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2007年11月30日

鉄道と近代化

■ 書籍情報

鉄道と近代化   【鉄道と近代化】(#1044)

  原田 勝正
  価格: ¥1785 (税込)
  吉川弘文館(1998/03)

 本書は、「日本の鉄道が日本の近代化において果した役割の検討を中心テーマ」としたものです。
 第1章「異文化としての鉄道」では、レールの軌間が「4フィート8インチ半」と決められた理由は、「本当はレールの一番外側を5フィートと決めたもので、5フィートと決めると、その内側のレールと車輪の当たるところは、4フィート8インチ半になる」体という説を紹介しています。
 また、日本の鉄道が、イギリスから技術も資材も導入していたため、「最初はヤードポンド法を採用」していたが、第一次大戦が終わる時期から1930年までにすべてメートル法に変えた理由として、「十進法ではなく十二進法をとっているヤードポンド法では、色々な計算をするのに非常に厄介なので、世界全体の流れが十進法を採用しているメートル法に変わっていくという動きを示し、それが日本にも入ってきた」と述べています。
 さらに、ロシアやスペインがヨーロッパの標準である4フィート8インチ半ではなく、5フィートの軌間を採用している理由として、スペインはフランスからの脅威を感じていたこと、ロシアもナポレオンによって侵略された経験があることから、あえて異なる軌間を採用したと述べています。一方、日本が朝鮮の鉄道を建設する利権を獲得した際には、日本の規格をそのまま持ち込んだほうが安上がりであるにもかかわらず、「当時中国で建設されていた鉄道の軌間である標準軌間を、朝鮮の軌間として採用すると決定」した理由として、「将来朝鮮から中国に勢力を伸ばしていく場合に、線路の軌間は統一しておいた方が、はるかに有利であるという判断」が働いたことを挙げ、「軌間の問題は、このように戦争や政治の問題と色々に絡み合っている」と解説しています。
 この軌間の問題に関しては、現在の新幹線の元々の起こりが、1939年に、東京~下関間に新幹線を造り、朝鮮海峡に海底トンネルを掘って、下関か門司と釜山を結ぶことで、東京から北京まで一本の列車を走らせることが出来る体制を作ることが計画され、現在の東海道新幹線が使っている新丹那トンネルや日本坂トンネル、東海道本線が使っている新逢坂山トンネルの一部は、このときに掘られているものであることが紹介されています。
 著者は、軌間の問題が政治や戦争の問題に絡むことについて、「鉄道がただ単に人や物を輸送するということだけではなく、政治的な役割を果たすという性格をかなり強く持っている」と述べ、「鉄道がどのような形で政治や社会と関わってきたのかという問題をいつも見ておかなくてはならない」と述べています。
 そして、鉄道と言う輸送機関が、「それが導入されたときには、日本人にとってまったく異なる文化のものということになった」とともに、「受け入れた日本人は、これを新しい文明として受け入れたと見ることができそう」だと述べています。
 第2章「鉄道の導入と利用」では、日本の鉄道建設が、ヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国の場合と異なり、産業革命に伴なうものではないため、「鉄道を建設する必要性がどこにあるのかということ」がはっきりしていないと述べています。そして、日本の鉄道が、「外国人の建設計画という外発的動機」から建設に入ったとして、幕府が倒れる直前の1867年の暮れに、「アメリカ公使館の職員が、江戸と横浜の間の鉄道の建設を申請し、それに対して幕府の老中が免許を与えて」いたことを取り上げ、明治政府が何とかしてアメリカの鉄道建設申請を無効にしたいと苦慮し、とはいえ、自力で建設する資金もないところにイギリスが資金と技術の援助を申し出てきたこと、そして、大隈重信や伊藤博文らが、中央集権制強化のために鉄道建設を主張したことなどを述べています。
 また、鉄道の「乗合方式」が、「それまで話したこともなかった人びとが一つの車両の中に乗り合わせるという、新しい社会関係を作り出し」たとして、閉鎖的な生活空間に生まれ育ち、「普段から付き合ったことのない他の村の人や他の階層の人たちと話し合うということが経験としてまずありえない状態、そういった人々と付き合うことは元々禁止されているという状態、そういう社会に生活していた人びとが客車に乗り合わせて、そこでお互いに相手を警戒するという気分を持ちながら、しかしそこに新しい社会関係を作り出していく」という習慣、「お互いに相手を人間として認めると言う近代社会における新しい人間関係が、鉄道を通じて生まれていく」ということになったと述べています。そして、無記名の乗車券という移動保証方式が、平等の原理を持ち込んだことを指摘しています。
 さらに、鉄道の開通が、「移動距離の認識を通じて空間認識のあり方を変え」、さらに、それまで最小でも15分(四半時)であった人びとの時間認識の単位を、分の単位まで必要となり、「鉄道を利用することによって、新しい時刻の認識を要求されるように」なったと述べています。
 鉄道の建設に関しては、元加賀藩主である前田家や、元福井藩主である松平家などの旧大名たちが資金を出して鉄道を建設しようという動きが始まってきたことや、東京市内に線路を建設するにあたっては、なるべく建物を排除せずに建設するために、「渋谷・新宿・目白と、東京の市街地の西側の田園地帯を通って、そして赤羽に取り付く、そこで荒川に橋を架けて、高崎の方へ線路を延ばしていく」というルートとともに、東京のターミナルを機能させるため、「山の手大地の東の外れを通って、王子から田端へ抜けて、そして上野まで」来るルートが設けられ、寛永寺の山の下のたくさんの下寺を取り壊し、そこにターミナルを作ることが決まった経緯を解説しています。
 第3章「鉄道と産業革命」では、「日本の鉄道は産業革命を欠いた鉄道である、あるいは、産業革命を欠いたままの鉄道であった」点が、ヨーロッパの鉄道との大きな違いであり、このことが、
(1)車両も線路も資材も輸入に頼り、自前で作っていくことが十分にできない。
(2)鉄道が産業革命を呼び起こす作用をした。
等の特徴を生んだと述べています。
 そして、日露戦争の頃には、「地元の企業家たちの経済的要請に基づいて」鉄道が作られるという傾向が現れ、「日本の鉄道の性格が、約30年の間にかなり変わってきた」と述べています。
 また、1892年に制定された鉄道敷設法によって、「政府自らの手で鉄道網を構想し、鉄道建設計画を自らの手で進めて」いくという独占的な要素を強めていったことや、この背景には、幹線鉄道の建設に熱意を燃やす軍部からの要請が強かったことを述べています。
 第4章「鉄道の発展と技術の自立」では、江戸時代以来の日本の測量技術は、三角測量を十分に取り入れられず、等高線を書くことができないために地形図を作ることが困難であったと述べ、その技術が、鉄道建設の際に、お雇い外国人の手で導入され、当時の日本の技術者たちが、測量に必要な数学の知識を急速に身につけたことについて、「鉄道の測量における図化という抽象化によって計画を進める方式、さらにペンやインク、鉛筆などの新しい筆記具の採用などの意味を考えると、鉄道建設の技術の中から、さまざまな形で近代化が生まれてきた」と述べています。
 また、車両技術に関しても、1910年代以降、基礎技術が完成してからは、モデルを買ってコピーすると言う方式が生まれたと述べています。
 さらに、1906年の鉄道国有法に関して、理由として、
・営業制度、特に運賃、経理などの統一と、それに基づく一環輸送体制、特に輸送能率の向上の実現を企図したこと。
・軍事輸送を行なう上でも国有化が望ましいこと。
・日本国内の鉄道、朝鮮縦貫鉄道と、南満州鉄道の3つの鉄道の一環輸送体制を作る必要があると考えたこと。
などを挙げています。
 著者は、「鉄道が国有化され、鉄道のネットワークが統一されると、重工業の発展という経済的効果はもちろん、人や物の動きの拡大が実現し、人びとの生活に大きな変化を生み出すこと」となったと述べ、なくてはならない移動・輸送の手段となると同時に、農・山・漁村と大都市との間の格差を拡大する傾向が生じ、鉄道が政治によって動かされる傾向も生まれたと述べています。
 第5章「鉄道の基盤確立と技術の進歩」では、1909年の鉄道院総裁後藤新平以来の広軌改築計画が結果として、政党の利害対立から否認されてしまったことについて、鉄道技術者は、このまま計画を放棄したわけではなく、
・狭軌用の車両でもいつでも広軌の車両として使えるように車軸を長くとっておく。
・トンネルの大きさ、橋梁の大きさを常に広軌用としてとっておくように建設規格を作り変えてしまう。
等の抵抗を図ったことを取り上げ、「建主改従という政党中心の考え方と、改主建従という改良を主として建設を従とする、主に鉄道技術者の考え方が対立する」ようになったと述べています。
 また1910年代の終わり辺りから、都市に対する人口集中が一層進んだことで、
(1)古くからある市街地の路面電車が対応できなくなり、新しい交通手段として都心を通る高速電車が必要になった。
(2)古くからある市街地の周辺に新たな市街地が形成され、都心と近郊市街地を結ぶ、いわゆる近郊電鉄が増えてきた。
の2つの変化が生じたことを解説しています。
 第6章「戦争から再建へ」では、戦時中の厳しい旅行制限を受ける中で人びとが身に付けたルールとして、「切符を買うとき、列車を待つときに一列に並ぶと言う先着順のルール」を挙げ、「このルールは戦後も守られ(地域によってはまったく守られないところもあります)、ブランド商品を買う若い人々の列にも引き継がれています」と述べています。
 本書は、鉄道が日本社会に与えてきたインパクトをわかりやすく解説した一冊です。


