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2007年11月05日
構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌
■ 書籍情報
【構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌】(#1019)
竹中 平蔵
価格: ¥1890 (税込)
日本経済新聞社(2006/12/21)
本書は、「奇跡の内閣」である小泉内閣での大臣を引き受けた著者が、「国務大臣という責任と緊張の生活を日々振り返ることによって、教訓を大切にしながら何とかこの重責を全うしたい」と考え、また、「経済政策を勉強してきた人間として、この貴重な経験について、後日何らかの形で社会に還元する必要がある」と考えて「大臣日誌」を記し、この日誌に基づきながら「小泉構造改革の5年半を総括するもの」です。著者は、本書の狙いとして、
(1)経済的側面からの評価:この間の構造改革が経済政策という面からどのように意味を持っていたのか、またその効果をどう評価するかの素材を提供すること。
(2)政策決定の政治プロセス:実態に基づく正確な情報を提供すること。
(3)世論・ジャーナリズムと制作の関係
の3点を挙げています。
著者は、2001年4月26日、小泉総理から直接「これからすさまじい戦いになる。大臣として閣内に入り一緒に戦ってくれ」と大臣就任の要請を受け、経済財政政策担当大臣に就任し、小泉内閣が退陣するまでの5年半の間、内閣を支え続けますが、「閣僚として学んだ最大のこと、そして読者に伝えたい最大のポイント」として、「日本を改革するのは容易なことではない」ことであると語っています。
第1章「小泉内閣という"奇跡"」では、「失われた十年を解消し経済の再生を果たすには、経済政策を根本的に変える必要」があり、それが「構造改革」に他ならず、これを行えるのは、「奇跡の総理をおいてほかなかった」と述べています。著者は、本書で、小泉内閣以前にも大臣就任の要請を辞退したことがあることを語っていますが、小泉氏からの要請に対しては、「これは奇跡の総理だ。その総理が全力で戦いを挑み、日本を変えようとしている。そんな時、もし自分にできることがあるなら、自分も逃げることなくはせ参じなければならないのではないか」という思いで引き受けたと述べています。
著者は、2001年4月に経済財政政策担当大臣となり、翌年9月の内閣改造で金融担当大臣の「兼務」を命じられています。著者は、不良債権問題の責任者として銀行改革に取り組むにあたり、その本質を、O・ラモントやO・ハートらの論文等によって知られていた「デット・オーバーハング」の問題、すなわち、「もはや返済できないような過剰な借入れを企業が背負ってしまうと、経済全体が大変な停滞状況になること」であると認識していたことを語っています。そして、銀行が社会全体の「決済システム」を担っている点を強調し、「政府は銀行のために公的資金を使うのではなく、決済システムという社会インフラを守るために資金を使う」のだと主張しています。
第2章「金融改革の真実――"不良債権"という重荷」では、2002年9月30日に金融担当大臣を命じられ、10月10日には株価が8100円を割り込むところまで下げ、マスコミが「竹中ショック」だと報じ始めた際に、総理が著者を官邸に呼び、「何にも動じる必要はない。王道を歩んでくれ!」と語ったことに対し、「この総理の下であれば、どんな抵抗があっても不良債権処理を必ずやり遂げられる」と確信したことを語っています。
また、「金融再生プログラム」の大枠を固める中で、「大手銀行の不良債権比率(前貸出しに対する不良債権の比率、当時は8.4%)を二年半で半減させる」という思い切った数値目標を設定するに当たり、
(1)銀行の資産査定の厳格化
(2)自己資本の充実
(3)銀行のガバナンス改革
の3点の基本認識が重要であったと述べています。そして、10月30日に発表した「金融再生プログラム」について、
