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2008年02月15日
まっとうな経済学
■ 書籍情報
【まっとうな経済学】(#1121)
ティム・ハーフォード (著), 遠藤 真美 (翻訳)
価格: ¥1890 (税込)
ランダムハウス講談社(2006/9/14)
本書は、「経済学者は世界をどのように見ているか」をテーマとし、「経済学者は何を語ることができるのだろう。そして、なぜ経済学者のような視点をもつべきなのだろう」かを論じたものです。
第1章「誰がためにそのコーヒーはある」では、駅の一等地にあるコーヒーバーを例に、リカードの地代のモデルについて、「牧草地のような優等地の地代は、『牧草地と限界地の農業生産性の格差』と『農業生産性そのものの重要性』というふたつの要素によって決まる」と解説しています。
また、経済学者の視点について、「経済学そのものは客観的な分析をするツールであるからといって、経済学者が常に客観的であるわけではない」として、経済学者が扱う、権力、貧困、成長、発展という問題について、「そうしたテーマの根底にあるモデルを巧みに操りながら、その背景にある現実の世界と距離を置いたままでいることは難しい」と述べています。
第2章「スーパーマーケットが秘密にしておきたいこと」では、「価格に無頓着な顧客を見つけ出す戦略」として、
(1)顧客を個別に評価して、それぞれの支払い意思に応じた価格を設定すること(「第一級価格差別」または「個別ターゲット」戦略)
(2)特定の集団ごとに価格を設定する(「グループターゲット」戦略)
(3)事故に不利益な供述をさせる(「自己負罪」戦略)
の3点を挙げ、「コスタ・コーヒーも、スターバックスも、一部の顧客に自分は価格に敏感ではないと白状させるような仕掛けをつくる際」に、(3)の戦略を使っていると解説しています。
そして、フランスの鉄道業界の草創期に流布した有名な話として、「一部の鉄道会社の三等車に屋根がなく、座席が板張りなのは、三等車に屋根をつけたり、三等席を布張りにしたりするのに数千フランかかるから」ではなく、「二等車の料金を払える乗客が三等車に乗らないようにしている」ためであり、「貧乏人には必要な者を与えずに、金持ちには不要なものを与えている」という話を紹介し、IBMの低価格レーザープリンター「レーザーライターE」が、高級モデルの「レーザーライター」とまったく同じ部品を使って、わざわざ「印刷速度を遅くするチップ」を組み込んでいるという話を紹介しています。
第3章「完全競争市場と『真実の世界』」では、ジム・キャリーの映画『ライアー・ライアー』の主人公フレッチャー・リードの話をマクラに、「自由市場はフレッチャー・リードの息子によく似ている。自由市場では、うそがつなくなるからだ。うそをつけないというのはフレッチャーにとっては屈辱的なことだったが、真実の世界は完全に効率的な経済へとつながっていく。完全に効率的な経済とは、ほかの誰かの効用を悪化させずに、誰かの効用を高めることができない状態をいう」と解説しています。
そして、「価格システムが包含する真実」から導かれる結論として、「価格とは、企業にとっての費用を真に表象するものであり、顧客にとっての価格を真に表象するものでもある」と述べています。
第5章「内部情報」では、経済学者が、「取引の一方の主体者が内部情報を持っていて、もう一方の主体者が内部情報を持っていない場合、市場が私たちの望んでいるようには機能しなくなる可能性」について知っていたが、ジョージ・アカロフが1970年に中古車市場における「レモン」(粗悪な中古車)の売買についての学説を発表するまで、「その問題がこれほど深遠で劇的なものであろうとは、誰も気づかなかった」と述べています。
そして、「アカロフのレモンでレモネードを」つくる方法として、マイケル・スペンスが、「情報を持つ側が情報を持たない側に信頼性の高い方法で情報を伝えることは可能だ」と論じ、ジョー・スティグリッツは、「情報を持たない側が情報をあきらかにする方法を見つけ出した」として、スペンスは、「レモンの売り手には中古車が良質であることを伝える真のシグナルを発信できない」ため、長期的な事業計画をたてている事業家は、ショールームの投資によって店の信頼性の高さを示すことができ、かつての銀行は信頼を示すために、店をブロンズと大理石で固めたことを解説しています。
