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2007年09月05日

霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち

■ 書籍情報

霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち   【霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち】(#958)

  西村 健
  価格: ¥798 (税込)
  中央公論新社 (2002/07)

 本書は、元労働省のキャリア官僚であった著者が、「霞が関身分制度」のせいで、窮屈な毎日を余儀なくされている中央省庁の役人を取り上げ、「現状のままでは国民をだれも幸せにしない霞が関というシステム」の無法の構造に、「大胆かつ具体的に切り込んで」いるものです。
 第1章「キャリアとノンキャリア──『残酷人事』其の壱」では、1990年に旧労働省で「同僚から金を騙し取った」という起訴事実で東京地検に起訴された榊原勝信というノンキャリの係長が、「騙し取った金は競馬などの遊興費に使った」とされているが、現実には其の金で省のキャリア連中に呑み食いさせていたと述べています。
 第2章「事務官と技官──『残酷人事』其の二」では、「同じキャリアといえども、事務官と技官とでは出世レースにおいて明確な"差別”が科せられてしまう」と述べ、河川の改修や近代鉄道網の全国的敷設が喫緊の課題だった明治時代に、「行政組織の一員として政府に組み込まれた技術官僚は、国策にとってなくてはならない存在だった」が、現在では、「もはや国民の必要としていない公共事業に、未だ汲々としている感」があり、「かつての栄光の余波に未だ乗り、すでに失われた存在意義を見いだそうとしている技術官僚たちの、足掻く姿が背後に浮かび上がってくる」と述べています。
 第3章「国家公務員法アンタッチャブル──無視される国法」では、国家公務員法が制定された1947年が日本がGHQの統治下にあった時代であり、当時のGHQメンバーは、「アメリカ本国でニューディール政策を推進した一派」である、「ニューディール左派」の流れを汲む面々が多数顔をそろえていたことを解説しています。
 そして、第57条において、「当該昇任候補者名簿に記載された者の中、昇任すべき者一人につき、試験における高点順の志望者五人の中から、これを行う者とする」とあるが、「すべての官職に格付けを終えるまでには相当時間がかかる」ために、「職階制が完成して、国家公務員法がちゃんと適用できるようになるまでの当面の間は、役員人事その他の運用は従前の例通りでやっていくことにしましょう」という経過措置が戦後50年以上ずっと続いていることを解説しています。
 第4章「永田町という雲上界──霞が関を上回る"特権階級”」では、内閣の最高意志決定機関である「閣議決定」が、その前日に開催される「事務次官等会議」という聞き慣れない会議で了承された議題しか話し合うことが許されないことを指摘し、「いったいどちらがエラいの?」と述べています。そして、「実感として役所内で一番エラいのは実質事務次官。大臣らトップの政治家は、単なるお飾り──帽子みたいなもの」という感覚であると述べています。
 一方で、「政と官の関係」において、「いざすり寄る政治家をしくじると大変である。そこまで築き上げた官僚人生がすべて"御破算”になってしまう」と述べ、1993~94年に旧通商産業省で繰り広げられた「四人組事件」を紹介しています。
 第5章「辞めるか、死ぬか、諦めるか──官僚に残された"地獄の三択”」では、"83年組のホープ”"将来の次官候補"と見られていた"花形"官僚が通産省を後にして2001年の参院選に出馬した松井孝治議員のケースを紹介し、官僚として省庁再編に携わった経験から、「ああ霞が関の中にいるままでは本当の改革は無理。真に政治がリーダーシップをとって進めていかなければ、なるものもならないんだなあ」と痛感して政治の道に進んだことが紹介されています。
 また、霞が関が自殺件数が非常に多いことでも知られていることについて、財務省の3階、4階の窓に、「自殺防止用」といわれる金網まで張ってあり、著者が勤務していた中央合同庁舎5号館はガラス窓を開けることができず、ダスターシュートに飛び込んで自殺した人までいたことが紹介されています。
 さらに、「役人の残業時間などあってないようなもの」と述べ、「誰も正確にカウントなどしてくれない。訴える先もどこにもない。筆者も月200時間並みの残業くらいざらだったものの、月10時間以上の残業代などいただいたことはなかった」と述べています。
 官僚に対する天下りや接待の疑惑に関しては、「役人──とくにキャリアのトップレベルに行く人材というのは、圧倒的に”いいとこ出”のお坊っちゃま出身ばかり」であり、「高級はあくまで名誉の象徴。その程度の意味合いしか、本人たちの中では持っていない」ことを指摘し、「天下り」が官僚のモチベーションの第一になりうるものではないと述べています。
 また、「いくら義憤に駆られようと、一人の官僚に変えられることなど何もない」ので、できることは、「ただ現状の流れに身を任せるだけ。ならばせめて、できるだけ目の前の仕事を早く片づけ、早く家に帰れる方がいいに決まっているではないか!? 残業したってその手当などまずつかないのだから」という官僚の気持ちを解説しています。
 終章「それでも希望を探して・・・・・・」では、若手官僚にお願いしたいこととして、「自分の良心に従う限り、政治の不当介入など勇気を持ってはねつけること」、「ぜひわれわれマスコミをうまく利用してほしい」と呼びかけています。
 本書は、外部からはマスコミ報道を通じてしか知られていない官僚の生態と本音を伝えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 本書でも触れられていますが、キャリア官僚の一人ひとりが、報道されるイメージのような、杓子定規なタイプというわけではなく、むしろ、法律を作っている側だからなのか、よく取れば物事をフレキシブルに捉えているところがあり、反面、実作業部分の細かいところは大雑把なイメージもあります。これはいい面と悪い面の両方があるのだと思います。


■ どんな人にオススメ?

・「官僚」というと銀縁眼鏡をかけた人たち、というイメージを持っている人。


■ 関連しそうな本

 山本 直治 『公務員、辞めたらどうする?』 2007年08月24日
 末弘 厳太郎 (著), 佐高 信 (編集) 『役人学三則』 2005年12月12日
 新しい霞ヶ関を創る若手の会 (編集) 『霞ヶ関構造改革・プロジェクトK』 2005年12月22日
 宮崎 哲弥, 小野 展克 『ドキュメント平成革新官僚―「公僕」たちの構造改革』 2006年04月13日
 テリー伊藤 『お笑いニッポン公務員―アホ役人「殲滅計画」』 2006年03月16日
 行財政構造改革フォーラム (著), 上山 信一, 樫谷 隆夫, 若松 謙維 『新・行財政構造改革工程表―「霞が関」の三位一体改革』


■ 百夜百マンガ

家畜人ヤプー【家畜人ヤプー】

 過去に石森章太郎版で漫画化されていますが、超えることができるのか、『仮面ライダー THE FIRST』の二の舞になるのか・・・・・・。

投稿者 tozaki : 2007年09月05日 06:00

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