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2007年05月23日

日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて

■ 書籍情報

日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて   【日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて】(#853)

  鶴 光太郎
  価格: ¥2730 (税込)
  日本経済新聞社(2006/07)

 本書は、日本の経済システムについて、「どのシステムもメリット、デメリットを持ち、完全なシステムなどないという認識」の上で、「あるシステムがある時期うまく機能していたとすれば、それを支えていた環境条件とは何か、また、システムが機能不全に陥ったとすればどのような条件変化によってもたらされているのかを綿密に検討し、『故障』の原因を丹念に探る」という立場から書かれているものです。
 著者は、バブル崩壊後の1990年から2005年頃までを「失われた15年」という言い方をすることに関して、「はたしてこの期間は本当に『失われて』しまったのであろうか」と疑問を呈し、この時代、日本は、「緩やかであるが大いなる『制度変化』の時代、あるいは『制度進化』の屈曲点に入った」とする青木昌彦氏の解釈を支持し、「『失われた15年』は決して『空白の15年』ではなかった。『制度変化』という移行過程の中で『敗者復活』を信じて努力を続けた一群の人々がいた。そうした挑戦が若い世代にも確実に受け継がれていくことで『格差社会』を超えて日本経済のフロンティアが開拓されていくことを期待したい」と述べています。
 第1章「『制度』『経済システム』をいかに捉えるか」では、「『制度』の要件を満たすような経済主体間の安定的取引・契約関係を『関係依存型』『アームズ・レングス型』の2つに分け」、それぞれ、
(1)関係依存型システム:繰り返しゲームで表現できるような相対型・長期継続的取引関係。
(2)アームズ・レングス型システム:短期的・スポット的・単一的な取引を特徴とする「距離を置いた関係」。
であると解説し、「アームズ・レングス型システム」の発達のためには、「法制度・司法制度の確立が必要であるため、経済の発展段階の低い国では、まず、「関係依存型システム」を採用せざるを得ないと述べています。
 そして、「関係依存型システム」のりシャッフルのためには、「取引関係に関する意思決定をしている主体に一種の『乗っ取り』(テイクオーバー)を仕掛けることが考えられる」と述べています。
 第2章「金融システム」では、金融システムの役割を、
(1)資源配分機能:最も生産的な主体へ資金を回す。
(2)ガバナンス機能:資金提供者に適切なリターンを約束する。
の2つに分けて解説したうえで、「現実には、市場も情報も不完全であり、様々な取引コストが存在するため、資金調達手段(内部留保、負債、株式)の違いが企業にとって意味を持つし、資金調達の構成や銀行部門と株式市場の相対的な規模でマクロで見た金融システムの特徴も決まってくる)と解説しています。
 そして、「関係依存型金融」の下では、「不良プロジェクトに追加融資しないというコミットメントに信頼性(クレディビリティ)がない」ため、「旧共産圏諸国の国営企業で見られた『ソフトな予算制約』(非効率的な借り手に資金が継続して流れる問題)」が生まれやすいと述べています。
 また、バブル崩壊以降、日本経済を覆ってきた「不良債権問題」について、その背景として、
(1)1970年代末からの金融・資本市場の自由化により、優良な製造業・大企業が海外を含め、資本市場からの調達を増やし、結果として銀行借入の依存度を低下させたこと。
(2)金融自由化の流れでノンバンク(住専など)のマーケット参入により金融機関同士の競争が厳しくなったこと。
(3)地価の上昇期待を背景に、土地担保に依存した不動産関連融資への傾斜。
の3点を挙げています。
 さらに、2002年秋に策定された「金融再生プログラム」によって、それまで遅々として進まなかった主要行の不良債権処理が進んだ理由として、
・資産査定の厳格化
・自己資本の充実
・ガバナンスの強化
の「3方向から、主要行を着実に『リング』のコーナーに追い込んでいくことができたから」であると述べています。
 著者は、「『関係依存型金融』の弱まり・見直しと『非干渉・市場型金融』の拡大が見込まれる背景」として、
(1)不良債権問題による経営環境の悪化が、「関係依存型金融」の重要な機能である、メインバンクによる借り手へのコントロール機能を大きく弱めた。
(2)大・中堅企業を中心に、1980年代から続く資金調達における「銀行離れ」が90年代後半以降加速してきたが、証券市場からの調達が拡大するという流れは今後も継続すると考えられる。
(3)1990年代以降の金融再編、金融安定化への対応の結果、金融機関の合併・統合が進み、金融機関の規模が大きくなった影響。
(4)1990年代以降、特定の金融仲介機関がリスクを全部背負うのではなく、貸し出し(借り手)に関する情報がマーケットや他の金融仲介機関を共有化され、リスク・シェアリングが行われるような仕組みが注目されている。
(5)2005年4月にペイオフ解禁が拡大され、普通預金などが部分保護に移行したこと。
の5点を挙げています。
 そして、株式市場の本来の役割を、「個々の企業の業績やその予想を通じ、それぞれに異なった評価を与えること」とした上で、「株式市場が個々の企業をきめ細かく評価し、それがさらに独創的な企業を育て、増やすという好循環にこそ、日本経済飛躍のカギがあるはず」だと述べています。
 第3章「コーポレート・ガバナンス」では、議論に当たって、「プリンシパル・エージェント(依頼人・代理人)モデルの枠組み」を採用し、コーポレート・ガバナンスを、「代理人問題を緩和し、『企業価値を最大化させるような効率的な企業経営に従事させるように経営者に規律を与え、コントロールするメカニズム』」と定義し、そのメカニズムを、
(1)株主の権限・コントロール力の強化
(2)経営者への積極的なインセンティブ付与
(3)経営者交代の「驚異」による規律付け
の3点挙げています。
 さらに、「経営者を効率的な経営に向かわせるための積極的な動機付け」として、成果主義の報酬制度以外に、「日本やヨーロッパ諸国においては、自己の『評判』(reputation)(他者の自分の能力などについての評価)に基づいた『出世願望』(career concern)による動機付けがより重要であったと考えられる」と解説しています。
 著者は、「過去10年近くの歴史的ともいえる制度改革」を、「モニタリング向上改革」が、「アメリカや諸外国の制度との整合化や株主の権限強化という政策目標がまずあり、それに向かって制度改革を行ったという意味で、『政策推進型』の改革であった」のに対し、「柔軟性向上改革」は、「経済界の要望をダイレクトに反映させる形で制度改革を行ったという意味で、『需要牽引型』の改革」であったと解説しています。
