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2007年11月07日

選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層

■ 書籍情報

選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層   【選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層】(#1021)

  杉本 仁
  価格: ¥2310 (税込)
  梟社(2007/03)

 本書は、著者の故郷である「山梨県を舞台に行なわれてきた『選挙』の実態を浮き彫りにし、その社会的実装を描きあげていく」ものであり、著者は、「『選挙』ほど、とりわけ甲州において、民俗の深層を反映するものはない」、「『選挙』が、私たちの社会のなりたちとしくみ、生活の営みそのもの、言い換えれば『民俗』ということだが、それに深く規定されているところからくるのではないか」と述べています。
 第1章「ムラ祭りとしての選挙」では、ムラの選挙において、候補者選びが難航することも少なくなく、その時に「ムラの体面」が浮上するとして、「自分のムラから神輿(候補者)を出さないとなると、外部(よそ者)の候補者に『シマ荒らし』をされ、ムラは『草刈り場』『秣場(まぐさば)』と化し、統一や団結が希薄になる。長老や顔役には面目もあり、村を蹂躙され、荒らされるまま、指をくわえているわけにはいかない。そんなことをしたら『お前のムラでは選挙も打てないのか』と外部から嘲笑を浴びることになる。面子にかけてもタマ(候補者)の擁立が不可欠で、躍起になる」と述べています。
 また、候補者とその家族が、「ムラ人の無理難題を票のために呑み込み、黙って頭を下げ我慢する」様子を、「ムラの掟を逸脱した家や無謀な蓄財をした家に、祭りのおり神の名の下に神輿を担ぎ込んだり、寄付を強請する嫌がらせと類似している」と述べ、「候補者も議員になるためには、せんきょという荒縄で縛られ、世論の批判を浴び、金を強要され、脅迫され、時には恫喝され、はじめて『お羽織』をきることができる」と解説しています。
 さらに、選挙の必需品である酒に関して、「戦後しばらくは、村人には毎日、酒を飲むという慣習が」なく、「酒はハレの日の飲み物」であり、祭りや葬式のときに振舞われるものであったが、「その飲み物が、選挙ではタダで振舞われたのである」、「ムラ人は、この時とばかりに振舞い酒を飲み、泥酔した。選挙村(=選挙銀座)には酔っ払いが横行し、とぐろを巻き、事務所の責任者などにくってかかる光景があちこちで見られた」と述べています。そして、戦後の物資不足の時には酒の調達は深刻で、1951年4月の統一地方選挙では、町長候補者が自宅で選挙用の酒を密造する事件が起きていることを紹介しています。
 候補者が「ゲン」を担いで、「万事に凶である仏滅や縁起の悪い数などを忌避する傾向が強い」ことに関しては、1951年の統一地方選挙の告示日の4月3日が仏滅であり、翌日は、四(シ)が二つ続く4月4日であったので、「ゲンを担ぐ候補者は、届出を2日も延期した」と述べられています。
 また、「外からムラに入ってきた者が、ムラに定住し、そのムラの構成員になること」である「ムラ入り」に関して、甲州の古語で「イセキ」と呼ばれる(婿)養子が、「ムラの実質的構成員として名実ともに一人前として認知されるための近道」として、「村人の手荒い『暴れ神輿』に乗り、撒銭・散財する選挙こそ、実質的なムラ入りにふさわしいものであった」と述べています。
 さらに、投票日の2、3日前からは、「シマ荒らし」に備え「ムラに臨戦態勢が敷かれる」として、「ムラ入口では古タイヤが燃され、ムラ内に入る選挙ブローカーなど不審者の侵入排除・追跡が始まる。時には道路上に障害物を築き、気勢を上げることもあった」と述べ、その場所が、「多くが道切りやドンド焼が行われる場所」である点が興味深いとしています。
 選挙当日の「狩りだし」については、「運動員が投票所近くに待機しながら、支持者が投票を済ましていない場合には、自宅や職場に呼びに出かけ、投票所まで運搬すること」と解説し、1951年4月の知事選では、笹子村(現大月市)で投票率100%という「偉業」が達成されたことを紹介し、この背景に、「病人はリヤカー、年寄りは背負って投票所まで運ぶ『狩りだし』があった」と述べ、「こうなると棄権などできない。村人の相互監視態勢下での投票行為となる」と解説しています。そして、「村の存在感を示すのに、選挙はまたとないチャンスであった。観光業などが興隆する高度成長期以前の僻村にあって、高い投票率は村の威信がかかった格好のメルクマールだったので」、「僻地といわれた村ほど選挙には熱心であった」と述べています。また、1968年3月3日には、南都留郡勝山村で98.3%の高い投票率とともに、そのうち3分の2が不在者投票であったという事態が起こり、これは、1947年5月の参院選で投票率30%台という不名誉な記録を作ってしまったことで村関係者が不在者投票の積極的な宣伝をしていたこと、熾烈な村長選で「二人の候補者からの度重なる買収・供応などの『攻撃』が加わり、ムラ人はいたたまれなくなり、自らの投票を繰り上げ、不在者投票にでかけた」からであると解説しています。
