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2007年07月08日
歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化
■ 書籍情報
【歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化】(#899)
スティーヴン ミズン (著), 熊谷 淳子 (翻訳)
価格: ¥2310 (税込)
早川書房(2006/06)
本書は、「最も不思議で驚嘆すべき、かつもっとも軽んじられている人間の特質」である、「人間がこれほどまでに音楽を作り、音楽に耳を傾けずにいられない理由について、持論を展開」しているものです。
第1章「音楽の謎」では、「音楽の起源は言語の起源を同程度の関心を寄せられてしかるべき」ものとした上で、「近年の活発な研究に関わらず、言語の進化についての理解はわずかしか進んでいない」理由として、「ひとるには化石や考古学的な証拠をなおざりにしているからであり、一つには音楽をなおざりにしているからである」と指摘しています。
第2章「チーズケーキ以上?」では、言語と音楽について、「まず議論の余地のない類似点を挙げた後、言語の三大特徴――シンボル、文法、情報伝達――が音楽にも見られるかどうかを検討」しています。
そして、言語と音楽が、
・話し言葉や歌のような音声での表現
・手話や踊りのような身振りでの表現
・どちらも書きとめることができる
という3つの表現様式を共有していることを解説しています。さらに、「言語も音楽も階層構造をもち、音要素(単語や楽音)が組み合わさってフレーズ(句や音句)になり、それがさらに組み合わさって言語事象や音楽事象になる」という「組み合わせシステム」であり、「再帰性のある規則に依存し、有限の要素群から無限の表出ができる」点を指摘しています。また、「どちらのコミュニケーション体系にも身振りや体の動きがある」ことを挙げ、両者が、「"認知の基本要素"を共有している可能性がある」ことを指摘しています。
一方で、両者の違いとして、言語は、「シンボルからなり、文法規則によって完全な意味を与えられて情報を伝達する」「構成的」なものであるのに対し、「音楽のフレーズや、身振り、身体言語は全体的」である点を挙げています。
第3章「言語なき音楽」では、失語症の症例を挙げ、「音楽と言語との神経系における関係を検討するのに理想的な資料となる」と述べ、「もし音楽が言語から派生した、あるいは逆に、言語が音楽から派生したのなら、当然、言語をなくする自動的に音楽機能もなくすことになる」と述べています。
第4章「音楽なき言語」では、逆に、「音楽機能を失いながら言語機能を保っている人たちや、音楽機能が全く発達しなかった人たち」の症状、すなわち「失音楽症」の例を紹介しています。そして、フランスの作曲家ラヴェルが、「作曲した曲を譜面に起こす能力を完全に奪い去った脳の変性によって」晩年を蝕まれ、友人に、「オペラが頭の中にあって、聞こえてもいるのだが、一生譜面には書き起こせないだろう」と語っていることを紹介しています。
第5章「音楽と言語のモジュール性」では、イザベル・ペレツによる「脳内での音楽モジュールの構造」を示し、「音楽システムの認知障害は、単独または複数のモジュールの異常によっても、単独または複数の情報経路の阻害によっても生じる可能性がある」と述べています。
第6章「乳幼児への話しかけ、歌いかけ」では、「乳幼児への発話(IDS)」では、"メロディがメッセージである"こと、つまり、韻律だけで話者の意図をくみ取れること」を実験によって示しています。
第7章「音楽は癒しの魔法」では、
(1)感情とその表出は人類の生活と思考の中心にある。
(2)音楽は感情を表出するだけでなく、自己や他者に感情を起こさせる。
の2点を挙げ、「これは、音楽能力がどう進化したかに重要な意味を持つ。偶然の遺伝子変異によって音楽能力が強化された過去の個体群が繁殖において優位に立った可能性を示すからだ」と述べています。
著者は、「音楽は自分の感情を表現したり他者の感情や行動を操作したりするのに利用できる」と述べ、「自分の感じていることをを他社に伝えるずっと強力な手段、言語」があるため、「おそらく現代人のすべての社会では、娯楽以外の目的で音楽をこのように用いることはまれ」であるが、「過去には、私たちの祖先がさまざまな複雑な感情を持ち、時に他者の行動に影響を及ぼす必要がありながら、言語を欠いていた時代があっただろう」と述べています。
第8章「うなり声、咆哮、身振り」では、「野生の霊長類のコミュニケーション体系」の中に、「言語と音楽のルーツが見つかるはずだ」と述べています。
