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2008年01月01日
一本道とネットワーク―地図の文化史・方法叙説(ことはじめ)
■ 書籍情報
【一本道とネットワーク―地図の文化史・方法叙説(ことはじめ)】(#1076)
堀 淳一
価格: ¥3990 (税込)
作品社(1997/09)
本書は、「進歩主義的地図氏の否定に立ち、すべての地図を丸ごと見ることによって地図の文化史を作ること」を最終目標に、その対象を「一本道地図とネットワーク地図」に限定した上で、「それらがそれぞれの時代・地域の歴史・風土・文化・社会・思想的背景の中で、どういう意味をもち、どういう役割を果たしてきた」のかを考えるものです。著者は、本書を執筆した動機として、
(1)進歩主義的地図史観は誤りである
(2)地図だけを見ても地図は分からない
の2点を挙げています。ここで、「一本道地図」とは、「ある一本の道筋を旅するときに、どういう風景、風物、見所、目標物、その他旅行者にとって必要なものや興味を引くものが次々に現れるかを示す地図、言い換えれば、いろいろなものの線的な順序を示す地図」であり、「ネットワーク地図」とは、「道路網、鉄道網、航空路網その他の、さまざまな種類のネットワークを表現する地図」であると解説しています。また、本書で使う新しい言葉として、
・規矩地図:縮尺と包囲が図上に整然と、規則正しく与えられている地図
・位相地図:縮尺と包囲がでたらめに勝手に、ぐにゃぐにゃに変わる地図
の2つの言葉について解説し、「位相地図は決して『歪んだ奇妙な地図』なのでも、『地図らしくない、格の劣った地図』でも」なく、「ある対象を表現するには規矩地図のほうが適切だが、別の対象を表現するのには位相地図のほうが適切、という表現したい対象による(いいかえればそれぞれの地図の目的による)役割分担がある、というだけのことで、二つの間に優劣はない」と述べています。
第1章「方向をもつ一本道地図」では、13世紀半ば頃にマニュー・パリスという人が作った、ロンドンからエルサレム(実際にはイタリア半島のプリア)までの聖地巡礼のための道中図を取り上げています。そして、当時は、「教会・修道院が今でいえば大学も研究所も出版社も図書館も、また農業などの研究・実験機関も兼ねていた」ため、「本屋地図は、そこに最大級の貴重品、いわば財宝に近いものとして、大切に保管・安置されていた」ものであったと述べ、「パリスの『一本道地図』は、聖職者を始めとする知識人・教養人が参考のためあるいは教養に資するためにわざわざ出向いていって鄭重に『拝見』するためにつくられた、修道院の貴重な備品であって、ガイドマップとしてつくられてものではなかった。そして一方、実際に旅行する人々はそういうものをほとんど必要としなかった」と述べています。
また、「現代地図」と「古地図」が別々の研究対象とされていることについて、「現代地図と古地図との間に画然とした違いなぞあるわけがありません。両者は切れ目なくつながっているものであって、二つの間にキッパリと線を引こうとするのも、何年までの地図を古地図という、と定義しようとしたりするのも、絵と地図を截然と区別しようとするのと同じく無意味であり、徒労でしかない」と述べ、両者が、「それぞれの目的に沿った地面に対するイメージ(描像・概念)の表現である」という本質にいささかの変わりもないと指摘しています。
さらに、現代に一本道地図が生まれにくい理由として、「交通路が発達しておらず、また、治安が一般によくなかったためにルートの選択肢が欠しかった昔と違って、交通路網が密でありまた特殊な地域を除けば治安の問題が比較的ない現代では、たとえ目的地が決まっている場合でも、そこへ行く経路の選択肢が無数にありますから、特定の一筋道に身を縛られることは通常はありません」と述べています。
著者は、「一遍上人絵伝」を取り上げ、「日本の中世は意外に流動性の大きい、さまざまな人々が盛んに旅していた時代だったわけで、それが『絵伝』にもよく表れている、といえましょう。そしてこれも、江戸時代、さらに現代にまで引き継がれる、日本文化の特徴的様相の一つなのです」と述べています。
第2章「方向をもたない一本道地図」では、17世紀につくられた「オウグルビーの道路地図帳」について、
・ロンドンから14都市への「直通幹線」
・ロンドンから分岐点を経て18都市に通じる「直通支線」
・主要地方都市間の「横断幹線」
の計84ルートが収められ、その最大の特徴は、「一つ一つのルートがそれぞれ幅6.3センチの縦に細長い帯の中に押し込められて、縦長の絵巻風に描かれていること」を挙げています。著者は、この道路地図帳を実際に使ったのは、もっぱら商人と貴族・ジェントリだったのではないかと推測しています。
また、作・遠近(おちこち)道印、絵・菱川師宣による「東海道分間絵図」を取り上げ、オウグルビーの道路地図との共通点として、
・刊行時期がほとんど同じ
・実測に基づいたものである
・細長い帯状の画面に一本道を収めたものである
・方位の変化が方位盤で示されている
・ポケット版が出てロングセラーになった
等の点を挙げています。一方で相違点として、菱川師宣による「自在な手法、細部に固執するクソリアリズムでないほんとうの意味でのリアリズムは、まさに『一遍絵伝』に典型的に見られたような日本の絵巻物の電灯に乗っている」が、オウグルビーの道路地図は、「はるかに堅くかつビジネスライク」であり「類型化・画一化の傾向が強い」ことを指摘しています。