著者は、「頭部を大きく切開せずに手術を行なう手法」である「キーホール(鍵穴)手術」を引き合いに、問題をできる限り絞り込む「キーホール経済学」を提唱し、医療保険を例に、「まず最初に市場の失敗を見極め」、「情報を幅広く入手できるようにする」ことと、「この情報を活用する機会を患者に与える」ことという「ふたつのキーホール治療が必要であることが明らかになる」と論じています。
第6章「合理的な狂気」では、「株式投資をするにあたっての教訓」として、
(1)スーパーマーケットで人の列が一番短いレジを見つけるのは難しいという教えを忘れずに、どの株価にも膨大な量の専門知識が織り込まれていることを心に刻み込んでおく。
(2)長期間にわたって利益を上げ続ける企業は、他の企業が対抗できない独自の能力を持っていることを忘れてはならない。
の2点を挙げています。
第7章「本当の価値をなにひとつ知らなかった男たち」では、アメリカ政府の電波免許のオークションを取り上げ、「政府はさながら、部屋に隠しカメラが仕込まれていることを知らない、ある意味幸せなポーカープレイヤーである。他のプレイヤーたちがうなずきと目配せで会話をして順番に賞金を稼いでいっていることにはまったく気づいていない。政府はゲームに参加していると思っているが、それは実はゲームではないのだ」と述べています。
第8章「なぜ貧しい国は貧しいのか」では、警察官の妨害行為と不正行為に象徴される腐敗のほか、「貧しい国が貧しい国である大きな理由のひとつ」として、「労働規則が硬直的なため、経験豊富な専門労働者でもない限り、正式な雇用契約を結ぶことは難しく、女性や若者が自力で生きていくにはグレーマーケットに頼るしかない。官僚的な形式主義は企業意欲をそぐ。裁判所の腰が重いために、企業家は新しい顧客を獲得する魅力的なビジネス機会を捉えられない。詐欺にあっても裁判所は自分たちを守ってくれないとわかっているからだ」という規制がはびこっていることを指摘しています。
そして、「世界中の貧しい国には何が欠けているのか」について、「『社会資本』(『信頼』という言葉に置き換えられるかもしれない)と呼ぶ人もいれば、『法の支配』、つまり『制度』と呼ぶ人もいる」が、これらはラベルに過ぎず、「他のすべての人に直接的あるいは間接的に損失を与える行動をとることが大部分の人の利益になるという屈折した世界」であると指摘しています。
第9章「ビールとフレンチフライとグローバル化」では、経済学者のアバ・ラーナーが提唱した貿易理論に関する重要な定理である「ラーナーの定理」(輸入税は輸出税とまったく同じ効果をもたらす)にもとづくなら、「アメリカのテレビ製造業界の雇用を守るために中国製テレビの輸入を制限するのは、アメリカのテレビ製造業界の雇用を守るためにアメリカの伝道ドリルの輸出を制限するのと同じ結果になる」と論じています。
そして、「比較優位理論、常識、経験のいずれから見ても、貿易は経済成長を促進する」と述べた上で、「貿易が環境破壊につながる」と懸念されている理由である、
(1)「底辺に向かう競争」が進み、環境コストが少なくて住む寛大な環境法のもとで財を生産しようと、企業が海外に進出する。
(2)物理的に財を移動させれば、資源が消費され、汚染が発生するのは避けられない。
(3)貿易は経済成長を促進するかもしれないが、地球を傷つけるものでもある。
の3点について、「いずれも一見するともっともらしく思えるが、貿易は環境に悪いという考え方は説得力に欠け、根拠はほとんどない」と論破しています。さらに、日本や韓国が、農家に特権を与え、農業が集約化することで、「農業補助が増えるほど、化学肥料の消費量は増える」ことを指摘しています。
