« 宿場の日本史―街道に生きる | メイン | テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅 »

2008年03月07日

番と衆―日本社会の東と西

■ 書籍情報

番と衆―日本社会の東と西   【番と衆―日本社会の東と西】(#1142)

  福田 アジオ
  価格: ¥1785 (税込)
  吉川弘文館(1997/09)

 本書は、民俗学の研究対象として必ずしも大きな関心を呼ばなかった近畿地方の村落について、関東地方の村落と対比することで、それぞれの特質を明らかにしようとし、「その相違を『番』と『衆』という言葉に集約して東西の相違を理解する」ことを目的としたものです。
 「関西と関東」では、本書の課題の一つとして、「関西商法と呼ばれる、関西の企業や経営の特質とその意味を、近畿地方の農村社会の特質のなかに位置づけて考える」ことを挙げています。
 第3章「資料としての景観」では、「現代の景観を把握し、それを解きほぐすことで、地域の歴史過程をあきらかにすることができるし、その地域間の相違からはそれぞれの歴史の相違を考えることができる」として、「関東地方の村落と近畿地方村落を対比することでそれぞれの景観上の特質を明らかにし、その意味を考える」としています。
 第4章「集落の色と形」では、東海道新幹線で東京から大阪に移動しているときに、「浜名湖を過ぎる頃から少しずつその景観に変化が見られる」として、目に入ってくる農村の色が、「田畑の中や山裾に展開する緑の塊」から、「屋根瓦や壁の色によって黒い塊」となり、「その塊は大きい」ものに変化することを挙げ、関東の家々が散在しているのに対し、近畿では家々が密集した状態であると解説しています。
 第5章「屋敷と屋敷神・墓地」では、「屋敷を囲む屋敷林は原則として近畿地方にはみられない」のに対し、「関東地方の村落では、個別の屋敷はほとんど例外なく、自分の屋敷を他の屋敷から区別しようとする」と述べています。そして、関東地方の屋敷の庭は広大で、「センザイバタケ(前栽畑)とかサイエンバタケ(菜園畑)と呼ばれる畑が屋敷内あるいは屋敷続きに存在することが多い」と述べています。
 また、近畿地方では、「屋敷内に小祠を設けて神を祀るという例はあまり多くない」のに対し、「関東地方はじめ東日本では、どこでも屋敷の北側の住には必ずのように屋敷神が祀られている」ことを指摘しています。
 さらに、墓地のあり方の問題として、「近畿地方では、多くの土地で墓地は集落の外の田圃の中とか、山の縁、海岸近くに大きなものが一つあるのが一般的」であるのに対し、「関東地方では個別の屋敷に対応して墓地が設定されていることが多い」と述べています。
 第7章「『衆』組織の発見」では、東西の村落の景観の外形を作り出した「村落の社会組織、社会関係あるいは村落運営の地域間の相違」とその特質について課題としています。
 そして、近畿地方では、「村落組織や村落制度の名称の中に『衆』が付けられている」ことを挙げ、「これは他の地方では見られないこと」であり、「その衆の人数、すなわち衆の定員数を名称の中に含んでいる場合が多いこと」を指摘しています。
 第8章「『衆』組織の事例」では、滋賀県甲賀郡水口町北内貴(きたないき)でムラとして行なう年中行事を取り仕切る「十人衆」という組織や、滋賀県伊香郡余呉町下丹生で正月のオコナイを執行する「モロトシュウ(諸頭衆)」等の事例について紹介しています。
 第9章「東の『番』組織」では、関東地方における村落運営組織として、区長や自治会長などの役職者とは別に、「ムラ自らの制度として『番』の組織が存在すること」を挙げ、埼玉県和光市新倉や東京都多摩市連光寺馬引沢の「月番」制度を取り上げています。
 著者は、「関東地方の村落組織の特色は『番』組織にあるといえそうである」として、
・「番」組織は、家を単位にして、家順に担当する役である。
・「番」という呼称は、その役が順番に送られることを示している。
・月番にしても年番にしても、順番に担当するものであり、どの家もいずれは「番」が回ってくるのである。
等の点を挙げ、「関東地方の村落は『衆』組織が欠如し、『番』組織によって運営されている地方」であると述べています。
 第10章「『衆』と『番』の特質」では、「衆」組織の特色として、
(1)原則的に個人を単位にしている。
(2)定員制を採用している
(3)加入・脱退が個人の年齢順(出生順)とか経験順を原則としている。
(4)衆という言葉が示しているように、複数の人間が集まって物事を処理する。
の4点を挙げています。
 また、「番」組織の特質として、
(1)家を単位とした制度である。
(2)家の組合せで組織されている。
(3)個人の条件は考慮されることが原則としてない。
(4)当番制の組織であり、その当番に当たった家がある期間は一定の責任をもって物事を処理する。
の4点を挙げています。
 第11章「祭りの東西」では、関東地方には「宮座」(氏子の中の一定の資格を有する者が神仏の前に一座してムラの氏神の祭りを独占的に執行する組織・儀礼)は少ないが、その少ない宮座は例外なくすべて「株座」(ムラの成員のうち特定の家々のみが世襲的に列席一座する権利を持っている)である一方で、濃厚に宮座の分布が見られる近畿地方は多くが「村座」(一定の条件に適合した個人が列席する資格を持つようになる)であると述べています。
 そして、「ムラとして行事を行い、祭祀を執行することで、個々の家の生産・生活が維持されてきたという近畿地方村落社会の特質は、全体社会の急激な変化の中でかえって顕在化し、人々に意識されるようになってきているのではなかろうか」と述べています。
 第12章「年中行事の東・西」では、各地の多くの年中行事を紹介した上で、「関東地方や中部地方の農村では、名主とか地主の家にこのような年中行事の記録が残されることが多い」と述べています。
 第14章「惣村の展開と『衆』」では、「荘園制の解体過程で、百姓たちの自立が進み、その百姓たちが自らの組織を作り、そこに結集して、時には荘園領主と対抗し、また時には守護大名に代表される武士たちに抵抗して、独立性を獲得し、自治的な世界を形成した」として、その「惣村」が、近畿地方に発達したものであり、「衆」の組織が惣村の組織であると言っても間違いないと述べています。
 一方で、「関東地方では『在家一宇』の形で示される家=屋敷の原理が中世を通じて存在したものと推測される」と述べ、「郷を単位とした地域連合の展開した関東地方に『番』ということは言えるであろう」と述べています。
 本書は、「農村」という言葉で一括りにされているものが、実は多様な存在であることを気づかせてくれる一冊です。