さらに、「東海道分間絵図」やオウグルビーの地図のような実測に基づいた規矩地図は一本道地図としては例外的であり、道中図と普通呼ばれる江戸時代の一本道道路地図や川や海の一本道地図も、「そのほとんどは完全な位相地図」であると述べ、「それは欠点でないどころか、その多くはそれゆえにこそ美しくすぐれた地図になっている」と述べています。そして、葛飾北斎の「東海道名所一覧」を取り上げ、「一本道を細長い帯の中ででなくて一眼で見られる画面に収めるために、極度にぐにゃぐにゃとまるで人間の小腸のように曲がりくねらせてある上に隙間を巧みに埋めて連続した地表に見せているので、一見一本道地図とは見えない」と述べ、「こういうすぐれた、規矩にとらわれない自由奔放な地図文化が江戸時代にはあったことに改めて感嘆するとともに、明治以来の日本の地図文化の貧困――日本人が旅の途上で遠藤の風物をゆっくり楽しむゆとりを失い、ヨーロッパ人に代わって向目的突進人種に成り下がってしまったこと?――を嘆かずにはいられない」と語っています。
第3章「水路・海路・空路の地図」では、「阿武隈川舟運図」を取り上げ、「モノづくりや情報づくり、そしてそれらをあわただしく消費させたり消費したりすることに追いまくられる現代よりも、はるかに美しいもの楽しいことをゆっくりたっぷりと味わうゆとりが、今よりもずっと多くの人々にあった」と述べ、「今ならば誰もあえて美しくつくろうなどと思わない実務目的の地図(中略)も美しくつくらせたり、うつくしくできたものが提出されると御満悦だったりしたのだ」と述べています。
また、飛行機の乗客または乗客の世話をする旅行エージェントのための「航空路線図」と、操縦士その他、飛行機を飛ばす側に人々が使う「航空路図」とを比較しています。
第4章「ネットワーク地図」では、伊万里焼の「日本図皿」などに描かれた「非常に稚拙な日本図」について、「このような、おのおのの国(現代の国家ではなく、日本国内のクニ)をどれも似たり寄ったりの不定形の餅(というか団子というか)の形で表し、それらをペタペタとくっつけていっただけの日本地図」を「行基図」と呼ぶことを解説し、「このタイプの素朴極まりない日本図が、日本では9世紀頃から江戸時代初期までの長い間、ほとんど唯一の日本全図だった」と述べています。この行基図という名は、「僧行基がこの地図をつくったという伝説的に基づくものですが、これは晩年の彼の大僧正としての盛名と、種々の土木・建設事業にあずかった彼の事績がつくったお話にすぎない」ものであり、「律令政府保管の地図が書き写されて民間に流れていったものがもとになっている、というのが本当のところ」ではないかと述べています。
また、時刻表などが大量に売られ、隠れたベストセラーになっている国は日本の他にはなく、多くの国では、「旅行者は駅の案内所で目的地を告げ、係員に乗るべき電車、バスをその都度教えてもらうのが常で、ほとんどの人は自分で地図を見、時刻表を繰って旅程を立てる、などということはしない」と述べ、「多くの人がそれを各自いそいそと実行できる」日本は、「昔から旅の好きな人が多く、江戸時代にすでに道中行程記とか道中細見記とか分間絵図などという一本道ないしネットワーク地図が花盛りだった国に、それは特有の現象らしい」と述べています。
さらに、著者がかつての道路公団から地図づくりのアドバイスを依頼された際に示したポイントとして、
(1)目的を明確に設定する。
(2)最重要なものを、思い切って目立つように表現する。
(3)規矩にとらわれず適切なデフォルメを施すべき
(4)同じ種類のものは原則として同系統の色で表現する(例えば同じ「道路」であるのに高速道路は青、国道は赤、県道は緑、などというような迷彩的カラーデザインは避ける)
(5)道路はできるだけ色(白も入る)の帯で表現し、ククリ(両側の線)を使わない
(6)平野はみどりで山地は茶、というような固定観念にとらわれずに、地図が読みやすくかつ目的にかなったものになるようカラーデザインを自由に考える
の6点を挙げています。
本書は、地図といえば、縮尺や正確さにとらわれがちな現代人に、地図の本質的な機能を気づかせてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
地図というとどうしても正確な縮尺などにこだわってしまいがちですが、空間が人にどのように認知されているかということも、同じように重要なはずです。その意味で、『バカ日本地図』の試みは痛快でした。
■ どんな人にオススメ?
・地図には正確さこそが重要だと思っている人。
■ 関連しそうな本
ジョン・ノーブル ウィルフォード (著), 鈴木 主税 (翻訳) 『地図を作った人びと―古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』 2007年01月01日
マーク モンモニア (著), 渡辺 潤 (翻訳) 『地図は嘘つきである』 2007年1月7日
今尾 恵介 『地図を楽しむなるほど事典』 2007年02月25日
佐藤 甚次郎 『公図 読図の基礎』 2007年06月18日
スティーヴン・ストロガッツ (著), 蔵本由紀, 長尾力 (翻訳) 『SYNC』 2006年04月10日
一刀 『バカ日本地図―全国のバカが考えた脳内列島MAP』
■ 百夜百音
【昭和コミックソング大行進~笑いのギフトパック~】 オムニバス オリジナル盤発売: 2003
「きたかチョーさんまってたドン」のチョーさんはいつの間にか政治家になってしまっていました。もともと行政関係者ということもあるのですが。
投稿者 tozaki : 2008年01月01日 22:00
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