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2007年11月17日
天才の栄光と挫折―数学者列伝
■ 書籍情報
【天才の栄光と挫折―数学者列伝】(#1031)
藤原 正彦
価格: ¥1155 (税込)
新潮社(2002/05)
本書は、9人の数学者を生んだ、自然、歴史、民族、文化、風俗など「風土」から天才たちの人間像に迫り、「天才の峰が高ければ高いほど、谷底も深い」、「栄光が輝かしくあればあるほど、底知れぬ孤独や挫折や失意にみまわれている」ことを語っているものです。
第1章「神の声を求めた人 アイザック・ニュートン」では、1665年の夏、ペストの流行によってケンブリッジ大学が閉鎖されたため、仕方なく故郷のウールズソープ村に1年半あまり戻ったニュートンが、この間に、微積分法、万有引力の法則、光と色に関する理論という「三つの大理論の端緒を発見」したことを紹介し、このことをケインズが、「純粋志向に関してかつて人間に与えられた、最強の集中力と持続力」と評していると述べています。
また、「創造の人」であったニュートンが、ハレーの助けによって「独立した三分野、微積分学、力学、天文学のそれぞれにおける諸成果を、完全無欠な有機体として統一」した『プリンキピア』を出版した44歳で燃え尽きてしまい、後半生は「栄光の人」として生きたことをの兵衛治増す。
著者は、ニュートンにとって宇宙は、「尖塔を通さず直接に神の声を聞ける場」であり、「神が自ら造った宇宙だから、神の声がその仕組みの中に、美しい調和として在るに違いない」という強烈な先入観を持ち、「宇宙が数学の言葉で書かれている」という信念を持つことができたのではないかと述べています。
第2章「主君のため、己のため 関孝和」では、関の最重要業績を、「連立高次方程式の未知数消去から行列式(正確には終結識)を発見したこと」であり、「ライプニッツの行列式より内容的に高度で時期的にも早かった」と述べています。
著者は、「ふと、孝和が薄幸の人に思えた」と述べ、「算聖と崇拝されたのは死後三十年も経ってから」で、在世中はライバルに破れ失意の二十数年を送り、主君綱豊が6代将軍家宣になる晴れ姿を見る半年前に亡くなり、家庭的にはさらに不幸だったと語っています。
第3章「パリの混沌に燃ゆ エヴァリスト・ガロワ」では、数学に目覚めた少年ガロワが、「寝ても覚めても数学を考え続ける」ことになったため、教師たちは、「数学に対する狂気がこの少年をとりこにしている。学校では時間を浪費し、いたずらに教師を苦しめ、絶えず叱責を受けている」「独創的だが風変わりで議論好き」「我慢できぬほど独創的をよそおい、救いがたいほど自惚れている」と報告していることを紹介しています。
そして、ガロワが、「父親の自殺、二度の入試失敗、二度の論文紛失、そして退学と重なる不幸を、不公正な社会制度のせい」と考え始め、「共和主義から過激主義へと一気に進んで行く」姿を、「天才とは常に単純である。思い込みが激しい。美と調和への強烈な感受性と希求心を抱いていた青年ガロワにとって、ありとあらゆる不条理のうごめくこのみにくい世界が、ついに憤激の対象となった」と述べています。
第4章「アイルランドの情熱 ウィリアム・ハミルトン」では、若き日に相手の父親によって引き離された初恋の女性キャサリンを三十年間思い続けたハミルトンが、キャサリンの死の床を見舞い、「私の生涯をかけた仕事です」と言って『四元数講義』を捧げたことを紹介し、「会うことも手紙を書くこともままならぬまま、これほど長い年月、これほどの烈しさで人を想い続ける、というところにハミルトンの真骨頂がある」と述べ、「まさにこの強烈な情緒と執念をもって、彼は数学に立ち向かったのである」と評する一方、この「情緒と執念」が「最愛の人を失った傷を深いもの」にし、「晩年の彼はより一層アルコールへと傾斜していった」と述べています。
第5章「永遠の真理、一瞬の人生 ソーニャ・コワレフスカヤ」では、姉のアニュータがドストエフスキーの求婚を拒んだことを、ソーニャには理解できなかったが、「憧憬する姉のこの姿勢は、後になってそのままソーニャの基本姿勢となった」と述べています。
また、数学と文学という「一見異質な二つの世界」が、「ソーニャの心の中で、ごく自然に共存していた」として、「数学者は詩人でなくてはなりません」「私には数学と文学のどちらの傾向が強いのか終生決められませんでした」というソーニャの言葉を紹介しています。
著者は、ソーニャが、「際立った知性と美貌という天賦のものに恵まれながら、出会った恋愛のすべてが実を結ばなかった彼女を痛々しく感じた」と述べ、「すべては愛されなかった幼年時代にその因をたどれるかも知れないと思った」、多くの男性が、「彼女に魅了され、恋心まで抱いた」のは、「幼き日にできた胸の空洞を埋めるため、愛を異常なまでに渇望していたソーニャは、無意識のうちに」「男性を魅きつけようとふるまっていたのではないか」と語っています。
第6章「南インドの"魔術師" シュリニヴァーサ・ラマヌジャン」では、南インドの一事務員から送りつけられた手紙を、多くの数学者がそのまま送り返したなかで、「運命の人」ハーディが、「このインド人は狂人か天才のどちらかだ」と叫び、「これらの公式がインチキだとしたら、一体誰がそれを捏造するだけの想像力を持っているだろうか。この著者は本物に違いない。そんな信じがたい技術を有する泥棒やいかさま師の数よりは、偉大なる数学者の数の方が多いからである」と語ったことを紹介しています。
著者は、ラマヌジャンを、「われわれの百倍も頭がよい」という天才ではなく、「なぜそんな公式を思いついたのか見当がつかない」という天才であると評し、「ラマヌジャンの公式を見て私が感ずるのは、まず文句なしの感嘆であり、しばらくしてからの苛立ちである。なぜそのような真理に想到したかが理解できないと、その真理自体を理解した気に少なくとも私はなれないのである」と語っています。
