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2007年04月11日
財政投融資
■ 書籍情報
【財政投融資】(#811)
新藤 宗幸
価格: ¥2730 (税込)
東京大学出版会(2006/05)
本書は、「財政投融資なる巨大な政府金融システムに視点をおきつつ、日本の政治と財政の深層にアプローチ」を試みるものであり、
(1)そもそも財政投融資とはなんであるのかを、明らかにする。
(2)財政を腐食させている構造的要因を明らかにする。
(3)財政投融資の2001年改革ならびに郵政事業民営化が持つ予算青磁への意味を明らかにし、財投改革に新たな視座を提起する。
の3点を目的としたものです。
序章「予算のなかの財政投融資」では、財務省が財政投融資債を長期債務にカウントしない理由として、「政府金融の財源であり将来利子をつけて償還されるから、税で返済する国債などの長期債務とは異なる」ことを挙げていると述べています。
第1章「財政投融資のしくみ」では、近代日本が、「租税をもとにした財政支出や政府出資とは異なる公的資金の調達と投融資のシステムを制度化」してきたとして、「官営貯蓄機関を全国各地に設置し、そこで集められた資金を『国家銀行』を通じて政府関係機関や民間に投融資するシステム」が、「日本の近代化の有力な推進装置」であったと述べ、この歴史過程を、
(1)明治初期~第二次世界大戦の敗戦まで:原型の形成・完成期
(2)1951年~2000年度:戦後近代化の有力装置として機能した全盛期
(3)2001年度~:改めて存在証明を問われ、その改革が政治の焦点に。
の3段階に区分しています。
このうち、昭和恐慌期から戦時体制期における運用の特徴としては、
(1)国債引受に力点が置かれた
(2)昭和恐慌打開のための地方とりわけ農村部への投資
(3)日本製鐵株式会社、日本発想伝株式会社などの社債引き受けや購入による戦時経済基盤の強化
(4)北樺太石油株式会社への事業資金融資、南満州鉄道株式会社の社債購入、満州開発公社債、北支および中支開発債など政府保証債の購入による植民地経営支援
の4点を挙げ、「国民の零細な貯蓄を預金部なる『国家銀行』において集中的に管理し、時々の政策目標におうじて大規模に投資、出資するシステム」が、「すでに戦前期に原型を完成させていた」と述べています。
また、戦前戦後を通じた年金制度の整備が、「資金運用部の資金の拡大と投融資の網の目の拡張に寄与」したが、「集められた資金をどのような分野に重点を定めて投融資するかは、相対的に別個の政策判断による」ため、「財政投融資の機能(投資分野)と社会保障との齟齬が問題視」されることになり、年金の管理機関が、各種の政策金融による被保険者への利益還元などを掲げ、余剰金(積立金)の自主運用を求め、年金福祉事業団の設立につながったことなどが述べられています。
さらに、政府保証債の発行額を規定している要因として、
(1)郵便貯金などの伸び悩みによる財投原資の減少を補完する。
(2)1970年代の第1次石油危機や1990年代中期以降の経済不況からの脱却を図るため、財投の機動性を高めるとして、政府保証債の発行を認められている機関に「特別の事情」がある場合には、50%増の範囲内で政府の債務保証限度額を増額できる「弾力条項」が、一般会計予算総則に盛り込まれた。
の2点を挙げています。
2001年の財政投融資制度改革後の最も大きな特長としては、資金運用部が廃止され財投資金の調達方法に「改革」の手が入れられたことを挙げ、「資金運用部資金法の一部改正(1999年)によって、財政投融資制度の中核をなしてきた大蔵省資金運用部と資金運用部資金は廃止され、財務省の管理・運用する財政融資資金におきかえられた」ことが解説されています。
著者は、財政投融資制度の沿革を解説した上で、「戦後近代化過程において安定資金のもとで運用されてきた財投機関は、『入口』にもまして既得の利益に固執する集団をうみだしている。『出口』の改革こそ、依然として財政投融資改革の重要課題として残されている」と指摘しています。
第2章「財政投融資の歴史的機能」では、戦後日本における財投の歴史的機能として、
(1)最も巨視的にみたときに財政投融資が日本の財政に果たした機能として、「小さい政府」を補完し、政府公共部門を拡大してきた有力な動因であった。
(2)政策機能としては、初期の資本蓄積機能から生活関連の社会資本整備や政策金融に変化してきた。
等の特徴を指摘した上で、2001年改革が、「制度枠組みに変化をもたらしたが、旧制度のもとで投下された資金の運用は続いているばかりか、それに必要な資金保証が『経過措置』であれもうけられている」ことや、「「財投債が新たな資金調達方法であるのは事実だが、郵便貯金資金や簡易生命保険資金、年金積立金といった巨額の『安定的』公的資金がつぎ込まれることに変化はない」ことを挙げ、「巨大な官営金融機関の存在が、財政構造の腐食との関連性において、以前重要な改革課題であることにかわりはない」と指摘しています。
また、財投機関の「濫設」を、貿易振興、基幹産業への資金援助の分野をはるかに上回る規模で、公共事業分野に見ることができるとして、本州四国連絡橋公団や東京湾横断道路株式会社などの例を挙げ、「日本道路公団や住宅公団に見るように、財投機関が『子会社』を設置する事例は数多く見られる」が、「これほど大規模に複数の財投機関が、採算性の欠如を当初より問題視された機関の設立に関わったことなどなかった」として、「財投資金の配分が官僚機構の裁量にゆだねられている典型例」であると指摘しています。この他、住宅金融公庫(1950年)、日本住宅公団(1955年)、宅地開発公団(1975年)の設立の例を挙げ、「これ自体、機能の再分化を強調した濫設という以外にない」と指摘した上で、賃貸住宅の建設に投下された資金の回収期間が70年、分譲住宅の割賦返済期間が35年とされているのに対し、資金運用部資金からの借入金の償還期間は、最も長期のもので30年であるため、「公団は構造的に資金繰りのための借入金や一般会計からの利子補給金の給付を受けざるを得ない」構造となっている点などを指摘しています。
