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2007年02月09日

戦後日本の地方分権―その論議を中心に

■ 書籍情報

戦後日本の地方分権―その論議を中心に   【戦後日本の地方分権―その論議を中心に】

  石見 豊
  価格: ¥2940 (税込)
  北樹出版(2004/10)

 本書は、「これまでにわが国で論じられてきた地方分権をめぐる論議を再検討し、これまでに展開されてきた論議と近年の改革の動きの関係を考えることをねらい」としたものです。著者は、分析の視点として、
(1)論議内容の分析視点としては、各論者の論議のねらい、目的は何か。
(2)論議間構造の分析視点としては、論議の要素が、論議間でどうつながっているのか。
の2つの視点を設定しています。
 第1章「地方分権の概念」では、欧米に見られる分権化の動きには、
(1)国から地方への分権
(2)官から民への分権
の2つの面があること、分権に相当する英語として、
(1)「decentralization」:政治的分権
(2)「devolution」:行政的分権
(3)「deconcentration」:行政権委譲
の3つの語があること、分権の概念が、
(1)自治と分権は、同じ種類で同じ方向の話ではあるが、両概念の違いをあえて明確にすると、目的と手段という関係で捉えられる。
(2)福祉国家の展開にともない新集権化現象が見られ始め、その行き詰まりとともに、今度は分権化が求められた。
(3)分権は目的への手段であり、本質的に変化する過程であり、志向(方向)的な面やそれ自体では独立の価値とはならない、そのような性格を持つものである。
の3点にまとめられること、等が述べられています。
 第2章「諸外国の分権化」では、英国では、1999年にスコットランド議会とウェールズ議会が設置され、ウェストミンスターから大幅な権限委譲が行われたことで、単一性国家から連邦制国家への移行の始まり、もしくは、準連邦制への道を歩みだしたと言われたことが解説されています。また、フランスの分権改革の特徴として、「県や州レベルの改革については、その程度の大小は別にして、一応改革が実現した」が、
(1)フランス革命以前からの歴史を有している。
(2)国会議員や大臣などと地方の議員や長を兼任できるフランス特有の兼職制度。
の2つの理由によって、コミューンが改革から取り残されたことが述べられています。
 第3章「戦後分権論議の歴史1――戦後改革の時代」では、1945年から1951年の占領期に、地方制度改革か、GHQによる戦後改革の一環として行われ、「改革の主たる担い手であったアメリカ本国またはGHQの理念や思想を色濃く反映させたものであった」ことが述べられています。また、GHQの分権化構想が「民主化構想」と言い換えられるものであり、
(1)英米の伝統的自治観に基づく住民自治を重視。
(2)アメリカ地方自治の歴史を踏まえた民主主義的な制度を導入。
(3)アメリカ本国におけるニュー・セントラリゼーションの動きを踏まえて、中央統制の仕組みにも留意。
の3つの特徴を持っていたことが解説されています。
 また、この時期の分権論議の特徴として、
・理論的には、憲法における地方自治規定をめぐる論議
・具体的には、知事公選制や警察・教育の民主化をめぐる新しい地方自治のあり方が論じられ、これとの関連で分権についても論じられた
という特徴があることが指摘されています。
 さらに、知事公選制をめぐっては、
(1)知事の選任方法・・・戦前の官選を住民の直接公選に改める
(2)知事の身分・・・官吏のままにするか公吏(地方公務員)に改めるか
という2つの争点があり、前者は1946年10月の第1次地方制度改革で公選に、後者は1947年5月の第2次地方制度改革で公吏に改められたことが述べられています。
 憲法における地方自治規定をめぐっては、
(1)伝来説(佐々木悠一)と固有権説(入江俊郎)の対立を見て取れる(この中間には制度保障説(田中二郎)がある)。
(2)各論者とも新憲法における地方自治規定を肯定的に評価し、地方分権的な性格のものとして捉えている。
(3)中央と地方の関係の捉え方を再検討しなければならないという問題意識を共有している。
