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2007年07月16日

数学をつくった人びと〈1〉

■ 書籍情報

数学をつくった人びと〈1〉   【数学をつくった人びと〈1〉】(#907)

  E.T. ベル (著), 田中 勇, 銀林 浩 (翻訳)
  価格: ¥861 (税込)
  早川書房(2003/09)

 本書は、「一般読者や、現代数学を作り出した人間とは、どんな人間なのかを知りたいと思う人々」を対象に、「今日の数学の広大な領域を支配しているいくつかの主流をなす考え方へ[読者を]導くこと、しかもそれらの考え方を作り出した人々の生涯を語ることを通じて導くこと」を目的としたものです。
 著者は、取り上げる人物の選択基準として、
(1)現代数学に対してもつその人物の業績の重要性
(2)その生涯と性格の人間的魅力
の2つの基準を置いたと述べています。
 第2章「古代のからだに近代のこころ」では、「ずっと昔、私たちのための道を開いてくれた天才たちの偉大で簡明な指導的観念を、いくつか心に留めておく方がよい」として、ツェノン、エウドクソス、アルキメデスの3人のギリシア人の生涯と業績とを取り上げています。著者は、ツェノンとエウドクソスとを、「今日栄えている有力な相反する二派の数学思想、すなわち破壊的批判と建設的批判の二派を代表している」と述べるとともに、「古代最大の知性」であるアルキメデスについては、「骨の髄まで近代的である」と述べ、「歴史上≪もっとも偉大な≫数学者3人だけを挙げよといわれるならば、そのリストには必ずアルキメデスの名が入ることだろう」と述べています。
 第3章「貴族・軍人・数学者」では、「私がほしいのは平穏と休息だけだ」という「数学を新しい水路に導き、科学史の進路を変えた人」であるルネ・デカルトの言葉を紹介しています。
 まあt、デカルトの遺骨が、死後17年経ってフランスに持ち帰られたときの、ヤコービの言葉として、「偉人を生前に所有するよりも、その灰を所有する方がしばしば都合がよい」という言葉を紹介しています。
 著者は、「直接には、デカルト自身によって、間接には次の世紀が行った正反対の逆転によって、数理科学の対象の概念全体に革命が起こった。デカルトは自分の成し遂げたことの意義を完全に理解していた」というジャック・アダマールの言葉を引用しています。
 第4章「アマチュアの王者」では、ピエール・フェルマの障害について、「静かで勤勉で、波立ちもなかったが、その中からたくさんのものが生み出された」と述べ、「フェルマは全生涯を静かに暮らし、無用の論争は避け、しかもパスカルにおけるジルベルトのごとく、少年時代の天才ぶりを構成のために記録してくれるような愛する姉妹がなかったので、学生時代の経歴については不思議なほど残ってはいない」と紹介しています。
 また、フェルマの最大の労作として、「いわゆる≪数論≫または≪高等算術≫であり、ガウスがそれで満足に思った非衒学的な名称を使えば、算術である」と述べ、「一見無益とも思える研究の副産物は、物理的宇宙と直接に接触している他の数学分野に適用することのできる多くの有力な方法を開拓し、これらの≪無益な≫研究を企てた者に豊かに報いてくれている」と解説しています。
 さらに、フェルマの≪最終定理≫に関して、「大数学者ガウスが、フェルマを疑っている」ことについて、「ブドウを取りそこなったキツネは、それを酸っぱいという」と述べ、「フェルマは第一級の数学者、非難の余地がない正直な人物、そして史上無類の数論学者であった」と評しています。
 第5章「人間の偉大と悲惨」では、「紙に対するいわゆる賭け事をもてあそぶ時と、メレの騎士の問題を解いてやった場合のように、大切なことをしているときとの区別を、必ずしもはっきり見分けなかったこと」が「パスカルの最大の弱点であった」と述べています。
 第6章「海辺にて」では、ニュートンが、「科学と数学において、先輩から受け継いだもののほか」に、「当時の時代精神からさらに2つの贈り物」として、「神学への熱情と、錬金術へのおさえがたい渇望とをうけついだ」と述べています。
 また、ニュートンがハレーに「うまくなだめすかされて」、「天文学、力学上の発見を本に書いて出版することに同意」し、『自然哲学の数学的原理』を出版する際には、「健康には少しも注意を払わず、自分が食物と睡眠を要求する肉体を持っていることを忘れたかのように、その傑作の著述に没頭した」ことが述べられています。
 第7章「万能の人」では、「何でも屋に名人なし」という諺の「きわだった例外」として、ゴットフリート・ヴェルヘルム・ライプニッツを挙げ、彼が数学以外に、「法律学、宗教、政治、歴史、文学、論理学、形而上学、支弁哲学」などに貢献し、「そのうちのひとつだけでも、彼の名声を後世に伝えるのに十分であると思われる。≪普遍的天才≫とは何の誇張もなく、彼に与えられる形容詞である」と評しています。
 そして、数学におけるライプニッツの多面性を、「数学的推理を物理的世界の現象に適用するという単一目的に向かって突進したニュートンと、よい対照をなしている」と述べています。
 著者は、ライプニッツが、「ひとつの生涯でなく、複数の障害を送ったともいえよう。外交官・歴史化・哲学者・数学者として、彼はその各分野において普通人の生涯を満たすほどの仕事を成し遂げた」と述べています。
 第8章「氏か育ちか」では、「育ちではなく生まれが天才出現の決定的要因であるが、人為的か偶然かの助力がなければ天才も滅んでしまう」という考えに対し、「数学の歴史は、この興味ある問題の研究のために豊富な資料を提供している」として、「3代のうち8人の数学者を生み、そのうち数人は群をぬいた」数学一家ベルヌーイ家を取り上げています。
 そして、青年時代のダニエル・ベルヌーイが、旅行中に出会った人物に、「私はダニエル・ベルヌーイです」と「控えめに自己紹介」したところ、相手は皮肉のつもりで「私はアイザック・ニュートンです」と応じ、「ダニエルはこれを、一生を通じて受けたもっとも誠意ある贈り物」だと喜んだ、というエピソードを紹介しています。
