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2007年10月15日
仕事の社会科学―労働研究のフロンティア
■ 書籍情報
【仕事の社会科学―労働研究のフロンティア】(#998)
石田 光男
価格: ¥3675 (税込)
ミネルヴァ書房(2003/07)
本書は、労働制度研究者である著者が、ある労働経済学者から、「労働経済学は労働の制度的研究からこれまで多くの着想を教えられてきたけれど、近年、そういう制度研究がないですね、そういう制度研究をしてください」とハッパをかけられたことに対する回答です。
第1章「労働研究の方法的伝統」では、1970年以降の労働研究が、「経済的『富裕』の『種明かし』の研究にならざるを得」ず、「かつて近代化への遅れの幅として解釈された雇用に関するルール」が、「ジャパンを『種明かし』するルールとしてまったく新しい解釈を施すことを必要」とし、「この最も大胆な革新的解釈者の栄誉」が小池和男のものであると述べ、小池が、「年功的熟練は(産業の高度化が必然化する)内部化した労働市場に最も適合的で合理的な熟練のあり方であり、そうした職場でのOJTを通じてのみよく培われる年功的な熟練は生産現場で思いのほかよく発生する変化と異常への対応力と言い替えてよく、その対応力こそが生産性を決する」と主張したことを紹介しています。
そして、1975年度の労資関係研究会議における小池と熊沢誠の論争を取り上げ、小池が日本の労資関係の特質を、
(1)日本の労働者の方がキャリアがやや広い。
(2)日本の方が人の配置が柔構造をなしている。
(3)日本の本工労働者のキャリアの上限がアメリカよりわずかに高い。
(4)キャリアの下限は日本の方がやや「狭い」。
(5)雇用の保証はアメリカのほうが高いといえる。
(6)総じてキャリアに関して日本には「経営の恣意を許さないようなマギレのないルールが見られない」が「アメリカでは、労働組合がほとんどすみからすみまで介入し、交渉し、マギレのないルールを確立している」。
の6点にまとめたのに対し、熊沢が、6つの「『特質』の基軸を(2)『配置の柔構造』に求めたいと思う」、「私たちの国ではまさしく『変化適応的』に、労働者の作業範囲と作業量、職場の定員、配置、昇進、レイオフの人選などがフレキシブルなのだ。」「配置のルール、昇進のルートが柔構造であることは、日本的能力評価を媒介として、労働者を従業員としての成功者と不成功者に分けるほとんど生涯的な競争に巻き込んでいる」。「柔構造が労働者間競争によってこなされているとすれば、それは一方では組合規制の後退を、他方では経営権の貫徹を、分かちがたく同時に意味するのである」、と述べていることを紹介しています。
著者は、小池和男と熊沢誠のいずれもが、「その道筋はそれぞれに個性的であった」が、「経営管理」という「同じ一つの欠落を私たちに残している」と述べています。
第2章「仕事の社会科学」では、バブル崩壊後の日本の人事管理に対する半生と改革の議論の特徴として、
(1)雇用システムについてその企業間流動性が高まる、もしくは高めるべきだという主張が労使でおおむね共通していること。
(2)処遇システムについてはより成果や業績を重視した仕組みに変えるべきだという点では労使の相違を見つけることはほぼ困難なほどに一致していること。
の2点を挙げ、「改革の方途について労使の思惑が基本的に一致している」という今時の改革論議の特徴を、「過去4半世紀ほどの日本の労使関係の過熱あるいは風化の事実をわれわれに確認させるものである」と述べています。
第3章「工場労働の生産性管理」では、「リーン生産方式」をめぐって、
(1)労働内容の理解:リーン生産方式のもとでの労働はwork smarterなのかwork harderなのか。
(2)労働者の合意調達の仕組み
の2つの点が研究者の間で議論になったことが紹介されています。
