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2007年03月19日
官邸主導―小泉純一郎の革命
■ 書籍情報
【官邸主導―小泉純一郎の革命】(#788)
清水 真人
価格: ¥1995 (税込)
日本経済新聞社(2005/12)
本書は、「官邸を舞台に過去十年の日本の政治史、とりわけ政策決定メカニズムの変遷の検証を試みたドキュメント」です。
序章「小泉純一郎 最後の人事」では、経済財政担当相を、「竹中が『高めのボール球』を投げ込んで試合を作るピッチャー型の司令塔なら、与謝野はそれを受け止め、党内や各省の複雑に錯綜する思惑をさばいて落ち着かせ、軟着陸させるキャッチャー型の調整役」であると評しています。
また、2005年の衆院選で民主党が掲げた「首相を中心に内閣のリーダーシップの下で予算の大枠を決定し、その枠内で各省庁の予算細目が決定する予算編成方式」である「国家経済会議」構想が、「1997年、橋本政権の下で中央省庁再編の具体案作りを担った首相直属機関の『行政改革会議』が打ち出した経済財政諮問会議の制度設計の原型とうり二つ」であることについて、「中央省庁の数を半減した上で内閣機能を大幅に強化するという橋本行革を最初に構想し、諮問会議の制度設計にも初期段階で深く関与した中心人物」が、橋本政権当時に、練り上げた省庁再編プランの原案を自民党や霞が関各省に骨抜きにされ、「強い敗北感を味わい、政治の現実を思い知らされ」、経産省に決別して民主党から参院選に出馬した松井孝治その日とであることを述べています。
第2章「梶山静六の直感」では、無類の政策通として知られていた橋本が、「霞ヶ関の課長補佐クラスと細かい知識を競い合って勝つのが趣味」と陰口をたたかれ、小渕派内でも「怒る、いばる、すねる」と言われ人望には欠けたが、世論調査では宰相候補として高い人気を誇り、「自民党の最終兵器」といわれるほど党内の期待が高かったことが述べられています。これに対して梶山は、「俺は組織いじりには何の興味もないんだ」と、橋本が入れ込む中央省庁の再編を揶揄し、「官僚と重箱の隅をつつくような議論で競い、やり込めるのが得意な橋本に行革を『格好のオモチャ』として好きなようにやらせておく腹」であったことが語られています。
また、梶山が、「公共事業費の削減はマクロ経済に悪影響を与える」として歳出カットを押し留めようとする建設省幹部に対し、「建設省はいつからマクロ経済屋になったんだ。そんなにマクロ経済が心配なら、いつでも経済企画庁に行かせてやるぞ!」と雷を落としたことが紹介されています。
第3章「孤高の橋本龍太郎」では、「政治家同士の感情的な対立が極限を超え、互いにとことんつぶし合うまで引かない権力闘争」になってしまうと、「官僚はどの勢力にもくみするわけには行かず、身動きが取れなくなる」ことについて、「われわれは知恵はいくらでも出します。ただ、事柄が政争の次元になってしまうとそういうわけにもいかなくなってしまいます。」という官僚の愚痴を紹介しています。
第4章「『真空』の小渕恵三では、参院選で惨敗した橋本後継の総裁選に出馬した小渕が、「米国の大統領経済諮問委員会(CEA)のように、生きた経済をやっている方や学者が、首相の一番近いところにいて経済戦略を立てる。会議の考え方は即、最高責任者である首相が実現していく」と、政権構想の柱として「民間のエコノミストや現役の経済人を集めた首相直属の『経済戦略会議』の設置」を提唱したことが述べられています。
しかし、この戦略会議の答申は、「閣議決定」ではなく、「閣議報告」に留められ、「霞ヶ関では政府方針そのものになると言っていい『閣議決定』が一番重く、『閣議了解』がそれに次ぐ。さらに格落ちの『閣議報告』は各省庁間の調整を必ずしも必要としない分、内閣の政策運営に対する拘束力は弱まる」ことが解説されています。