・試算査定強化(DCFなど)
・資産査定の統一(横串)
・自己査定と検査結果の格差公表
・公的資金の活用
・繰り延べ税金資産への対応
・経営健全化計画の厳格なレビュー
の6つの骨格のうち、「繰り延べ税金資産の扱いは引き続き検討することになったが、あとの5つは完全に当初案の通りとなった」として「五勝一分」であると述べています。
さらに、「大臣生活の5年半を通じて、私は常に批判に晒され、いわば針の筵の上にいた」という著者が、「最も痛いと感じた針の筵」として、2003年2月7日の閣議後の会見の中で、ETF(株価指数連動型上場投資信託)投資について、「つい『儲かります』という表現を使った」ために、国会が紛糾し、「いつ辞めても構わない」という開き直った気持で仕事を続けていた著者が、「正直なところこのときだけは、『何としても切り抜けなければならない』『ここで辞めるわけには絶対にいかない』という気持だった」と語っています。
銀行改革の山場である、りそな銀行問題に関しては、2003年5月6日の深夜、岸博幸政務秘書官から「合併したばかりのりそな銀行で、監査法人が繰り延べ税金資産の認定で厳しい意見を示しており、場合によっては自己資本が必要レベル(4%)を下回る可能性が出てきた」という「とんでもない情報」を入手したことから始まり、これに対して著者は、「隠さない」「原則を曲げない」「ルール通りにやる」の3つの原則で対応することを事務方に徹底したと述べています。
著者は、金融担当大臣として不良債権処理に取り組んだ2年間の経験を踏まえた教訓として、
(1)政策については細部を官僚に任せることなくしっかりと制度設計をしなければ成果は挙げられない。
(2)無謬性にこだわる官僚マインドが、いかに改革を阻む岩盤になっているか。
(3)日本ではいまだに過去の政策と行政の総括が十分に行われていない。
の3点を挙げています。
第3章「郵政民営化の真実――改革本丸の攻防」では、郵政民営化への改革を進める上での最大の分岐点の一つに「総理直轄で進める」という2003年6月の総理判断を挙げています。
また、著者がスタッフと一緒に気分転換をかねて三田の慶応義塾キャンパスを訪れ、その場で一気に「郵政民営化に関する『五つの原則』」として、
(1)活性化の原則
(2)整合性の原則
(3)利便性の原則
(4)資源活用の原則
(5)雇用配慮の原則
の5点を一気に取りまとめたことを述べています。
また、郵政民営化に当たっても、「不良債権のときの竹中チームのような作業部隊を改めて作って、その案を経済財政諮問会議に小出しにしていく」という方法でなければ、とても具体的な改革案に行き着かないと判断し、平日の夜9時以降か週末に、著者と秘書官、郵政改革を担う志ある官僚、経済・財政の専門家からなる「ゲリラ部隊」を編成、徹底した議論を踏まえ、民営化の基本方針には確保しなければならない「ボトムライン」として、
(1)郵政のそれぞれの事業(郵便、銀行、保険など)が自立すること、そのために分社化が必要だという点。
(2)民営化され分社化された各事業会社には、他の民間企業と同じ法律を厳格に適用するという点。
(3)経営の自由とイコールフッティング(対等な競争)をうまくバランスさせるための仕組みを作ること。
の3点を明確に認識したことを述べています。
さらに、2004年6月16日の国会閉幕日に、総理から、「改革のことを一番わかっている竹中さんが立候補し、選挙でそのことを国民に説明してほしい」と要請を受け、参院選出馬が決まり、6月24日の公示日までにポスターもビラも間に合わない状況の中で、72万2千票を獲得し、自民党のトップ当選を果たしたことを語って慰安す。
そして、2004年9月27日の内閣改造では、郵政民営化担当大臣を命じられ、
(1)基本方針に忠実に「制度設計」を行い、さらにそれを「法律案」にすること。
(2)国民に対する説明責任を果たすこと。
(3)基本方針を決定する過程で出された反論を受けて、十分な対応を準備しておくこと。
