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2008年01月19日

主語を抹殺した男/評伝三上章

■ 書籍情報

主語を抹殺した男/評伝三上章   【主語を抹殺した男/評伝三上章】(#1094)

  金谷 武洋
  価格: ¥1785 (税込)
  講談社(2006/12/8)

 本書は、「日本語本来の発想に根ざさない『第二英文法』としての日本語文法のもっとも最たる例」である「主語」という概念を「日本語文法から抹殺/廃止することを一生かけて主張した」三上章(1903-71)の評伝です。
 第1章「三上文法と出会う」では、カナダ東部ケベックのラヴェル大学の大学院生であった著者が、新設された日本語講座の講師を急遽引き受けることになり、学生からの素朴な疑問という「氷山」にさらされたことをきっかけに、三上文法とであったことが述べられています。著者が最初にぶつかった氷山は、「ジュ・テームを日本語どう言うか」というもので、「私はあなたを愛しています」とは日本人はまず絶対に言わないが、「なぜ言わないかを同説明したらいいのかわからない。それまで教えていた日本の学校文法では、正しいのだ」というジレンマにぶち当たります。そして、著者が次にぶつかった氷山は、「日本語がわかります」というもので、「私は日本語がわかります」の主語が省略されている、という説明では、「先生、この文の主語はどれですか」という問いに答えられなくなってしまいます。著者は、この日本語教師デビューをきっかけに、「日本語を教えることの底知れぬ楽しさを知った」と同時に、「当たり前と思っていた自分の母語が文法的にうまく説明できないという由々しき状況に驚愕した」と述べています。
 著者の疑問を氷解させてくれたのは、日本の友人が送ってくれた三上章の『象は鼻が長い』という一冊であり、「『は』が表すのは主語でなくて『主題』(トピック)だ」という主張であり、もう一つの代表的助詞「が」が表す「名詞+が」は主語ではなく、「それはたんなる主格補語であり、したがって文の不可欠要素ではない」という三上の主張であったと解説しています。そして、「日本語が代名詞を省略しているのではなく、英仏語が(文にならないから)代名詞をいちいち付加しているのだ。橋本文法の主語論がいかに英文法の発想に立つものか」という三上の主張に「心から同意するよりなかった」と語っています。
 著者は数年後に再び日本語を教えるチャンスにめぐり合い、迷わず三上文法を授業に取り入れ、学生たちに「どういう点で日本語は違っているのか」を説明する際に、
(1)動詞活用がない:「どうしてわれわれの母語では主語が不可欠なのか」を学生自身に考えさせる。
(2)盆栽とクリスマス・ツリー:日本語の動詞文を多くても二段構えの「盆栽型」だとしたら、英仏語は背の高い「クリスマス・ツリー型」と言える。
(3)主題をしめす助詞の「は」:「は」は、「文からある語を取り出してきて旗のように聞き手にしめすスーパー助詞」である。
(4)虫の視点と神の視点:英語がSVO構文を多用するのは、話者の視点が神様のように上空にあり、地上の出来事を見下ろしているからであるのに対し、日本語では話者は地上に身を置いて空を見上げている。
の4点を挙げていることを解説しています。
 そして、「三上の著作を読み、三上文法を学び、そしてそれを日本語教室に応用していく過程で、私の関心は、時として三上文法から三上章という人物そのものにも及ぶことがあった」と述べ、「三上文法の素晴らしさを世に知らせるのは私の使命である」と考え、「主語三部作」を上梓するとともに、本書において、「いよいよ、三上章その人の生涯に迫る運びとなった」と語っています。
 第2章「幼年~学生時代」では、中学時代には数学の試験が「容易な問題ばかりで解答する気がせぬと、用紙に○を書いて早々に提出し、その足で図書館へ行って読書に耽った」ことや、和算の紹介者として「国際的に戦前の日本人科学史家でもっとも著名な人」であった叔父で数学者の三上義夫の勧めで東京大学工学部建築科に入学したことなどが述べられています。
 また、三上が「帝大の象徴である角帽を好まず、麦藁のカンカン帽をかぶって歩いていた」というエピソードから、「三上が人生の早い時期に自分の名前の漢字表記を変えた謎」である、「三上が『彰』から『章』にしたのは『飾り』を取り除くためではなかったろうか」と述べています。
 第3章「知的逍遥時代」では、東大卒業後、台湾総督府に技官として「宮仕え」をした三上が、2年であっさり仕事を辞めてしまったことについて、「『自分の居場所ではない』と思ったら長居せずにあっさり姿を消してしまう三上の性向」を指摘しています。
 また、「主語否定論」で言い尽くせる三上文法の原点」が、台湾から朝鮮へと渡る時期に芽生え、「いっぽうで処女論文が入選して発表され、それと並行して三上文法の芽生えがあったこの1930年に、若き三上章は文法研究家としての出発点に立ったのだ」と解説しています。
 さらに、三上が叔父の勧めで建築を勉強し、きな臭い北朝鮮から南朝鮮行きを恩師に勧められたことを挙げ、「三上に期待をかけた人物が三上の『栄進を思って強くすすめた』転地が、結局裏目に出るのはこのときだけではなかった」として、3回目として最晩年のアメリカ行きを挙げています。
 そして、帰国後の浪人時代に『技芸は難く』という芸術批評を自費出版した翌年、九州帝国大学心理学教授の佐久間鼎博士が書いた『日本語の特質』を読んだことで、「直ちに自分の知的生活の中心に日本語文法をおく決意」をし、1941年12月7日に三上が「まだ見知らぬ著者に弟子入りを請うて手紙を認めた」と述べています。
 第4章「街の語学者」では、「三上が名前を変えるとき、そこには何かのメッセージがあるに違いない」として、最初の論文「批評は何処へ行く?」でのペンネーム「早川鮎之助」が、「尼子武士の気概への憧憬、および知的逍遥期に相応しく転地を重ねる自分の姿を『早い川の鮎』に託したもの」と読んだ上で、芸術評論『技芸は難く』の筆名「加茂一政」については、「茂」は妹の「茂子」であり、「加茂」とは、「自分の暮らしに『茂子を加え』る」のであり、「一政」は「一つにおさまる」と読めばいいと解説しています。
 また、「学者として孤独で薄幸だった」といわれる三上だが、学者としては、「国語学界から黙殺された」ことはそのとおりだが、「学者の生命には時間という要素が重要だ。学者は死ぬ。しかしその理論は、もし優れたものなら、時を越えて残ることは歴史が証明してきた」と述べています。
 さらに、1943年から52年までの9年間のスランプがあったことについて、活路を開いてくれたのが、「早くから三上の諸論文に注目し、熱心に応援してくれた」金田一晴彦であったと述べています。
 そして、「今でこそ、とくに日本語教育界ですぐれた文法家と見なされるようになった」三上が、「生前は偏見と差別で苦労が絶え」ず、国語学界は「一介の高校数学教師の奇説」として「まともに相手にしなかった」と述べ、三上自身は「自分自身では変説の可能性を留保」し、「納得できる反論に出会ったら、いつでも肯定論へくらがえするという用意」もあったが、「ついにそういう反論に出会わなかった」と書き残していることを紹介しています。
 また、「就職に役立つ」からと、57歳で博士号を取得し、言われてうれしいはずの『博士』と、その反対の『呼ばわり』を組み合わせた「博士呼ばわり」という「傑作な表現」が生まれたと紹介しています。この他、三上が用いた「日曜文法家」という造語に、「学者の真の価値は肩書きではない」という信念が伺えると述べています。
 しかし、1963年の暮れに、三上は、「神経が立った」状態となり、躁鬱症と診断され、精神科に入院することになったことについて、「『のれんに腕押し』をつづけているうちに、さすがの強靭な精神も孤立感、無力感を強めていったのである。それも無理はない」と述べています。著者は、晩年に向かう三上を、「自分の羽で着物を織り、しだいに痩せていく一羽の鶴であった」と述べています。
 第5章「晩年」では、1965年に、新設された大谷女子大学の国語学の教授として招聘されたが、「教授の立場を思うまま利用するために必要な精神と身体の自由と柔軟さが、すでに採用の時点で三上には失われてしまっていた」と述べています。
 そして、1970年、人生の最晩年において、ハーヴァード大学から招聘を受け、単身ボストンに向かうも、愛用の睡眠薬を忘れ、ボストンに着いたときにはすっかり「神経が立った」状態となり、わずか3週間で帰国の途に着いたことが語られています。
 著者は、翌1971年、患い死の床にあった三上を、「直接の死因は肺癌である。しかし、それとは別の精神的な死因がある。三上は『待ちくたびれて』憔悴しきって死んだのだ」と述べ、「自分の文法を批判し、そのことで質的に高めてくれる相手を、三上というこの侍は待ち続けた」が、「とうとう三上という小次郎の前に武蔵は一人も現れなかった」と述べています。
 そして、「三上は死んでも、時代と国境を越える価値を持っているその文法と思想は、われわれを『玉の緒』のように中継してさらに未来にまでつながっていくだろう」と語っています。
 本書は、普段気にせず使っている日本語の真の姿を見つめようとした「真の学者」の生涯を綴った一冊です。


