表現される」ことに気づきます。分布関数を識別する数値は、「観測値に匹敵するもの」を意味するギリシャ語から「母数(パラメータ)」と名づけられ、ピアソンの分布族を完全に表現できる母数として、
(1)平均:観測値の散らばりの中心地
(2)標準偏差:大多数の観測値の散らばりがどれほど平均から離れているか。
(3)対称性:平均を中心として片側だけに観測値が偏っている程度。
(4)尖度:平均から離れて稀に観測される値の散らばりがどれほど平均から離れているか。
の4つが挙げられています。
著者は、「ピアソンの革命が残したもの」として、「科学の対象となる『こと』は観測可能ではなく、観測値に伴う確率を記述する数学的な分布関数という考え方」であると述べています。
第3章「かの親愛なるゴセット氏」では、ギネス社に採用された数学者であるウィリアム・シーリー・ゴセットが、印刷物での研究発表を禁止する社の規則のため、「ステューデント」と名乗って、ピアソンが編集者を務める『バイオメトリカ』誌に論文を掲載したことが紹介されています。
第4章「厩肥の山を調べ上げる」では、ロナルド・エイマー・フィッシャーが、1925年に、「数学界からは無視されたが、農学や生物学分野の研究者には多大な影響」を及ぼした『研究者のための統計的方法』を出版したことに関し、このテキストには正当な理由づけや証明が省かれていたにもかかわらず、「必要最低限の数学しか学んでいないような研究所の技術屋たち」にとって待望の一冊であったことが述べられています。
第6章「『百年の一度の洪水』」では、エミール・J・グンベルが、ドイツの大学の新米教員時代に、ナチス党員たちによる見せしめの殺人事件の目撃者のインタビューを集めた『四年間の政治的殺人』や『政治的殺人の原因』を出版したことで、1933年のナチス政権成立後は、フランスに亡命したことが紹介されています。
第9章「ベル型曲線」では、スターリンの恐怖政治が、「ロシアの数学者と他のヨーロッパとの音信を遮断し始め」、ヒトラーの人種政策が、「ドイツの多くの大学に大きな打撃を与えた」ことを述べ、「ナチス軍がワルシャワを制圧した際、ワルシャワ大学のすべての教授陣を見つけしだい捕まえ、残忍に殺害して一緒に埋めた」(焚書坑儒?)ことを紹介しています。また、ナチスが政権をとったときのベルリンの大学では、「『アーリア人』と『非アーリア人』の数学の違い」が扱われ、「退廃的な『非アーリア人(ユダヤ人のこと)』数学者は複雑なアラビア式表記に依存しているのに対し、『アーリア人』数学者はより崇高で、幾何的洞察のより理論的な領域を研究していることを見出した」と講義されていたことが述べられています。
第10章「当てはまりのよさを検定すること」では、「統計革命によって、科学上の物事は観測値の分布を支配する母数になった」が、「初期の決定論的アプローチでは、測定を精緻化すれば考察対象となる物理的現実のよりよい定義ができるようになるという信念が常にあった」ことが述べられています。そして、カオス理論でよく引用される「ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくとテキサスで大竜巻が起こるのか」という「バタフライ効果」が、「カオス理論の伝道者たちから深遠な心理と見なされている」と述べた上で、「そのような原因と結果が存在しているという科学的証明は一つも」なく、「そのような結果を招く現実をうまく立証する数学モデルは存在」せず、「それは信念を述べているに過ぎない。悪魔や神について語るのと同じくらいの科学的な妥当性しかない」と批判しています。
第14章「数学のモーツァルト」では、「フィッシャーの仕事の一部を土台にして、数学的な深みと詳細さでフィッシャーをしのぐ数理統計学と確率論上の痕跡を残した」アンドレイ・ニコラエビッチ・コルモゴロフを紹介し、コルモゴルフが、
(1)確率の本当の数学的根拠は何か。
(2)地震(や地下核実験)による地球の振動のような、時間を経て集められたデータをどのように処理すればいいのか。
という「最も差し迫った理論的問題」を解決したことが述べられています。
第15章「下から見上げた眺め」では、フローレンス・ナイチンゲールが、独力で学んだ統計学者でもあり、「イギリス軍に野戦病院を維持させ、戦場での兵士に対する看護や医療を提供させる」という使命のために、「クリミア戦争でのイギリス軍死者の多くが、戦場ではなく病気に感染して命を落としており、それは負傷兵を適切な処置をしないまま長らく放置したためである」事実を「パイチャート(円グラフ)」を発明して示したことが述べられています。
