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2007年10月23日
忘年会
■ 書籍情報
【忘年会】(#1006)
園田 英弘
価格: ¥756 (税込)
文藝春秋(2006/11)
本書は、「忘年会という、あまりに日常的な生活習慣を考えることを通して、その日本的固有性の程度を検討し、あわせて日本の生活文化の特色を東アジアの『文化循環』という観点から、位置づけ」ることを目的としたものです。著者は、忘年会を、「年末に開かれる非宗教的な宴会」と定義することで議論を始めています。
第1章「江戸時代の忘年会――その多元的起源」では、忘年会に関する記録として、
(1)皇族の日記・・・室町時代の『看聞日記』
(2)さまざまな資料を集めた武家に関する古記録・・・戦国末期の「関八州古戦録」
(3)町人を描いた小説・・・井原西鶴の『才覚織留』
の3つの文献を紹介しています。
第2章「近代忘年会の成立」では、「明治時代の到来とともに、本格的な忘年会時代がやってきた」と述べ、「忘年会を考える上で、無視できない新しい主役」として、「西洋という存在とそれを体現した新しい社会層の出現」を挙げています。
そして、「江戸時代の忘年会が、既存の人間関係を維持させるための集まりだとするならば、新しい近代の忘年会は、近代化を急ぐ時代の人々のために、人間関係の開拓という役割を期待されていた」と述べ、「忘年会も懇親会も、ともに同じ時期に西洋のパーティを出発点として会合の形式を形成した」が、「官僚重視の社会環境の文脈で模倣したために、会合の官僚制的形式主義が『宴会』を支配した」と解説しています。
また、御雇い外国人であったチェンバレンの言葉として、「すべての招待状は官職録にしたがって送られる」という言葉を紹介し、日本の宴会には、
(1)男性だけのための日本風の晩餐会で、しばしば芸者が接待する。政治団体や科学者の団体の会合、倶楽部の集会などは、この種類に属する。
(2)ヨーロッパ風のもので、このような会に西洋人が参加すると、共通の話題がなく、言葉の問題もあり「憂鬱」で「退屈」である。
の2つのタイプがあるとの記述を紹介しています。
さらに、「芸者遊びは、高くつく」ため、近代忘年会では、「経費節減のためか、芸者がいないのに、いや芸者がいないから、かくし芸をやるようになった節がある」と述べています。
第3章「近代忘年会の拡散」では、明治33年11月に幸田露伴が書いた「宴会」というエッセイを紹介しています。このエッセイは書き出しから、
「背景。何々の候、何々何々。陳れば何々何々会、来る何月何日、何々楼に於て相開き候間、万障御差繰御賁臨被下度候、早々敬具。と書いた後に、但し会費金何円当日御持参之事という一ヶ條と、準備の都合も之あり候間、御出席の有無共来る何日までに御通報下され度候という一ヶ條との小書ありて、明治何年何月、何の某、何の某、と矢鱈に多勢の名前を義士の連判帖を見るように列ぶるもあれば、また何々会会頭何爵何々、と立派な人の名を、羽子板に余るしばらくの面、という格で押し出すもありて、さて何の某殿、と、ぴったり名を指した呼び出しが懸かりて、やがて、宴会というものは始まるなり」
と辛口であり、「この冒頭の文章が、『会』の流行とともに始まった近代宴会を皮肉っていることは、明白であろう」と述べています。そして、露伴が、宴会は「朋友の義理」であり、社会人として生きていくための「税」であると述べていることを紹介しています。
また、明治時代には「紳士」の会合であった忘年会が、昭和前期には国民的な年末行事になることを指摘し、「このことを理解しておかないと、大正・昭和の忘年会のことは不可解なことになる」と述べています。
第4章「大衆忘年会の時代」では、「大衆忘年会時代の主役は、急速な経済成長とともに拡大する企業である」と述べ、終身雇用の導入によって、「企業は従来にないほど『共同体』的な色彩を強め」、「企業側でも社員の側からでも、社内年中行事は大いに利用すべきもの」となったが、「起業忘年会は仕事vs.娯楽、全員参加vs.自由参加といういずれとも決めきれないネジレを本質としている」と指摘しています。