 第2章「ムラの選挙装置と民俗」では、「立候補には、ムラ(地域)推薦のほか同族団の推薦が不可欠になる」と述べ、これを象徴するかのように、「選挙シンルイ」なる言葉が存在し、「弱小な同族団では独自の候補者を立てても、基礎票が少なく、当選はおぼつかない」ため、「一定程度の基礎票を確保するために、同族団同士が選挙協力のために合従連行する」と解説しています。
 また、「親分子分慣行」に関して、「名づけもオヤブンの仕事の一つ」であり、「ムラにおいては、子どもの名前は寺の住職やオオヤの当主、ないしオヤブンが付けることが多かった」と述べ、「個人の名前は、単なる記号でなく、その人間の成長をリードし、その存在の社会的な意味づけにも資するもので、その人間の人格の証となることが多い」と解説しています。
 さらに、「山梨文化」と言われるほど、山梨県内に定着している社会現象である「無尽」に関して、「選挙と切り離しては語れない」と述べ、「政党は無尽の集票機能に着目し、候補者は無尽を巧妙に活用してきた」として、1951年4月の県議選で、「『無尽』名義で有権者を集め、酒宴を開き、投票依頼を行なった」事件を取り上げています。また、「無尽と選挙活動を候補者側から効果的に結びつけた最初の人」として、甲府市長を務めた河口親賀が「無尽市長」と呼ばれ、支持者を「河口宗」と呼んだことを紹介しています。
 甲州では、香典を差し出すことを「ギリハリ(義理張り)」や「ジンギ(仁義)を切る」と少子、「ギリハリやジンギを忘れたら『人ではない』といわれかねない。ギリハリを忘れたらエンギリとなる」ため、「新聞の『お悔やみ欄』が充実しているのも山梨県の特徴である」と解説し、「悲しいかな、高齢者の一日は、ここに目を通すことからはじまるといわれている」と述べています。そして、全国的にも珍しい8期32年間連続当選を果たした山梨市長の古屋俊一郎が、「市民の悲しみは市長の悲しみでもある」をモットーに、「市長室に絶えず喪服を用意し、市民の葬儀に足しげく通い、オトボレー市長とまで呼ばれた」ことを紹介しています。
 第3章「ムラの精神風土と金丸信」では、「ムラの民俗を利用・活性化した金丸信という『大物政治家』の政治手法や行動を対象にして、彼の在所であるムラとは何かを問い、そのムラを規定している民俗の意味を再度検証する」としています。
 そして、「ムラの民俗やその装置を収奪し、その機能を遺憾なく活用しているのが、後援会組織である」と述べるとともに、甲州人の気質として、朝日新聞記者であった山下靖典が、「山梨県人の特質を無尽や親分子分慣行の思考や集団様式の中から析出し、『割拠性―群猿性―親分子分―「小村」性』が甲州人―山梨県人の間に、時代によって表現形態は変化したものの、持続・継承されてきた」と見なし、「縄張り意識・排他的集団性・主従追従性・閉鎖的傾向の強い県民」であると指摘したことを紹介しています。
 また、金丸の武勇伝として、裏選対として選挙違反容疑で警察の取調べを受けた際に、「取調官がちょっと席を外したすきに証拠書類をヤカンの水で飲み込んでしまった」エピソードを紹介し、これが武勇伝として広まったことで、代議士への道が近づいたと述べています。
 さらに、1993年の「政界再編」の第一歩が、「金丸が資金ではなく、『自らの首』を差し出すことで贖われたといえよう」と述べ、「それは、利益政治によって地歩を築きながら集積した資金で、逆に利益政治に立脚した『日本=ムラ的』政治体制の清算を図った金丸信の、自己否定ないしは『自虐的』な政治姿勢と見ることができよう。そう考えるならば金丸は、ただの金権政治家でなく、戦後日本に稀な器量の大きさを持った政治家(ステイツマン)」という評価にもつながると述べています。そして、「政治手法と民俗という観点に限定すれば、民の生活状態をお上に伝え、お上が施政する、その媒介を忠実に果たした政治家こそが金丸信であったとはいえる。『私心がない政治家』と自らがいうように、常民の保持してきた民俗をお上の政治に還流した真に誠実な政治家だったといえなくもないのである」と述べています。
 終章「政治風土と民俗のゆくえ」では、選挙運動において、「ムラ人の活躍する場は小さくなり、かつての賑わいは影をひそめた感もなくはない」が、「表面上は別にして、内実はほとんど変わっていないといえよう。相変わらず、民族と結びついた選挙が続いているのである」と述べ、政治と民族の関係が切断されることは、「ムラ人にとっては、生活意識と選挙を分断せよというに等しい」と述べています。
 著者は、そもそも民俗が、「明治新政府の権力によって、因習・陋習として排斥されたもの」であったことを挙げ、「その民俗が、百年も経たずして、ムラの政治家によって権力の中枢に持ち込まれ、増殖・再生し、その機能を十分に発揮した(している)わけである」と述べています。
 本書は、山梨県のムラの選挙を切り口に、日本の政治文化の深層部分を照らした一冊です。