の3点を指摘しています。
 著者は、この時期に、「自治権思想をめぐる伝来説か固有権説かという論争」が、「理論的関心の中心であった」として、「戦後当初の自治理論、分権論議が現実的な状況への対応策より、規範的な論議に強い関心があった」ことを指摘しています。
 第4章「戦後分権論議の歴史2――逆コースの時代」では、1947年の「トルーマンドクトリン」や朝鮮の南北分裂、東西対立の激化などによってアメリカの対日政策が大きく転換し、「日本経済を自立させ、極東における『全体主義(共産主義)』の防波堤とする方針」を採ったため、占領期の民主的改革は見直され、「逆コースの時代」と呼ばれることが述べられています。そして、地方自治制度についても、自治体警察の再編と教育委員会の公選制の廃止という逆コース的な改革が行われたことが解説されています。
 一方で、1949年には第1次シャウプ勧告として、
(1)中央・府県・市町村間の事務の明確な区分
(2)事務の効率的執行の確保
(3)市町村優先の事務再配分
の3原則が打ち立てられ、「地方税の独立税化、都道府県と市町村税の分離、国・地方間の新たな財政調整制度として個別補助金の整理による地方財政平衡交付金制度の創設」が目指されたことなどが解説されています。
 また、この勧告を受け、政府は1949年12月に地方行政調査委員会議(通称・神戸委員会)を設置し、委員会は1950年に「国庫補助金制度等の改正に関する勧告」「行政事務再配分に関する勧告(第1次神戸勧告)」、翌年には「行政事務再配分に関する第2次勧告」を提出しています。神戸委員会はシャウプ勧告の3原則を一般指針として検討を進め、国と地方の事務配分に関し、「事務の性質上当然、国の処理すべき国の存立のために直接必要な事務を除き、地方公共団体の区域内の事務は、できるかぎり地方公共団体の事務とし、国は地方が有効に処理できない事務だけを行う」という方針を立て、「広域自治体としての府県、基礎自治体としての市町村の権限を明確化し、『分離型』の中央・自治体関係を実現すべき」としたことが解説されています。この改革案が実現されなかった理由としては、「占領政策の方向転換や中央各省の反対」以上に、「改革の進め方の手順ならびにそのタイミングのずれ」が指摘され、「まず個別事務の再配分案が示され、それに基づいて個別補助金を整理し、それを地方財政平衡交付金制度の中に組み入れるのが順序」であるが、実際には、1950年5月に地方財政平衡交付金が制定され、神戸委員会の第1次勧告が同年12月に提示されていることから、「個別補助金の整理が事実上終わった後にその基本となる個別事務の再配分案を提出されても、実施される可能性は極めて乏しい」(高木鉦作)と指摘されていることが述べられています。
 この勧告に関して、実務家である地方自治長次長の鈴木俊一は、「神戸勧告と同時期に設けられた政令諮問委員会答申との相違点を問題にし、神戸勧告が『地方自治至上主義、市町村中心主義』であり、政令委答申は『地方自治事項を国全体の行政簡素化の中で捉えており、国・府県・市町村間に差はない』」と整理していることが紹介されています。
 さらに道州制の問題に関しては、その論議は1927年の田中内閣の行政審議会による州庁設置案であること、1956年に設置された第4次地方制度調査会では、道州制案が、・「地方制」案:現行の府県を廃止して全国に7~9ブロックの「地方」を置き、その長を官選にするもの。
という形で提案され、府県統合案は
・「県」案:現行の府県制度を基本的に存置して、3~4件の区域的統合を図るもの。
と呼ばれ、両案は、「戦後改革で導入された知事公選制を堅持するか放棄するかという点が最大の論点」であったことが解説されています。
 この時期に行われた逆コース的な地方制度改革の代表としては、警察制度の再編成と教育委員公選制の廃止が挙げられ、前者については、
(1)1951年6月、自治体警察を住民投票によって廃止できるようにし、発足当初1605あった自治体警察は402に減少した。
(2)1952年8月、首相の警察指示権を容認した。
(3)1954年6月、自治体警察と国家地方警察を都道府県警察に一本化し、警視正以上の幹部警察官は中央の任命となった。
