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2007年10月02日

選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年

■ 書籍情報

選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年   【選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年】(#985)

  季武 嘉也
  価格: ¥1785 (税込)
  吉川弘文館(2007/06)

" 本書は、「選挙といういわば理想的でオモテの制度を、選挙違反というウラ側から覗くことによって、近代社会の歪みの実態を浮き彫りに」することを目的としたものです。
 「何をしたら選挙違反か」では、第1回衆議院議員選挙では、「選挙の自由」に対する犯罪とは、「強て選挙人の本意に反して投票せしむる」行為であり、
・職権乱用
・勢力乱用
・脅迫
・暴力
・詐術
の5点が該当するものとされていたことが述べられ、選挙ポスター、立会演説会、選挙費用制限などの規定は全くなかく、「選挙であろうがなかろうが犯罪となる」ものである「不正行為(あるいは実質犯)」に対する選挙違反は規定されているが、「戸別訪問や選挙ポスター貼り付けなど、それ自体では不正ではないが、選挙においては公平さを欠くという観点から違反とされる行為」である「不法行為(形式犯)」が登場するのは、普通選挙を規定した大正14年(1925)5月5日の改正衆議院議員選挙法(普選法)からであることが述べられています。
 著者は、日本の普選法が、イギリスをモデルに、日本独自の戸別訪問禁止などを加え、「イギリス以上に厳しい制限を設けるもの」となり、選挙粛清運動の直接の契機となった昭和9年6月23日の改正衆議院議員選挙法では、
・事前運動の全面的禁止
・選挙委員の制限
・選挙事務所数の制限
・選挙費用の制限
・連座規定の強化
・選挙公報の発行
など、「運動の制限、公営化、厳罰化が進んだ」ことが解説されています。
 「違反者数の推移」では、第1~9回(帝国議会開設~日露戦争)の時期には、「少数エリートに対し比較的多額な買収がなされた」が、第10~17回(日露戦後~普通選挙実施・政党内閣)の時期には、「買収対象が拡大した一方で額は減少した」ことが解説されています。
 「選挙干渉とムラ」では、帝国議会開設後の初期の選挙干渉について、明治25年の第2回総選挙において起きた、「全国で死者25名、負傷者388名を出す大選挙干渉事件」を取り上げ、最も流血が激しかった高知県では、吏党系議員を指示する知事らの勢力と、村を挙げて自由党派であった宿毛村との間での緊張が高まり、四万十川では銃撃戦に至ったこと、民党勢力が強かった福岡県三池には、吏党系団体が、「数百名の屈強な壮士」を送り込み、衝突が起こったこと、等が紹介されています。著者は、われわれが、「ついつい自由党・改進党など中央の政党本部が厳然と存在し、各地でその支部が機能しているという中央集権的な政党をイメージしがち」であるが、「実は各地域で『自由』を標榜する地方政社が族生し、それらを総称して『民党』と呼んでいた」のであり、「とりあえず自由党と地方政社とは組織上は無関係であった」と述べています。
 また、小選挙区制度が採用された理由として、現在の考えでは、「小選挙区制度は多数による少数の支配として理解される」が、当時は、「小選挙区にすれば、全国的には少数派であるグループも特定選挙区では多数派となるチャンスがあり、その代表が国会に出ることによって少数意見も国会の場で公平に反映される」と考えられ、また、政府の主眼は、「選挙民が候補者を熟知し適切な選択がおこなえる」という点であったこと、そのため、「非立候補制度」が採用され、それを確かにするのが「記名投票」であったことが述べられています。そして、藩閥政府の意図としては、「衆議院議員選挙法は安定志向で人格・識見に優れた人物を地域の中からいぶり出し、天皇・国家官僚と責任を分かち合ってともに進退させることを目指したものであった」と述べています。
 さらに、自由民権運動における、ムラの騒擾と団結については、その要点として、
(1)騒擾の基本は村内対立、村対村、郡内対立など地域間の民対民の対立であること。
(2)その対立はどうやら民党・吏党という形をとっていること。
(3)対立の要因が、戸数割のようにすべての住民に関わってくる税金、小作地引き上げという零細農民の死活問題、行政区画の変更あるいは道路位置という全村民の生活に関わる問題であったため、ムラをあげての騒擾となったこと
の3点を挙げています。
