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2007年11月04日

アニメ作家としての手塚治虫―その軌跡と本質

■ 書籍情報

アニメ作家としての手塚治虫―その軌跡と本質   【アニメ作家としての手塚治虫―その軌跡と本質】(#1018)

  津堅 信之
  価格: ¥2520 (税込)
  エヌティティ出版(2007/03)

 本書は、「既存文献を再検討するとともに、虫プロ創立に関わった当事者、手塚の側近にいた関係者などに対するインタビュー取材を実施して新たな知見を収集することによって、これまで意外なほどに成されていなかった手塚アニメの業績を再評価するもの」です。著者は、再評価の切り口として、
(1)手塚はどのようなきっかけでアニメに接近し、取り組もうとしたのか。
(2)『鉄腕アトム』政策の前後に、何がおき、何が試みられたのか。
(3)手塚がアニメで目指したのは、実験アニメーションだったのか、商業アニメーションだったのか。
3点を挙げています。
 第1章「アニメへの開眼」では、『海の神兵』を見た手塚が、「一生に一本でもいい。どんなに苦労したって、それの漫画映画を作って、この感激を子どもたちに伝えてやる」と誓ったというエピソードを取り上げ、このときに手塚にとって、「流れてきた涙のかなりの部分が『悔しさ』だったのではなないだろうか」と述べています。
 第3章「『鉄腕アトム』の背景」では、『鉄腕アトム』成立への伏線ともいえるラインとして、
(1)手塚治虫ライン
(2)虫プロ・萬年社ライン
(3)東映動画ライン
の3つのラインを設定しています。また、『アトム』実現に向けたさまざまな省力化手法として、
・三コマ撮り
・トメ
・引きセル
・くりかえし
・部分
などの手法を紹介しています。
 さらに、『アトム』の制作費に関して、「『アトム』による安い制作費が『前例』となってしまって、その後の日本のアニメ界労働者の賃金条件が劣悪化したという批判」について、「この批判は不適切であると断じてもよい」と述べています。そして、「萬年社と虫プロとのウラ契約的な措置」として、萬年社がプラス百万円を支払っていたというエピソードが伝えられていること、作品そのものに加え、「お菓子のパッケージやおまけ、文房具などにキャラクターをあしらい、その商品の定価や売り上げに合わせてロイヤリティを得るマーチャンダイジングを展開して、虫プロは大きな収入を得ていた」こと、虫プロスタッフの給与に関しても「少なくとも初期の無視プロ社員は『裕福』だった」ことを指摘し、「無視プロ設立当初の手塚は、アニメの商品価値を高め、それに伴なう収入を得てスタッフに還元し、さらにその収入をもとに次なる作品制作に活かすという、現実的な経営戦略を提案していたのであり、その点は性格に評価しなければならない」と述べています。
 第4章「実験アニメーションの成果」では、手塚の実験アニメーションの特徴として、「絵の動きそのものを実験し、かつ音楽との融合を考察しようとしていた側面」を指摘し、その代表的作品として『展覧会の絵』を挙げています。
 また、「手塚アニメの評価を二分する要因のひとつ」として、「手塚はアニメーション作家として把握までアマチュアであり、少なくとも手塚本人はそう自覚しており、描いて動かすことへの、ある種のコンプレックスを抱えていた」と指摘しています。
 第5章「手塚アニメの語られ方」では、「手塚アニメについて語ることが『避けられてきた』歴史があるのではないか」と述べ、今日『アトム』が語られる際の「三コマ撮り」などの技術的な指摘は当時あまりに専門的過ぎたこと、テレビアニメ制作の過酷さや賃金・経営面を含む製作体制の脆弱さなどの問題は、アニメーターを初めとする直接の制作従事者がマスコミに登場し始めた1970年代以降であることなどを指摘しています。
 そして、「手塚アニメが論じられていない、もしくは論じにくいと考えられている理由」として、
(1)手塚治虫はあくまで漫画家であり、アニメはその派生品、添え物として見られてしまう。
(2)当該作品における手塚の関わりが見えにくい。
(3)無視プロが創始した省力化システムと超廉価の受注体制が、「日本のアニメを低落させた」という認識が、どこかでこびりついている。
の3点を挙げています。
 第6章「大衆か実験か」では、手塚が「大衆か実験か」(p.201の13行目で「大衆か娯楽か」とあるのは誤字でしょう)のどちらであるかを考察するに当たって、『アトム』がもたらしたものについて、
(1)animeの発明
(2)漫画を原作にするということ
(3)人材の育成
の3点について、「ぜひ押さえるべきである」と述べています。
 そして、虫プロの目的が、「個人作家が個人の自由な活動のために、手塚が『場』を提供するとともに、自らも個人作品を制作するという、いわば作家連合、組合のようなものだった」と述べ、その例外性を指摘しています。
 第7章「手塚アニメとは何だったのか」では、手塚の「アニメーションを制作するために漫画を描いていた」という著名な発現が、
(1)幼少期からのアニメーション制作への憧れの蓄積
(2)アニメーションスタジオへの入門の希望(拒否)
(3)中古器材を集めたアニメーション制作の「まねごと」
(4)『新宝島』のヒットによる漫画家としての地歩の確立
(5)漫画原稿料や印税収入の蓄財
といった流れとつじつまがあっていると述べています。
 著者は、「『アトム』は、日本のアニメーションのその後の歴史を変える大きなきっかけを与えたのであり、逆に、少なくとも当時の東映動画における長編・ファンタジー路線には、そこまでのインパクトはなかった」と指摘し、「『鉄腕アトム』とは何だったのかという設問への解答は、この点につきる」と述べています。
 また、日本のアニメの特徴として、
(1)毎週1回30分連続放映という形式のテレビアニメが常時多数放映されている。
(2)さまざまな観客層を抱え込むことができる、多様な、そして時として複雑なストーリー内容を扱う。
(3)テレビアニメと並んで、長編アニメも多く制作されている。
の3点を挙げています。
 本書は、日本のアニメ史を理解する上で、国内はもとより、海外においても正しく理解されるべきアニメ作家としての手塚治虫を伝えた一冊です。


■ 個人的な視点から

 その年代の子どもたちにとって、『鉄腕アトム』がどれほどの衝撃だったか今では想像もできませんが、印刷技術も未熟だった当時、実写に比べてアニメのほうが、お菓子などへのマーチャンダイジングビジネスは、相当やりやすかったのではないかと思います。


■ どんな人にオススメ?

・手塚アニメというと24時間テレビと『火の鳥』しか思い浮かばない人。


■ 関連しそうな本

 うしお そうじ 『手塚治虫とボク』 2007年10月06日
 中野 晴行 『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』 2007年07月28日
 手塚 治虫 『ぼくはマンガ家―手塚治虫自伝』 2005年05月28日
 大塚 英志, ササキバラ ゴウ 『教養としての〈まんが・アニメ〉』
 手塚プロダクション 『手塚治虫 原画の秘密』
 藤本 明男 『愛よ命よ、永遠に―手塚治虫少年ものがたり』


■ 百夜百音

ガンバランスdeダンス~夢みる奇跡たち~【ガンバランスdeダンス~夢みる奇跡たち~】  オリジナル盤発売: 2007

 後期エンディングの初回の放送を見たときには、あまりの「電気紙芝居」状態に何が起こったのか理解できませんでしたが、最近は動いているようです。去年のガンバランスが好きだった人にとっては衝撃だったことでしょう。

『ガンバランスdeダンス』ガンバランスdeダンス

投稿者 tozaki : 2007年11月04日 06:00

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