の3次にわたって改革が行われたこと、後者に関しては、1948年に公選の教育委員会法が制定・実施されたが、「教育委員選挙の結果は、当選者の大半を教育関係者が占め、投票率も低く無投票団体も市町村の3分の1を数える状況」であったこと、「教育委員会だけが予算・条例の地方議会に対する原案執行権や教育長の支出命令権を持っていることに対して、地方公共団体から強い反対があった」ことから、1956年6月2日に新教育委員解放が強行可決・成立し、
(1)教育委員の公選制を廃止し、議会の同意を得て長の任命制に改めた。
(2)原案そう府県を廃止し、財産の取得・処分、市町村立小中学校教職員の任命権を都道府県教育委員会へ移した。
の2点の改革が行われたことが解説されています。
 さらにこの時期には、道州制問題と並んで、事務配分問題が地方制度調査会の争点となり、
・全国市議会議長会:市町村優先の事務配分を主張し、現行府県制度の廃止を前提に当面の措置として府県を存置し、市町村と府県の責任を明確にし、府県は国と市町村間の連絡についても意思的介在はなさない。
・都道府県議長会:「行政事務配分の対象は委任事務のみとし国政事務は含むべきではない、行政事務配分にあたっては権力の集中を来たさないように留意しなければならない」と国に対する立場を明確にし、『府県の事務のうち直接一般住民を対象として措置すべき事務は(中略)市町村に移譲すべき」としながら「府県は市町村を包括するところの広域的地方団体であるから、(中略)都市と農村との利害の調整、都市農村に共通する事務の処理、広域的視野と角度からする地方の産業、経済、文化等の総合的育成発展上必要な事務」を府県事務であると主張した。
ことなどが解説され、地方制度調査会の論議が一枚岩ではなく、市町村側は、「シャウプ勧告の市町村優先の原則を字義通り理解し、それを自らの存在の拠り所とした」のに対し、府県側は、「自らの存在の存続を前提にした地方自治・地方分権の推進を主張」したことが述べられています。
 著者は、
・知事公選論議
・シャウプ・神戸勧告をめぐる論議
・道州制論議
の3つに共通する要素として、「民主化」という要素を指摘し、「戦後改革期と逆コース期における分権論議は、『民主化』という要素を共有した強い関連性のある論議である」と解説しています。
 第5章「戦後分権論議の歴史3――高度成長の時代」では、第9次地方制度調査会における事務配分論議の特徴として、
(1)シャウプ勧告・神戸勧告の継承であり、従来の分離型の事務配分論(市町村4団体)
(2)国・地方間の協力・総合性・効率性を重視した機能分担的な考え方(都道府県2団体)
の2つの考え方の違いを指摘するとともに、1963年の第3回総会において、長濱委員から示された、
(1)地方自治推進のために、市町村の権限を強化するという神戸勧告のような考え方
(2)行政能率を中心とした事務配分の考え方
(3)新しい行政需要に対応した考え方
(4)政策推進との関連の考え方
の4つの立場について解説しています。そして、この時期の論議には、「社会経済環境の変化、行政需要の増大、新集権化傾向を認め、新たな中央地方関係の構築、国と地方の協力・協同に基づいた事務再配分の必要性を指摘」するという「高度成長期に対する認識」が共通していることを指摘しています。
 さらに、1950年代半ばから60年代初めにかけて提起された、
・「地方庁」構想:現行の府県は存置するが、広域行政の需要に対応するため、全国9ブロックに国の総合出先機関を設け、これまで本省が所管していた実施権限を大幅に移譲する。
について、全国知事会などから、
(1)知事中心の総合行政が侵される恐れがあること。
(2)結果において、二重行政、二重監督となって行政簡素化にはならないこと。
(3)国・地方を通じた行政事務の再配分によって縦割り行政の弊害も是正できる。
という強い反対があったことが解説されています。
 また、1964年には自民党が府県合併法案構想がまとめ、
(1)府県の区域が狭すぎて、一体的な社会経済圏と府県の区域のギャップが大きい。
(2)府県間に著しい財政力の格差がある。
という府県の行政機能の限界を指摘していることが紹介されています。
 第6章「戦後分権論議の歴史4――行政改革の時代」では、80年代の分権論議の特徴として、
