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2007年05月28日

戦後治安体制の確立

■ 書籍情報

戦後治安体制の確立   【戦後治安体制の確立】(#858)

  荻野 富士夫
  価格: ¥6510 (税込)
  岩波書店(1999/01)

 本書は、「戦後治安体制はどのように形成、確立されたのだろうか」という問いに対し、「戦前治安体制が特高警察や治安維持法だけで代表されないように、戦後治安体制も破防法=公安調査庁、あるいは『公安警察』の解明だけで全体像を描くことはできないと考え、治安体制を常に総体として把握するために、政策・機構・法令・運用の四つを一体のものとして捉え」たものです。
 第1章「初期占領下の治安体制再生」では、GHQの「人権指令」を受けた治安当局が、「自らの陣営の罷免者には抜け道を模索し、できうる限りの甘い対応をした」ことを、長野県の例を挙げ、「罷免された元特高警察間の105人のうち、県職員として再採用されたものは48.6%(51人)にのぼり、警部・警部補の幹部クラスの割合では75%を占める」うえ、「その再就職は、『実質的には警察部内の横すべり』に近く、『幹部クラスの再就職先は優遇』され、『下級警察官の再就職は極めて厳しいといった結果を現出した』」と述べられています。
 そして、特高警察の『解体』のわずか2か月後には、内務省内部に「公安課」が設置され、各府県にも警備課の設置が求められたことが紹介されています。
 また、「日本民主化のための地均し」が、「GHQの民政局(GS)主導」で行われたのに対し、「治安確保と反響の観点から警察制度改革で民政局と対立したのは参謀本部第二部(G2)であった」として、G2が、「罷免・追放された元特高警察関係者を雇い、情報収集や謀略活動に利用したといわれるほか、創設されたばかりの『公安警察』とも密接な関係を持っていた」と述べています。
 そして、「警察制度そのものの改革の方向」が定まらず、「日本政府内部においても、さらにGHQ内部においても、自治体警察中心か国家警察中心かで、意見の対立が続」き、「その対立には、警察の司法省移管を巡る綱引きという一面もあった。そして、前者を民政局が、後者を参謀第二部(G2)がそれぞれ後押ししていた」と述べています。
 第2章「占領政策転換と治安体制の形成」では、特別審査局がGSに提出した報告によれば、「49年7月から50年2月までの間に『党員や同調分子』として『排除』された公務員(国鉄・公立学校などを含む)は1万750人に及ぶ」うえ、これに添付されたメモより、「地方公務員1万6048人を加えた2万5189にという数値」が「レッド・パージの第一段階の公務員関係の概数といえよう」と述べています。
 また、「特審局がGSとのつながりを深めていくのとは別に」、「国警や自治体警察はG2やCICとの関係を強め、左翼運動の情報を提供していた」として、「それが共産党内部の会議の出席者や論議の内容にまでおよんでいたことは、明らかに警察の独自のスパイを共産党とその周辺に潜入させたり、獲得していたことを意味」し、「それは創設して日の浅い特審局の情報網に比べ、はるかに強力・有能だったはずで、戦前以来の蓄積された情報とノウハウの継承も寄与したと思われる」と述べています。
 さらに、特審局が、「治安体制のもう一つの軸である『公安警察』を担う国家地方警察や自治体警察から、自ら十分な『調査』機能を持たない」ために、「弱体と見なされる一方で、そのGSと結びついた強力な権限を警戒されていたと思われる」と述べています。
 警察予備隊の創設に関しては、「国警3万人と自治体警察9万5千人に対して、7万5千人の警察予備隊創設と海上保安庁8千人の増員は、飛躍的な警察力の増強となった。しかも小銃・機関銃に加え、迫撃砲やバズーカ砲まで備えることとなった装備は、既存警察力を張るかにしのいだ」ため、「国内治安維持に潜在的な威力を有した」と述べられています。
 第3章「講和独立期の治安体制の確立」では、破防法の固有の機能として、
(1)破防法の本質は「一種の保安的な行政処分」であること。
(2)この「一種の保安的な行政処分」の実施と結びついた公安調査庁の「調査」機能。
を挙げた上で、「冷戦下の国際情勢との関連で国内治安体制の再編のために、破防法の成立が不可欠と認識されていたことは改めて確認しておく必要がある」と指摘しています。
