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2007年04月08日

人類が知っていることすべての短い歴史

■ 書籍情報

人類が知っていることすべての短い歴史   【人類が知っていることすべての短い歴史】(#808)

  ビル ブライソン (著), 楡井 浩一 (翻訳)
  価格: ¥3150 (税込)
  日本放送出版協会(2006/03)

 本書は、「まったくの無の状態から、何ものかが存在するようになり、その何ものかのほんの一部が私たちへと至る過程と、その間の出来事」を記したものであり、著者は、現代の「ほとんどすべてのこと」(Nearly Everything)など語れるわけがないが、「それでも、うまくいけば、本書を読み終える頃には、それに近い感慨を味わえることだろう」と述べています。著者は、現在でこそ、「明解でわくわくするような文章の書けるサイエンス・ライターがたくさんいることを知っている」が、「わたしが使った教科書の執筆者たち」のおかげで、「科学がこの上なく退屈なもんだと信じ込んで育ち、本当はそうではないはずだとうすうす感じながらも、特に必要がないかぎり科学のことなど本気で考えなかった」が、「ふと、自分の生涯唯一の棲家である惑星について何も知らないことに気づき、切迫した不快感」を覚え、著者の生涯の一部(3年間)を、「本や雑誌を読むことに、そして、数々のあきれるほど愚鈍な質問に答えてくれそうな、聖人並みに辛抱強い専門家たちを見つけることに費やす決心」をし、「科学の不思議とその精華を、専門的になりすぎず、かと言って上っ面をかするだけではないレベルで、理解し、かつ堪能し、大いなる感動を、そしてできれば快楽を、味わうということが果たして可能かどうか」という意図と欲望のもとに本書を著したと述べています。
 第1章「宇宙の造りかた」では、「無から、わたしたちの宇宙は始まる」と、「ビッグバン」について、「目のくらむようなただ一介の脈動、言葉では表現できない速さと広がりを伴う栄光の一瞬を経て、特異点は天空に容積を、概念ではとらえられない空間を獲得する。この強烈な最初の一秒(多くの宇宙学者がその詳細に分け入ろうとしてキャリアを捧げる)で、重力が、そして物理法則を支配する他のすべての力が作られる。一分足らずで宇宙はとてつもない大きさに広がり、さらに高速で成長を続けていく。大量の熱が生まれた後、百億度まで下がり核反応を引き起こすのに十分な温度に達して、比較的軽い元素――おもに水素とヘリウム、それに少量(原子一億個につき一個)のリチウム――が発生する。三分後には、現在、存在する、もしくは、今後、存在が確認される、あらゆる物質の98パーセントがすでに生成されている。宇宙の誕生だ。そこはこの上ない不可思議さと愉快な可能性を秘めた場所。そして美しい場所だ。しかもサンドウィッチをこしらえるぐらいの時間で出来上がる」と表現しています。
 第4章「物の測定」では、ニュートンによる『プリンキピア』の出現について、「人間の知力が予想外に鋭い観察結果を生み出したがゆえに、発見された事実とそれに結びつく思考のどちらがより大きな驚嘆に値するのか、わからなくなってしまうような出来事が、ごく稀に、歴史上ほんの数回ほどの頻度で起こる」とその功績を評し、『プリンピキア』が、「世にある書物で最も難解な部類」であるが、「その晦渋さについていけるものたちにとっては、指針となる一冊」であったことが述べられています。
 第5章「石を割る者たち」では、地質学について、「現代では想像しづらい」が、「後にも先にも他の科学が成し遂げられなかったほどに19世紀の人びとを興奮させ、いい意味でつかんで放さなかった」として、「近代の世界の知性派たち、とりわけイギリスの学者たち」が、「果敢に田舎に繰り出して、当人たちの言葉を借りるなら、"石割り作業"に」親しみ、彼らがそのまじめな研究にふさわしい「威厳のある態度」で臨もうと、「服装もシルクハットに黒っぽいスーツといういでたち」が多く、「大学のガウンをまとって野外研究を行う」のを常とする者さえいたことが述べられています。
 第6章「科学界の熾烈な争い」では、恐竜の化石をめぐる2組の大人気ない科学者たちの争い、すなわち、イギリスのマンテルとオーエン、アメリカのマーシュとコープとの争いを紹介しています。マンテルは、「オーエンの悪意の標的になったばかりに誰よりも苦しんだ人間」として紹介され、「妻と、子供と、医業と、集めた化石の大半」を失った後、馬車の事故で背骨に損傷を受け、その弱り目をオーエンに付け込まれ、「マンテルが何年も前につけた種の名前を付け直し、発見の手柄を自分のものとして主張」され、1852年に、「痛みにも迫害にも耐え切れなく」なったマンテルが自ら命を断つと、その変形した背骨は遺体から取り出され、王立外科大学付属のハンター博物館館長だったオーエンの管理下におかれたことが紹介されています。また、コープが晩年、「自分がホモ・サピエンスの基準標本として宣言されること」に強い妄想を抱き、自分の骨をフィラデルフィアのウィスター研究所に遺贈したが、梅毒の初期の兆候が見られたため、ひっそりと棚の奥に追いやられたことが述べられています。