 第9章「解析学の権化」では、「人が呼吸するように、またワシが風に身を任せるように、傍目には何の苦労もなく計算をした」と評される、「史上もっとも多産な数学者、当時≪解析学の権化≫と呼ばれた」レオナルド・オイラーを取り上げています。
 そして、「特殊なタイプの問題を解くために、一般的な≪算法≫を案出する数学者」である「アルゴリスト」として、「オイラーに肩を並べるもの」はない、と述べています。
 第10章「誇り高きピラミッド」では、ナポレオン・ボナパルトが、「数学世界にそびえる誇り高きピラミッドだ」と評したジョセフ=ルイ・ラグランジュを取り上げています。
 ラグランジュは、最初から「解析学者であって幾何学者ではなかった」と述べられ、「数学研究ではほとんど必然的となった専門家の最初の著しい例である」と紹介されています。
 そして、「数学を支配するラグランジュの方程式は、あらゆる科学のうちで、無から有をつくりだす技術のもっとも精妙な実例である」という言葉を紹介した上で、「最大限に単純案原理こそ、詳細に検討してみると、個別的かつ特殊的に見える種々様々な最大量の問題を、統一できるのである」と述べています。
 また、ラグランジュが、「第一級の数学者であることに加えて、口を閉じていなければならない時と場所を心得ている、まれな才能を備えた、思慮深い穏やかな人物であった」と評しています。
 さらに、ラグランジュが、フランス大革命によってその無感動を打ち砕かれ、「もう一度生き返って、数学に清新な興味を注ぐようになった」と述べ、ラグランジュの全研究生活が、「実際には王侯の保護のもとに送られたのではある」が、決して王党派にはくみしてはいらず、また、「革命家の側に同情するもの」でもなく、「両党派から容赦なく切り崩される文明の中道にはっきりと、また断固として立っていた」と述べています。
 第11章「農民から俗物へ」では、「高貴な職業は必然的に高貴な性格をつくる、という教育学上の迷信を裏切る、もっともきわだった実例」として、公爵ピエール=シモン・ド・ラプラースを取り上げ、「苦笑を禁じえないような色々の弱点――肩書き崇拝、政治上の変節、たえず人々の尊敬の的になっていたいという欲望――にもかかわらず、ラプラースの性格の中には、真の偉大さの要素がある」と評しています。
 そして、ラプラースが、「ニュートンの引力の法則を微細にわたって全太陽系に適用するというその生涯の大事業に身を投じ」る一方で、「同輩のものでも、先輩のものでも、利用できるものはなんでも手当たりしだい遠慮会釈なく盗んだ」ことについて、「こんなにまで、狭量になる必要はなかったのである。太陽系の力学に対する彼自身の巨大な貢献は、彼が無視した人々の研究を容易に圧倒し去るものであったのだから」と述べています。
 また、18世紀フランスの数学的科学者であるラグランジュとラプラースの2人が、「興味ある対照的な型をなし、その対象は数学の発展とともに著しくなってきた。ラプラースは数理物理学者の領域に入り、ラグランジュは純粋数学者の種族に属する」と述べています。
 第12章「皇帝の友」では、ガスパール・モンジュとジョセフ・フーリエの経歴を「不思議に似ているので、一緒に述べた方がいいだろう」と述べ、モンジュが「画法幾何学」を発明し、フーリエが「熱伝導に関する古典的研究から、数理物理学の近代化を行った」ことを紹介しています。
 また、モンジュとナポレオンの友情について、「ナポレオンが最大の権勢を振るっていたときにおいてすら、彼にたてをつき、おそれず真実を語ったのは、フランス広しといえども、モンジュ一人だけだったろう」と述べています。
 さらに、ナポレオンが、「最期の夢」といわれているアメリカ征服よりも、「もっと高い、信じがたいほどに高度な夢」を持っていたとして、ナポレオンが、「修道僧になりたいと切望」し、「科学だけが自分を満足させることができる。自分は第二の、そしてもっともっと偉大なアレグザンダー・フォン・フンボルトになりたい」、「自分は、この新しい生涯の中で、わしにふさわしい研究や発見を残したいものだ」とモンジュに告白していることを紹介しています。
 本書は、数学者の知られていない素顔を多くの人に知らせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 数学者というと、イメージされるのは象牙の塔の奥深くで書物と格闘する浮世離れした人物、という感じではないかと思いますが、大学教授ばかり出ないばかりか、それぞれに波乱万丈の人生を送ったことがわかります。


■ どんな人にオススメ?

・数学は太古の昔から無味乾燥だと思っている人。


■ 関連しそうな本

 シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
 E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
 チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
 グレゴリー・J・チャイティン (著), 黒川 利明 (翻訳) 『セクシーな数学-ゲーデルから芸術・科学まで-』 2005年11月03日
 サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日
 ロビン・ウィルソン 『四色問題』 2006年07月18日


■ 百夜百音

Surfer King【Surfer King】 フジファブリック オリジナル盤発売: 2007

 いつの間にかすっかりサビになると「サーファー気取りアメリカの」と絶叫している娘たちの将来が心配です。

『アラカルト』アラカルト

投稿者 tozaki : 2007年07月16日 21:00

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