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2007年11月18日
江戸のファーストフード―町人の食卓、将軍の食卓
■ 書籍情報
【江戸のファーストフード―町人の食卓、将軍の食卓】(#1032)
大久保 洋子
価格: ¥1680 (税込)
講談社(1998/01)
本書は、「てんぷら」「にぎりずし」「そば」「鰻の蒲焼」など、屋台で売られた江戸庶民のファーストフードについて解説したものです。
第1章「江戸のファーストフードのにぎわい」では、江戸庶民の味「ファーストフード」が、「せっかちで粋な江戸下町の町人が、自分たちの中から工夫して生み出した食べ物」であると述べています。
「てんぷら」については、現在でも火事の原因の第1位である天ぷら油が、江戸でも火事の原因となるのを恐れて、家の中での営業を禁止されていたことを解説しています。
また、「すし」については、そのルーツは東南アジア起源と言われる「なれずし」であり、江戸時代前半は、室町以来の「生なれずし」であったが、「それまで早くても2~3日かけていた押しずし」を、飯に酢を混ぜてしまう「はやずし」が考案され、さらに、「箱に詰めて押す時間も待っておられず、さらにはやく」ということで、1820年前後に、「酢で調味した飯に、味付けした江戸前の魚をのせてにぎる」、「にぎりずし」が誕生したことを解説しています。
「そば」については、「醤油やかつお節の発達により、汁物としての食べ物の中で特に人気を呼び、店構えから立ち売りまで、さまざまな形で江戸の人々に育まれていった」と解説しています。
「鰻の蒲焼」については、「江戸前」といえば蒲焼のことでもあり、「各地でとれる鰻のなかでも、江戸湾のものは最高であると自慢したものである」と述べています。
第2章「江戸の味の誕生」では、江戸中期以降、江戸の人口は100万人の大台に乗り、ロンドンの70万人をしのぐ世界の大都市であり、大名や武士の住居地が60~70%を占め、寺社地が15%で、50余万人の町人は残りの20%前後の土地に住んでいたと述べています。
そして、江戸には公共的な明地として「会所地、河岸端、広小路、火除地」などがあり、「人々は目ざとく葦簾などで囲いを作って簡単な商売を始め、そこに人が集まってすなわち盛り場となっていた」と述べています。
また、江戸の代表的な庶民が口にできる食べ物として、
・てんぷら
・二八そば
・にぎりずし
・鰻の蒲焼
・柳川鍋
・ようかん
・初鰹
・奈良茶飯
・佃煮
・浅草のり
の10点を挙げています。
さらに、当時「大川」といわれていた隅田川が、「白魚がとれたというからきわめて水質のよい川であったことがわかる」と述べ、「日本の大密集地を流れる隅田川がきれいであった理由は、排泄物をリサイクルしていたからにほかならない」と解説し、長屋の共同トイレの糞尿は大家のものとされ、それを農家に売った代金は、「大家が長屋の持主からもらう給金より多いくらい」であり、「大家は正月になると、その糞尿代金の一部でモチをつき、店子に配った」ことを紹介しています。
第3章「将軍の食卓、町人の食卓」では、将軍の厨房では扱えない食品が決まっていて、「町人などに比べてしきたりや禁忌が厳しく、食膳に上がらないものも多かった」反面、「全国の大名から特産物を送られ、長崎出島に許可された外国人とも交流があった関係で、海外事情にも通じ、珍しい食品を見たり、食したりするチャンスもあった」と述べています。そして、てんぷら、油揚げ、納豆は禁止であったが、兎は「一羽」と数えるため鳥類に入っていて食べてよい食材であったことを解説しています。
一般の武士の食事についても、「武士階級は江戸時代には諸礼式などのしきたりに束縛されていたため、時代をどんどん先取りしていくようなたくましい庶民からは取り残され、格式ばかりを重んじていた面があった」と述べています。
第4章「江戸グルメブーム」では、宝暦や明和の頃に高給な料理茶屋が繁盛し、金持ちの商人等が豪遊したため、「この頃から、随筆や評判記などを通じて、『通』とか『粋』などという言葉が料理の分野に持ち込まれた」と述べています。
また、初鰹への熱狂について、文久9年3月25日17本の初鰹に、「1本2両1分から3両という値がついた」ことを紹介し、「うち6本は将軍家へ、8本は魚屋が仕入れ、3本を料理屋として名を馳せた八百善が買った。そして魚屋から1本を役者の中村歌右衛門が3両(現在の10万円ほど)で買った」と述べています。
第5章「究極の料理屋、八百善」では、1657年の明暦の大火の復興の中で、もともと、「奈良地方の茶粥」を指す「奈良茶飯屋」ができ、「飯と汁と菜がセットになった食事の外食店の始まり」であると述べています。
第6章「日本料理の完成」では、日本の料理様式が、
(1)上流社会の貴族や大名の食事様式で、奈良町の時代からの伝統をもとに鎌倉時代の式正料理の流れを組んで本膳料理へとつながっていったもの。
(2)茶道を中心に発達してきた、懐石料理と酒宴料理の会席料理。
(3)精進料理、普茶料理。
の3つの流れとなって成長したことを解説しています。
また、卓袱料理屋南蛮料理の例を挙げ、江戸が、「京坂や長崎などいくつかの大都市が独自に発展させた料理の情報も、参勤交代などで交流が頻繁だったことにより、確実に収集される仕組みになっていた」と解説しています。
著者は、「エピローグ」で、「本書で扱った江戸でのさまざまな現象は、第二次大戦後の復興とバブル期を通過した今日の日本に多くの共通項があるような気がする」と語っています。
本書は、現在では当たり前に食べている、天ぷらや蕎麦、寿司などの誕生にまつわる、江戸の町人のバイタリティを伝えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
今となっては、老舗の、天ぷら、寿司、蕎麦、鰻のお店は敷居がすっかり高くなっていますが、元々は気楽に食べられる屋台のお店だったと思えば気後れする必要もないのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・江戸時代の庶民の「食」を体験してみたい人。
■ 関連しそうな本
大久保 洋子 『江戸っ子は何を食べていたか』
武光 誠 『食の変遷から日本の歴史を読む方法―戦乱が食を変え、食文化が時代を動かした…』
中江 克己 『お江戸の武士の意外な生活事情―衣食住から趣味・仕事まで』
青木 直己 『幕末単身赴任 下級武士の食日記』
原田 信男 『江戸の料理と食生活―ビジュアル日本生活史』
中江 克己 『お江戸の意外な生活事情―衣食住から商売・教育・遊びまで』
■ 百夜百音
【踊れる歌える山本リンダ】 山本リンダ オリジナル盤発売: 1991
米米クラブがカバーしていた方が印象に残ってしまったりしていますが、当時としては画期的だったようです。
投稿者 tozaki : 2007年11月18日 22:00
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