■ 個人的な視点から

 先日、山手線のホームで電車を待っていたら、関西弁の若者が、「この並んで電車を待つちう感覚がサラサラわからへん」(原文「この並んで電車を待つっていう感覚がぜんぜんわからない」をhttp://yan.m78.com/imode/iosaka.htmlで翻訳しました)とでかい声で話していました。何で関西人はこういうときに自分を基準にして聞こえよがしに大きな声で話すのか分かりません。


■ どんな人にオススメ?

・「railway mania」は「鉄ちゃん」のことだと思っている人。


■ 関連しそうな本

 青木 栄一 『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』 2007年07月18日
 猪瀬 直樹 『土地の神話―東急王国の誕生』 2006年07月21日
 猪瀬 直樹 『ミカドの肖像』 2006年08月02日
 橋爪 紳也 『あったかもしれない日本―幻の都市建築史』
 成美堂出版編集部, 野島 博之 『昭和史の地図―昭和の始まりから太平洋戦争、高度成長時代まで46テーマ収録』
 西牟田 靖 『僕の見た「大日本帝国」―教わらなかった歴史と出会う旅』


■ 百夜百マンガ

幻魔大戦【幻魔大戦 】

 「パラレルワールド」という便利な言葉を使って、一つの物語があちこちに広がっていってしまう、というのはSFものを長く楽しむためのテクニックなのかもしれません。

投稿者 tozaki : 2007年11月30日 08:00

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