また、戦略会議のメンバーであった竹中が、「ニュースステーション」に出演し、「あの久米宏にディベートで負けないなんて竹中さんはすごい」と驚かれ、当時事務局に出向していた民間人が、「これは大学教授で終わる人物じゃないという予感がした」とと回想していることを紹介しています。
そして、この答申の中で、特殊法人の資金調達を、「市場で自ら債券を発行する『財投機関債』か、そうでなければ国が政策的判断で投入する一般会計予算の二つに限定しようと構想していた」が、「いつのまにか事務局による修文作業で表現が『財投機関債等』となっていた」ため、「霞が関文学では『等』のたった一字が入ることで、財投債も活用できるという解釈になる。抜け穴が一気に広がり、文章の意味がまるで変わってしまう」例を挙げ、「霞が関は24時間体制で組織を挙げて対応してくる。学者が忙しい本業の合間を縫って非常勤で政策決定に首を突っ込んでいるだけではとても太刀打ちできない」という中谷が得た苦い教訓を紹介しています。
さらに、戦略会議が母体となって育んだ人間関係は、「地下水脈として生き延び」、「奥田と牛尾は森の求めで諮問会議創設の当初から民間議員として参画」し、小泉政権時には竹中が経済財政担当相に就任、「骨太の方針」作りでは、「棚上げになった経済戦略会議の最終答申から『小さな政府』、財政運営とマクロ経済判断の連結など竹中の手で多くの政策構想がよみがえる」ことになったことや、経団連会長になった奥田が公表した「奥田ビジョン」は戦略会議の「樋口レポート」を「かなりの部分で下敷き」にしていることが述べられています。
著者は、「官邸主導には様々な政治的思惑を磁場としてぶつけ合う『舞台装置』の仕掛けが不可欠だが、それだけでは政策決定は動かない。主役に演出家、プロデューサーやシナリオライターがそろわないとドラマの幕は開かないのである」と述べています。
第5章「『司令塔』竹中平蔵の挑戦」では、わずか1年で「幕間の政権」という印象が強い森政権だが、「霞が関では橋本行革に基づく中央省庁再編がスタート。1府12省庁による新体制に移行して歴史的な転換点を迎え」、その前夜である2000年には、「新設する経済財政諮問会議をめぐり、首相官邸主導の政策決定メカニズムの行方を占う重要な論争」が巻き起こり、そのきっかけは、森が所信表明演説で打ち出した「諮問会議の先取り」と「首相主導の予算編成」にあったことが解説されています。
また、橋本行革が内包していた限界として、「この国のあり方」の改革を目指すことをうたいながら、「省庁再編は官邸の機能強化を含めてどこまでも政府の行政組織の改革」にとどまり、「文字通りの『行政改革』であって、内閣と与党のかかわりまで含めた『政治改革』までは射程におさめていなかった」ため、「政策決定メカニズムに深く広く根を張ってきた自民等ないし与党との関係という厄介な問題をどう考えるか。そこまで視野に入れた包括的な統治構造の改革構想は存在しなかった」ことを指摘しています。
さらに、諮問会議が官邸直結の内閣官房ではなく、「ワンクッション置いた内閣府」に設けられたことについて、「本当は内閣官房と内閣府を一体化して首相官邸に直結させる『大内閣府』構想を描いていたが、行革会議の中心になった憲法学者が退けた」という江田の言葉を紹介しています。
著者は、小泉政権成立後、竹中が小泉から経済財政担当相を要請されたときに、「ここで引き受けなければ逃げたことになるのではないか。一生の後悔につながるかもしれない」と覚悟を決めたことについて、小泉・竹中関係を間近でみていた中川が、「自然な流れで一番最初に決まった人事だ。当然だと思った。城山三郎著『男子の本懐』で宰相・浜口雄幸が井上準之助を蔵相に口説き落とす場面とそっくりだった」と語っている言葉を紹介しています。
また、2002年7月に竹中が仕掛けた「予算の全体像」には、