(1)次の90年代における分権論議と実際の改革への準備期間
(2)大都市制度や広域行政に関して文献の支店からの論議が行われ、部分的な改革が実現――機関委任事務の整理合理化
(3)学者グループが、従来の中央地方関係の捉え方を根本的に変えるパラダイム転換を提案――「政府間関係」
の3点を挙げています。
 第7章「90年代の分権論議」では、90年代前半の分権を求める動向として、
(1)政治改革の流れ
(2)行政改革の流れ
(3)地方制度改革の流れ
(4)東京一極集中是正の流れ
という西尾勝による4点を紹介しています。
 また、地方6団体、内閣行革本部、第24次地方制度調査会の3つの審議会答申の共通点として、
(1)個性ある地域づくりならびに住民自治の推進
(2)国際的な諸問題への対応
(3)行政効率の向上
(4)東京一極集中の是正
の4つの共通したねらいがあることを指摘しています。
 第8章「地方分権推進委員会の審議と勧告」では、90年代後半の分権論議が、「地方分権推進委員会の真偽や勧告に併せて論議が展開」され、分権委がとった、
(1)事務権限の委譲より国の関与の縮減を優先させる戦略
(2)「受け皿論」を棚上げする戦略
は、「単に政治戦略というより、これまでの政府間関係論などの論議の蓄積に基づく発想(論理)である」と解説しています。
 著者は、90年代後半を、「分権改革を初め、わが国の『国の形』が問い直された政治・行政システム全般に及ぶ『行政改革の時代』」であり、分権改革は「時代が求めた『自然な』『すわりのよい』改革であった」と指摘しています。
 終章では、本書の分析視点が、
(1)戦後分権論議で見られる変化には、中央地方関係の捉え方が分離型から融合型へ変化した点の他に分権の意味そのものも変わったのではないか。
(2)文献論議の内容を変化させる要因には、社会経済環境の変化以外に、論議独自の展開メカニズムがあるのではないか。
という先行研究の再検討から得られた2つの疑問に基づくものであり、
(1)分権の意味の変化については、論者の論議の狙いの変化に注目し、それを「民主化」から「自律性」の向上への変化として整理した。
(2)論議の内容やその変化に影響を与える要因として、社会経済環境などの外部要因のほかに、論議間の要素的つながりのような論議の内的要因の存在を指摘した。
ことが解説されています。
 本書は、戦後の地方分権論議を概観する上で、コンパクトにまとまった便利な一冊です。


■ 個人的な視点から

 戦後、さまざまな分権をめぐる議論がなされ、勧告や提言が出されてきたことは、個々の事実としては認識されていますが、本書は、これら及びこれらをめぐる議論を要素に分解し、それらの間に脈々と流れる論理のつながりを見いだしていて、非常に分かりやすい一冊ではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・戦後の分権論議を概観したい人。


■ 関連しそうな本

 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (13)地方自治改革』 2007年01月19日
 天川 晃 『GHQ日本占領史 (38)地方自治体財政』
 天川 晃, 増田 弘 『地域から見直す占領改革―戦後地方政治の連続と非連続』
 カール・S. シャウプ (著), 柴田 弘文, 柴田 愛子 (翻訳) 『シャウプの証言―シャウプ税制使節団の教訓』
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』
 岡田 彰 『現代日本官僚制の成立―戦後占領期における行政制度の再編成』


■ 百夜百マンガ

きまぐれオレンジ★ロード【きまぐれオレンジ★ロード 】

 作者をしばらく見かけないと思っていたら、「脳脊髄液減少症」の記事で新聞に取り上げられていました。昔の有名人が、難病などで紹介されることも多いですがこれをきっかけに復活できるといいですね。

投稿者 tozaki : 2007年02月09日 06:00

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