そして、「ベルベットモンキー、ゲラダヒヒ、テナガザル、チンパンジー、ボノボ、ゴリラのコミュニケーションの要点」の観察から、共通の特徴として、
(1)どの発生もどの身振りも人間の単語には相当しない。つまり「全体的」である。
(2)サルや類人猿は、自分と同じ知識や意図を他者が持っているとは限らないことが分からず、その発生や身振りは、指示的ではなく操作的で、こちらが望む行動を他者にとらせようとする。
(3)アフリカ類人猿のコミュニケーション体系は、発生だけでなく身振りも使うという意味で多様的であり、類人猿は多様式のコミュニケーションを用いる唯一の非ヒト霊長類と思われる。
(4)ゲラダヒヒとテナガザルのコミュニケーション体系の重要な特徴として、リズムやメロディを盛んに利用し、歌の同期やターン交換をする点で音楽的であることが挙げられる。
の4点を挙げています。
第9章「サバンナに響く歌」では、「現代人と同じ霊長目ヒト科に分類される生物」である「ホミニド」が、180万年前まで、「解剖学上も行動面でも非常に『類人猿的』」であり、「ホミニドの音声・身振り表出は、単語の組合せではなく完結したメッセージだったという意味で全体的なままだったし、他者に世界の物事を伝えるためではなく他者の行動を操作するために用いられたと考えられる」としながらも、私見として、「身振りと音楽的な発生の量が増えたこと」を挙げ、「初期ホミニドのコミュニケーション体系」を、「Hmmmmm」(全体的(Holistic)、多様式的(multi-modal)、操作的(manipulative)、音楽的(musical))と名づけています。
第10章「リズムに乗る」では、ホモ・エルガステル(原人)の原型言語を、「全体的な発話からなっていた可能性が高い」というアリソン・レイの主張を紹介したうえで、「発話の多様式的側面と音楽的側面が、二足歩行の進化によって大幅に促進された」と述べています。
そして、「私たちの祖先が二足歩行性のヒトに進化するとき、生得的な音楽能力も進化しただろう」と述べ、「リズム維持の認知機構の選択によって二足歩行が進歩し、それによって新たな身体活動が可能になり、それを効果的に行うためにリズム維持が必要になる」と解説しています。
著者は、「初期人類が社会的相互作用の一つとして使っただろう感情のこもった音楽的な『Hmmmmm』音声」に、「身振り、ミメシス、踊りふうの動き」を加えたものが、「高度に進化した『Hmmmmm』コミュニケーション」であると述べています。
第12章「セックスのための歌」では、「時間と労力をかけて高度に対称的な石器をつくるのは、作り手にとってハンディキャップだったに違いないし、それを作れることは、母親が自分の子に受け継がせたいと望みそうな心身の能力の表れだったろう」とする、著者が進化生物学者のマレク・コーンが提唱した「セクシーなハンドアックス仮説」を紹介しています。
第14章「共同で音楽を作る」では、ロバート・アクセルロッドによる「繰り返し囚人のジレンマ」の実験を紹介し、「音楽作りは安上がりで手軽なやりとりの一形態で、協力の意思を示すことができるため、食物分配や共同での狩りなど、十分な利益が得られる場合は将来の協力を促す可能性がある」と述べています。
第15章「恋するネアンデルタール」では、ネアンデルタールの考古学的記録の特徴として、
(1)小さく親密な共同体で生活していた。
(2)象徴的人工物の欠如。
(3)極度に固定した文化の継続。
の3点を挙げ、これらが、「言語でなく高次の『Hmmmmm』の有力な証拠となる」と述べています。
第16章「言語の起源」では、20万年前以降に、構成的言語が全体的なフレーズから分節化という進化を遂げたのかを説明するものとして、
(1)社会生活:人々が専門化した経済的役割や社会的地位を採用し始め、他の共同体との公益や交換を始め、「よそ者と話す」ことが社会生活の重要な側面として広がった。
(2)人類の生態:遺伝子変異によって全体的発話の中の文節音を検出する新しい能力が備わった。
の2つの可能性を挙げています。
また、「アフリカで少なくとも25万年におよんだ連続する道具作りの伝統の真ん中に、考古学者が言語を使う現代人と結びつける種類の新しい行動の痕跡が散発的に見られる」ことに地うて、「『Hmmmmm』中心のコミュニケーション体系から構成言語への移行には何万年もかかった可能性が高い」と述べています。
さらに、「新しい行動の多くが人類の永続的なレパートリーになった」のは5万年前を過ぎてからであることについては、「ホモ・サピエンスが完全に構成的な言語でコミュニケーションするようになった後、人口の閾値を越えたためと説明される」と述べています。