 第4章「雇用システム」では、雇用契約が「すべての将来事象を特定化することはできないため、当然、不完備契約にならざるを得ない」ので、「雇用システム」を、「賃金を含め様々な手法を使い、労働者の行動が雇用主の利害に沿うようにインセンティブ付けを行うような明示的、暗黙的な仕組み」であると定義しています。
 また、「成果を賃金に結びつけるという最も単純な仕組み」が、現実には、
(1)労働者の成果は必ずしも立証可能でない。
(2)賃金契約も「不完全」(不完備)なものにならざるを得ない。
という問題を挙げ、このような問題を解決するため、
(1)昇進
(2)後払い賃金
などを利用した「自己拘束的な雇用契約」が用いられていることが解説されています。
 さらに、1980年代までの戦後日本の雇用システムの特徴として、
(1)長期雇用の傾向が他の先進国に比べて強い。
(2)年齢・賃金プロファイルの傾き型の先進国に比べて急である。つまり「後払い賃金」の傾向が強い。
(3)大企業における昇進・選抜は他の先進国に比べて遅い(「遅い選抜・昇進」)。最初の15年程度は昇進・賃金であまり格差がなく、その後、選別が行われる。また、昇進は内部昇進の場合が多い。
の3つの「定型化された事実(stylized facts)」を挙げています。
 第5章「企業組織」では、企業の内部組織を、
(1)情報システム
(2)インセンティブ・システム
の「相互に関連する2つの側面」から考え、前者について、「企業における情報システムとは、企業が様々な業務を執行するにあたって不可欠な意思決定において、組織内で情報が入手、処理、伝達、共有される仕組み」と定義しています。
 そして、システム環境条件の情報の扱い方によって、
(1)ヒエラルキー的分割組織:マネジメントのみがシステム環境条件の情報を入手でき、その推定値を現場に伝え、それに基づいて現場で意思決定が行われる。
(2)情報同化組織:システム環境条件を買い部門同士が共同して観察し、得られた共通情報(推定)に基づき現場が意思決定を行う。
(3)情報異化組織:システム環境条件がそれぞれの現場で独立的に観察され、その推定に基づきそれぞれの現場が分散的に意思決定を行う。
の3つの組織形態を考えることができ、「現場の業務の相互関係によってどのような組織形態が効率的かを考えることができる」と述べています。
 第6章「政府のガバナンス改革」では、政府の「ガバナンス構造を複雑化させているいくつかの顕著な特徴」として、
(1)複数任務(multiple tasks)の問題:政府の目標、担うべき任務が多様である。
(2)複数依頼人(multiple principals)の問題:考えや好み(選好)の異なる国民に広く薄く「所有」されている。
(3)政府のパフォーマンスの計測・評価の問題:絶対評価のみならず相対評価も難しい。
という3点を挙げ、「複数任務、複数依頼人のガバナンス構造は、代理人である政府・官僚に高いインセンティブ(high-powered incentives)を与えることを難しくするという問題点を持つ」ことなどを指摘しています。
 また、官僚のインセンティブを高めるための方策として、Dewatripontらが説いた、「政府機関は多様な目標を持つのではなく、ある「使命」(mission=その組織の構成員に広くかつ熱烈に支持されるような唯一のカルチャー)に特化すべき」であり、「そうすることで少しでも政府機関のパフォーマンスは評価されやすくなり、説明責任(accountability)も向上し、ひいてはそれがその省庁の独立性を促進できる」という説を紹介しています。
 さらに、官僚のインセンティブ・システムが、「内部昇進が原則であり、職務レベルや給料は完全に年功で決まり、成果主義はほとんど使われてこなかった」理由として、「官僚の成果に対する明示的な評価が難しいため、最初の20年間程度は昇進に差をつけないが(「遅い昇進」)、主流(花形)ポストに就けるか就けないかでその官僚の「評判」が積み重なり、時間をかけて評価が形成されていく」という「出世願望」(career concern)の仕組みによって暗黙の評価がなされることを解説しています。そして、官僚の生涯給与が、「どのポストまで上り詰めたかに決定的に依存」した、「典型的な『後払い』システム」であると述べています。
 著者は、日本の官僚のインセンティブ・システムとそれを包含する「仕切られた多元主義」が、「理論的に見ても巧妙に設計された制度であり、戦後、高度成長期から1980年代初頭までは十分有効の機能してきた」と評しながらも、政治・経済・社会の大きな環境変化によって、「仕切り」の意義が変化し、「縦割り主義」に変貌した結果、「『業界』、ひいては所属組織の利益最大化をミッションとする強すぎる官僚のインセンティブ・システム」が大きな弊害を産んだとして、90年代以降、「関係依存型官民システム」のデメリットである「影」の部分が件ざしかしたと指摘しています。
 第7章「真のシステム改革実現に向けて」では、民間の「ソフトな制度」変化をなぞる形で政府の「ハードな制度」も変化する必要があるとして、望ましい制度変化を達成する上での問題点として、
(1)既存の「ソフトな制度」の「均衡」に併せて構築された「ハードな制度」がそのまま残っているため「ソフトな制度」の望ましい変化が妨げられているという問題。
(2)民の側において制度変化の期がまだ熟していないにもかかわらず、制度改革により既存の「ソフトな制度」と相容れないような「ハードな制度」を導入するという問題。
の2点を指摘しています。
 また、「民ができるものは民へ」の原則を重要であるとしながらも、「『官』と『民』による公共サービス提供の違いに意味があるのは、暗黙的に『契約の不完備性』を仮定していることに注意する必要がある」として、「『官』から『民』へ公共サービスの担い手を移して行く場合」の判断のポイントとして、
(1)コスト削減が「契約できない『質』」の低下につながりにくい。
(2)提供するサービスの「質」を向上させる面でイノベーションが重要である。
(3)「民」が「質」の向上に努力するインセンティブを与えるための競争、消費者による選別、評判メカニズムが十分機能している。
の3点を挙げています。
 さらに著者は、「真の制度改革を実現するための4つの原則」として、
(1)成長への「ボトルネック」を特定し、除去する改革
(2)市場経済が有効に機能するための「土台」づくりのための改革
(3)手法・道筋の多様性を許容する改革
(4)試行錯誤、実験志向的な改革
の4点を挙げ、「バブル崩壊以降の様々な調整に目途がついた今こそ日本形の新たな地平を大胆に切り開いていく改革が求められている」と述べています。
 本書は、日本経済について、幅広い視点からの知見を集約した一冊になっています。


