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2007年10月18日

博徒の幕末維新

■ 書籍情報

博徒の幕末維新   【博徒の幕末維新】(#1001)

  高橋 敏
  価格: ¥777 (税込)
  筑摩書房(2004/2/6)

 本書は、「かつて大衆小説や歌舞伎・講談・浪曲などで縦横無尽の大活躍を演じたアウトロー」を取り上げ、「博徒・侠客等が力一杯生きた幕末維新の激動を歴史学のふるいをかけて」語ったものです。ただし、取り上げられるのは「常連の国定忠治や清水次郎長」ではなく、「脇役か陰の役廻り」である、
・甲州博徒の典型「吃安(どもやす)」こと竹居安五郎
・安五郎の遺志を継いだ黒駒勝蔵
・下総天保水滸伝の張本人の勢力富五郎
・彗星の如く現れ幕府を震撼させて消えた武州石原村無宿幸次郎
・新撰組近藤勇ら多摩グループと訣別した伊東甲子太郎の御維新の野望に賭けた岐阜の博徒水野弥三郎
たちです。
 第1章「黒船と博徒竹居安五郎」では、嘉永6年(1853)6月8日に流刑の島新島で、竹居安五郎ら7人の無宿の流人によって敢行された、前代未聞の島抜けの大事件を取り上げています。安五郎らは名主を殺し、水主を拉致して漁船を盗み、新島から伊豆半島の網代に向かいます。「元来支配韮山代官の御膝元の伊豆、しかも網代辺に上陸するのは召捕らえられるために島抜けするようなものである」と述べられていますが、このとき韮山代官は、同年6月3日に現れたペリー提督率いるアメリカ合衆国の黒船4艘への対応に追われていました。著者は、「島抜けの一大事を、訴えのあったであろう6月9日以降、7人を即急に手配し、代官の警察力を総動員すれば、さすがの吃安とて逮捕は免れない。しかし、韮山代官は多忙であった。それどころではなかったのである」と述べています。
 また、島抜けに成功した7名のうち、3人は間もなく捕らえられ処刑され、3人は消息が不明であるのに対し、安五郎は、「故郷の甲州に帰り、子分の黒駒勝蔵を配下に、以前に増して侠客として売り出していった」ことについて、
(1)なぜに安五郎は網代屏風岩から甲州まで逃げおおせたのか。
(2)なぜに甲州の一大博徒にサバイバル出来たのか。
の2つの疑問を投げかけています。著者は、キーパーソンとして田方郡間宮村(現函南町)の博徒久八を挙げ、韮山代官は何かの理由があって、「台場築造」との関わりから「大場久八」と呼ばれた久八が安五郎を逃がすことに「目をつぶったのではなかろうか」と推測しています。
 第2章「博徒の家と村」では、安五郎の清家である竹居村の中村家を取り上げ、村内外のトラブルにおいて指導力と実力を発揮した安五郎の兄甚兵衛を紹介しています。
 また、甲州が、「陸上・水上の交通網・流通網が錯綜」しており、「関東特有の長脇差で武装した無宿の通り者などと称する他所者が横行して犯罪を引き起こすだけでなく村々に逗留して博奕等を介して親分・子分の博徒集団を形成しようとしていた」とともに、「公衆の村々の内部に通り者の無宿を迎える予備軍が生まれていた」と述べています。
 第3章「嘉永水滸伝」では、中国の元代に作られた「水滸伝」が、「反乱を教唆扇動する賊書」として禁書とされたが、「原書→和刻・翻訳→翻案」の過程を経て受容・摂取され、「水滸伝がさまざまなヴァリエイションを展開させながらいかに受け入れられていったかがアウトローの江戸時代史の影絵となっている」と述べています。そして、「水滸伝の流行、ブームの背景には、無宿者、博徒、侠客の躍動とこれに苦慮する幕府政治の現実があった」としています。
 実際に起こった事件としては、嘉永2年(1849)3月から4月にかけて下総国香取郡須賀山村の諏訪明神境内で起きた勢力富五郎の捕り物と鉄砲による富五郎の自決、同年8月から10月にかけて武甲駿遠信の5カ国を股にかけ、やりたい放題に犯罪の限りを尽くした石原村無宿幸次郎、嘉永3年12月に行われた国定忠治の磔刑などを取り上げています。
