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2008年01月04日
江戸の町役人
■ 書籍情報
【江戸の町役人】(#1079)
吉原 健一郎
価格: ¥1785 (税込)
吉川弘文館(2007/02)
本書は、「江戸のまちまちの支配組織が確立されてくる享保改革前後に重点」を置いて、「江戸の町々の変化に伴う町役人の町支配に焦点」を当てたものです。
第1章「町役人とは」では、「町役人」を、「一般に町名主を筆頭に、家主の月行事(がちぎょうじ)のことを指している。もちろん名主の手代や町々の町代(のちの書役)も町役人であり、これらの役人を、自身番屋の番人や家主の五人組が補佐する関係にあった」と述べた上で、「惣町支配の町年寄をも広義の町役人の範囲と考えている」が、「町奉行の与力・同心などは『町方役人』であり、本書の対象外である」と述べています。
また、裏店に住む人々の職業が多様であったことについて、「いろいろな職業が江戸で必要とされたことにもよるが、同時にめんどうな奉公などを嫌った人たちが、裏店の貧しくとも気楽な生活を好んだという点も、えどでは欠落人が多かったことから推測される」と述べています。
第2章「江戸の成立」では、「日比谷」の地名が、「隅田川から芝へかけて生産された『浅草海苔』のひびにちなんだ」といわれていると解説しています。
そして、江戸が、「全国の総城下町としての性格上、一般の城下町に比べてより大規模な集住体制が確立された。特に職人については、関西方面を中心として多数の職人集団が誘致され居住地が与えられた」と述べ、神田・京橋地区に多種多様の職人町が形成され、紺屋町、鉄砲町、鍋町など、「職種をそのまま町名とした」町も多いと解説しています。
また、「町に関わる人足役」であり、「国役と同じように屋敷持の町人の間口の広さによって負担された役」である「公役」について、「のちの江戸の町を見ると、国役を負担する町と公役を負担する町とが明確に区別されている」が、「公役の町がどのように発生したかについては定説がない」とした上で、問題点として、
(1)公役を負担する町は「沽券地」となっている町である。
(2)本来城下町の町が、すべて国役を負担する町であったかどうか。
の2点を挙げています。
第3章「大江戸の町々」では、明暦の大火後、町奉行の支配地が、従来の674町から933町に拡大し、このことが、「惣町を支配する町年寄の業務に影響を与えずにはおかない」として、町触の伝達方法に関して、江戸の町に出される触が、
・「惣触」:老中から出されるもので、全国に出された広域的なもの、ないし老中へ伺いのうえだされたもの
・「町触」:厳密には町奉行が自己の権限で町中に発したもの
の2つに分けられ、「町触の伝達方法が町年寄から事務的に行われるように変化した理由」として、
(1)明暦の大火後の町奉行支配地の拡大の中で、法令徹底方法の合理化が進められた。
(2)町の支配機構が整備されたこと
の2点を挙げています。
そして、「強制移転の都市である江戸では、都市計画などのために、上は大名屋敷から下は一般の町々に至るまで移動が繰り返された」として、「町地を管理する町奉行書の役人が、町地にかかわる土地受け渡しに立合うとともに、惣町を支配する町年寄もこれに参加することが義務づけられていた」と解説しています。
また、町年寄の業務として、
(1)惣町支配の町年寄が町奉行の元でいかに統制するかという課題の元で行ってきた地面の受渡しや人口把握
(2)商人・職人の統制
(3)調査・調停の事務
の3点を挙げています。
さらに、名主の職務として、
(1)御触・申渡の伝達
(2)人別改(今日の戸籍調査)
(3)火の元の取締まり
(4)訴訟事件の和解
(5)家屋敷の買受け・譲渡、その他証文の案紙を検閲すること
の5点を挙げています。
第4章「享保改革と町運営」では、「町々で生ずる多様な業務を処理するための機構」として、
・家主によって組織された五人組
・その中から選出された月行事
・専業事務担当者としての町代・書役
等を挙げ、「これら下級の町役人と町年寄・名主など上級町役人との関連を検討する必要もある」と述べています。
そして、元禄期の町法が、「町礼を基本にして作られていた。家屋の売買、家督の相続、家主の交代、屋敷書入証文など名主・五人組の保証にかかわる契約、これらの確認と広めが町の共同体としての基本的関係であった。町共同体の結束を利用したものである」と解説し、「幕府が町触などで取り締まっても、容易にまもられることはなかったと考えられる」と述べています。
第5章「町年寄と町名主」では、町名主が、「身分としては町人であったが、他の特権町人とともに町人の最上位にあり、服制や帯刀などに武士と同等の権威を与えられていた」が、「17世紀の後半には、これらの特権も段階的に禁止され、武士と町人の身分的差別が明確にされる」とのべ、「このことは、将軍権力の確立に伴う文治政治への以降と関連し、幕政機構の官僚化の進行と結びついている」と解説しています。
また、名主が屋敷を所持しなくてはならない理由として、「支配町々に資産を有するという理由だけでなく、名主宅が役宅として諸事務を処理する必要があるからである」と述べ、「とくに名主宅の表には玄関があり、ここで簡易なもめ事の調停や裁定をなさねばならなかった」ため、「町人たちは名主のことを『げんか』とよんでいたといわれる」と述べています。
第6章「江戸の変質」では、下層民衆の社会問題として日雇人足の問題について、「肉体労働を提供する人足は、江戸のような大都市には多数存在しうる条件があり、その受給問題は幕府にとって都市下層社会統制の重要な課題のひとつであった」と述べ、宝永5年(1708)に、「町々の家主が日雇人を把握し、名主が人別帳を作成して座から札を渡す体制が作られた」と解説しています。
また、名主の行状悪化の背景として、「文化文政の時代から、名主の相続に関し見立て名主や養子相続など表向きをつくろい、実際には株と同じように名主役を譲渡する風潮があらわれてきたこと」を挙げています。
本書は、落語などでよく耳にする江戸の町人の暮らしについて、リアリティを与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
江戸の役人というと時代劇の影響か、町奉行の与力とか同心とかの治安維持系の人たちが浮かぶのですが、当然行政系の役人もいたわけで、そういった人たちの仕事振りはなかなか目にする機会が少ないような気がします。落語に出てくる大家さん止まりでしょうか。
■ どんな人にオススメ?
・江戸の町の行政マンの姿を見てみたい人。
■ 関連しそうな本
速水 融 『歴史人口学で見た日本』 2007年12月26日
田中 圭一 『百姓の江戸時代』 2007年09月16日
田中 彰 『幕末維新の社会と思想』 2007年08月13日
高橋 敏 『博徒の幕末維新』 2007年10月18日
谷川 彰英 『東京・江戸 地名の由来を歩く』 2007年12月29日
岡崎 哲二 『江戸の市場経済―歴史制度分析からみた株仲間』 2006年01月19日
■ 百夜百マンガ
チャンピオン黄金期を飾った作品。アニメ化もされましたが、ギャグマンガはアニメにしたときにはすでに古くなっている、という鮮度が落ちるスピードの速さを感じさせました。
投稿者 tozaki : 2008年01月04日 22:00
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