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2008年01月03日
日本軍政下のアジア―「大東亜共栄圏」と軍票
■ 書籍情報
【日本軍政下のアジア―「大東亜共栄圏」と軍票】(#1078)
小林 英夫
価格: ¥777 (税込)
岩波書店(1993/11)
本書は、戦時中に日本軍がアジア諸国で発行した「軍票」に関する調査を中心に、「戦争の被害の実態を追跡すると同時に、そうしたものを生み出した歴史的背景、歴史的経緯そして戦後処理の過程を描き出そうと試みたもの」です。日中戦争と太平洋戦争において、発行された軍票は、「それまでとは比較にならない大規模なもの」であり、「太平洋戦争末期、事実上の軍票である南方開発金庫兼を含む軍票発行高は、220億円弱という天文学的数字にのぼる。まさに軍票が氾濫した戦争だった」と述べています。さらに、負け戦となったアジア太平洋戦争では、「戦争終結前後にこれを回収して一般通貨と交換」するという処理がきちんと行われず、「香港においては未処理のまま、いまにいたっている」ことを指摘し、民衆の戦争被害でもっとも悲惨な生命の侵害と同時に、「戦争遂行のために必要な物資を占領地域の民衆から収奪したこと、そのため広範な民衆が塗炭の苦しみをなめさせられたことを忘れてはならない。その物資収奪のカラクリの中心に位置するのが軍票であった」と述べています。
著者は、「日本が占領地域において展開した軍事支配政策とはどのようなものであり、その実態はどうであったのか」について、「その観点からアジア太平洋戦争の過程を検討し、戦後責任につながる問題点を考えたい」と述べています。
第1章「中国戦線の物資争奪戦」では、日本軍が、「徴発」、すなわち、「中国人からものを強制的にとりたてて、軍隊を維持していた」と述べ、「輜重輸卒(しちょうゆそつ)(輸送兵)が兵隊ならば、チョウチョ、トンボも鳥のうち」と歌われたほど、「日本軍の中での補給部門の位置と役割は低」く、「決戦を重視し、戦闘行動のみを中心に据えた思想である」と解説しています。
そして、1931年の満州事変の翌年に成立した傀儡政権である「満州国」においては、「世界貨幣史上、未だ嘗て見ざる好成績」と記されるほどの大成功を収め、その理由の一つとして、「相手とした銀行が奉天軍閥の弱小資本だったこと」を指摘するとともに、「華北占領地では国民政府の通貨=法幣が相手」であり、「日本の脆弱な金融力では歯が立たない、英米をバックとした浙江財閥の機関銀行の発行したもの」であったと述べています。
また、日本軍が、軍票を流通させるため、「さまざまな価値維持工作を展開」し、カネの面では、「乙資金」と称されるものを手始めに、さまざまな名称の価値維持資金が設定され、モノの面では、39年8月に設立された中支那軍票交換用物資配給組合という強力な配給紀行を組織して、「日本から華中占領地に輸入される物資を統制し、最小の物資で最大の軍票を回収し、もってモノの面から軍票の価値維持を行い、軍票の流通領域の拡大をしよう」としたことを解説しています。そして、これらの軍票工作が成功しなかった理由として、軍票の使用・交換可能な場所が、「点と線」と呼ばれた日本軍の戦力圏に限定されていたことを指摘するとともに、「裏づけの乏しい通貨であったことはもちろんだが、何よりも、侵略者たる日本軍に抵抗する民衆の力であったことを忘れてはならない」と述べています。
第2章「南方軍政とはどのようなものだったのか」では、占領地期の拡大に伴ない、多数の軍政要員が東南アジアに派遣され、その出身が、「各章より出向した役人、企業や商社の派遣員、また銀行員など、その経歴はさまざま」であったと述べ、初期の軍政は「優雅」で「平穏」な光景がありえたが、その背後の軍事占領地の矛盾が直ちに露呈することになったと述べています。
また、日本の占領政策を、「イギリスを先頭とする欧米諸国がつくりだしてきた『東南アジア域内交易圏』を改変・再編成して、『大東亜共栄圏』をつくりだそうとする試み」であったと述べています。
