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2007年11月23日

ラーメンの誕生

■ 書籍情報

ラーメンの誕生   【ラーメンの誕生】(#1037)

  岡田 哲
  価格: ¥756 (税込)
  筑摩書房(2002/01)

 本書は、「ラーメンが誕生し、人気者(国民食)となり、国際食になるまでの、ラーメンの魅力を縦糸に、その不思議さを横糸にしながら、私たち日本人の食の考え方の一端について、いささかの模索を試みようとするもの」です。著者は、「これほどまでに、数々の不思議な足跡を辿りながら、しかも、庶民的な魅力に満ち溢れた食べ物は、ほかに類例を見ないであろう」と語りっています。そして、ラーメンの不思議として、
(1)ラーメンのような麺料理が、日本にはなかなか現れてこなかったこと。
(2)第二次世界大戦の後で、大陸からの引揚者などにより、中国の餃子や麺料理が再度もたらされると、あっという間に日本全国に浸透し普及したこと。
(3)今日では、世界中で食べられていること。
の3点を挙げています。
 第1章「中国めん料理の発達小史」では、「ラーメンを構成する素材群の中で、めんの打ち方は中国より学び、スープやトッピングによる食べ方は、日本人自身の創作により、今日の和食めん料理の形態を築き上げた」と述べ、「めん食文化の発展を、めんの打ち方と、めんの食べ方に区分して、中国と日本を比較していくと、その延長線上のはるか彼方に、日本のラーメンの姿が、蜃気楼のように浮かび上がってくる」と述べています。
 また、広大な中国の南部と北部では、めん料理の食べ方が異なり、
・北方のめんは太く、スープは醤油仕立てで味は濃い。丼は大きく、めんの量も多い。
・南方のめんは細い。小椀に盛られ、味付けは塩味がベースである。
と対比し、「これらの情報が、個々に日本の各地に伝えられ、その後、渾然一体となり同化されている。ご当地ラーメンの異なる発祥を知る上で、これらの要因はきわめて重要である」と述べています。
 第2章「日本のめん食文化の歩み」では、めんの技術伝来に、「歴史的に見て二つの大きな節目がある」として、
(1)奈良から平安前期に書けての唐菓子の伝来であり、これが日本のめんの出発点になった。
(2)鎌倉から室町期にかけての技術の再伝来であり、こちらを受けて、そうめん、うどん、そばが順に完成されている。
の2点を挙げています。
 また、うどんの食べ方の変遷を追い、「醤油味に合う食べ方を、しきりに探り出している」と述べ、「糊食の大好きな日本人の間に、めんの食べ方としての醤油の利用は、急速に普及していく」ことを指摘しています。
 第3章「ラーメンへの芽生え」では、明治維新後、来日した中国人料理人によってもたらされためん料理が、大正時代のシナ料理ブームによって、油料理や豚肉料理を受け入れる素地を与えられ、「庶民は、シナそばの魅力に引き寄せられて」いったと述べています。しかし、この過程には、大きなハードルとして、
(1)肉食の忌避
(2)油料理の忌避
(3)かん水の入手
の3つを飛び越えることが必須条件であった、と述べています。
 また、ラーメンの芽生えとして、日清修好条約によって、横浜の山下町界隈に2000人を超える華僑の居留地ができ、ここに「柳麺(リュウミエン)」の屋台ができたことを紹介しています。そして、明治43年になると、横浜の南京街から浅草の「来々軒」に来た広東省の料理人が、日本人好みのめん料理の開発に取り組み、「トンコツにトリガラを加えて、コクはあるが、あっさりしたスープを考案し、塩味から関東の濃口醤油の味にして、従来の刻みネギだけに、シナチク・チャーシュー・ネギを加える」1杯10銭の「シナそば」を開発したことを紹介しています。
 さらに、札幌で、ロシア革命で追われた山東省出身の料理人がつくる「肉絲麺(ロースーミエン)」が好評になり、物珍しさから集まった日本人客から「チャンコロそば」と呼ばれたことに心を痛めた店主が、料理人が注文を受ける際に叫ぶ「好了(ハオラー)」という言葉から「ラー麺」という呼び名を思いついたことから、札幌では、「いち早くラーメンと呼び名を変える」と述べています。
 著者は、ラーメンへの芽生えについて、ラーメン誕生前に、「シナうどん・南京そば・チャンポン・皿うどん・シナそばが横浜・長崎・東京・喜多方・札幌などの全国各地で、試行錯誤の中で考案されていく」と述べ、これらの共通点として、
