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2008年03月02日
旅の民俗学
■ 書籍情報
【旅の民俗学】(#1137)
宮本 常一
価格: ¥1,890 (税込)
河出書房新社(2006/8/10)
本書は、「旅する民俗学者」の異名を持つ著者の対談集です。
冒頭のインタビュー「旅と民俗学」では、柳田国男先生の還暦祝いを兼ねた記念講演会が昭和10年に東京で開かれたときに、この講習会をきっかけとしてのちの日本民族学会となる「民間伝承の会」が生まれ、「このときが日本民俗学が学問として確立した時期だと言っていい」と述べています。
また、著者が「民族的な話を聞くことも好き」だが、「貧困の中に生きている人たちがどのように這い出す努力をしていくかという話により深く感動した」と述べ、古い祭りが残るのは、「そこの人たちが貧乏であるから、あるいはその土地が時代遅れであったから残ったんだという考え方」をその場で改め、「むしろ村の人々が前向きに生きようとするときに祭りが必要」なのだと考えさせられたと述べています。
さらに、これからの宮本民俗学の課題・豊富として、「世の中のすべての人々がよそ事でない眼でものを見てくれるようになると大変ありがたい」と述べるとともに、「未開といわれる、キリスト教の影響を受けていない社会では、共通の文化が広く存在しているんではないか」という考えを掘り起こしたいと語っています。
筑波常治との「日本人の旅と文化の交流」では、日本人が、「稲をつくっている人と、漁業をやっている人と、それからそれ以外の人と、大きく三つに分けられる」とした上で、「畑作や林業に携わっている人たちは、古い縄文文化を伝えてきた人たち」で、「後に武士階級を作り上げていった」と見ていると述べています。
秋元松代との「歩く得 歩かぬ損」では、著者が「汽車へ乗っても、乗っていちゃいかんぞや。その駅へ着いたら、乗り降りする人々の服装を見なさい。その服装の良し悪しで、そこのあたりの人が金持ちか貧乏だかがわかる」と父親から教えられたことを語っています。
丸谷才一、紀野一義との「『人生は旅』の思想」では、日本人と旅の関わりについて、「よそ者を一応信用する。同時に、泊めればいわゆるニュースが聞けるというような、それが泊める側にしても大きかったんじゃないか」と語っています。
江上波夫、国分直一との「日本人とは」では、鎌倉幕府を形成した連中が山岳民を中心としていたため、「鎌倉と同じように鼻をつめたような山間の狭いところ」を拠点としていることを指摘し、「武士団というものは、稲作地じゃ生まれていない」と述べています。
水上勉との「日本の原点」では、著者が日本中を旅しているため、「いま私の学校へ来ている学生の郷里くらいなら、全部歩いて」いると語っています。
そして、関東では、本家を頂点に、古く分家した順に格式があり、本家を中心にピラミッドを作るのに対し、関西では、村の中の大きいうちは1軒しかなく、そのうちが村の中に分家を持たず、遠い村に親戚関係があり、むしろ、ごく最近分家したうちが大事にされていると比較しています。
松谷みよ子、松永伍一との「旅と伝説に魅せられて」では、「伝説で語り伝えられていることが、意外なほど事実であることもある」として、「伝説の中の脚色された部分というものを除いてみていくと、今まで不明であったものが、かなり明らかになるんじゃないか」と述べています。
杉本苑子との「高野聖と平家部落」では、全国に「平家部落」と呼ばれるものが百ばかりあり、「そうだといわれているところ」は三百くらいあるが、「調べてみると怪しいもの」があると述べています。
また、勝者の側ではなく、敗北の平家を選ぶ理由の一つに、琵琶法師らが語った平家物語が影響しているのではないかと語っています。
さらに、正当な形をとっている平家部落には、「必ず田ンぼがある」ことについて、「平地の住人が移っていったということと、関東系ではないということ」を上げています。
中西睦との「道の文化史」では、全国を歩くには、「村人のあとをついていたんでは仕事にならない。こちらが先にたって、『これはなんだ、あれはなんだ』ときくだけの体力がないと馬鹿にされてしまう」と語っています。
河野通博との「漁村と港町」では、漁民が持つ農民とは異質な要素の代表として、「末子相続」を挙げ、狭い家で夫婦と子供が一緒になるので、子供が色気づくと若者宿へ出し、結婚すると間借りさせて所帯を持たせ、船を持たせてやる、ということを重ねると、「親は結局末っ子にかからざるを得なくなる」と解説しています。
また、漁民の移動方向を考えると、西日本から東日本へということになり、逆はあまり礼がないと語っています。
本書は、対談という親しみやすい形で、民俗学のさまざまな切り口を与えてくれる一冊です。
■ 個人的な視点から
もしかすると歴史とか民俗学に詳しい人たちにとっては当たり前のことなのかもしれませんが、武士は山岳に暮らす人々の末裔である、という指摘は面白かったです。
また、日本中歩いて旅していることを、学生の郷里ぐらいなら歩いている、と言い、村人に馬鹿にされないためには自分が先に立って歩くだけの体力が必要だ、と豪語する辺りに「旅する民俗学者」の本領があるのかもしれません。
■ どんな人にオススメ?
・学術研究は机の上のものだと思っている人。
■ 関連しそうな本
宮本 常一 『忘れられた日本人』 2006年06月25日
宮本 常一 『イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む』
イザベラ バード (著), 高梨 健吉 (翻訳) 『日本奥地紀行』 2006年08月06日
ハーバート・G. ポンティング 『英国人写真家の見た明治日本―この世の楽園・日本』 2006年08月13日
佐野 真一 『渋沢家三代』 2005年08月06日
新谷 尚紀 『なぜ日本人は賽銭を投げるのか―民俗信仰を読み解く』 2007年11月08日
■ 百夜百音
【BATTLE FUNKASTIC】 HOTEI vs RIP SLYME オリジナル盤発売: 2006
聞き覚えのある2つの曲をうまくマッシュアップした曲。それにしても、30年以上前に『仁義なき戦い』を映画で見た人たちは、後々海外の映画で使われたり、ラップとくっつけられたりするとは予想さえしてなかったでしょう。
投稿者 tozaki : 2008年03月02日 05:00
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