第18章「喫煙はがんの原因か」では、夫1958年にフィッシャーが、「喫煙が肺がんを引き起こすことを示そうと目論まれた証拠には欠陥だらけである」と主張し、それは、「じゃまされることなくパイプを燻らせたい老人によって提唱された多くの戯言」ではなく、「『原因と結果』はいったい何を意味するのか」という「科学的思考の核心を揺るがすものであり、たいていの人は問題として認識すらしないもの」であることが述べられています。
第24章では、日本でもよく知られているW・エドワーズ・デミング博士が日本茶をすすっている写真とともに紹介され、1980年に放送された「なぜ日本にできて、われわれにはできないのか」というドキュメンタリー番組によって、米国内で引っ張りだこになったと述べられています。著者は、品質管理についてのデミングの主要な観点を、「ある生産ラインでの産出量にはバラツキがある、ということ」であると述べています。
第28章「コンピュータは自分自身に向かってゆく」では、100年以上前にカール・ピアソンが提唱した、「すべての観測値が確率分布に起因することや、科学の目的がそれらの分布の母数を推定すること」が、次第にピアソンの見方が優勢を占めるようになってきたとして、「20世紀に科学的方法のトレーニングを受けた人は誰でもピアソンの見方を当然のものとして受け止めている」と述べています。
第29章「隠れた欠陥のある崇拝物」では、統計革命が、トーマス・クーンの『科学革命の構造』の言うモデル転換の一例であると述べ、「統計革命が近代科学にあまりにもしっかり根づいたために、統計学者はその進展をコントロールできなくなった」ことが述べられています。そして、「宇宙の統計的な見方における3つの哲学的問題」として、
(1)意思決定に統計モデルは利用できるのか?
(2)実生活に応用する際、確率の意味は何だろうか?
(3)人々は本当に確率を理解しているのか?
の3点を論じています。
本書は、統計学が無機的でつまらないと思う人にとって、実はエキサイティングな分野であることを教えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
元のタイトルの『The lady tasting tea』は、本書の主な登場人物の一人であるロナルド・エイマー・フィッシャーが1935年に著した『実験計画法』という本に収められたエピソードにちなんでいます。それは、ある婦人が言い出した「紅茶にミルクを注ぐのとミルクに紅茶を注ぐのでは味が違うのよ」という命題を検定するためにはどうすればいいか、というものでした。
ちなみに結果は、女性の言ったとおりだったそうです。
■ どんな人にオススメ?
・「円グラフを初めて使ったのはナイチンゲールである」というトリビアにピンと来た人。
■ 関連しそうな本
A・K・デュードニー (著), 田中 利幸 『眠れぬ夜のグーゴル』 2005年12月25日
ジョエル ベスト (著), 林 大 (翻訳) 『統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門』 2006年01月08日
ゲルト ギーゲレンツァー (著), 吉田 利子 (翻訳) 『数字に弱いあなたの驚くほど危険な生活―病院や裁判で統計にだまされないために』 2006年01月14日
ビョルン・ロンボルグ (著), 山形 浩生 (翻訳) 『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』 2005年09月19日
谷岡 一郎 『「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ』 2005年12月13日
ダレル・ハフ (著), 高木 秀玄 (翻訳) 『統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門』
■ 百夜百音
【ビューティフル・マインド】 ジェームズ・ホーナー オリジナル盤発売: 2005
原作を最近読んだので、つられて映画版の方も見てしまったのですが、原作とゲーム理論を知らなければ楽しめたかもしれません。ナルシストでジコチュー男というナッシュのイメージが見事に砕かれてしまいました。
そういうわけなので、映画を見て感動した人は間違っても原作は読まない(実際のナッシュについては関心を持たない)方が幸せではないかと思います。
投稿者 tozaki : 2006年11月23日 22:00
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