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2008年01月29日
子どもをナメるな―賢い消費者をつくる教育
■ 書籍情報
【子どもをナメるな―賢い消費者をつくる教育】(#1104)
中島 隆信
価格: ¥735 (税込)
筑摩書房(2007/12)
本書は、『学問のすヽめ』に掲げられた「賢人」をコンセプトに、「福沢のいう『賢人』教育の意義を現代的視点からとらえなおし、今の迷走する教育システムについて」、改善案を示すことを目的としたものです。著者は、「現代社会にとって相応しい『賢人』教育は、主体的に消費活動が出来る個人の育成により重きを置くべき」であると述べています。
第1章「義務教育の役割」では、「ゆとり教育」の考え方を食生活に当てはめた「ゆとり食生活」という架空の政策を想定し、「食と教育の比較からおわかりのように、問題の根幹は教育に関する消費者の明確なニーズが存在しないという点に尽きる」と述べています。
そして、「義務教育にかんしては、これまで消費というよりは投資、私的財というよりは公共財としての側面が強調されてきた」ため、「それゆえに子ども自身の学習する楽しさというもう一つの側面がなおざりにされてきた」のではないかと指摘したうえで、「問題なのは、勉強を『仕事』や『大人』といった子どもにとって身近でないものに結び付けてしまう」ことであり、学習意欲を向上させるには、「勉強がすぐにでも役立つということを教える」必要があり、そのキーワードは「消費者になるための教育」であると述べています。
また、「賢い消費者になるには勉強が必要である」としながらも、大人にとって、「これから新たな勉強をして生活の質を変えるのは面倒なこと」であるため、「わざわざ自分だけがコストをかけて社会のために勉強しようとまでは思わない」ことを指摘し、「義務教育において、自立した賢い消費者を育てていくことが何よりも必要である」と述べています。
第2章「子どもをナメるな!」では、経済学の守備範囲が「カネ勘定を主体とする市場経済だけに限らない」ため、「社会経験のない子供にも経済学の考え方が十分に理解できる」と述べています。
そして、「子どもに経済学を教えるのは、金儲けの仕方を教えたり、経済用語を覚えさせたりすることが目的なのでは」なく、理科の勉強が子供の自然現象への関心を喚起し自然界を見るための目を養うのと同じように、「経済学は、子どもが社会現象に興味を持ち、それを自分なりに分析する力を身につけるのを助けてくれる」ものであり、「世の中の『見方』と『考え方』についての基礎教育に他ならない」と述べています。
また、子どもが合理性を持つ「経済人」と仮定すると、「厳しい教育は全く期待はずれの逆効果になる可能性」が高く、勉強の不利をしたり、不正を隠すようになり、「ゴマカシをするインセンティブを与えてしまう」と述べ、「子どもをうそつきにしたくなかったら厳しい教育をすべきではない」として、
(1)子どもの話をしっかりと聴いてあげること。
(2)子どもが自分から正直に話したら決して叱らないこと。
の2つの処方箋が経済学から導かれると述べています。
さらに、道徳教育に関して、エスカレーターで右側に立ったり、割り込み乗車をする人をほとんど見かけないのは、「通勤客のモラルが高いため」ではなく、「ルールを守ることが自らの得になるからである」と述べ、一方で、都会人が冷たい理由は、「都会で暮らすのに人間味はそれほど必要ない」殻であると述べた上で、「モラルや人間性などというものは環境によって左右されるのであって、学校で道徳教育をしたからといって改善されるわけではない」と述べています。また、日本で親が尊敬されなくなった原因として、「低下した子どものモラルではなく、少子化によって親の立場が弱くなったため」であると述べています。
著者は、「賢い消費者になるために教えるべきこと」として、
(1)この世の中に100%安全などありえないということ。
(2)こうした危険な状態と共存するための智恵。
の2点を挙げています。
第3章「すべての学科は『役に立つ』」では、「なぜこの科目を勉強するんですか?」と子どもに聞かれたときにこそ「教師の真価が問われる」として、「この質問に的確な答えを見出せないままできたことが現在の教育現場の荒廃を招いている」と述べています。