そして、著者の前著である『心の先史時代』の論旨として、主要な「知能」には、
(1)自分が属する複雑な社会でやっていくための社会的知能。
(2)動植物、天候、季節など、狩猟採集生活に欠かせない自然界のさまざまなことを理解するための博物的知能。
(3)人工物の取り扱いや、特に石器の製作を可能にする技術的知能。
の3つがある上、ホモ・サピエンスには、新たな特徴として、「個々の知能の考え方や知識の蓄えを一つにまとめ、特化した心では不可能な新しい種類の思考を生み出す能力」である「認知的流動性」が加わり、この能力は、言語の結果、すなわち、「口にしたり想起したりした発話が、概念と情報を分離した一つの知能から別の知能へ流す導管の役割を果たした」結果であると主張しています。
著者は、「分節化によって『Hmmmmm』から構成的言語が生まれ、それが人の思考の性質を変化させ、私たちの種を全世界拡散に至る道につかせ、ついには、200万年以上前に最初のホモ属の種が現れて以来続いてきた狩猟と最終の生活を終わらせた」と述べています。
第17章「解けても消えない謎」では、音楽が、「言語が進化した後の『Hmmmmm』の残骸から生まれ」、「言語がそれほど効果的でない感情の表出と集団同一性の確立のためだけのコミュニケーション体系になった」と述べ、「むしろ、情報の伝達や操作をする必要性から解放された『Hmmmmm』は、この役割に特化し、私たちが現在、音楽と呼ぶコミュニケーション体系に自由に進化できるようになった」と解説しています。
そして、音楽が、「Hmmmmm」の特徴を多く残し、「感情への影響力や全体的性質など、明らかなものもあるし、少し考えないと分からないものもある」と述べています。
著者は、「私が提唱した進化史は、音楽と言語がなぜ一方でこれほど告示しているのか、そしてなぜ他方でこれほど異なっているのかを説明できる」と述べ、「とにかく音楽を聴いてもらいたい。聴きながら、自らの進化の過去に思いを馳せよう。自分の遺伝子が世代から世代へと受け継がれてきたこと、その途切れることのない系統をたどって、私たちが共有する祖先の初期ホミニドまで行き着けることを考えてみよう。この進化の遺産が、あなたを音楽好きにしたのだ」と呼びかけています。
本書は、自分がなぜ音楽を聴くと楽しくなるのかを知りたい人にぜひお奨めしたい一冊です。
■ 個人的な視点から
本書のタイトルには「ネアンデルタール」と書かれているのに、本書の表紙の写真は「歌を歌う(ように見える)ゴリラ」であることに気づいたときはちょっと違和感がありましたが、リアルなネアンデルタールの写真(CG)だったりしたら、手にとるのをためらわれるかもしれません。ましてや、複数のネアンデルタール人の合唱団だったらと考えると。ましてや、ドリフのように少年少女合唱団の衣装を着たネアンデルタール人だと想像すると、やはりゴリラでよかったような気がします。
■ どんな人にオススメ?
・「No Music, No Life」と思っている人。
■ 関連しそうな本
トール ノーレットランダーシュ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『ユーザーイリュージョン―意識という幻想』 2006年06月18日
ジュリアン ジェインズ (著), 柴田 裕之 (翻訳) 『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』 2006年06月04日
ブライアン サイクス (著), 大野 晶子 (翻訳) 『イヴの七人の娘たち』 2006年06月24日
ニコラス ハンフリー (著), 垂水 雄二 (翻訳) 『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』 2006年4月15日
ジャレド ダイアモンド 『人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り』 2006年09月29日
リチャード・G. クライン 『5万年前に人類に何が起きたか?―意識のビッグバン』 2006年10月21日
■ 百夜百音
【Perfume~Complete Best~】 Perfume オリジナル盤発売: 2007
アイドルグループだからということで好き勝手に音作っていて楽しそうです。NHKの温暖化対策の公共広告にも出ています。こういうのが受け容れられてしまうなんて恐ろしい世の中です。
投稿者 tozaki : 2007年07月08日 21:00
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