さらに、南方占領地において、「開戦と同時に、日本郡は現地通貨表示の軍票を携帯して、アジア各地に侵攻」し、「占領作戦終了後直ちに軍票を現地通過と等価で流通させることを宣言」したと述べ、日中戦争では、戦争勃発4ヵ月後から円表示軍票が使用され始めたことと比較し、この違いを生み出した根本的原因として、日中戦争が、「通貨戦が物資争奪戦として戦闘の重要な構成要素となり、日中双方の勝敗の帰趨に決定的な位置を占めていた」ため、「日本軍は円表示の軍票の流通の拡大と国民政府の発行する法幣との闘争に全力を傾注することを余儀なくされた」のに対し、東南アジアの場合には、「現地政権の一掃と軍政の施行が前提となっており、『戦地使用通貨の大理想は、戦地既存通貨制度をそのまま軍の手に生捕にし、之により完全無欠にも金も者も現地自活の途を講ずる」ものであり、「軍票は作戦初期、軍において支払手段なき時期における応急通貨たる」役割を演ずることが予定されていたためであると述べています。
第3章「『大東亜共栄圏』の実像」では、アメリカ海軍の潜水部隊による海上輸送路の破壊のための極度の船舶不足が生じ、「東南アジアからの物資が日本に来なくなり、日本からの物資が東南アジアに供給されないという状況」が生み出されるとともに、「大東亜共栄圏」内部の経済を混乱させ、「日本軍は東南アジア域内交易圏を破壊した上に、輸送路の維持に成功しなかったから、各地で滞貨を増加させることになった」と解説しています。
また、1943年1月に発券機能が認められた南方開発金庫が発行する南方開発金庫券について、「バナナノート」や「ミッキーマウス・マネー」と呼ばれ、「おもちゃのお金と見なされていた」ことを紹介しています。
さらに、日本が東南アジアの国の支持を得るために使った最後の「切り札」である独立について、「経済的従属とひきかえに政治的独立を許容した"新植民地主義"とはとてもいえず、軍事的必要からくる"みせかけの独立"以外のなにものでもなかった」と指摘しています。
第4章「戦後処理をめぐって」では、日本が東南アジア諸国と個別折衝の上で支払った賠償が、「供与は無条件ではなく、それぞれの国と締結された協定の付属書に掲げた事業計画を実現するために実施された」ものであり、日本から支払われる賠償は、「工業化プロジェクトに必要な資本財を主体にしていた」ことが特徴であり、「賠償が国家の復興と経済建設に充当され、戦争中に損害を受けた被害者の補償に向かわなかったこと」を指摘しています。
本書は、軍票を通じて、民衆の経済の面から見た戦争の姿を伝えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
東南アジアから、旧日本軍が隠した金塊がどこかに埋まっている、という埋蔵金の話題が数年位ごとに聞こえてきますが、その背景にあるのは、大量の軍票を強制してあれだけ収奪した日本軍が逃げたのだから持ち出せないほどの財宝があるに違いない、という発想なのではないかと思います。実際にはあったとしても戦後のどさくさのうちに、誰かの手に行ってしまったのではないかと思いますが。
■ どんな人にオススメ?
・経済的悲劇としての戦争を伝えたい人。
■ 関連しそうな本
小林 英夫 『「日本株式会社」を創った男―宮崎正義の生涯』 2006年01月02日
小林 英夫 『満鉄―「知の集団」の誕生と死』
小林 英夫, 米倉 誠一郎, 岡崎 哲二, NHK取材班 (著) 『「日本株式会社」の昭和史―官僚支配の構造』
小林 英夫 『満鉄調査部―「元祖シンクタンク」の誕生と崩壊』 2007年10月22日
吉田 裕 『日本の軍隊―兵士たちの近代史』
松本 健一 『日本の失敗―「第二の開国」と「大東亜戦争」』
■ 百夜百マンガ
現代版「時間ですよ!」を狙ったお風呂屋が舞台の大人のラブコメ・・・・・・ではありません。漫画『アクション』にでも掲載されてそうな冷めた絵が光ります。
投稿者 tozaki : 2008年01月03日 06:00
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