(1)「骨太」で定性的な改革の方向を示した上に、「全体像」で定量的な歳出の数値目標まで踏み込み、トップダウンで予算編成に枠をはめようとした。
(2)歳出と歳入を一体として「全体像」を考えるという論法で、増減税論議にも影響力の行使を狙った。
(3)「改革と展望」に続き、マクロ経済見通しと緊密に連結した予算編成という流れを確立しようとした。
の3つの野心が秘められており、「財務省と激しい綱引きになった」ことが解説されています。
さらに、竹中が重視していた舵取りのポイントとして、
(1)諮問会議の討議プロセスの出発点となる「民間議員ペーパー」と呼ばれる4人の連名の政策提案。
(2)毎回の討議を集約し、方向性を示して次へつなげていく「竹中大臣取りまとめ」。
(3)節目節目で霞が関の各省の異論を押さえ込み、トップダウンで談を下す官邸主導の象徴である「小泉首相指示」。
の3点を挙げています。
そして、この竹中大臣を支えたのが、「本間を結節点とする竹中、大田、跡田といった『大阪学派』の人脈がいわば『竹中チーム』として知力を結集し、諮問会議を切り回してきた」ことであることや、「裏匿名チーム」とも呼ぶべき政策スタッフの一群が存在し、その中核は、「意外なことに組織としては竹中に冷ややかな視線を向ける財務省や経済産業省の中堅、若手クラスの官僚たち」であり、筆頭格として経済産業省出身の岸博幸や財務省出身の高橋洋一などを取り上げています。著者は、竹中が、「官僚機構の大海で一人で孤立しては思うような政策決定などできない」と痛感しているため、「旧知の本間を軸とする『大阪学派』と、自らの人脈で引き寄せた『脱藩官僚』で固めた『竹中チーム』を支えにして諮問会議の舞台回し」を狙い、「『竹中チーム』は大げさにいえば、日本では前例のなかった米国流の政治任用スタッフの集団」ともいえるが、手作りで築き上げた非公式なネットワークであり、官邸主導の政策決定の屋台骨を支えてきた重みに比して「驚くほどの少人数」であったと述べています。
2003年の最大の懸案となった三位一体改革については、「地方への税源移譲の優先的な実行を求める総務省と、これを機に国の予算で聖域扱いの一つとなってきた地方交付税交付金にも切り込みたい財務省」との激突となったことが述べられています。また、「小泉流の『自民党をぶっ壊す』に呼応して地方からも自民党体制を揺さぶっていく。霞が関解体にもつながる。これは政治闘争なんですよ」という増田岩手県知事の言葉を紹介し、「これまで力の源泉だった補助金がなくなっていけば、利益誘導型の自民党議員も、中央省庁そのものさえも存在を問われかねない。三位一体はそんな革命性をはらんでいた」ため、「国から地方へ」の小泉の掛け声で諮問会議が改革の土俵を設定し、3年間で4兆円という数値目標を掲げるあたりまでは、族議員も「総論賛成」だったが、「いよいよ『各論』で具体的にどの省が所管する補助金をどう削減するのかという段階になって反発は燎原の火のように燃え広がった」と述べています。
また竹中が、「政権発足当初から税制改革に強い意欲を燃やし」、「税制改革をやらせてください。税制こそが構造改革の核心です。税は国のかたちですから」と小泉に直談判したことが述べられています。
第6章「ラ・マンチャの男の『正気』」では、小泉が陣笠議員の頃から、「内閣総理大臣の権力とは何か」を考え抜き、「理論がどうこうとかいうんじゃなく政治を現実に見て、その中で考えてきたことだ」と語っていることを紹介しています。
そして、内閣総理大臣の権力を、とことん突き詰めて言えば、
(1)衆院議員全員のクビを一瞬にして切ることができる衆院の解散権。
(2)閣僚や党首脳の人事権は解散権の行使。
の2つが表裏一体のものとして欠かせないと述べ、小泉は人事権の最も効果的な使い方として、「この役職に就くことができたのは誰のおかげなのか」を明確にすることを、「総理総裁の専権事項」として徹底して思い知らせる戦略を貫徹し、「派閥を完全にカヤの外においてガタガタになるまで弱体化させた」と述べています。
