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2007年02月15日

GHQ日本占領史 (38)地方自治体財政

■ 書籍情報

GHQ日本占領史 (38)地方自治体財政   【GHQ日本占領史 (38)地方自治体財政】

  天川 晃
  価格: ¥6090 (税込)
  日本図書センター(1997/08)

 本書は、連合国最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)が地方自治体財政に対する占領政策を1951年時点で分析、評価した報告書です。解説者は、連合国最高司令官総司令部が、強力で民主的な地方自治体の確立を目指し、
(1)1946年に首長の民主的選挙、1947年の地方自治法による地方財政制度に対する多くの中央統制の排除が行われたが、地方自治体の首長に対する内務省やその他省庁の実質的な行政統制の多くは残されていた。1950年には地方財政平衡交付金制度が設立された。
(2)民主的地方自治と行政上の効率性の原則に基づいた財政事務の再配分を行うため、1948年の地方財政法で政府間財政調整が要求されたが、シャウプ勧告の指摘を受け、1950年には神戸委員会が政府事務の再配分に関する勧告を行い、多くの事務が地方自治体の責任であり都道府県と市町村の事務の分配に関して可能なすべての地方事務を市町村に割り当てることが提案された。
(3)地方歳入制度を強化するために、国税が都道府県に委譲され、新しい地方税や市町村の府県税への附加税が認められ、地方税率引き上げの権限が認められた。さらにシャウプ勧告にしがたい、課税と税率調整のより大きな権限が与えられた。
などの施策が実施されたと述べています。
 しかし、占領軍の改革派行政機構全体の変革にまでは及ばず、機関委任事務を中心とする国政委任事務の存続など戦前からの中央集権的機構が温存されるなど、新しい地方自治制は、「戦後も温存された中央集権的機構を通ずる中央の統制支配によって空洞化される危険にさらされていた」と指摘し、このことは地方財政に、
(1)地方経費の構造は戦前と同様に国政委任事務費の比率が圧倒的に高かった。
(2)地方税制については年々税源の拡充と自主化が進展したが、強大な税制上の中央集権と国税の増税に阻まれ不徹底なものに終わった。
(3)国庫補助金と地方配布税が著しく増大して依存財源の比重は戦前よりも高まり、地方配布税は、本来の財政調整機能よりも財源保障機能に傾斜し、補助金的性格を強めた。
などの影響を与えたことが述べられています。
 また、シャウプ勧告については、
・地方税減の拡充強化による地方税収入特に市町村税収入の大幅な増収
・一般平衡交付金制度の創設とその大幅な増額
・国庫補助金の大幅な削減とその一部の平衡交付金への組み替え
・地方債の増発
を提示することで、「地方自治強化に向かって大きな数歩を進めるもの」であり、「日本の地方財政の歴史において画期的な意義を持っていた」と評していますが、「独占資本復興のためのドッジ・ラインのもとで地方自治体の維持を図らなければならなかったために、その構想の中心はつねに資本蓄積の促進と税収入の増大」におかれ、その結果、「新しい地方税体系は大衆課税的性格を強め、半民主的色彩を濃くしていた」と指摘しています。また、「明治以来の日本の地方自治と地方財政の特質」などを認識が十分でなかったため、「戦後も温存された中央集権的機構の改革に手を触れることがなかったという歴史的な限界」を有していたと述べています。
 さらに、シャウプ勧告の評価を行った研究として、宮島洋「シャウプ勧告の地方財政論」を取り上げ、その基本的性格と問題点として、
(1)公的欲求の充足という最も古典的な財政機能を地方財政の果たすべき機能として重視しているが、それ以外の財政機能を地方財政から切り離すという中央・地方財政間の機能分離論は妥当性を欠く。
(2)民主主義の発展・住民自治育成の観点から市町村優先主義を打ち出しているが、行政事務の効率性という観点からより広域的な市町村の再編成を示唆していることと整合しない。
(3)地方税制について応益主義に基づく公平原則が示唆されているが、シャウプ勧告の前提は懊悩主義に基づく公平原則であり、国税、地方税を通じた一貫性がみられない。
(4)地域的・時期的な財政力の不均衡を均等化し、財源保障をも実現する手段として平衡交付金が位置づけられ、その無限責任は国の財政の付与されたが、国の財政力について十分な考慮が払われていない。
の4点について紹介しています。
 第1章「地方財政制度の改革」では、地方財政制度の欠陥として、「中央の管理が地方自治体の首長として務めており、国はこれら中央の管理が執行する法律や規則を通じて、地方財政のほとんどすべての局面を統制して」おり、全国的な計画管理には適していたが、「強力で民主的な地方自治体の確立を目指そうとする基本的な占領政策とはまったく相入れなかった」ことが指摘されるとともに、降伏後の地方自治体が、「救済、社会福祉事業、教育、公衆衛生、警察および消防の行政に関連して、多くの新しい財政責任を引き受けた」ことが解説されています。
 また、「日本のほとんどすべての個人の生活に対して多年にわたり抑圧的な統制を行ってきた内務省」が、1947年に解体され、地方財政事務について付与された新設の地方財政委員会には、「1947年4月の地方自治法の財政規定を履行するための広範な計画を立案、実施する責任を任され、この計画には、