 第4章「買収の実態」では、明治30年ごろに買収に変化が生じ、
(1)当選後の祝賀会がなくなり、替わりに金品が届けられるようになった。
(2)有権者からなる「重立たる者」たちが形成されたこと。
の2点を挙げています。
 また、買収に関する面白い新聞記事として、明治23年(1890)5月29日付『松江日報』に、「国会議員周旋会社」の広告記事という体裁で、「一方で議員希望者の希望をかなえ、他方で貧民に事前を施す意味で本社が買収を斡旋する」というもので、
・1票10円(7万5000円相当)以上:必ず請合ったという捺印つき
・5円:捺印なしの請合書のみ
・3円:書面もない危うげな半請合い
・酒池肉林の大饗応:「一票を投じるよ」という掛け声を進上
・菓子折一箱:「一票ができました」という噂を差し上げる
という内容のジョークであったことを紹介しています。
 「政党化と買収事件の多発」では、明治20年代から30年代初頭にかけての特徴として、町村から国家に至るタテのチャンネルを巡る攻防となり、「政党対藩閥政府という点では政党が勝利したのであるが、『地方主義』対中央集権という意味では敗北した。そして、その要因は官僚勢力の強さだけにあったのではなく、むしろ政党そのものにあった。また、その敗北の慰労金がわりに買収という形でカネがばらまかれることになり、それゆえにこの時期は買収事件が多発する」と述べ、さらに、買収が「団結をなしていたムラ・郡を単位としておこなわれることが多かった」ので検挙者数が多数に上ったと述べています。
 また、この時期の買収の特徴として、
(1)中央から地方へ、買収資金も人=中央人種も動いた。しかも、それが政友会と非政友会系政党という二大政党の形をとったため、県議・町村長・町村議も二つに系列化された。
(2)そのカネを受けて買収に主導的に動いたのは、県議をボスとする町村長・町村議らの地方名望家クラスの地方議員であり、それを受容したのが公民(「重立たる者」)であった。
の2点を挙げています。
 「理想選挙と選挙運動の受容」では、明治44年以降に広く用いられるようになった「理想選挙」運動の影響を受け、第12回衆議院議員選挙(大正4年)では、選挙戦術が大きく変容したことを述べながら、「ムラにおいてはいまだ買収は『労少く安上り』で確実な方法」であり、大熊内閣も「候補者に公認料を支給して買収を助長し、他方で近代的な選挙戦術もとった」と述べています。
 また、国民の「政治思想の発達」によって、候補者の側も「自らの清廉性やスマートさを有権者にアピールしなければならなく」なり、「代議士の質の変化」が促され、「このような選挙戦では演説・言論を得意とする職業的政治家か、あるいは逆にありあまるほどのカネを持っている大実業家が有利となり、従来の地方名望家はますます苦しくなっていった」と述べ、職業政治家たちが連続当選を目指す中で、「カネや選挙運動について制限を加えようという動き」が起こってきたことが、普通選挙法による規制へとつながっていったことが解説されています。
 「普通選挙と地盤培養」では、普選後の選挙において、「集票活動の第一段階は地盤培養であり、第二段階が買収」であり、地番培養の方法としては、
(1)鉄道、道路、官衙、学校、病院、その他の造営物の解説など地元の要求を政府・自治体などに働きかけること
(2)各種地方選挙の際には自分の腹心を極力応援したり、彼らの支部運営費・党費・出張費・大会費などを負担すること、すなわち代議士を中心とした地方議員組織を形成すること
(3)各種工事の補助金下付、水利権許可、土地森林払下、あるいは結婚や就職の斡旋など個人の要望の実現のため働くこと
(4)公私の紛争の際に調停役を引き受けること
(5)青年団・在郷軍人会ら各種団体の行事に参加すること
の5点を紹介しています。
 「大衆化と選挙粛正」では、昭和7年の五・一五事件によって政党内閣が幕を閉じ、政党に対する風当たりは、「選挙から買収など不正行為を一切排除しようという選挙粛清運動」につながり、第19・20回総選挙(昭和11・12年)は「粛清選挙」といわれたことが紹介されています。
 また、日中戦争開始後に、防災活動や物資配給で行政組織の末端として利用されたマチの町内会やムラの部落会を最初に利用したのは、選挙粛清運動であり、町内や村落単位の「懇談会」では、
・まず車座に座らせる。
・「君が代」レコード清聴
・発起人挨拶
・「選挙粛正の歌」レコード清聴
・『選挙粛正絵ばなし』の配付
・お茶と菓子を出して懇談
・印刷物の輪読
・選挙粛正の宣誓署名
・「君が代」レコード清聴
・閉会の辞
という次第でおこなわれたことが紹介されています。