■ 個人的な視点から

 「失われた15年」は本当にただ失われただけなのか、という分析と、様々な分野の制度分析のツールを併せて紹介しているので、単なる経済評論に終わらず、また、無味乾燥な理論解説書でもなく、この分野に関心を持つには良質な一冊だと思います。


■ どんな人にオススメ?

・日本の経済システムを概括する視点を得たい人。


■ 関連しそうな本

 星 岳雄, アニル カシャップ (著), 鯉渕 賢 (翻訳) 『日本金融システム進化論』 2007年05月08日
 小佐野 広 『コーポレート・ガバナンスと人的資本―雇用関係からみた企業戦略』 2006年3月7日
 小佐野 広 『コーポレートガバナンスの経済学―金融契約理論からみた企業論』 2005年02月23日
 ポール・ミルグロム, ジョン・ロバーツ (著), 奥野 正寛, 伊藤 秀史, 今井 晴雄, 八木 甫(翻訳) 『組織の経済学』 2005年1月24日
 伊丹 敬之, 岡崎 哲二, 沼上 幹, 藤本 隆宏, 伊藤 秀史 (編集) 『企業とガバナンス リーディングス日本の企業システム第2期』 2006年05月24日
 伊藤 秀史, 小佐野 広 『インセンティブ設計の経済学―契約理論の応用分析』 2005年02月26日


■ 百夜百マンガ

翔んだカップル21【翔んだカップル21 】

 いくら続編ブームといっても、さすがにこの絵は21世紀のマンガとは思えない古さです。時の経つのは早いものです。

投稿者 tozaki : 2007年05月23日 07:00

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