 また、1951年6月に警察法改正が成立すると、「予想通り町村自治体警察は1024町村が廃止を決定し、10月1日から国家地方警察に編入され」、独自の5000人の増員と合わせ、国警は、「それまでの定員の6割増を一挙に実現することができた」と述べています。これによって、全警察の定員は13万人になったのに対し、「公安調査庁の定員は約1700人、予算規模は数億円」であり、「『公安警察』が全警察領域の中で最重要な位置を占めつつあることは確実であるから、講和独立を機に治安体制全体の中で、『公安警察』の存在は公安調査庁をしのぐことになったと言い切ってよいだろう」と述べています。
 さらに、「公安警察」は、「『情報収集』活動の徹底と『警備実施』活動を両輪として機能していた」が、「それらが着実に進展すればするほど、改めて警察の地方分権という1947年の警察法の『壁』」にぶつからざるをえなかったことが述べられています。
 そして、1954年2月に提出された新警察法案では、「自警と国警を廃止し、中央の警察機関として国家公安委員会と警察庁を設け、都道府県には都道府県警察を置くこと、警察庁長官と警視総監の任命権は内閣総理大臣が持つこと、国家公安委員会は存置するが、その委員長は国務大臣を当てること」などを内容とし、「制度的に警察の地方分権を解体し、『効率的』=『能率的』な中央集権体制を確立するという狙い」が一貫したものであることが解説されています。
 著者は、「各方面からの体制整備の進展と前述のような治安諸法令の制定により、『公安検察』は社会運動の抑圧取締りに必要な一連の司法処理のシステムをおおよそ完成させ」、「それは、新警察法施行によって社歌運動抑圧取締の行政・司法警察の一連のシステムをやはり完成させた『公安警察』とも軌を一ににし、公安調査庁の活動も含め、総体として戦後治安体制の確立を画するものであった」と述べています。
 「おわりに」において、著者は、「結局のところ、戦後治安体制を戦前治安体制と画するのは、社会的に自由・平等・平和・人権などの価値がどれほどの深さと強さで根づいているか、であろう」とまとめています。
 本書は、日本の治安について、奇麗事ではすまない切迫した状況の中で構築されてきたことを示してくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 近年、「治安の悪化」とか「安全安心のまちづくり」とかのキーワードで使われている「治安」と、本書で扱われている「治安」とは、相当意味が異なっていることが分かります。
 前者の「治安」が、国民や住民にとっての安全、安寧のためのものであるとすれば、本書で扱われている後者は、為政者、体制にとっての脅威、国家転覆をいかに治めるかであるか、ということがわかります。
 昔、ゴレンジャーなどのヒーローものに出てくる悪の組織の目的が「国家転覆」であったりしたときに、実際に国家体制が転覆してから一世代、四半世紀くらいしか経っておらず、しかも学生運動など国家に正面から抵抗する勢力があった頃には、リアリティのある脅威だったのかもしれませんが、今時の悪役は「国家転覆」など目論んでないのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・「国家転覆」という言葉にリアリティを感じない人。


■ 関連しそうな本

 青木 理 『日本の公安警察』 2007年05月04日
 春名 幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 2006年08月24日
 竹前 栄治, 中村 隆英, 天川 晃 『GHQ日本占領史 (15)警察改革と治安政策』 2007年02月01日
 中村政則 『占領と改革』 2007年03月09日
 大日方 純夫 『近代日本の警察と地域社会』 2007年04月18日
 勝田 政治 『内務省と明治国家形成』 2007年02月16日


■ 百夜百マンガ

嗚呼 花の応援団【嗚呼 花の応援団 】

 「どおくまん」は、一人の名前ではなく、「独立大阪漫人集団」の略なわけですが、男涙の親衛隊というか、未だに印象に残っている人もいるかもしれませんが、「応援団」といわれても何のことだかピンと来ない人が大多数だと思います。クエックエッ!

投稿者 tozaki : 2007年05月28日 23:00

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