(1)地方の予算手続
(2)地方目的のための中央の財源の地方への配分
(3)税額査定および徴税の政策と手続き
(4)地方借入れの政策と手続き
(5)地方財政統計の中央による収集
が含まれていたことが解説されています。
 さらに、1949年9月に、シャウプ使節団によって構成を勧告された「地方財政委員会」には、「地方自治体の利益に対して相当の配慮をしながら」、
(1)一般の地方税諸法が適用されない特別税の採用についての地方からの申請の評価
(2)地方間の地方借入認可額の分配
(3)一定徴税額の地方への配分
(4)法律で定められた最高税率の一時的停止
(5)一定評価基準の決定
(6)地方に対する平衡交付金の算定基準の決定
(7)地方財政に関する統計の収集
の7点の職務の遂行が要求されたことが述べられています。
 1948に制定された地方財政法では、「中央よりもむしろ地方が主として関係する活動経費の全額を地方自治体が持つように要求され、その活動には、
・地方の行政・立法の経費
・地方の警察・消防
・地方の公共事業
・地方の保健・福祉・衛生・社会福祉
・地方の産業振興
・地方の公益事業
が含まれ、
・大規模公共事業
・伝染業の防止
・労使関係
・救済
・職業安定
などの、「相互の利害関係がある活動の経費を相互に分担することを要求されたこと」が解説されています。
 第2章「地方自治体の予算改革」では、地方予算が、「よりよい生活と労働条件、よりよい地域サービスと施設、そしてより大きな個人の機会のためのプログラムの民主的な計画と運営にとってますます強力な道具」となり、
・学校
・公共事業
・産業経済援助
・社会労働施設
・警察
・消防
・公衆衛生
を地域社会に供給し、中央のプログラムである、
・経済の安定化
・経済の復興と発展
・占領軍の援助
・教育
・福祉
・海外貿易
などと密接に調整されたことが解説されています。
 また、連合国最高司令官は、「地方歳出プログラムの草の根的改革」を一貫して主張したものの、「1万以上の地方自治体に対して直接指導あるいは援助を提供することはとてもできなかった」ため、大部分については、「当然のことながら分権化にはほとんど共鳴しない中央官僚を通してこの改革を進めざるを得なかった」と述べられています。
 さらに個別のプログラムに関しては、教育について、「すべてのレベルの政府が、中学校と小学校の運営に関係」し、
・市町村:学校の建設と維持費用を負担
・都道府県:教員給与を負担
・中央政府:補助金を交付
という役割分担であり、神戸委員会が、「中学校と小学校の運営のすべての責任を市町村に与えるが、中央が教育水準に対する統制を維持する」ことを提案したのに対し、1951年の選挙では日本の主要政党のすべてが、義務教育の経費を中央が負担すべきであることを主張したと述べています。そして、高等学校の経費は、都道府県・5大都市と中央政府との間での軋轢の原因であったが、神戸委員会は、「高等学校の運営上のすべての責任を都道府県と5大都市に与える」ことを提案しています。
 公共事業に関しては、地方の主要歳出プログラム中、教育に次ぐ位置にあり、この大半が、国庫支出金・補助金によってまかなわれ、「大部分の公共事業の種類を中央は指図することができ」、神戸委員会は、「どのレベルの政府が職務において主たる利害を持っているかに従って、公共事業の職務を分類し、境界を確定し、再配分する」として、
・河川:国、都道府県、市町村の河川として指定されるべき
・都市計画:主として市の職務であり、国から市政府に移管されるべきである
などを主張したことが述べられています。
 警察および消防に関しては、シャウプ使節団が、「雇用すべき警察官と消防隊員の定員を決定する権限を含む市町村の警察・消防組織の行政責任のすべてを市町村が引き受けること」を提案したが、1951年秋の時点で、「これらの勧告は採用されるようには思われなかった」と述べ、「多くの町村がその警察制度に関して反対の方針をとっていた」ことが述べられています。
 また、国の平衡交付金に関しては、「税の還付や割り当てよりずっと簡単で公平であったけれども、地方の財政事務を統制する強力な武器を国の手中に置」き、地方の財政自治を発展させるためには、「地方財政委員会や多くの中央官吏は、地方の利益を第一の関心事として地方平衡交付金制度を管理運営することが必要であった」と述べられています。
 国の補助金に関しては、1949年のシャウプ使節団の調査時には、約350件の補助金があり、14省庁の主たる統制の下、
(1)国家計画を完全に執行するための地方に対する100%の補助金
(2)中央と地方が利害を共有する活動に対する一部補助金
(3)公共事業、主として災害復興に対する補助金
の3つの一般的なタイプからなり、中でも重要だったのは、
・占領軍の援助に対する国のプログラムについての地方による管理運営
・統計の収集
・農地改革
であり、シャウプ使節団は、「政府間の責任を混乱させ、補助金の総額をめぐって中央と地方の官吏の間につまらない軋轢を引き起こし、中央官吏の統制下に地方官吏を不必要に置いた」望ましくないものとの見解であったことが述べられています。