■ 個人的な視点から

 関東と関西の違いは、結構個人的な資質というか「地域性」という言葉で一括りにされてしまいがちですが、その仕組みというか構造を見てみると、違う国と言ってもいいくらいに違う姿をしているように思われます。
 「関西人」というのが、社会の仕組みというバックボーンを背負った上であのキャラクターを作っていると認識させてくれるのは貴重です。


■ どんな人にオススメ?

・関東と関西の違いのルーツを知りたい人。


■ 関連しそうな本

 熊谷 真菜 『「粉もん」庶民の食文化』 2007年11月10日
 吉原 健一郎 『江戸の町役人』 2008年01月04日
 福田 アジオ, 新谷 尚紀, 湯川 洋司, 神田 より子, 中込 睦子, 渡邉 欣雄 (編集) 『精選 日本民俗辞典』
 福田 アジオ (編集), 綾部 恒雄 『結衆・結社の日本史』
 福田 アジオ 『柳田国男の民俗学』
 赤田 光男, 小松 和彦, 福田 アジオ, 香月 洋一郎, 野本 寛一 (編集) 『民俗学の方法』


■ 百夜百マンガ

闘将(たたかえ)!!拉麺男(ラーメンマン)【闘将(たたかえ)!!拉麺男(ラーメンマン) 】

 ラーメンマンも本編(キン肉マン)に登場したときには残虐非道な超人だったのですが、いつのまにか善玉になってしまって面白くなくなってきたところでした。
 当時、週刊少年ジャンプを読んでいて「フレッシュジャンプ」の広告を見ながらなかなか手が出ませんでした。

投稿者 tozaki : 2008年03月07日 22:00

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.pm-forum.org/MT3/mt-tb.cgi/1667

コメント

コメントしてください




保存しますか?