著者は、「企業忘年会は、宴会の連続として捉えるべきである」と述べ、「公的な性格」を持つ一次会と、それから離れた「私的企業忘年会(つまり二次会)」という忘年会も「やはり忘年会だということを理解しておかなければならない」と述べています。そして、企業忘年会は、「社内行事の一環としての『宴会』」であり、「無礼講的な下からのエネルギーと儀式的な組織の秩序が合体したのがこの時期の忘年会であった」と述べています。
また、『総務部総務課 山口六平太』の第5集に収められている「ああ忘年会」という作品を取り上げ、この作品が、「大衆忘年会の終わりの始まり」というメッセージを持っていると述べ、「この時期を境に企業忘年会の多様化が始まった」と指摘し、企業忘年会に集中していた年末のエネルギーが、同窓会や家族や趣味の仲間の忘年会へ分散した」と述べています。
第5章「海を越えた忘年会」では、1988年の映画『ダイ・ハード』で、日系企業ナカトミ・コーポレーションがクリスマス・イブに開催した企業のクリスマス・パーティを紹介した上で、多くのアメリカの企業が開催している企業クリスマス・パーティを、「年末に開かれる非宗教的な宴会」という定義上は、「アメリカの忘年会」と言えないかと述べています。
また、北朝鮮で開かれる「忘年会(ナンニョンヘ)」や台湾の「尾牙(ベーゲ)」、中国の「年夜飯(ニエンイエフアン)」などを紹介しています。
第6章「忘年会の現在」では、「日本では企業の活動に不可欠の団結新を鼓舞するために、あるいは共同体的な企業の一体感を表現し、確認する場として、企業忘年会は機能してきた」と述べています。
著者は、「現在の忘年会文化は、成熟し、大人しくなった、大衆文化である。経済格差が構造化された時代に、遅れてきた大衆という趣がある。私はそれが好きだ」と述べています。
本書は、普段はその存在を当たり前のものとして意識することのない年末の行事の持つ役割と歴史を教えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
秋も深まり、おでんや鍋物が恋しい季節になってくるといよいよ忘年会シーズンが近づいてきます。昔は色々な名目で職場の忘年会がありましたが、最近はあっさりしてきました。また、昔は二次会三次会四次会に自動的に流れていく雰囲気がありましたが、最近は一次会に顔を出せば「義務」を果たしたと見られるのか、二次会に行く人は好きな人たちだけ、という感じにもなってきています。昔は積立をしてでも開催を心待ちにしていたという忘年会ですが、社内行事としての性格は急速に薄れているんじゃないかと思います。
それでも、職場によっては、忘年会のために一泊二日で職場旅行に行くところが多く、さらに
・課全体の職場旅行
・課の一部であるグループ単位の職場旅行
・課内有志による職場?旅行
なんてのがあって、財布に重い負担がのしかかることも少なくありません。これもさすがに減りましたが。
旅行の準備や運営をいかに上手くこなせるかが、幹事や若手の「腕」の見せ所だったりするので、幹事さんの気合の入り方が半端じゃない場合もありました。
■ どんな人にオススメ?
・忘年会は「日本古来の風習」と思っている人。
■ 関連しそうな本
園田 英弘 『逆欠如の日本生活文化―日本にあるものは世界にあるか』
飯倉 晴武 『日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心』
高橋 章子, 怒涛の暴露班 (著) 『忘年会全記録』
林 律雄 (著), 高井 研一郎 (イラスト) 『総務部総務課山口六平太/ああ忘年会』
園田 英弘 『西洋化の構造―黒船・武士・国家』
幸田 露伴 『露伴随筆集』
■ 百夜百マンガ
美少女を描くことで定評があっただけに、「ウイングマン」のヒットの後、「超機動員ヴァンダー」でコケ、「電影少女」以降は美少女モノを中心に描いていましたが、久々に大好きなヒーロー、アメコミ系の作品を投入してきました。
投稿者 tozaki : 2007年10月23日 07:00
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