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2008年03月29日

新聞がなくなる日

■ 書籍情報

新聞がなくなる日   【新聞がなくなる日】(#1164)

  歌川 令三
  価格: ¥1470 (税込)
  草思社(2005/9/6)

 本書は、元毎日新聞記者による、「『新聞はなくなってほしくない』と思っている人間が書いたジャーナリズム論」です。
 第1章「『沈まぬ太陽』と『役員室午後三時』」では、現在の全国紙のルーツが、明治時代に、「小新聞(こしんぶん)」と呼ばれた「下世話な世相の一面や事件を取り上げた」ものにあり、その源流は大阪朝日新聞といわれていることを紹介しています。
 また、「インターネットは地球を襲った巨大隕石である」とのたとえ話の大前提として、「いま新聞界を襲っているデジタル情報革命なるものは、新聞の発生を促した15世紀のグーテンベルクの印刷機の発明以来の、歴史上滅多に起こらない大事件だ」と述べたうえで、
(1)デジタル革命派、"情報の容れ物"の素材革命でもある。
(2)日本の新聞経営のデジタル時代への対応は、米国よりも7~8年、韓国よりも3年遅れている。
(3)日本の新聞界の「電子」新聞の対応が及び腰なのは、戸別配達制度が強固だからである。
(4)戸別配達制度が危うくなるのは、テレビのデジタル化が完了する2010年だ。
(5)2012年頃までに、小さくなった「紙」新聞紙上のパイを巡って、全国紙による争奪戦が起こる。
(6)デジタルテレビ、インターネット、新聞の3つのメディアの大融合時代がやってくる。
(7)日本の「紙」の新聞が姿を消すのは2030年頃だ。
(8)インターネット・メディアは情報伝達の単なる道具ではない。情報伝達の主たるメディアが変わると、ジャーナリズムは大きく変容する。
の8つの仮説を立てています。
 第2章「さようなら? グーテンベルク」では、、ルターの宗教改革をメディア論的に見ると、中世カトリック教会の行動は「メディアの横暴とその弊害」であり、これに反発したルターが、「聖書こそ、神の教えを伝える唯一のよりどころである」と考え、「神と人間をつなぐメディアは『教会』ではなく『聖書』である」と主張し、「『坊主』から『聖書』へと、キリスト教における支配的メディアの改易に成功した」と述べています。
 第3章「韓国に行けば、明日が見える」では、韓国マスコミ学会会長の金教授が、「ニューメディア時代の韓国の大新聞の直面するジレンマ」として、「紙の新聞が、電子新聞に力を入れれば入れるほど、読者は電子新聞の無料のニュース提供の便利さになれてしまい、逆に紙の新聞を読まない人を増やすかもしれない」との言葉を紹介しています。
 また、市民電子新聞である「オーマイ・ニュース」の呉社長が、「私たちの目標は、メディアのパワー・シフトです。閉ざされた保守の紙の新聞から、開かれた進歩のwwwメディアの時代に移行させることです」と語っていることを紹介しています。
 第4章「飛び交う『新聞の死亡宣告』」では、「アナログ時代の情報収集の鉄則」として、「人より早く情報を取りたいのなら、人より良い位置を占める」ことを挙げ、ユダヤ系金融業者のロスチャイルド家が、1815年、ナポレオン率いるフランス軍と連合国軍とのワールテローでの決戦の第一報を掴み、英国公債を買い捲ることで巨万の富を築き上げたことを紹介しています。
 また、アイダホ州、ポスト・レジスター紙の編集発行人、ロジャー・プロソー氏が新教会のホームページに寄稿した「いまからでも、遅くはない」という論文を取り上げ、その論旨は、「アメリカの新聞人は1990年代初め、インターネット・メディアの出現にあわてふためき、自分達の持っている貴重な財産であるニュース・コンテンツの価値を自らの手で、低下させた」として、「『紙』は有料だが『電子』はタダ、それが消費者の常識なってしまった。これは新聞の自殺行為だ」と主張していることを紹介しています。
 第5章「『ぬるま湯』のなかにも、つのる危機感」では、「明治以来続いた日本的宅配制度」に支えられ、「やや落ち目にあるとはいえ、日本の新聞業の規模は世界一」であることを述べた上で、「この欧米にはない新聞店の仕組みの解明なくして、日本の新聞事情を語ることはできない」として、そのビジネスモデルの特徴として、
(1)販売経費が高い。売り上げの4割以上が、日々の新聞の出前費用に回されている。
(2)新聞にはさんで個別に届けられる折り込み広告の収入を店が持っていること。
(3)日本の新聞社の収入に占める広告収入の比率が、比較的低いこと。
等の点を指摘しています。
 そして、「将軍は昔の戦争をしたがる」という欧州の諺を取り上げ、「変革の時代には、過去の成功体験こそが、企業の自己変革の足かせとなる」と述べています。
 また、団塊の世代が新聞好きな理由として、「日本の新聞が世界一の大部数であり得たのは、高度成長期の日本が、価値観の共通性が強い社会だったからだ」と述べ、「人々は日本の発展のために『個』を制して『大同』につく」という「あの時代特有のコンセンサス重視の読者感覚が、ステレオタイプの大新聞の文化とピッタリだったのだろう」として、それが「新聞を読まないことは、恥ずかしいことである」という考え方を生んだ社会的背景であると述べています。
 第6章「201X年『日本型新聞経営』が死ぬ」では「新聞の将来を語るキーワード」として、「市場での共食い」を意味する「カニバリ」を挙げ、破壊的「カニバリ」のポイントとして、
(1)破壊的な「カニバリ」は、イノベーションが既存の製品を市場から駆逐してしまうような「破壊的」技術を生み出したときに発生する。
(2)「破壊的」技術によってもたらされた新製品には、通常、低価格で性能も良く、新しい顧客にもてはやされるものが多い。
(3)「カニバリ」とは無縁なアウトサイダーにとっては、「破壊的」技術によってもたらされた新商品は、千載一遇のビジネスチャンスである。
の3点を挙げています。その上で、「インターネットデジタル情報化という"破壊的"技術が生んだニューメディアだ」として、日本の新聞界は、「深刻な"カニバリ"のジレンマに陥り、目下思案中」であると述べています。
 そして、日本の新聞経営のよりどころとして、
(1)販売収入こそ、新聞経営の命である。
(2)専売店による宅配制度の維持こそが、日本の新聞経営者の至上命題である。
(3)広告収入は重要だが、それも「紙」新聞の安定的発行の継続が前提だ。
の3点を挙げ、日本の新聞経営は、「ニュースや広告を詰め込んで読者に運搬するコンテナーは『紙』でなければならない」という米国とは逆の経営戦略が導き出されると述べています。
 第7章「ジャーナリズムは滅亡するか?」では、「この本に残された最後のテーマ」に対し、「ジャーナリズムは滅亡しない。伝統的なジャーナリズムの定義を書き換えるほど、大きく変容を遂げるだけだ。新聞ジャーナリズムも生き残る。だがメディアの主役交代で、衰退しているだろう」と答えています。
 また、「ブロガー」など、インターネットに情報を発信する「電子」メディアについて、メディア論の見地からは、「彼らのやっていることは、『ジャーナリズムの文化大革命』だ」として、その理由を、
(1)情報伝達の媒体の機能が、従来のジャーナリズムとは全く異なる。
(2)社会への影響の及ぼし方の違い。
の2点挙げています。
 本書は、毎朝、家に配られることが当たり前だと思っていた新聞とは何かを考えるきっかけを与えてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 著者は、1934年生まれということで、結構なお年を召されているのですが、新聞の歴史からネット新聞までの流れを、破壊的イノベーションの考え方で整理している点は、若いジャーナリストがや現役の新聞記者が「ネット君臨」などの場当たり的で感情的な反応を示しているのに比べると、シンプルながらもわかりやすいんじゃないかと思います。この対極的なものの見方は、やはり年の功なんでしょうか。