■ 個人的な視点から

 普段使っている日本語について、主語とか述語とかは意識していませんが、日本語は主語を入れなくても成り立ってしまうからか、仕事で文章を書いていると、「主語は誰か」と聞かれることがあります。ここは一つ三上文法を学んで、「日本語に主語は必要ない」と反論してみたいのですが、この場合の「主語」とは、5W1Hの話で、責任関係を明確にしろ、という意味だったりします。


■ どんな人にオススメ?

・主語のない日本語を使っている人。


■ 関連しそうな本

 三上 章 『象は鼻が長い―日本文法入門』
 庵 功雄 『『象は鼻が長い』入門―日本語学の父三上章』
 三上 章 『現代語法新説―三上章著作集』
 三上 章 『日本語の論理 新装版―ハとガ』
 金谷 武洋 『日本語に主語はいらない―百年の誤謬を正す』
 金谷 武洋 『日本語文法の謎を解く―「ある」日本語と「する」英語』


■ 百夜百音

蕾【蕾】 コブクロ オリジナル盤発売: 2007

 カラオケの定番の曲なので誰かが歌ったりします。しかも勝手にハモる人が出てきたりもする曲です。「コブクロ」と聞いて最初は焼鳥の「子宮」の方をイメージしてしまうのでインパクトはあるんじゃないかと思います。

『ALL SINGLES BEST』ALL SINGLES BEST

投稿者 tozaki : 2008年01月19日 07:00

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