■ 個人的な視点から

 亡くなった一昔前の政治家とは言え、いまだ県内では影響力の大きい政治家を扱ったことで、「お前は金丸信を評価しているのか」と飲み会の席などで突き上げを食うこともあったそうですが、著者は、「人間的に興味を抱かなければ研究対象に選ばなかったのは確かである」と語っています。


■ どんな人にオススメ?

・ムラの選挙のルーツを探りたい人。


■ 関連しそうな本

 村松 岐夫, 伊藤 光利 『地方議員の研究―日本的政治風土の主役たち』 2005年02月21日
 猪口 孝, 岩井 奉信 『「族議員」の研究―自民党政権を牛耳る主役たち』 2005年08月03日
 藤谷 治 『いなかのせんきょ』 2006年10月28日
 季武 嘉也 『選挙違反の歴史―ウラからみた日本の100年』 2007年10月02日
 井上 和子 『選挙裏物語―「当選確率80%」スゴ腕選挙コーディネーターが明かす選挙のすべて』 2007年10月30日
 高久 嶺之介 『近代日本の地域社会と名望家』 2007年06月15日


■ 百夜百マンガ

ザモモタロウ【ザモモタロウ 】

 「プロレス+歴史上の人物?」という組合せでジャンプのトーナメントバトルとも親和性が高い作品です。

投稿者 tozaki : 2007年11月07日 07:00

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