(1)日本にやってきた中国の料理人により作られためん料理は、
(2)当初は、中国からの華僑や留学生相手のものであったが、
(3)この異国のめん料理に、日本人の客も興味を抱き始め、
(4)そして、日本人の嗜好にあっためん料理に、時間をかけながら変えていく。
の4点を指摘しています。
 第4章「料理書に見るラーメンへの変遷」では、日本のシナ料理の普及には、山田政平の果たした業績がきわめて大きい、として、大正15年から昭和22年までに出版された料理書において、
(1)シナそばの作り方
(2)かん水の導入
(3)多種多彩な中国めん料理の紹介
(4)戦後の中華そばの紹介
にまで及び、中国大陸での20年に及ぶ修業ののち、帰国後は、「プロの料理人の育成ではなく、素人にもわかるシナ料理の紹介に心血を注ぐ」と紹介しています。
 第5章「ラーメンの魅力を探る」では、第二次世界大戦後、「大陸からの引揚者がもたらした中国北部のめんのスタイルに、中国の各地のめん料理の特徴が混ざり合い、さらに、日本人の和食化への努力の繰り返しの結果が、今日のラーメンのルーツを形成している」と解説しています。
 そして、「ラーメン」の語源については、「拉麺(ラーミエン)」や「柳麺(リュウミエン)」辺りが、ラーメンの語源説に最も有力ではないかと述べています。
 また、かえしとだしを最後の段階で総合する日本そばのつゆの製法の特殊性を指摘し、「ラーメンが、中華風の和食めん料理であるといえる理由」であると述べています。
 第6章「日本が生んだ世界のラーメン」では、10年間、4時間睡眠で開発を続けて「チキンラーメン」を生み出した安藤百福が、ラーメンの開発目標として、
(1)おいしいこと。
(2)保存性
(3)便利性
(4)経済性
(5)安全性
の5つの条件を掲げていたことを紹介しています。
 また、インスタントラーメンが世界に浸透した理由として、
(1)カップにフォークであれば、箸を使わない文化圏の人々にも可能性があること。
(2)カップが商品の包装材になり、調理器具になり、食器になるという着想。
の2点を挙げています。
 第7章「こだわりの味・くせになる味」では、ご当地ラーメンに共通する特徴として、「創作意欲旺盛な料理人が数多く登場して、ココロを込めて創作し続けている姿が見られる」ことを揚げています。
 また、ラーメン通が行く店の10箇条として、
(1)めんを茹でる釜が大きい
(2)茹で上がった面は、掬い網を使っている
(3)丼は小さめである
(4)近くにラーメン激戦地がある
(5)店構えは、あまり広くなく、せいぜい15席ぐらい
(6)メニューは単純明快で少ない
(7)個性派の研究熱心な主人がいる
(8)とくに、チャーシューに拘りがある。
(9)仕込み分が売切れたら、閉店してしまう
(10)家族だけ、または、アルバイトの少人数で切り盛りしている。
の10点を挙げています。
 本書は、ラーメンマニアだけでなく、たまに食べるくらいのラーメン好きにもお奨めできる一冊です。


■ 個人的な視点から

 日本中にラーメンマニアはたくさんいますが、長い時間をかけて複雑な経緯で誕生したラーメンだからこそ、追いきれないほどの多様なラーメンがあることがわかります。
 そう言えばアキバでは「変身ラーメン」が人気だそうです。


■ どんな人にオススメ?

・ラーメンの奥深さに触れたい人。


■ 関連しそうな本

 岡田 哲 『とんかつの誕生―明治洋食事始め』
 小菅 桂子 『カレーライスの誕生』
 岡田 哲 『コムギ粉料理探究事典』
 岡田 哲 『たべもの起源事典』
 岡田 哲 『日本の味探究事典』
 岡田 哲 『食文化入門―百問百答』


■ 百夜百音

クリームの素晴らしき世界【クリームの素晴らしき世界】 クリーム オリジナル盤発売: 1968

 2005年の再結成時の映像は、さすがにおじいちゃんで少し可愛そうになります。ちょっと年寄り向きの曲ではないですね。

『The Very Best of Cream』The Very Best of Cream

投稿者 tozaki : 2007年11月23日 10:00

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