の3点に取り掛からなければならなかったと述べています。著者は、全国21ヵ所を回るTVキャラバンの合間に、準備室の主要メンバーと「基本方針に完全に忠実な制度設計、またそれを具現化した厳格な法案」の作成に携わり、「大臣が法案作成にこれだけ直接かつ詳細に関わったのは前代未聞」であり、「通常は、官僚任せの仕事」であると述べ、「戦略は細部に宿る」のであり、「後に民営化法案をめぐって記録的長時間の国会審議を行うことになるが、その厳しい質問に耐えられたのも、私自身が法案作りに直接勝つ詳細に係わっていたから」だと述べています。
また、法案をめぐる郵政ファミリーとの議論の中で、焦点となると考えていた点として、
(1)銀行と保険会社を「特殊会社」にせず商法の一般会社にするという点
(2)銀行・保険の株式について、持ち株会社はそれらを完全に処分し「民有民営」を実現させること
(3)準備のための会社をできるだけ早期に設立すること
の3点を挙げています。
さらに、2005年4月3日の総理判断の翌4月4日には、郵政民営化法案に関する基本事項を確認する会議終了後、「参加者の一人」が著者の耳元で、「いつか仕返ししてやる」と耳元で囁かれ、その翌日にはある大物議員から「「竹中さん、あんたすべて思い通りで満足かもしれないけど、気をつけろ。どんでん返しがあるかもよ」と言われたことを明らかにし、「政治の世界にも、人間の品性というものが求められるはずだ。私は、この両氏の言葉を決して忘れまいと思った」と語っています。
5月27日からの特別委員会での質疑では、民営化に対する批判及び議論の対立点として、
(1)民営化すれば郵便局の数が大幅に減少する、とくに過疎地において郵便局のサービスが維持されない。
(2)分社化の結果として「郵便局の窓口で金融(貯金・保険)サービスが受けられなくなる」という指摘。
(3)民営化後の銀行などを中心に、十分な収益を上げることができないのではないか。
(4)郵政は現状のままで何が悪いのか、何も国民に迷惑をかけていないではないか。
の4点があったことが語られています。
郵政民営化法案は、2005年8月8日に参議院において否決され、総理は、「民営化法案が否決されたが、郵政民営化を本当にしなくていいのか、国民に聞いてみたい。国民が反対なら、私は退陣する」と「歴史に残る演説」を行い、このとき著者は、「実のところ、否決されて総選挙になることも悪くないという本音を持っていた。郵政民営化のような明白な政策すら実現できなければ、その後に控えているさらに厳しい改革を行うことなど絶対にできない。そうであるなら、一気に国民に信を問うのは意味のあることである。これまで、大臣という守りの立場にあって言いたいことも言えずにひたすら我慢してきたが、これでようやく攻めの姿勢になれる。その意味で4年間待った瞬間がついに来たのだ。せめてせめて、絶対に勝ちにいく。私は心の底からそう思った」と語っています。
第4章「経済財政諮問会議の真実――政策プロセスはどう変わったか」では、小泉内閣発足後の2週間後、著者が経済財政諮問会議の性格と機能を「根本的に変えること」を狙いに一枚のメモを自ら作成したことについて、「永田町・霞が関では、大臣が自分でパソコンを打ってメモを作ることはほとんど考えられないことだった」が、「大学教授から閣僚に就任したばかりの私にとっては、ごく自然なことだった」と語っています。
著者は、諮問会議を、「マクロ経済政策の実践的な議論をする場であるとともに、構造改革の司令塔としての機能を果たし、日本における『政策の決定プロセス』を大きく改革する原動力となった」と評しています。そして、諮問会議の大きな利点として、
・総理が議長であること
・運営は経済財政担当大臣の私が行えること
・信頼できる4人の民間議員が入っており彼らと力を合わせることができること
・諮問会議の議事録が会議3日後に公開される(つまりオープンな議論ができる)こと
の4点を挙げています。
また、諮問会議の立ち上げに当たって得た教訓として、
