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2007年09月02日
ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化
■ 書籍情報
【ケータイは世の中を変える―携帯電話先進国フィンランドのモバイル文化】(#955)
T. コポマー (著), 川浦 康至, 山田 隆, 溝渕 佐知, 森 祐治 (翻訳)
価格: ¥1890 (税込)
北大路書房(2004/09)
本書は、携帯電話メーカーのNOKIAがある国として知られ、日本以上にケータイが普及した国であるフィンランドにおける、ケータイがもたらした文化的影響について論じたものです。
第1章「通信、ケータイ、都市」では、「ケータイをもつとどんな『得』があり、持たないとどんな『損』をするのか、ケータイを所有することで、私たち自身の人づきあいや出会いがどう変わるのだろうか」について論じています。
そして、ケータイが、「現代の遊牧民とも言える『移動する人々』にとって、究極のモバイルライフスタイルへの追求を象徴するアクセサリーでもある」として、ケータイが、「柔軟な労働形態や多様な社会的相互作用、そして家族の絆を強めるものと結論づけた」、ルールによるライフスタイル研究を紹介しています。
また、消滅してしまった「都市をぶらつく人たち」である「遊歩者」と、現代の「電子的遊歩者」との違いを、「スピードと移動性にある」としています。
さらに、電子コミュニケーションが、「新たな共同体や新遊牧民、電子的近隣などと特徴づけられる、共同的かつ集合的な行動を生み出す」として、ケータイの人気が、「コミュニティへの参加と同時に移動を共存させたいという欲求によるもの」であると説明しています。
フィンランドにおけるケータイの普及については、1994年から1996年の2年間でケータイ加入者数が倍増し、1996年から1997年の1年間でも倍増した、と述べ、ここまで普及した理由として、
(1)規制緩和の結果通信事業者間の競争により、通信が強固な社会基盤の上に成り立っている。
(2)ケーターメーカーも独自に研究開発と販売活動に多大の投資を行ったため、世界の先頭を走っている上、フィンランド人は自らが産み育てた技術に対する愛着が強い。
の2点を挙げています。そして、フィンランドの通信技術が、1960年代前半にフィンランド軍が取り組んだ軍用無線の開発プロジェクトの成果がノキアが開発したケータイ1号機に詰め込まれていることが述べられています。
著者は、ケータイ普及過程を、
(1)第1期(1975-1990)特定階層市場期:ホテルの高額な電話料金よりも安かったため、外出や出張の多い営業担当者たちが利用し始めた。
(2)第2期(1990-1995)大衆化市場期:メーカーは選択肢を増やすことで「ヤッピー」の持ち物というイメージの払拭を図った。
(3)第3期(1995-現代)市場多様化期:ターゲットごとに異なる仕様のケータイが販売されている。
の3段階に分類して論じています。
第2章「ケータイの呼称」では、ケータイが、
(1)利用者の移動性
(2)アクセス可能性
を高める装置として定義しうると述べた上で、
ケータイが、「身体の拡張として社会的相互作用をコントロールし、利用者は端末を通して自分達の社会関係の範囲を明確化する」と述べています。
そして、「ケータイをひとことで形容」すると、
・「便利な装置」「道具」「心の平穏」「電話そのもの」「安全装置」
など、ケータイが実用的であることを反映した回答のほかに、
・「気ばらし」「自慢するための手段」「はけ口」「おもちゃ」「安らぎ」「仲間」「気の利いた小道具」「コミュニケーションツール」
などの、「情緒的で娯楽的、社会的な側面を指摘する回答」も見られたことを挙げ、「ケータイは仕事や日常の用事をこなすための手段であると同時に、不断のつながりと連絡可能性は欠かせない特徴となっている」と述べています。
第3章「日常生活の調整役」では、ケータイネットワークが、「実際の物理的な近さとは無関係に、近くにいるという感覚(テレプレゼンス)を利用者にもたらす。つまり、常に電話でアクセスできるため、他者はいつでも目の前にいるようなものである」と述べ、ケータイが、「中央集権的な方法で権力を行使する機会を増加させた」一方で、「利用者の社会生活をコントロールする可能性を固定電話よりも大きくした」として、「技術的な理由を強調して通話を切ったり短くできる」こと、相手の名前を確認してから出るかどうかを決められることを挙げ、「ケータイを利用することで社会的なゆとりが生まれる」というインタビュー調査の結果を紹介しています。
また、ケータイ利用場面の観察の結果として、「モバイルコミュニケーションが労働時間の自由度を高めるための新しい方法を導入してきたことが示された」と述べ、ケータイが、「労働時間と余暇時間との境界」を取り払い、「仕事観傾斜と遊び仲間との境界も不明瞭」にしたと述べています。