第4章「ホワイトカラー労働の生産性管理」では、ホワイトカラー労働の生産性への「接近方法を極力明快に示すことが枢要」であると述べ、その理由を、「ホワイトカラー労働の生産性は個別企業の従業員がますます拾い意味でのホワイトカラー労働の範疇に属する実態の中では、それは企業の競争力を直接に左右するのであって、それだけに企業活動の実践の中で様々な試行がなされておりそれらの実践行為は多かれ少なかれホワイトカラー労働の生産性に無縁ではないはずであり、したがって、この課題への接近は一見して極めて広範囲な切り口が用意されているからである」と述べています。
また、ホワイトカラーのリストラの研究に当たり、「工場部門で実践されている仕事の管理の厳格さに類する管理が、管理間接部門や製造業以外の諸企業でも実践されていたならば場当たり的な雇用調整を必要としないのではないか」という「素朴な疑問」を呈し、「日本の経営の見直し論が急速に台頭しているが、変えるべき点と継承すべき点の峻別が必要で、変えるべき点の焦点は仕事の管理の側にあり、人事諸制度における一本調子の年功主義→能力主義→成果主義への変更は大いに慎重であるべき」だと述べています。
第5章「報酬改革」では、戦後日本の人事制度を、
・第1期(1950~60年代前半):日本社会の近代化への希求が人事の面でも色濃く現れた時期であり、「職務給化」が象徴的な改革の標語とされたが多くは失敗に終わった。
・第2期(1965~1980年代):「能力主義」という兵庫の発見により、日本の労働の性格に内在的に労働の活力を引き出そうとすれば[人]の序列化のルールを組みかえる以外にないということを直視することができた結果である。
・第3期(1990年代~現在):年功制の可能な限りの圧縮と能力主義の再定義。
の3期に分けて論じています。
また、「いかなる人事・賃金制度であっても備えていなくてはならない基本的構成要素」として、
(1)序列=秩序の設定
(2)出来映え(パフォーマンス)の評価方法の設定
(3)賃金の設計
(4)仕事と人のマッチング方式の設計
の4点を挙げ、能力主義人事と成果主義人事とを対比しています。
第6章「労働組合」では、「通常の外国人の日本の観察の水準をはるかに越えて、日本企業を深く洞察した一フランス人」の言葉として、「日本企業の基盤にはインセンティヴ装置は整っているが、明示的な契約関係は希薄である。したがって、日本企業はまったく民主的ではない。」という言葉を紹介し、こうした非難に対して、「実はこうしていますと言えるささやかな実践の試みが貴重」であり、「その一つ一つが歴史の前人未到の知への教訓多き歩みに違いない」と述べています。
本書は、経済学や経営学に偏りがちな労働研究にバランスを与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
今では経済学や経営学の世界では仕事の分析は一般的であるため、そういった見方を出発点にしてしまいがちになります。何しろ、一昔前は、「労働」という言葉がついた時点で、マルクス経済学の人たちの声が大きかったため、そういった始点から離れた労働経済学の切り口は相当新鮮に見えたのではないかと想像します。
■ どんな人にオススメ?
・「仕事」の姿を多面的に捉えたい人。
■ 関連しそうな本
小池 和男 『日本の雇用システム―その普遍性と強み』 2005年04月06日
熊沢 誠 『女性労働と企業社会』 2006年07月25日
チャールズ オライリー , ジェフリー フェファー (著), 広田 里子, 有賀 裕子 (翻訳), 長谷川 喜一郎 『隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密』 2005年02月03日
八代 尚宏 『日本的雇用慣行の経済学―労働市場の流動化と日本経済』 2005年03月23日
エドワード・P. ラジアー (著), 樋口 美雄, 清家 篤 (翻訳) 『人事と組織の経済学』 2005年04月05日
小池 和男 『日本企業の人材形成―不確実性に対処するためのノウハウ』 2006年01月03日
■ 百夜百マンガ
ジョジョ的な必殺技の部分はさておき、人間の子供にそっくりな"長命族"が人間社会に紛れ込む、という設定は色々応用が利きそうです。
投稿者 tozaki : 2007年10月15日 23:00
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