また、ナイキの不買運動のキャンペーンにつながった「搾取工場(スウェットショップ)」の問題について、「搾取工場は衝撃を与える世界の貧困問題の症状であって、原因ではない。労働者は自らの意思でそこで働いている。にわかには信じがたいが、他にどのような代替策があったとしても、そのほうが条件が悪いのである」と指摘し、「そうした現地企業の賃金でさえ、違法な露天で商売したり、売春したり、マニラなどで激しい悪臭を放つゴミ捨て場で換金可能なゴミを拾ったりするなど、職に就かずに金を稼ごうとするよりはまだましだろう」と述べています。
第10章「中国はどのようにして豊かになったか」では、「伝統的な経済成長モデルの要件となる人的資源、社会資本、金融資本が中国にあったことは明らか」だが、「こうした資源が十分に活用されているとは必ずしも」思えず、「適切な誘因がなければ、資源は浪費される」として、毛沢東政権時代の資源の浪費ぶりの伝説を紹介しています。
そして、毛沢東政権時代の「大躍進政策」と呼ばれた産業政策が、「一見合理的に思われたが、経済市場稀に見る失策だった」として、「人民が懸命に努力すれば、不可能も可能になるという暗黙の約束」に基づく経済政策が、「情熱だけではどうしようもできない」ものであったことを指摘するとともに、「産業政策が茶番だったとしたら、農業政策は悲劇だった」として、大躍進政策委如ッて公共事業に大量の農民が駆り出されて農地が荒れ果て、毛沢東が「みずから中国の農業技術を再設計し、稲を密に深く作付けするように規定して、増産を図った」が、稲は密植されすぎて育たず、毛沢東の歓心を買いたい党幹部は、「毛沢東が自分の政策の成果を鑑賞しようと列車で巡遊したときには、現地の役人が鉄道の線路沿いに溶鉱炉を作り、少し離れたところにある水田から稲をとってきて線路の近くの水田に政府の規定通りの密度で植え直した」ことを紹介しています。
また、「自己完結型の経済を築くにはどこよりも適した場所であるように思え」、世界から隔絶されていた中国が世界を必要とした理由として、
(1)玩具、靴、衣服などの労働集約財の世界市場を開拓できたこと
(2)こうした輸出で獲得した外貨を原料と新技術に投資して、中国経済の発展が促進されたこと
(3)外国からの投資を誘致して、生産や経営に関する近代的な技術を学べたこと
の3点を挙げています。
本書は、現実の世界を見つめる経済学者の視点を味わうことができる一冊です。
■ 個人的な視点から
本書と『ヤバい経済学』を読み比べると、『ヤバい~』の方が明快でわかりやすいのですが、「経済学」という意味では本書の方が、中身のある話をしているように思われます。なにより、現実の社会現象を経済学の理論で説明する、という基本に忠実です。
■ どんな人にオススメ?
・経済学者の視点で社会を見てみたい人。
■ 関連しそうな本
スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー (著), 望月衛 (翻訳) 『ヤバい経済学』 2008年02月13日
飯田 泰之 『経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える』
大竹 文雄 『経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには』 2006年09月04日
ゲーリー・S. ベッカー, リチャード・A. ポズナー (著), 鞍谷 雅敏, 遠藤 幸彦 (翻訳) 『ベッカー教授、ポズナー判事のブログで学ぶ経済学』 2007年02月05日
ゲーリー・S. ベッカー, ギティ・N. ベッカー (著), 鞍谷 雅敏, 岡田 滋行 (翻訳) 『ベッカー教授の経済学ではこう考える―教育・結婚から税金・通貨問題まで』
佐藤 雅彦, 竹中 平蔵 『経済ってそういうことだったのか会議』 2005年06月26日
■ 百夜百マンガ
世代的には第2期に当たる大場久美子のコメットさんの世代です。そういえばサリーちゃんもこの人の作品なんですね。
投稿者 tozaki : 2008年02月15日 22:00
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