まず、数学に関しては、「数学は論理的思考のために役に立つ」という人がいるが、「むしろ因果関係は逆ではないか」として、「論理的思考能力を有している学生にとって数学はきわめて有効な表現ツールとして活用できる」と解説しています。
また、「戦争でもっとも悲惨な目に遭う」のは「紛れもなく消費者である」として、「賢い消費者を育てるための義務教育としては、こうした事態を招かないようにするために社会化を勉強するということが教育方針になって然るべきである」と述べています。
さらに、吉田茂がマッカーサーに、「統計がまともに取れるくらいなら、あなたの国とあんな無謀な戦争はやらなかったでしょう」と答えたことばを紹介し、統計教育の重要性を主張しています。
学生の理科離れに関しては、「将来の職業と結び付けてその必要性を議論してしまうこと」に最大の理由があると述べ、理科は、「科学の進歩によって高慢になりがちな人間の頭を冷やすために勉強するのである」として、「科学が進歩した現代社会を生きる子どもたちには、こうした発想に立つ授業が必要である」と述べています。
さらに、「今後の世の中の大きな変化を見据えたとき家庭科教育で考慮すべき」ポイントとして、
(1)価値観の押し付けをしない。
(2)家族という組織を維持するためには、各メンバーに自らの利益を多少減らしても家族全体のために貢献する気持ちが必要である。
(3)子どもの人権教育。
の3点を挙げています。
第4章「これからの社会、これからの教育」では、「個人化へ向けて大きく舵を切った時代」において、「もっとも必要とされるのは、個人を尊重する教育」であるとして、「個人主義(individualism)とは他人との関わりを立つ孤立主義(isolationism)でもないし、自分勝手な行動を取る自己中心的な利己主義(egoism)でもない。すべての人間が互いの存在を尊重することである」と述べています。
また、「恋愛は人間として生きていくうえで極めて重要な地位を占める体験であるにもかかわらず、その方法について正式に習うことはない」ことを指摘し、「こうした知識は恋愛が現実味を帯びる高校生や大学生以前の義務教育課程で教えておくべきである」として、
・恋愛が人生にとって何物にも代えがたい貴重な経験であること。
・相手を傷つけない正しい恋愛感情の定義
の2点を挙げています。
さらに、障害者自立支援法に関して、「自立とは、『好きなことを』『好きなときに』『好きな人と』できるということ」であるとして、「これが簡単そうに見えて実に難しいことなのである」と述べ、「障害者は働くのが難しいから自立できないのではない。小さい頃から自立できないような環境で育ってきたからなのである」と述べています。
著者は、「今の日本にとって何より必要なのは国民の自立である」として、「義務教育のミッションは国民がこうした行動を普通に取れるように子どもを育てることである」と述べ、「親、教師、学校、さらに社会の役割とは、子どもが自ら進んで自立した人間に向けての勉強に励むよう適切なインセンティブを与えること」であると主張しています。
本書は、子どもをテーマに取り上げながら、自分自身のことを振り返る機会を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
先週、とある勉強会で著者の中島先生にお会いする機会がありました。テーマが障害者の問題を取り上げたものだったので結構真面目な内容だったのですが、個人的には、過去の『~の経済学』シリーズが大好きだったのでかなりミーハー的に参加してしまい、サインもいただいてしまいました。

■ どんな人にオススメ?
・賢い消費者になりたい人。
■ 関連しそうな本
中島 隆信 『障害者の経済学』 2007年04月29日
中島 隆信 『お寺の経済学』 2006年03月21日
中島 隆信 『大相撲の経済学』
中島 隆信 『オバサンの経済学』 2008年01月23日
中島 隆信 『これも経済学だ!』 2007年07月17日
ゲーリー・S. ベッカー, リチャード・A. ポズナー (著), 鞍谷 雅敏, 遠藤 幸彦 (翻訳) 『ベッカー教授、ポズナー判事のブログで学ぶ経済学』 2007年02月05日
■ 百夜百マンガ
モデルになった幕張三校は東西北はあっても南はなかったということで幕張南になったようですが、作者は三校のうちのどこの出身だったのでしょうか。
投稿者 tozaki : 2008年01月29日 21:00
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