 第7章「基本的な物質」では、「放射能のように超自然的なエネルギーを持つものなら、なんであろうと体にいいはずだという俗信」のため、「歯磨き粉や緩下剤のメーカーは放射性物質であるトリウムをずっと製品材料に使っていたし、少なくとも1920年代の後半まで、ニューヨーク州のフィンガー湖群にあるグレン・スプリングス・ホテルでは(おそらく他でも同じだろうが)、堂々と、"放射性鉱泉"の治療効果を売り物にしていた」ことが述べられています。
 第8章「アインシュタインの宇宙」では、詩人のポール・ヴァレリーから、「着想を記録するノートを持ち歩いているのか」と尋ねられたアインシュタインが、「ああ、その必要はありません。着想を得ることは滅多にないですから」と答えたというエピソードが紹介されています。
 第9章「たくましき原子」では、カリフォルニア工科大学の物理学者リチャード・ファインマンによる、「科学の歴史を一文に集約」した言葉として、「すべてのものが原子でできている」という言葉が紹介されています。
 また、物理学者が、「ほかの分野の科学者たちを見下していることで有名」であるとして、オーストリアの物理学者パウリの妻が、夫を捨てて科学者のもとへ走ったときに、パウリが、「妻が闘牛士を選んだのなら理解できるよ」、「しかし、科学者とはね……」と友人に漏らしたことが述べられています。
 第11章「マーク王にクォーク三つ」では、カリフォルニア工科大学の物理学者マレー・ゲル=マンが、新たに発見した基本素粒子に、ジェイムズ・ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』の一節"マーク王のために、クォーク三つ」から、「クォーク」と名づけたことが紹介されています。
 著者は、「結局のところ、わたしたちはこの宇宙に住みながら、その年齢も精確には計算できず、周りを取り囲む星星までの距離も冠善意は分からず、あたりに満ちた物質の正体も確認できず、宇宙が従っている物理法則の特性も正しく把握していない」と述べています。
 第13章「激突!」では、恐竜を絶滅させたような隕石が地球に向かってくるとして、どの程度のあるのかという著者の質問に、「ああたぶん何もないでしょう」、「熱を帯びるまでは肉眼では見えないし、そうなるのは大気圏に突入してからです。そのときには、地球にぶつかるまで約一秒しかありません。最速の弾丸の何十倍も早く動く物体の話です。誰かが望遠鏡でずっと見張っていれば別ですが、そんなことを当て込むわけにもいきませんし、まったくの不意打ちを食らうしかないでしょうね」と答えた科学者の言葉を紹介しています。
 第14章「足もとの炎」では、「一般的に、地震と地震の間隔が長くなるほど、鬱積した圧力が増していき、そのはけ口としての揺れも巨大になる」として、ロンドン大学ユニヴヴァーシティーカレッジの危機管理専門家ビル・マグワイアの、東京を「死を待つ街」と呼び、「そもそも地震が起きやすいことで知られる日本の中でも、東京は3枚のプレートの境界近くに位置」し、6400人の犠牲者と総額990億ドルに上る被害を出した1995年の神戸の地震も、「東京を待ち受けている被害に比べれば、なんでもない――いや、比較的小さいと言える」という言葉を紹介しています。
 第18章「波躍る大海原」では、『鱈』を著したマーク・カーランスキの言葉として、「魚の切り身や魚のスティックと言えば、昔は鱈だったが、それがハドックに、ついで赤魚に、近年になって太平洋セイスに取って代わられた。今や、『魚』とは『種類を問わずとにかく残っているもの』のこと」だと紹介しています。
 第20章「小さな世界」では、1918年にアメリカで発生した豚インフルエンザに関して、ワクチン開発のため、医療当局が、ボストン港ディアアイランドの軍刑務所で志願者に実験を行い、「一連の実験で生き残ることができれば、受刑者たちには恩赦が約束され」、「被験者は志望者から採取した肺の組織を注射され、次に目、鼻、口に汚染されたエアロゾルを噴霧された。それでもまだ感染しなければ、のどに死にかけた患者の分泌液を塗られた。それだけやってもまだ無事なら、解除された既得患者が顔に席を吹きかける間、口を開けてその前にじっとしているよう要求された」という過酷なものであったことが紹介されています。しかし、300人の志願者の中から医師に選ばれた62人の被験者のうち、誰一人罹患せず、「ただひとり感染したのは刑務所専属の医師で、あっという間に死亡した」と述べられています。
 第21章「生命は続いていく」では、1909年にウォルコットによって発見されたバージェス頁岩層に関して、グールドが、「ウォルコットは福を転じて災いとなし、さらに、これらの素晴らしい化石について、これ以上はありえないほど大幅に解釈を誤った」として、ウォルコットが、「これらの化石を現代の分類に当てはめて、今日の虫や海月などの生き物の先祖と位置づけたために、その特異性を認識しそこなった」と指摘していることを紹介しています。また、ドーキンスとグールドの論戦に関して、当時、「安全ヘルメットを装着してから出なければ、カンブリア期については書けない気がする」という雰囲気であったことが語られています。
 第26章「生命の実体」では、「DNAの存在理由」を、「より多くのDNAを創り出すこと」とし、「要するに、人体はDNAを作るのが大好きで、人間はDNAなしでは生きられない。しかし、DNA自体は生き物ではない。言ってみれば、DNAほど著しく生気を欠く分子は他に存在しない」と述べ、科学者たちが、「不可解なほど控えめな――要するに、生命力のない――物質がどうして生命そのものの中心になれるのかを理解するまでに長い時間がかかった理由に説明がつく」と述べています。