 著者は、「嘉永2年全国津々浦々に生まれていた博徒は種々の利害や人間関係のなかで任侠のアイデンティティを前面に大規模なネットワークを形成しつつあった。同時に敵対と同盟を繰り返しながらも博徒同士が離散集合を容易に行えるような独自の世界を作り上げていた」と述べ、「一宿一飯の恩義とか仁(辞)義と呼ばれる挨拶とか独特の決まり、掟、不文律を自らのものにしていた」と解説しています。
 第4章「博徒の明治維新」では、島抜け後、甲州に戻った安五郎に対し、中村家が、「公的には、無宿となって除籍した安五郎とは無縁と装いながら内実のところでは陰に陽に安五郎に塩を送り匿った」として、「中村家の嘉永水滸伝の危機を救ったのは家族の強い絆であった」ことを解説しています。
 そして、無宿の世界において、「島を破るという前人未到の偉業を成し遂げ、故郷へ錦を飾った安五郎の存在」が、「関八州・東海地方の博徒・侠客の勢力地図を塗り変えていくことになった」として、
・幕府の指名手配中の最重要人物を捕らえようとする勘定奉行・関東取締役に協力するグループ
・安五郎と種々のつながりからこれに敢えて敵対も辞さないグループ
の二極化が起こったことを解説しています。そして、安五郎は、文久元年(1861)、関東取締約の手先と言われる国分三蔵の卑劣な奸計によって捕らえられ、翌文久2年に最後(牢死とも毒殺とも言われる)を迎えています。
 また、安五郎の子分、黒駒勝蔵については、慶應3年(1867)に薩摩の西郷隆盛、大久保利通らが計画した甲府城攻略のゲリラ作戦の計画に檜峯神社神主武藤藤太が深く関わっており、「藤田の近くに用兵動員力抜群の黒駒勝蔵がいることは十二分に推測しうる」ことを解説しています。そのため、幕府にとって、「勝蔵は甲府城乗っ取りを策する討幕派の有力尖兵と移っていたのであろう。多くの子分を擁し、甲州一円に通じ、神出鬼没、電光石火の行動力を持っている、勝蔵一味を逮捕せよとの命令は幕府上層部から出たものである。この意味で勘定奉行配下の関東取締出役が切れ者の手先を武州から国分三蔵(高萩万次郎)、上州から江戸屋虎五郎、信州から岡田滝蔵と次々と送り込んで勝蔵をお縄にしようとしたことの謎がようやく氷解した」と述べています。
 本書は、小説などで虚実入り混じった形で耳にしてきた幕末の博徒たちの姿を現代に伝えながら、当時の社会の雰囲気を感じさせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者の他の著書を見ると、国定忠治に相当入れ込んでいることが分かります。本書の中でも、他の博徒たちはあくまで出来事のみを伝えているのに対し、国定忠治の磔刑の部分は装束からセリフから色鮮やか情感豊かに描かれています。


■ どんな人にオススメ?

・小説や歌舞伎に登場する伝説の博徒たちの現実の姿を知りたい人。


■ 関連しそうな本

 高橋 敏 『国定忠治の時代―読み書きと剣術』 
 高橋 敏 『国定忠治』 『清水次郎長と幕末維新―『東海遊侠伝』の世界―』 
 高橋 敏 『大原幽学と幕末村落社会―改心楼始末記』 
 田中 彰 『幕末維新の社会と思想』 2007年08月13日
 田中 圭一 『百姓の江戸時代』 2007年09月16日


■ 百夜百マンガ

打撃天使ルリ【打撃天使ルリ 】

 同じ作者による『打撃マン』と並ぶ「打撃系」マンガの代表作。これを読むと、普段読んでいる格闘系の漫画がいかにウンチクやらでゴタゴタ塗り固められているかがわかります。この作品はそういう不要な部分を削ぎ落とし、代わりにコテコテの絵柄を詰め込んであります。結局は、悪い奴がやっつけられるのを見るのが楽しいんだ、ということを教えてくれます。

投稿者 tozaki : 2007年10月18日 22:00

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