第7章「国家を救った数学者 アラン・チューリング」では、「暗号解読におけるアラン・チューリングの才能は図抜けたものだった」として、「チューリングが一国を救い、世界史を変えたと言ってよいほどのものであった」と述べ、「多様で混沌とした現象の中から論理構造を見出し理解しようと、集中して考え続ける習性」である、数学的思考そのものが「誰も予想しなかったほど役立った」と解説しています。
そして、誰も仲のよい友達がいなかった15歳のアラン少年の前に現れた1歳年長のクリストファー・マルコムに、アランは心酔したが、ケンブリッジ大学のトリニティ・コレッジに入学したクリストファーが結核で亡くなると、「クリストファーが生きていればこう望むだろう、という生き方をすることを決意」し、「勉学に精を出し、生活や友人たちへの態度を改め、瞬く間に教官や下級生たちの人望を得るように」なったと述べています。
第8章「真善美に肉薄した異才 ヘルマン・ワイル」では、ワイルが、27歳にして、画期的な『リーマン面の概念』を著したことについて、「論理の鎖としての数学と言うより、その背後にある本質を、言葉によって伝えようとする、ワイル独特の情熱がほとばしっている」と評し、「27歳の青年が、このような仕事を成し遂げるのは、ワイルの天才の他に、当時のゲッティンゲンに渦巻いていた、独特の熱気のせいもあるのだろう」と述べています。
第9章「超難問、三世紀半の激闘 アンドリュー・ワイルズ」では、1452年にビザンチン帝国が滅び、帝国の学者たちが西方に持ち出したディアフォントスの『算術』がラテン語に翻訳され、17世紀前半にその訳書の余白にフランスに住む法律家のピーエル・ドーフェルマーが、「余はこの命題の真に驚くべき証明を発見したが、この余白はそれを書くには狭すぎる」という謎の言葉を残したことから、「後世の人々、幾多の名高い数学者から素人までが、この命題の解決に挑んだが、一向に謎は解けなかった」ことを解説しています。
そして、少年時代にフェルマー予想と出会って以来、この問題を解決するという「少年の夢」に取り付かれたワイルズが、「予想の証明に必要な議論の9割を自分が完成しても、最後の1割を片付けた人がフェルマー予想解決の栄冠を得る」という悪夢を避けるため、「自分がその仕事に取り組んでいることを、プリンストン大学の同僚を含め誰にも漏らさない」という秘密主義をとることを決断したと述べています。
ワイルズは、1993年6月23日からケンブリッジのニュートン研究所で3日間にわたり「モジュラー形式、楕円曲線、ガロワ表現」と題した研究集会の講義を行い、2日目が終わると、参加者の間に「もしかしたら」との噂が飛び、「3日目はすしづめの講演会場には入れない人々が、通路から背伸びしてのぞきこむという状態」で、「20世紀最大の数学的事件を目撃したい」と考えた人が押し寄せたと述べています。
しかし、ワイルズの論文に対する査読の過程で1箇所だけ誤りが発見され、それから約1年間の苦悩が続きましたが、1994年9月19日、「突然、まったく不意に信じがたい閃きに打たれ」、「岩澤理論」と組み合わせるとうまくいくことに気づきます。ワイルズはこの閃きの瞬間を、「形容できない、美しい瞬間でした。とても単純でとても優雅で。なぜそれまでに気づかなかったのか自分でも分からず、20分間ほどじっと見つめていました。それから数学教室を歩き回っては机に戻るということを繰り返し、アイデアがそこにまだあることを確かめていました。とても興奮していました」と語っています。
本書は、数学、そして数学者は、頭の固い小難しい人たちのものというイメージを持っている多くの人に、数学と数学者の人間臭さを教えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
著者自身が数学者ということと、両親から受け継いだ文才の両方を持ち合わせていたことが、本書を楽しく読める一冊にしています。海外の科学者の中には非常に文才を兼ね備えた人がいますが、国内ではなかなか例が少ないのではないかと思います。
■ どんな人にオススメ?
・数学者は特殊な人たちだと思っている人。
■ 関連しそうな本
藤原 正彦 『心は孤独な数学者』
E.T. ベル (著), 田中 勇 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳) 『数学をつくった人びと』 2007年07月16日
シルヴィア ナサー (著), 塩川 優 (翻訳) 『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』 2006年11月20日
E・T・ベル (著), 河野 繁雄 (翻訳) 『数学は科学の女王にして奴隷』 2006年09月18日
チャールズ サイフェ (著), 林 大 (翻訳) 『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』 2005年11月20日
サイモン シン 『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 2006年09月02日
■ 百夜百音
【FINAL LEGEND】 Johnny オリジナル盤発売: 2003
テレビドラマ「茜さんのお弁当」の主題歌でヒットした「ジェームス・ディーンのように」ですが、当時小学生だった私には、「ジミー」と省略されてしまうと何のことだかわかりませんでした。
投稿者 tozaki : 2007年11月17日 21:00
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