 第3章「地方税制の改革」では、降伏当時の地方税制が、「ひどく非生産的で、不公平で、かつ硬直的」であった上、「民主的財政の諸原則に構わずに、中央によって統制されていた」ため、「占領政策に従って降伏後の地方の歳出プログラムの財源を確保するという課題」に対して不十分なものであったことが述べられています。そして、降伏後の財源不足に対応するため、「市町村は地域の構成員から強制的に寄付を集めるといった超法規的手段に訴えざるを得」ず、「地方官吏は自分の地方への財政援助を得ようとして東京に滞在する時間を過度に多く費やし」、「政治的陰謀や買収を通じて」この財政援助を獲得したことが述べられています。
 また、降伏当時の地方税制の「行政上の基礎的な欠陥」として、
(1)ほとんどの税官吏は民主的で効率的な税務行政を行うには不十分な教育と訓練しか受けていなかった
(2)地方の税務署は、設備が整っておらず、無秩序で、誤った管理が行われていた。
(3)税の手続きは非効率的で、標準化されておらず、しばしば差別的であった。
(4)納税者は、地方の税官吏の決定に異議を申し立てたり控訴するための有効な手段を持っていなかった。
などを挙げています。さらに、根本的なもう1つの問題として、「地方税に関する法律や規則が広く分散している」として、数千もの文書に条項が散在し、いくつかは19世紀にまで遡るものでああったことを指摘しています。
 1949年9月に行われたシャウプ使節団の勧告に関しては、
(1)地方税収総額を1949-50会計年度の1500億円から1950-51年度には1900億円に拡張する。
(2)地方税の分離を通じて市町村の道府県附加税を削除する。
(3)税の数を減らすが税率を引上げる。
(4)地方税をより生産的で単純なものとし、管理運営を簡単にするために、主要な地方税、特に事業税、住民税、および固定資産税を根本的に修正する
の4つの目的を達成するために地方税構造の抜本的改革が主張され、これらの目的に基づき、
・住民税
・地租および家屋税
・事業税
・入場税
などに関する特別の勧告を数多く提示したことが解説されています。
 そして、この勧告と国の経済政策に基づき、地方自治庁によって地方税法案が起草され、連合国最高司令官に承認されたが、閣僚たちは中央の権限が地方に移されることを嫌がり、「当時の予算計画と経済安定化政策に無関心であった大蔵大臣」が激しく反対し、提案された税率の大部分の引き下げを求めたことが解説されています。そして、1949年後半から1950年にかけての地方選挙の運動期間中に、すべての主要政党が地方税法案に反対したことが述べられ、有権者は、「この法案がより高額の税以外は何も約束しない」と信じるようになったと述べられています。
 地方税法案は、1950年7月、連合国最高司令官がいくつかの点で譲歩するかたちで制定され、この地方税法とともに、「シャウプ使節団によって提案された現代的で民主的な税制の立法的基礎が日本の地方自治体に確立」し、「単一的、統一的で、よくまとめ上げられたこの法律」が、「何十もの法律として散在していた数千の条項に取って代わ」り、「すべての附加税を廃止し、7独立税を都道府県に、10独立税を市町村に配分することによって、地方税構造を根本的に単純化」し、「地方の権限を拡張し、差別的でないかぎり、あるいは、国の法律と矛盾しない限り、地方が新税を課したり税率を調整することができるようにした」と述べられています。
 本書は、現在の地方自治体財政制度の基礎が形作られるまでの経緯を知ることができる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本シリーズを読むと、現在の日本のさまざまな制度が、GHQによる占領期に形作られたことが分かります。それも、一般的に言われるように単に理想主義的な政策が押し付けられたという単純なものではなく、GHQ主導の急進的な改革とそれに対する1950年前後の揺り戻しの結果が、サンフランシスコ条約の時期に固定されて現在に至っているというのが全般的な印象でしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・現在の自治体財政のかたちのルーツのひとつを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 カール・S. シャウプ (著), 柴田 弘文, 柴田 愛子 (翻訳) 『シャウプの証言―シャウプ税制使節団の教訓』 2007年02月13日
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 天川 晃 『GHQ日本占領史 (38)地方自治体財政』
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』
 石見 豊 『戦後日本の地方分権―その論議を中心に』 2007年02月09日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (37)国家財政』


■ 百夜百マンガ

とってもラッキーマン【とってもラッキーマン 】

 こういう汚い絵でも一人で何ページも連載を持たせちゃうところにジャンプのすごさはあるのだと思います。マガジンにも「ヘタウマ」というカテゴリーで4コマは持たせてますが、看板作品にしちゃうところに編集者の独断よりも読者の反応を重視する姿勢を見ることができます。
 主人公の名前が「追手内洋一(ついてない よういち)」という安易さもさすがです。

投稿者 tozaki : 2007年02月15日 07:00

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