■ どんな人にオススメ?

・新聞のインクの匂いが好きな人。


■ 関連しそうな本

 毎日新聞取材班 『ネット君臨』
 クレイトン・クリステンセン (著), 玉田 俊平太, 伊豆原 弓(翻訳) 『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 2005年10月17日
 エリック・フォン・ヒッペル (著), サイコム・インターナショナル (翻訳) 『民主化するイノベーションの時代』 2006年10月16日
 ジョー ティッド, キース パビット, ジョン ベサント (著),後藤 晃, 鈴木 潤 (翻訳) 『イノベーションの経営学―技術・市場・組織の統合的マネジメント』 2006年03月17日
 小林 弘忠 『新聞報道と顔写真―写真のウソとマコト』 2008年03月28日
 河崎 吉紀 『制度化される新聞記者―その学歴・採用・資格』 2006年11月10日


■ 百夜百音

そばにいるね【そばにいるね】 青山テルマ feat.SoulJa オリジナル盤発売: 2008

 「史上初のアンサーソングで1位獲得」となった曲ですが、シチュエーションとしては、松村和子の「帰ってこいよ」をデュエットで歌ったわけなので、「ベタ」さで言えば現代のほうがはるかにベタになってきているということもできます。
 いつの時代も「春は別れの季節」ということで、一定の需要があるということでしょうか。
 ちなみに「帰ってこいよ」にはアンサーソングとしてセカンドシングル「お加代ちゃん」がありますが、日本初のアンサーソングは、「黒ネコのタンゴ」に対するアンサーソング「ドラネコのゴーゴー」だそうです。

『帰ってこいよ』

投稿者 tozaki : 2008年03月29日 07:00

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