また、「やればできるは魔法の合言葉」という2004年の春の甲子園で優勝した愛媛県の済美高校の効果の一節を気に入り、「文字通り宰相として『やればできる』ことをやりぬいたに過ぎない」ことが、「小泉政治の本質」だと述べています。
さらに、衆院解散権と閣僚の人事権という「内閣総理大臣の権力」を最大限に発揮した小泉が、「政策決定メカニズムを自民党主導のボトムアップから首相官邸主導のトップダウンに変革するための新たなツール」として、「マニフェスト(政権公約)選挙と、経済財政諮問会議」という「車の両輪とでもいうべき二大装置」を活用したことが解説されています。
一方、「小泉流政治が破壊が先行し、創造が後手に回りがちだった理由」として、「宰相の強烈なトップダウン手法にもかかわらず、あるいはそうであるがゆえに、政権全体としてそれを支える強固な『体制』がなかなか構築できなかった」ことを挙げています。そして、「秘書官の構成は据え置くが、それとは別に首相直属の政策スタッフを強化する」として、秘書官より若い課長級のキャリア官僚を初めて官邸に常駐させた「官邸特命チーム」を創設し、彼らが、「首相の生の言葉に日々接していると、思考回路もだんだん分かってくる」と語っている言葉を紹介しています。
著者は、小泉を「『個人商店政治』の強みと限界、2つを同時に体現」すると評し、「最後まで織田信長ばりの徹底的な破壊者に徹するのか、それとも、新しい政治システム創造へのシフト・チェンジを見せるのか。答えはまだ見えない」と述べています。
終章「『強い首相』登場の必然と皮肉」では、「地方の草の根からも政治の構造的変化を加速する動きが出てきた」として、「政治改革の語り部」を自認する北川元三重県知事が国政でのマニフェスト型選挙に続いて仕掛けた、「知事や市町村長のレベル、さらには地方議会でも同様の政策中心の選挙を浸透させようという『ローカル・マニフェスト』運動」を取り上げています。
本書は、この10年間の政局の動きを分かりやすくダイジェストしていて非常に読みやすい一方、そのときそのときの瞬間を切り取ったタイプの分析が多い印象を受けましたが、小泉政権の出来事を知る上では必読の一冊です。
■ 個人的な視点から
一昨年頃に、若手キャリア官僚を対象にした「スーパー公務員塾(通称:竹中塾)http://www.triggerlab.jp/」なるセミナーに何度か顔を出してきましたが、内容的には、よく自治体の政策研修にあるように、5~6人でグループを作って政策課題を分析した上で、政策を立案する、というものでしたが、特徴は、最終回の2日間、竹中大臣の前で政策をプレゼンし、優れた政策は「骨太の方針」に反映される、という点でした。岸さんのお話もおよそ官僚らしくなかったです。
残念ながら、内容は、「?」なものも多く、特に、「自治体やNPOとの協働」をうたった政策の内容が、具体的には「補助金を出して市町村にやらせる」だったりして、入って2~3年でこういう発想になってしまうのかとがっかりもしたんですが、こうやって若手の中から目ぼしい官僚を釣り上げよう、という目論見があったのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・小泉改革が発現するまでの過程をつかみたい人。
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■ 百夜百マンガ
テコ入れなのかヤケクソなのか、必殺のアニマルフォーメーションで歴史に名を残した作品です。
投稿者 tozaki : 2007年03月19日 23:00
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