著者は、ケータイ利用の増加とともに定着した新しい時間概念を、「周期的時間」と名づけ、ケータイが、「あらかじめ決められた日常生活の構造を、融通が利くように変化させることで曖昧にしてしまう」と同時に、時間経験の様相を、「あらかじめ予定を組んで先のことを確定するのではなく、時間は切れ目なく未来まで続くものとして経験される」と解説し、ケータイによって「スケジュールされた」社会は、「同期的な相互関係に基づく『社会学的』で周期性を帯びた時間を特徴とする」と述べています。
第4章「ショートメッセージ」では、フィンランドでよく用いられるショートメッセージが、「誰かと連絡を取るさいの心理的な敷居」は、通話に比べて低いことを解説した上で、その目的は、「情報交換ではなく、むしろ娯楽と社交にある」と述べています。
著者は、「ケータイは、現実の状況や空間、拘束力を消し去ることはできないが、それらに新しい次元を持ち込み、テキストメッセージに媒介された別の世界に没入する可能性をもたらす。テキストメッセージは、日常生活の習慣的な境界や限界を無効にする道具でもある」と述べています。
第5章「ケータイの路上考現学」では、ケータイ利用者が、「公共空間において個人の領域を肥大化させている」ことを指摘し、「ケータイを利用することは、公共空間を指摘に利用すること」であると述べています。
そして、「公共の場での好ましくない行動様式としてのケータイ利用」を、
(1)不快
(2)迷惑
(3)邪魔
(4)不利益
の4次元に分け、「不快」と「迷惑」が「個人の環境と結びついた主観的な『好ましくない』という感覚」であるのに対し、「邪魔」と「不都合」は、「客観的に証明可能な社会構造の特徴である」と述べています。
また、「ケータイは結局のところ、その会話が公共の場で見知らぬ人に聞かれてしまうところに特徴がある」と述べ、「他人の会話を『強制的に聞かされる』ことによる嫌悪感」について説明しています。
さらに、電話を受ける場面での、好ましくないケータイ利用の形態として、
(1)鳴るべきでないときに鳴る着信音
(2)長く鳴り続ける着信音
(3)大きすぎる声
の3点を挙げています。
第7章「モバイル情報社会の今」では、「ケータイは現代人の欲求と期待に対する一つの答えである」一方で、「ケータイの利用は旧来の相互作用の精神的・機能的様式と無関係ではない」として、「ケータイが私たちの生活に入り込んでくる過程は双方向的」であり、「この装置がライフスタイルに順応する方向と、装置の導入でライフスタイルが変化する方向の2つ」であると述べています。
そして、ケータイが、「ネットワーキングを重視する個人主義社会のイデオロギーにうまく適合」し、「伝統的な社会構造に大変革をもたらした」として、
・友人たちとの時間の共有化が進み、きちっと決まらなくても、個人の選択幅を広げたままでいられる、ある種の「とりあえず」的ライフスタイルが拡がった。
・ケータイによる気軽なおしゃべりによって、対面接触の補完が行われている。
・「割り込み文化」が進行している。
・効率を高め、目的達成を促すきっかけをもたらす一方で、ちょっとした用事やあいさつなどの「無目的」会話も増やしている。
などの点を指摘しています。
本書は、日本以上にケータイが普及した国における、ケータイによる社会的な影響を垣間見せてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
ケータイは世界中どこでも同じようなものだと思っていたのですが、思った以上に国民性が現れるもののようです。
日本では、外国人が人ごみの中で大声で母国語を発しているのを聞くことは比較的少ないと思うのですが、特に、中国人など見た目的に日本人特別できない人が、ケータイを使って母国語でいきなり話し始めると、近くにいたときびっくりします。
■ どんな人にオススメ?
・ケータイはどこの国でも同じように使われていると思っている人。
■ 関連しそうな本
小林 哲生, 天野 成昭, 正高 信男 (著) 『モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影』 2007年08月06日
小檜山 賢二 『ケータイ進化論』
水越 伸 『コミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえる』
遊橋 裕泰, 河井 孝仁 (編さん) 『ハイブリッド・コミュニティ―情報と社会と関係をケータイする時代に』
ジェラード・デランティ (著), 山之内 靖, 伊藤 茂 (翻訳) 『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』 2007年07月24日
パトリシア ウォレス (著), 川浦 康至, 貝塚 泉 (翻訳) 『インターネットの心理学』 2005年10月15日
■ 百夜百音
【The In Sound from Way Out!】 Perrey-Kingsley オリジナル盤発売: 1995
アーティストの名前は知らなくても、あの「エレクトリカルパレード」の音楽を作った人と言われれば誰でも知ってる人です。
投稿者 tozaki : 2007年09月02日 23:00
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