著者は、これら「濫設」の理由として、「自民党政権にとってみれば、こうした財投機関の『濫設』による政策金融の『拡充』が政権の安定に寄与したばかりか、一党優位政党制への道を拓いた」こと、すなわち、「財政投融資の政治的資源としての効用は、きわめて大きかった」ことを指摘しています。
しかし、1996年度初頭から、財投制度に対する疑問が噴出し、財投の入口への流入は、民間金融機関の「経営危機」やバブル経済破綻後の超低金利政策などによって順調に推移したのに対し、民間銀行の長期プライムレートが、軒並み政府系金融機関の貸出し基準金利を下回ることになった結果、中小企業金融公庫、国民金融公庫などの中小・零細企業向け貸出しは低迷し、住宅金融公庫では、過去の高利融資の利用者からの繰上げ償還が急増した結果、95年度の財投実績は、計画額を2割下回り、財投史上過去最大の未消化額8兆501億円を計上したことが解説され、一方で、国有林野事業特別会計と国鉄清算事業団などの過去の財投融資の「こげつき」が政治問題化したことが述べられています。
著者は、財政投融資が、「潤沢な資金をもとにして歳出を『補完』し」、「戦後復興期においては資本蓄積に向けて有効に機能し、また高度経済成長期には生産基盤の強化にむけて機能した。さらにポスト近代化と友のひろい意味での社会政策的機能をつよめた」と評しながら、この制度が、「制度の存続と一層の活用に群がる集団をたえず生産」し、「行政資源としてさらには政治資源としての『無定見』な制度の運用」が、「制度それ自体を『腐食』させざるをえない」と述べています。
第3章「2001年改革とは何であったか」では、新たな財投制度の枠組みの要点として、
(1)大蔵省資金運用部と資金運用部資金の廃止と、財務相の管理・運用する財政融資資金への置き換え。
(2)資金運用部資金の原資の大半を構成した郵便貯金と厚生、国民年金積立金の強制預託制の廃止。
(3)財政融資資金の、主として財政融資資金特別会計の発行する財政投融資債(財投債)による調達。
(4)財政融資資金、産業投資特別会計、政府保証債による財政投融資の原資の構成。
(5)財投機関の発行する財投機関債が制度化され、これによる調達額との兼ね合いで、財政融資資金による融資が決定され、財投機関は制度上、経営状態や信用力を市場のテストにさらされることになった。
の5点を挙げています。
また、この改革の過程において、大蔵省が政治によって押し切られ、「近代化過程で『独占』してきた政府金融の『入口』と『出口』への絶大な権限を失う」こととなったが、この改革案を後追いした資金運用審議会懇談会の最終報告が、「大蔵省と郵政省の『共栄共存』を基礎とするもの」であり、大蔵省が、「財投機関への資金配分権を維持できるばかりか、審査の『厳格化』によって要求官庁と財投機関への影響力をたかめることができる」等、「大蔵省にとって『敗北』とはいえない」ものであり、「ミクロにみるならば、こうした大蔵官僚機構の組織維持戦略が、財政投融資制度改革をうながした」と指摘しています。
さらに、「財投の長い歴史の中で財投機関を頂点とした組織系列がつくられてきた」ことについて、この「官制系列」にとって、「道路公団の工事発注をめぐる談合事件にみる組織と経営の不透明性」は、「氷山の一角」にすぎず、「民間会計基準による経営評価や事業評価にもまして、特殊法人などの組織構造にメスを入れ、組織改革がはかられねばならないはず」と指摘しています。
終章「財政投融資をどうするのか」では、「社会政策に軸足を置いたとされる政策金融」が、「理論的にも実際にもいまや時代適合性をもっているとはいえない」として、「社会政策的な要素の濃い政策金融は、個人や法人に対する個別の資金貸付けといったスキームからの転換を必要として」いると指摘しています。
また、「公共性がたかく償還可能性のない領域にたいして、政策金融の名を借りつつ実質的には無償資金の供給を行ってきた従来の手法は、根底から否定されるべき」であり、「そのような領域には政府の権力的経済活動としての財政によって、無償資金を供給すればよい」と述べています。
さらに、公営企業金融公庫について、「政府保証債によって資金の大半を調達」ものを「自治体ないしその連合体に移管するとしても、原稿業務を続ける限り自治体が運営資金を拠出することは、地方財政の状況から見て不可能に近い」ため、「結局のところ、政府保証債ないし財政融資資金からの借入金に依拠せざるをえない」ものであり、「一般会計からの補給金などの資金流出に歯止めをかけるものとはならない」と指摘しています。
本書は、2001年の財政投融資改革を中心に、制度の経緯と課題を分かりやすく解説した一冊です。
■ 個人的な視点から
「第二の予算」とも呼ばれた財政投融資については、実態がなかなか見えにくいところがありますが、見えにくさという意味では、2001年の改革によって一般の人にはかえって制度としては見えにくくなったのかもしれません。
それでも、個別の機関別に、とくに市場から見えやすくなることは、大きな成果とは思いますが。
■ どんな人にオススメ?
・「財政投融資」の役割と課題を押さえておきたい人。
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投稿者 tozaki : 2007年04月11日 07:00
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