 著者は、内務官僚が、「名望家秩序」という難敵に対し、「彼らのいわば接着剤であるところの選挙買収に徹底した攻撃を加えることによって、確かな手ごたえを得た」と述べ、その効果は選挙以外に波及し、「官僚は名望家を介さず国民全開層に至るさまざまな行政の道すじをつけることに成功」し、「以後、官僚の影響力は、国民精神総動員運動、翼賛体制運動や戦時体制の確立を通じて、一層国民生活に浸透していく」と解説しています。
 「大型化する買収事件」では、昭和24~38年までの第24~30回衆議院議員選挙に関して、戦後、GHQによって一度廃止された町内会組織が、この時期に徐々に復活しつつあったことと、その中には、「町内有力者が町内有権者に対し投票行動において一定の影響力を及ぼす」ことが含まれていたこと、また、「候補者―都議―市・区議―町内会長という縦のラインが形成され、しかもそこから大量の検挙者を出していたことからわかるように、官僚が最も打倒すべき対象とした『名望家秩序』と似たような体制」が、個人後援会という形で復活を果たしたことが述べられています。
 また、この時期の選挙犯罪の特徴として、
(1)選挙運動の主眼が組織の取り合いにあった、すなわち「ぐるみ選挙」であったため、事件が大規模化した。
(2)末端の有権者にはほとんどが百円から三百円相当の酒食であり、非常に安いということ。
(3)候補者側からいえば個人後援会という形式をとり、そのルートを利用して買収することが多かった。
の3点を挙げ、「従来のような地元有力者たちが取りまとめる票では限界に達し、当選のためには『一般有権者の間に直接の支持を組織化』する必要が生じ、それを『会員多数を擁する組織に任せ』たもの」であり、以後も現在に至るまで成長していると述べています。
 「公明選挙運動」では、買収のテクニックとして、
・選挙カーを田んぼ道にわざと落とし、農民に引き上げてもらい、御礼に多大な金を渡す。
・候補者が自宅の新築祝いに近隣住民に多額な金を振舞う。
・親類の家に行き、知らぬ間に千冊すう枚を座布団の下に置いて帰る。
等の事例を紹介し、「それが明確に買収であるというのではなく、社会的慣習か、あるいは出所不明として取り扱うことも可能な形で行われていた」と述べています。
 「イメージ選挙と過疎化」では、昭和54年10月4日に新聞報道されたある選挙参謀の談話として、「買収はカネさえあればよいというのではなく、信頼できる人間同士が一対一で授受を行わなければ密告される危険が高くなったので、ピラミッド型の機密性の高いルートを作り出さなければならない、またこのような買収によって集められる票は全体の一割である」という言葉を、「当時において比較的共通した意見」として紹介しています。
 「鏡としての選挙違反」では、昭和40年以前は、選挙が社会の諸組織と密接な関係を持ち、選挙違反も多かったが、選挙に参加する者も多かったのに対し、それ以後のイメージ選挙では、選挙違反も減ったが、投票率の低下も顕著になった問題について、著者の私見として、
(1)国民の間に一時的興奮を創り出した小泉前首相の劇場型政治において、せっかく向き合った演技者と観客の間に亀裂を生じさせず、さらに継続、拡大して、政党後援会的なものに発展させるように意図してはどうか。
(2)昭和戦前期から、選挙違反を撲滅しようとする運動のモデルは、選挙の公営化や連座制の強化によって成功したイギリスであったが、現在はイギリスを上回る公営化によって多額のカネと複雑な規制を必要としているが、候補者側のより自由な有権者への接近によって、投票率を高めることを期待した、選挙の自由化が必要ではないか。
の2点を述べています。
 本書は、現在では当たり前と思われている日本の選挙の在り方について、ゼロベースの視点を与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 選挙違反自体はもちろん法に反することですが、こと買収に関しては、買収が成立するためには、カネが流れるための血流部分とも言うべき部分をマチやムラの豊かなソーシャルキャピタルが担っている必要があるという意味で、コミュニティとしての豊かさが必要になるのかもしれません。


■ どんな人にオススメ?

・日本の選挙が当たり前だと思っている人。


■ 関連しそうな本

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■ 百夜百マンガ

サムライダー【サムライダー 】

 伝説となったバイクKATANAに乗って日本刀を持っている、という設定だけでもだいぶ無理がありますが、近年の和風テイストの仮面ライダーのルーツのひとつなのかもしれません。

投稿者 tozaki : 2007年10月02日 23:00

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