 また、DNA構造の発見に大きな貢献をしたロザリンド・フランクリンについて、1950年代のキングズカレッジの女性研究者はあからさまな冷遇を受け、「女性はカレッジの特別研究員社交室への立ち入りを許されず、かわりに、『みすぼらしくて狭苦しい』」、「実用一点張りの部屋で食事を摂らなければ」ならず、「絶えず実験結果を男性三人組と分かち合うよう強要され、時には露骨な嫌がらせを受けることもあった」ことが紹介されています。彼女はノーベル賞を受けることなく、授賞式の4年前に、37歳の若さで卵巣がんにより死亡したと述べられています。
 著者は、「すべての生き物は、たった一つの原案に基づいて入念に作り上げられている。わたしたち人類は、単にそれが増強されただけの存在だ。わたしたちのひとりひとりが、38億年にわたる、調整、適合、修正、神の手による修繕などの黴臭い記録なのだ」と述べています。
 第27章「氷河時代」では、19世紀は酷寒の世紀であり、「特にヨーロッパと北アメリカは200年前からいわゆる小氷期に入っており、氷の張ったテムズ川での冬祭りやオランダの運河でのアイススケートなど、現在では考えられないさまざまな冬の催しが行われ」、19世紀の地質学者にとって、「自分たちが前時代より温暖な世界に暮らしていることや、冬祭りどころではないほどの凄まじい寒気や氷河によって周囲の地形が形作られたことを見抜くのは、むずかしいことだったかもしれない」と述べています。
 また、博物学者のシャルパンティエが、スイスのきこりに岩が遠くまで運ばれたことを尋ねたときに、「グリムゼル氷河に押し流されて、谷の両側に打ち上げられたんです。むかしはベルンあたりまで氷河が達していたと言いますから」と即答され、その着想を親しい友人のアガシに話したところ、「それをほとんどわがものにしてしまった」というエピソードを紹介し、友人のフンボルトが語った、「学術上の新発見の三段階」、すなわち、「事実を否定される。次に、重要性を否定される。そして最後には、第三者に功績を奪われる」という言葉を紹介しています。
 第28章「謎の二足動物」では、「化石のわずかなかけらを手がかりに、有史以前の人類に関するわたしたちの全知識は成り立っている」ことを、「ごちゃまぜにしていいなら、トラック一台に全部積み込めます」という言葉を紹介しています。
 第29章「落ち着かない類人猿」では、「頑健で、適応力に富み、高い知能を持つなら、なぜ地球上から消え去ったのかという疑問」に対する物議を醸している答えとして、「実は消え去っていない」という、「多地域進化説」を紹介しています。
 さらに、「現代人のあいだには遺伝子の差が極めてわずかしかない」ことについて、「55匹の猿の群れの方が、全人類よりも多様な遺伝子を持っている」という専門家の言葉を紹介しています。
 本書は、分厚い体裁とはうらはらに、さまざまな分野のポピュラーサイエンスの入門書としてお奨めの一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書の各章は、さまざまなポピュラーサイエンスの名著につながっていきます。
 例えば、本書全体は、アトキンスの『ガリレオの指』のやや軽い感じにアプローチが近いといえますし、その他にも、グールドの『ワンダフル・ライフ』や、ダイヤモンドの『人間はどこまでチンパンジーか?』などさまざまな名著につながっていきます。
 『ガリレオの指』ではちょっと敷居が高いという人でも、本書を踏み台にすれば楽しく読めるのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・ポピュラーサイエンスの醍醐味に触れてみたい人。


■ 関連しそうな本

 ニール・F. カミンズ (著), 増田 まもる (翻訳), 竹内 均 『もしも月がなかったら―ありえたかもしれない地球への10の旅』 2007年02月11日
 ピーター アトキンス (著), 斉藤 隆央 (翻訳) 『ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論』 2006年5月5日
 エドマンド・ブレア ボウルズ (著), 中村 正明 (翻訳) 『氷河期の「発見」―地球の歴史を解明した詩人・教師・政治家』 2007年02月04日
 スティーヴン・ジェイ グールド 『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』 2007年03月03日
 キム・ステルレルニー (著), 狩野 秀之 (翻訳) 『ドーキンス VS グールド』 2007年02月10日
 ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日


■ 百夜百音

502【502】 Something Else オリジナル盤発売: 1999

 柏のストリートシーンの星。奥華子のブレイクも彼らがいなければなかったかもしれない。そう言えば「電波少年」って跡形もなくなりましたね。

『ギターマン』ギターマン

投稿者 tozaki : 2007年04月08日 20:00

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