(1)この国を帰るのは並大抵のことではない。世界的に見て普通のことが本当にこの国では容易に通用しない。
(2)諮問会議で民間議員が共同して声を揃えれば、それは事態を動かす力になる。
の2点を挙げ、「この二つの教訓を生かして、経済財政諮問会議を運営していこうと決意した」と述べています。
さらに、最初の骨太方針作成において、経済財政諮問会議をうまく運営すれば、
・議長として総理がリーダーシップを発揮する
・政治利害から独立した民間議員の提案という形で政策をリードする
・議事録の速やかな公開を前提に国民の前でオープンな議論をする
という利点を発揮することができたことを述べています。
この他、総務大臣として、「国と地方がもたれ合う複雑怪奇な仕組み」である地方財政改革に取り組んだ著者が、これを根本的に変えるために、
(1)国と地方の役割分担を明確にするための「分権一括法」を制定すること
(2)交付税の配分を、面積や人口などわかりやすい客観基準に基づいて行うこと(新型交付税)
(3)地方行革の新指針を作ること
(4)不交付団体を画期的に(例えば人口一定規模以上の都市の半分に)増やすこと。またそのための税源移譲を行うこと
(5)自治体の責任を明確化するために再生型の破綻法制を制定すること
(6)地方債の自由化を進めること
の6つの政策パッケージを進めた
ことを語っています。
終章「日本経済二つの道」では、日本が、「改革によって潜在成長率を高める重要なチャンスに直面している」と述べたうえで、経済政策を決定しそれを実施するに至るまでのプロセスとして、
(1)政策に関するアジェンダ設定を行うこと
(2)政策の方向性ないしは基本方針を、リーダーを中心にしっかりと決めること
(3)基本的な方針に則って制度設計をきちんと行ない、必要な仕組みを作ること
(4)民主主義のプロセスを踏まえた合意形成
の4点を挙げています。
さらに、改革の必要条件として、
・まず改革マインドをもった政治リーダーが存在し
・それを細部まで踏まえて支える、リーダーと一心同体のスタッフが存在し
・さらに民主主義のプロセスとしてそれを支持する国民が存在する
の3点を掲げています。
そして、「日本の民主主義のインフラとして、政策専門家が育っていくことが不可欠であると強く認識するようになった」と述べ、「こうした専門家が、民間部門から政府の政策をしっかりウォッチし、国民に伝えるという機能を果たしていかねばならない。専門家による健全なポリシー・ウォッチが機能する社会にしなければならない」と語っています。
本書は、当事者の一方的な視点であるとはいえ、小泉政権の総括としても、また政策決定プロセスの研究者による観察としても、価値ある一冊です。
■ 個人的な視点から
竹中氏が大臣に就任されている間、「スーパー公務員塾」という企画があり、主に入省数年の若手キャリア官僚の勉強会の発表会に大臣自ら2日間足を運ばれて発表を聞き、コメントをされていました。
プレゼン自体は、まだまだ経験の浅さが目立つものもありましたが、そういったものに対して、鋭い指摘と建設的な意見を出されていたことが印象的でした。
■ どんな人にオススメ?
・小泉内閣の「実効舞台」の舞台裏を覗いてみたい人。
■ 関連しそうな本
飯島 勲 『小泉官邸秘録』
大嶽 秀夫 『小泉純一郎 ポピュリズムの研究―その戦略と手法』 2007年06月19日
信田 智人 『官邸の権力』 2007年06月22日
大嶽 秀夫 『日本型ポピュリズム―政治への期待と幻滅』 2007年05月29日
読売新聞政治部 『自民党を壊した男小泉政権1500日の真実』 2006年03月14日
竹中 治堅 『首相支配-日本政治の変貌』 2006年12月26日
■ 百夜百マンガ
『あさりちゃん』に比べて印象が薄く、『おはよう!スパンク』と混同されやすい作品ですが、今読むと懐かしいこと間違いない人がたくさんいることと思います。
投稿者 tozaki : 2007年11月05日 06:00
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